第1章−2話
「見てよ、あの市村香織って子。惨めだよねぇ相変わらず」
「ほんと、ありえない。なんであんなに惨めな子が、こんな学校に来ちゃってんだろう。迷惑だよ、ねぇ」
「死んじゃえばいいのに、あいつ」
その日一日で、学校は地獄に一変した。
朝登校したとたん浴びせられる一言一言は、わたしを痛めつける道具以外の何者でもなかった。最初は耳に入らなかった言葉もいつしか、耳をふさげばふさぐほど敏感に聞こえやすくなってきて、誰かが近くで耳打ちしてるだけでも不安になってきた。
暴力はなかった。
殴る、蹴る。体の傷となって後々現れるその行為を証拠として、先生にわたしがいじめられていることを告白する事を怖がっているのか。それとも、この人たちはそういう見た目でわかる傷の付け方よりも言葉で心をボロボロにすることこそが、最も相手にとって苦痛なものだということを心得ているのか。
どちらにしても、わたしはみんなが急に自分とは違う世界にいるようで、常に孤立感におそわれるようになった。移動教室も休み時間もどれもこれも独り。
陰口を言う人はだいたい決まっていたけど、そのぶん見ているだけの人もいつも同じ顔ぶれだった。
運命ッテ残酷ダヨネー。
お金のジャラジャラ入った財布の中身を確認しながら何の気なしに言う人たちが、わたしは大嫌いで大嫌いで、そして怖くてしょうがなかった。残酷っていう言葉を口癖のごとく簡単に口に出せる人なんか、本当に苦しんではいない。実際はわたしみたいな人間に残酷さを与えてばかりいる、卑劣なやつだ。
将来ガフアン?
時々テレビのCMなんかで中高生がつぶやいている。
ふざけてるのか、それを見るたびそう思う。
わたしなんて、1分1秒が不安の連続だ。自分の隣を誰かが通るだけで鳥肌が立つ。将来大学受験があっていつかはきっと就職しないといけない、一体わたしはどうなっちゃうんだろう。そんな不安とは比べ物にならないほどの深い闇こそが、わたしの中でいう不安なのだ。
学校にいる間は、時間が消滅してしまえばいいと思っていた。
でも時間は過ぎていく。
いじめられて、1ヶ月が経った。
このころわたしは夏休みを待ち望んでいた。40日間、ずっと誰からも存在を否定されないなんて、なんと幸せなことだろう。今では天国のような場所となった家で好きなことをして好きな時間だけ寝ていられるなんて、天国を通り越した夢の世界だ。
そう思った半面、でもよく考えたら、「あと1日くらい、いいか」と8月31日に甘えを見せてしまいそう。そして名前も知らないあの子みたいに不登校になってしまう。
降参でーす。
そう白旗を揚げたら、ざまぁみろと形のない背中を蹴られる。寒気がした。プライドじゃない他の何かが、敗北を認めることをいやがっていた。
そんな精神不安定なあのとき確信を持って言えたことは、今は苦しくても必ず状態はよくなりますよ、なんていう病院の先生が言うその時だけの慰めなんかじゃなくてもっと厳しい現実、無視とか悪口くらいで嘆いてたら冗談抜きでわたしは完璧に壊滅してしまう、ということだ。
だから、わたしは、学校に行った。
けっして負けるなんてことは、したくなかった。
教科書を開くとどのページにもある、赤や黒の乱雑な色で書かれた中傷の言葉。
一度国語の授業中、先生にページ45を読むよう指示された。あいにくページ45は、というかほとんどのページは「バカ」とか「クサイ」とかで埋めつくされていて、読もうにも途切れ途切れにしか読めない状態だった。あのときしょうがなく、「すみません忘れました」と言った時の惨めさははかり知れなかった。
頭の中で試行錯誤してるうちに夏休みが始まった。わたしは朝から晩までボーッとし続け、40日何も考えず過ごした。そうしているほうが、不思議と心は休まったのだ。でも常に40日後に迫る現実に対して、不安がどこかにある。だから、休もうとしても充分には休めなかった。
こうしてあっという間に夏休みは終わり、そしてまた寂しさの鐘が鳴った。2学期が始まったのだ。
40日の空白が何かを変えてくれるんじゃないかと期待して、白旗を揚げることなく学校に行ってみたわたしだが、案の定前のままだった。けど、一つだけ変わったことがあった。




