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第2章−3話

「・・・・・・うそ」

麻里からあのストラップをもらった1ヶ月半後。

無くした物の数合計10個を突破したころ。

11月15日水曜日。

わたしはたまたま体調不良で遅刻して、3時間目のはじまる直前に学校についた。3時間目は確か音楽のはずで、麻里を含む2年5組の生徒はそのとき全員音楽室にいるかもしくはそこへ移動中のはずだった、普通なら。

なのに、

「うそ・・・・・・」

教室で麻里が。

麻里がひとり。

たったひとりで、わたしの机に座っていた。

麻里、何してるの、授業遅れるよ、行かないの。

そう声をかけようと口を開きかけたら、全身が硬直するくらいの事実が分かって、わたしは、伸ばした手をとっさに引っ込めた。

麻里の、黒板に向いた麻里の背中が、不気味に曲がっている。気のせいかもしれないけど、目は無色。ひもを引っぱっても点かない電気スタンドみたいに、力の無い目。背もたれとお尻をおく部分でできた直角を、半回転こっち側に動かしたときに見て現れる長方形の隙間には、麻里の足が入っている。

生きている人の目とも死んだ人の目とも違う何かが麻里の無色な瞳には映っているようで、わたしは怖くなった。

それだけじゃない。

ただそうして、座っているだけじゃなかった。

麻里、わたしの買ったばかりのシャーペンを筆箱から選び取る、自分の胸ポケット、そこに、忍ばせている。

わたしは後ろを向いた。

違う違う、嘘だ嘘。風邪だ、風邪だ、風邪のせいだ、朝から響いていた頭の痛みのせいで見間違えた光景だ、見間違い見間違い。でもそうじゃなかったら。わたしは見てはいけないものを見たことになる、どうしよう。

後悔とあせりがあさがおのつるのように絡み合う。

・・・・・・わたしは再び、教室を見た。

・・・・・・変化していない。

いくら目をこすってみても、さっき見た景色は全く改善されることなく、といって悪化しているわけでもない。

それが逆にわたしを不安の縄でしばりつけた。

退屈そうにあくびをする麻里を見れば見るほど心は詰まる。全身がきゅうくつだ。

しばらく驚きで呆然と見つめていたら唐突に、麻里は消しゴムを筆箱からむしり取るようにつかむと思いっきりたたきつけた。きれいな直方体の新品の消しゴムはかわいそうなほど無音で、弾むテニスボールよりも不器用な虚しい無音で床からはねかえった。最後には、わたしの足元に波線をえがきながら転がってきた。

ほこりがついて黒っぽくなっている。

なんだか悲しくなった。

麻里を見るかわりに、涙を流すかわりに、うっすら汚れた消しゴムと目の端で上靴を見ていると、自分のちっぽけさと弱さを痛感してしまう。わたしが惨めで情けないから、こんなことになってしまったんだと思ってしまう。

「おはよう市村さ、」

「うそだよねっ!」

無意識に出た大声は長い廊下に寂しく反射して、となりの教室から流れてくるざわめきと食いちがいながら、違和感を残して調和した。

「言ってよ・・・・・・うそって言って・・・・・・」

心臓の音だけが耳に入っていた。

ドクンドクンドクン、鼓動のはやい音に頭痛がした。


どうしたの市村さん、何かあった?

それよりも大丈夫?熱、あるんじゃないの。

学校休まなくていいの?

無理してこなくてもわたし平気だよ。

別に寂しくなんかないからさ。

だからわたしのことは気にせずに、早く帰ったほうがいいよ。


「ね、市村さん」

気がつくとわたしの目の前に麻里はいた。

長細く笑みをうかべている麻里の赤いくちびるは、思わずわたしを震え上がらせる。そこにいる麻里はまるで本物の麻里じゃないようだった。

「ねぇ・・・・・・麻里、」

「渡辺麻里よ、わたしは」

「・・・・・・麻里?」

「わたしがあんたを市村さんって呼んでるように、あんたもわたしを渡辺さんって呼ぶのよ」

麻里に言われて初めて麻里が、わたしを市村さん、と改まった言い方で呼んでいることにやっと初めて気がつく。チクチク先のとがった針が、心をプツプツと、傷を見るのも嫌になるほどの痛々しさで突き刺した。

「ほら、市村さん。わたしを渡辺さんって呼んで」

「・・・・・・いや、いや」

「どうして?そのほうがいいじゃない。変にわたしばっかりさん付けで呼ぶより、揃えたほうが一体感があっていいじゃない。あ、誤解しないでね。別に今までの関係を否定するわけじゃないから。それにわたし、これからも市村さんと仲良くしていきたいの」

「え・・・・・・」

「言ったじゃない。あの赤と青のストラップをお互い持ち続けていたら、二人が離れることはないって」

「・・・・・・」

「わたしが思うにあれは約束だと思うんだよね。市村さんがあのストラップを受け取った時点で、わたしと市村さんは何があっても離れちゃいけないって、約束したんだと思うの。だから市村さんはわたしにはむかっちゃダメ。幼稚園のときに習ったでしょ? 約束は守らないといけないって」

・・・・・・あのストラップもうそだったの。

わたし、本当に嬉しかったのに。

涙がでるくらい嬉しかったのに。

全部うそだったの・・・・・・。

全部わたしの、一人よがりだったの。

「わたしの言う事に間違いはありますか、市村香織さん」

「・・・・・・ねぇ」

「発言ですか、どうぞ」

「ねぇ、どうして」

「質問ですか。許可しましょ、」

「どうしてこんなことしたのっ!?」

心でざわついている不安や怯えなんかの細かい粒の土が、少しずつ集まって粘土のようにねられできた丸い泥団子状の感情の硬い塊が、のどを不快に鳴らしながら口からはき出た。

塊をよけきれなかった様子である麻里は、目を大きく見開き一歩下がった。しかしそれもほんの一瞬で、すぐに麻里は、不気味にわたしを見下ろした。

「ふふん。変なこときくのね。どうしてこんなことしたの、か。決まってるじゃない」

「決まってる?」

「うざいからよ」

心臓が破裂した。

そう感じるくらい、胸が痛かった。

麻里を本気で怖いと思った。

どうしちゃったの麻里、何かあったの。

聞こうにも聞けない。

「どうしたぁ? 傷ついたような顔してるの? あ、もしかして気づいてなかった、自分のこと。それか分かってても見て見ぬふりしてたとか。そりゃぁ傷つくよね。でもこれが現実なの」

怖い、麻里の変化が恐ろしい。

「まだ受け入れられないの、最悪にうまれた自分を。じゃぁ教えてあげる、あなたはいないのよ、この世に。いても存在しないの。なのにいちいち学校に来て一日中ずっと暗く座ったままで、これじゃぁいてもいなくても同じじゃない。まぁ、わたしはどちらかというとそんなあんたを笑ってけっこう楽しんできたんだけどね。だからわたし個人としてはいてくれて正解だった。たぶん皆もそう」

「だったら、」

「でも人間ってかわいそうなのか好都合なのか、とっても飽きっぽくつくられてるのよ」

「・・・・・・」

「それにしても、あなたバカねぇ。わたしの本心に気づかないなんて。人と接しないぶん人を観察してるのかと思ったら。どうやら才能や素質はゼロもない、マイナス以下のようね。劣っている。全てにおいて劣っている。何の取りえもない」

心にズキッときた。

「いじめて嫌でもこれないようにさせようって。もう名前も忘れちゃったけど入学してすぐにへこたれちゃって来なくなった、あいつみたいにさせようって。いつのまにかクラス全体でそう決まったのに」

不登校児の山か川かどちらかの字が名前にある子の顔が、おぼろげながらも浮かんだ。そのとき、少し心に新たなものが芽生えた。

「ねぇ、なんであきらめなかったの。簡単にあきらめちゃえば、あなたも永遠に楽でいられるし、わたしたちも悩み解決で一石二鳥だったのにさ。どうせ学校に来たって苦しいだけだったくせに、なんでわざわざ来たの? あ、もしかして自虐的行為に走っちゃったとか。いくらなんでもそれはな・・・」

「負けたくなかったから」

言っていた。さっきまで足がビクビクしてたのに・・・・・・麻里の言葉を無意識にさえぎり、言っていた。

もはや自分をコントロールするのは不能だった。

目の前の視界がぼやける。

頭がギンギン痛い。

くらくら目眩がした。

「はっ、負ける?もうあんたはとっくに負けてるじゃん」

「違う・・・・・・」

「ど、どこがよ」

「香織の言ってる負けと、わたしの言ってる負けは・・・・・違う、全然ちがう。そりゃぁわたしも一度は負けたと思った。元々勝ってるなんて、考えたこともなかった。でも、やっぱり悔しかった。たぶんあのとき麻里がわたしに話しかけてこなかったら、わたしはみんなに仕返ししてたかもしれない。だから」

ふらふら揺れて倒れそうになりながら、自分でも目つきが怖くなっていくのが感じとれた。酒に酔っ払ったら、こんなふうになるのだろうか。

「もしかすると、わたし壊れちゃうかもしれない。なんだか自分が自分なのか分からない。今まで復讐は行動になんてできるわけなかったけど、もしかしたらしちゃうかもしれない」

「いきなり何を言うのかと思ったら、そんなこと。あまりにもくだら、」

「注意しといて」

「何を」

「わたし、麻里を傷つけたくない。でもね、ごめん」

「・・・・・・」

「もう止められないの、我慢の限界なの」

分かるわよね、この気持ち。

複雑なんだけど分かってしまう。

やっちゃいけないことほど、人は簡単にできてしまうの。

悪いことをするために、勇気なんていらないの。

麻里がやってきたことだって、それと同じ。

「だからといって、わたしと麻里の関係は変わらないよ、いつまでも。だって・・・・・・」

窓から入りこむ風が、机上のプリントを吹いた。

「このストラップがつないでくれているから」

香織の手にある携帯とひもで結ばれた水晶、ストラップの水晶は怪しくうっすらと・・・・・・そして戸惑い気味に、光を放った。


僕自身、この展開はちょっと無理があるんじゃ、と思うところもあります。

が、なんとか最後まとまるようにしますので、

それまで時間かかるかもしれませんが、

よろしくお願いします。

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