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第7章−2話

上靴を脱ぎ、パカンという高い金属音がする靴箱に手を伸ばし、そして開いた。上靴をその中に入れると同時に通学靴を地べたに放り投げる。つま先をとんとんとして、かかとまで25センチの足を革靴に入れる。

この行為をするたびに靴箱を見るたびに、わたしは今でも身震いして思い出す。

いじめの恐怖、人間の恐怖、を初めて実感した瞬間。

「死ね」と簡単に使う人間の心は、あの日以来わたしの中に置かれたままになっている。麻里が脅されてわたしの悪口を言って、それを真に受けた中学生のわたしが復讐というものを決意したように人は、何か衝撃を受けたとたんどう豹変するか分からない。友永くんだってきっと、そうなのだ。友永くんにだって、何か理由があるに違いない。

人間の心は怖く、そしてもろい。そのぶん一発の威力はすさまじい。わたしは身を持って実感している。


ピピピピピ・・・ピピピピピ。


胸ポケットにあるケータイが鳴る。なぜか動じてしまった。突然誰もいない周りの沈黙に人間からは出せない機械音が入ったからだろう。とりあえずそういうことにして、わたしは弱くブルブル振動しているケータイを制服の胸ポケットから取り出しパカッと開いた。

画面を見る。

「ま、麻里っ」

思わず声に出して驚いてしまった。

ケータイの画面に、麻里の名前と電話番号が表示されている。

その間にも麻里からの着信を知らせる音は寂しく鳴り続けている。一定のテンポだからこそ感じられない焦りが今回はどうしてだか、とてもリアルに伝わってくる。もしかしたら、この焦りはわたしの予感からきているものなのかもしれない。ケータイの画面にうつる麻里の名前と電話番号、そのケータイから発せられる着信音。

わたしは、自然と思い出していた。


渡辺さんから何の連絡も来てないの。

なんか、不安なのよね。こう胸の辺りが騒ぐって感じかな。


ここに青井先生がいたら聞きたい。

今わたしが感じてる胸のざわざわは、先生の不安と同じですか?

同じだとしたらわたしはすぐさまケータイのボタンを押して麻里と電話を通してつながっていたし、もし違っていたとしても今日学校を無断欠席した麻里からの連絡、すぐに応答しないといけない。

通話ボタンを押した。

耳にケータイを当てた。

無音。

「・・・・・・もしもし」

音が全く入ってこない、静寂さのあまりなかなかこの一言を出すことができず数秒戸惑ったが、きちんとわたしは言った。それも、何か嫌な予感がしていたからだった。ケータイの固い感触がやわらかい耳の皮膚を刺激する。なのに、肝心の麻里の声や息遣いが、敏感に働こうとしている鼓膜に届いてこない。

息が出来ない状態。

死。

呼吸もせずわたしは口を閉じていた。

わたしはたまらなくなり走り出した。

ケータイを切る余裕すらなかった。

さっき感じた胸のざわめきと嫌な予感が当たっていませんように。

麻里に何も起こっていませんように。

ただそれだけを願いながら走った。

周りの風景も音も何も見えないし聞こえない。

あまりの自分の足のスピードについて行けずいつ転げてもおかしくない。

そんなことはどうでもよかった。

無意識に最悪な状態が想像される。麻里がどこか高い建物から飛び降りる姿、薬を大量に水で飲む姿、赤信号構わず車道に出る姿・・・・・・。とてつもなく怖い。

失う。

一瞬にして失う。

嫌だ、一緒にいた人がいなくなる。

ありえない、ありえない。

そんなこと起こらないに決まっている。自分は思い込みばかりしているマイナス思考の人間だ。当たらない思考ばかりしている、バカな頭をした人間だ。

今回もそうだ。

そうじゃないとおかしい。

だって、昨日わたしの手の中には、確かに麻里がいたから。麻里の温かさがあったから。それが無くなるなんて考えられない。

アスファルトの道を走ったり角を曲がったりしているうちに、麻里の家が見えてきた。麻里の家にはあれから何度か遊びに行ったこともあったから、それで道順を覚えていたのだ。やがて『渡辺』と彫られた表札のある見た目新しい二階建ての家にたどりついた。インターホンの四角いボタンが、とてつもなく近距離で目に迫ってくる。これを押し、麻里が出てくれれば不安は取り除かれる。分かっていた。でも、なかなかそれができない。躊躇してしまう。いつものことだ。慣れた迷いはやけに気分を落ち着かせるが、しかし逆に苛立ちが募る。どうしてわたしはここまで不信なのだろう。自分に対しても誰かに対しても、はっきりと全てをゆだねられない。悔しかった。思い通りにいかない自分が悔しい。モヤモヤする。こんな思いしてる場合じゃないのに、なのにすぐに行動に移せない。

「市村さんっ」

呼ばれた。

そのとき、初めて涙を流している自分に気づいた。

慌てて指先で涙をぬぐう。

完全にさっきまで泣いてた証拠は消したのに、なぜか振り向いたらそれがバレてしまいそうだったから、呼んだ相手がこっち側に回ってくるまで両手で顔を覆い、下を向いて待っていた。

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