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極彩色のユーロマ、目の前の灰色

 鼻をつく焦げくささがあたりを漂っています。辺り一面の空気に小さな不吉の粒が練り込まれたような雰囲気で、ぼくは子どものころに見た人さらいのあった晩というタイトルの絵を思い出します。何という人の作だったかは忘れてしまいましたが、タイトルと絵のイメージはぼくの記憶に深く深く食い込んで、抜けやしないのです。また、その人の他の絵が優しく微笑ましいものだったので、余計に印象に残っているのです。

 暗く赤いイメージです。赤色灯の怪しい光、心のざわつきを抑えられない見物人たちが指差す建物は、もちろんあの建物です。ぼくがナンナに連れられて辿り着いて、パンナと初めて言葉を交わしたあの部屋です。ぼくの足が震えているのがわかります。心が暴れています。猛って、狂って、鎮められそうにありません。ぼくの祈りは届いたのでしょうか。パンナ、ナンナ、無事でいてください。無事でいてください。お願いですから、無事でいてください。消滅しないでください。ぼくの過去にならないでください。貴女たち姉妹とぼくにありえたかもしれない未来を、ぼくに勝手に夢想させないでください。貴女たちの物語をぼくに編ませないでください……。

 笑わせます。笑いますね! ぼくの祈りがなんだと言うのでしょう! ぼくはトワンの口車に乗せられて、いっぱしの救世主気取りです! 笑ってしまいます、本当に!

「トワン!」

 女性の声です。こう言ってはなんですが、ひどく耳障りで胸がむかむかするような頭をかきむしりたくなるような、そんな声です。ぼくはもう、この場にへたり込んで、そのまま小さく小さく小さくなって、風に吹かれてどこか遠くに飛んでいけたらいいなと思います。ああ、パンナ! ぼくがもしライオンにならなかったら、きみは今もあの部屋でリデル・ネイションを探しているのですか? それはそれでぼくからすればどうかと思いますが、部屋が燃えてしまうよりはましと言うものなのでしょうね。きみの幸せがリデル・ネイションと切っても切れないものだとしても、きみが美しくあれるのであれば、ぼくはそれで。きみの全ての愛を注ぎ込む器はリデル・ネイションでしかありえないのであっても、きみが素敵に笑えるのであれば、ぼくはそれで。

「あんた、遅いんだよ。使えないな、全く。そいつが例のあれ? ふうん……結構いかついんだね」

 声の主の不躾な女がぼくを値踏みするように見てきます。路地裏の商売女のようなだらしなさがどぎつい香水の匂いに混じってぼくの体に入り込んでくるような気がして、ぼくは思わず息を止めます。派手派手しくて、さしずめ南国の鳥のような女です。この辺りの風土には溶け込まない女です。

「すいませんねぇ。おれは出来る限り早足で来たんですけどね、レオ君がべそかき始めちまうもんですから、なだめたりすかしたりで大変だったんですよ、本当にねぇ……」

 驚いたことに、トワンは困ったような卑屈な笑顔を浮かべながら、この女に平身低頭で今にも揉み手でもしそうなほどに媚び倒しているのです。トワンと言う男は仮面をいくつ持っているのでしょうか。もはやトワン自身ですら、自分の本当の顔を見失っているのではないでしょうか。

「早足で、じゃないよ。走ってくるんだよ、くそたわけが。……ねえ、あんた。なに人の顔じろじろ見ちゃってるわけ? 文句でもあるの? それとも、やあねぇ、一目惚れってヤツ?」

 突然の攻撃を受けて、ぼくは固まってしまいます。こんな不意打ち、喰らったことがありません! なんと憎らしい女なのでしょうか!

「何を言うのです、ぼくはそんな……!」

「構わんでいい、からかっているだけだ」

 トワンがぼくにそう耳打ちして、仕切りなおすようにコートの襟を正します。まるで上等のスーツのようにコートの襟を正したのです。

「さてレオ君、彼女が幻想抑止班のボス、つまりはおれの上司のユーロマだ」

「そんなことどうでもいいから」

 ユーロマは刺すような目つきでトワンを睨み、ぴしゃりと言います。どうみたってトワンよりもずっと、女性の年齢はよくわかりませんが多分ぼくよりもいくつかは若いはずの彼女は、その若さの女性にしたってずいぶんとはみ出した服装に身を包みながらも、いえだからこそなのでしょうか、その若さには相応しくないような威厳と自信に満ち溢れているのです。彼女は白に近い金色に脱色した髪の先を指先でねじりながら、黒から赤にグラデーションしたアイシャドウに縁取られた青みがかった灰色の瞳で、ぼくを覗きこむように見てきます。色の暴力を振るわれてぼくは目がちかちかしているような気分です。

「レオ君、あんた何か話しなさい。特にテーマは決めなくていいから、思いついたことを思いついたまま言葉に出してみて」

「香水の匂いがきついです」

「……それだけ? あんたこんな現場にいて、本当にそれしか思いつかないわけ? 嘘でしょ、何、あんた、マジで馬鹿なわけ?」

「ナンナとパンナが心配です。彼女たちは無事なのですか。一体どうしてこんなことになったのですか。ぼくはどうすればいいのですか」

「なーによ、あんたもしかして、ムカついちゃってるの? どうしてこんなことになったのかってみんなが馬鹿だからよ、決まってるじゃない。リデル教団のアホシスターズ、そこのアホトワン、もちろんあたしも、あとあんたもね、みんながみんな必要以上に馬鹿だったからまた馬鹿を呼び込んじゃったの。あんたはそもそも自分がライオンだなんて馬鹿みたいなことを考えるべきではなかったし、あたしたちMFDはあんたがライオンになった時点で迅速な対応をとるべきだったの。アホシスターズは言うまでもないわね。せっかく保たれていた秩序があの売女どものせいでぱあよ、ぱあ!」

「ユーロマ——」

「黙ってなさいよ、トワン。ねえ、ぼくちゃん。あんた自分がなんだと思ってるの? あんたは自分をどれだけ理解しているの? そこんとこ、あたしに教えて。ねえ、ねえ、ほら、早く!」

「ユーロマ!」

「うっさいわね! 何をこいつに言ったってどうせ信じるわけがないんだから! あんたがどう説明したのかわからないけど、こいつがあんたの言葉を全部信じ込んでたら、色んなものがぶっとんでるはずでしょ。わかってるはずよ、トワン」

  ユーロマの言葉を聞きながら、ぼくの奥で何かが燃えているのがわかります。とても乱暴だけど冷静な炎です。熱くて、冷たくて、現実的ではありません。ぼくの目の前はなんとなく灰色で、思い出しました。ぼくがライオンになった時、こんな風で、全部が灰色で、こんな感じでした……。ぼくは何故だかここにいてはいけない、と強く思います。思いと言うよりもこれは……だけど、何かが止めています。ぼくをここに留めています。それはきっとパンナ……貴女でしょう?

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