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神秘幻想抑止班

 落ち着け、と自分に言い聞かせます。冷静に考えてみれば、この男の言っていることを真に受ける必要はないでしょう。では何故この男はこんなことを言うのでしょうか。この男は、狂っているのではないですか。どう考えてみたって、おかしなことを言っているのです。特定の神様を信じなさいと言うのであれば、まだ解ります。しかし、どんな神様も信じてはいけない、と言うのはあまりにも不条理が過ぎると思いませんか。

「あまりにも馬鹿らしい話ですが、一応聞いておきます。何故ぼくは神様と関わってはいけないのですか?」

 男は目をつむり、ぐいとビールをあおって、一息つきます。一瞬だけ、男の目が険しくなったように見えましたが、すぐにやにや顔に変わりました。ぼくは確信します。この男のにやにやは仮面です。人を小馬鹿にしたようなにやにやの仮面をかぶり続けるというのはどういった気分ですか。一人になった途端に真顔になるのですか。ぼくを尾けていたとき、ぼくの後ろであなたはどんな顔をしていたのですか。どんなタイミングであなたは仮面をかぶるのですか。ぼくの前で仮面をかぶるということは、ぼくのことを信じていない、ぼくもあなたを信じることはできない、それでいいのですね。

「あんたはね、変なもんを信じちゃ駄目なんだよ」

「また同じようなことを言って。それで誤摩化しているつもりですか。それともあなた、やっぱり出鱈目しか言ってないのですか」

「言葉は慎重に選んでるがね、おれは嘘は言わんよ。第一ね、あんたに嘘を言ったって、おれにとっていいことは何もないんだ」

「さっき嘘をついたばかりでしょう」

 男はにやりと笑います。どこがどうとははっきりと言えませんが、今までとはずいぶんと違う感触の笑いなのです。ひょっとして、この男、笑ったのではないですか?

「レオ君、あんたちょっと前にライオンになったろう。あれがまずかった。連中に目をつけられちまったんだ。まあ、あれがあるからおれもあんたの存在に気づいたってのもあるんだが。意味わかるかい? わからんだろうな。

 つまりだな、あんたは信じることのできるやつなんだよ。信じることのできるやつが自分はライオンだと信じたらどうなるか? なるんだよ、ライオンに。ああ、くそ。ここまで言っちまったけど、大丈夫なのか? まあ、言っちまったもんは仕方ない。

 それでだな、おれはこう言うもんだ」

 そう言って、唐突に男は名刺を差し出しました。なんとのんびりとした自己紹介!

 

 神秘幻想抑止班 トワン


「神秘幻想抑止班トワン……ですか」

「トワンです。よろしく」

 トワンはふざけた感じでぺこりと頭を下げます。名刺には確かに警察のマークが立体加工されていて、トワンが警察のものであるのは確かであるように思えます。しかし、神秘幻想抑止班、ですか。警察のマークと抑止と班、これらの言葉が一つの紙の上にあるのは何となく違和感はないのですが、そこに神秘と幻想が一緒にあると、途端に変な気持ちになります。だけど、ぼくは実際にライオンになった……らしいのです。煙をやっていた時になったらしい……のです。ぼくはそれをヤビトの口から聞きました。ぼくはそれについて深く考えていなかったのです。ぼくの名前はレオですし、ぼくはライオンになりたいと思っていましたし、一度くらいはライオンになっても取り立てて大したことはないのでは、そう思っていたのです。トワンの口ぶりでは、それがさも重大なことのように聞こえました。ねえ、君、ぼくがライオンになるのはそんなにおかしなことでしょうか? 

 考えてみるに、トワンは説明が下手くそですね。ぼくにどうして欲しいのか、トワンは伝えてくれないのです。トワンがぼくに何かを求めていることは間違いのないところです。でもそれがさっぱり解らないのです。変なもんを信じちゃ駄目、と言われても駄目の意味が解らないのです。言葉を選んでいるからですね? では何故言葉を選ぶのでしょう。どうして核心を避けて話すのでしょう。

「トワン。もう言葉を選ぶのは止してください。まどろっこしいのです。ずばり言って欲しいのです。ぼくに何を求めていますか。ぼくは何故神様を信じてはいけないのか、よくわかりません」

「驚いた!」トワンは大袈裟にそっくり返って、勢いで後ろの壁に頭をぶっつけてしまいました。「痛い!」

 ぼくは思わず笑ってしまいます。トワンは頭を抱えて唸っています。

「いってえ……くそ、あんたがわけのわからんことを言うから……」

「トワンがどじなだけでしょう」

「おれがあんなに懸命に説明したのに、あんたは何もわかっていないんだね。あんたは信じることのできるやつなんだよ。普通はね、出来ないんだよ。あんたのレヴェルで信じることは普通のやつは——

 ちょっと待ってくれ、電話だ」

 トワンは電話をとり、誰かと話をはじめました。ぼくはビールでなんだかいい気分です。こんな変てこな一日があっていいじゃないですか。非日常ってやつです。ナンナとパンナ、リデル・ネイション、神秘幻想抑止班のトワン、本当に変な日です! ナンナとパンナ……ぷりけつ姉妹……いやはや、ぷりけつ姉妹、ですか! 本当にまったくもう……。明日は仕事です。そろそろぼくは帰ろうではありませんか。明日はパンナはいるでしょうか。いたら、ぼくは挨拶をしましょう。真っ直ぐに目を見て挨拶をするのです。爽やかに、美しく、挨拶をするのです……。

「レオ君、気持ちの良さそうなところ申し訳ないが移動しなけりゃならなくなった」

 気づかぬうちにトワンの電話は終わっていたようです。それに……トワンの顔が……どこか違います。にやにやは消えていないのですが、どこか……何かが……。トワンは焦っている? 何やら切迫した雰囲気がトワンから出ているのです。

「移動ですか? しかしぼくはもう帰らなくては。明日も仕事なのです」

「そうだな……これから言うつもりだったんだが、レオ君はもう二度と仕事に行かなくていいんだ。やったな! いやあ、羨ましいぜ。……と言うことで、さあ行こう。トラブル発生だ」

「ちょっと待ってくださいよ!」

「いいや、待たんね。レオ君、忘れちゃいかんよ。おれがその気になりゃ、あんたのダチ連中はいつでもパクれるんだぜ。おまけにあんたがチクリを入れたってことにしてね。よし、わかったら行こうぜ」

 ぼくは、くそやろう、と叫びました。

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