第2章−4話
わたしが一つだけ、麻里に頼んだこと。
市村さんって呼んで欲しくない。
いくら麻里がひどいことをしたとしても、わたしを市村さんなんて初対面の面接官から話しかけられるみたいに、それだけの関係として安易に呼んで欲しくなかった。もちろん香織、と気安く話しかけられるのも抵抗はあったがまだ耐えれた。
本心を言うと、わたしは麻里を手放して陽気になるほど心は夕焼けの和む温かさで満たされていない。わたしは、麻里がいなくなると、必然的に孤独になる。冷蔵庫に入れたばかりの麦茶より生ぬるい、思わず悪寒のする温度で独りになる。だからこそ、どんなことがあっても麻里は大切にしよう。そう心に刻んだのだ。なのに復讐心は、全く消えようとしてくれない。
「香織はどこに行きたい?」
「え、あ、何?」
「だから、香織の行きたいところは?」
「・・・・・・デパート、かな」
「えっ、ナ、ナンデ?」
「理由なんて、ないけど・・・・・・いけない?」
「いや別に、ただ、わたしは、あんまり買い物とかしないから」
「でもこの前ストラップくれたじゃん・・・・・・。買い物好きじゃないと、普通あーいうのにお金は使わないよ」
言った瞬間、あ、失敗した、そう思った。
いくら麻里の今までの言動全てがうそだったとしても、ストラップだけは傷つけちゃいけないような気がしていた。あれだけは、まだわたしは持っていたからだ。それを、あーいうのにお金は使わない、なんて。完璧な失敗だ。今流れている重い沈黙を含めたら、失敗を通り越したものになる。
「じゃ、じゃぁいいよ、デパートで」
氷のように固まった空気をもみほぐすみたいに麻里はそう了承した。
「うん。じゃぁ明日クラブ終わったら校門で待ちあわせね」
「あぁそうしよっか」
「うん・・・・・・また明日ね」
「うんっ・・・・・・あのさ香織」
「ん?」
「わたし気になってたんだけど」
「何が」
「今さらなんだけどごめんね」
「えっ」
「だって、わたしひどいことしたじゃん。香織はわたしのこと友達って思っててくれたのに、わたしはそれどころか人間以下みたいな扱いしてて。挙句の果てにはいてもいなくても同じ、なんて言っちゃって。わたし、香織のこと最低みたいな言い方で傷つけちゃって」
いきなり何?
謝ったくらいでわたしがあなたを許すとでも?
もし本気でそう思っているのなら、わたしはたぶん許さないだろうけど憎みもしないだろう。だってわたしは、今も麻里を嫌いだとは言い切れないし、恨んでもいない。でも完全にわたしが傷ついたぶんの苦しみを麻里に味わってもらわない限り、死ぬまで一生気がすまないだろう。でもどうしてだろう。何か、いけない気がする。このまま麻里に復讐することを、ためらってしまう。
ポケットに手を入れる。
指先がストラップを感知する。
「大丈夫だよ。わたしだってこのまま適当に中学卒業して高校入ってたぶん大学行って会社入って結婚して年金生活、最後は苦労して死ぬ、なんて。そんなの絶対いやだから。せめてわたしが平均でいたい。わたし以上に辛い人とわたし以下に辛い人が同じくらいいてほしい」
このまま麻里だけハッピーエンドなんてありえない。
そう望むからには、わたしの進む道はたった一つしかない。
完璧な復讐。
思いだけじゃ変わらないから行動で心を表す、そういう復讐。
じゃないとわたしは、これ以上先に進めないから。
麻里に復讐なんてほんとはしたくないけど、ここでずっとさまよい苦しんでいるのはいやだから。
ごめんね、麻里、わたしのわがままに、付き合わせちゃって。
決して麻里には聞こえないであろう心の声で、わたしは、道に転がっている丸い小石をつま先で小難しそうにいじる麻里に向かって一応、言っておいた。