第1章−1話
6月5日、天気曇り時々雨。
入学してまだ2ヶ月しか経過していない、しかし学校での人間関係はもうすっかり構築されている。なのにその日になってもわたしはいまだ学校になじめず、思えばこんな目に遭ったのも当然といえば当然だったのかもしれなかった。
上靴に履き替えようと革靴を脱ぎ、脱いだそれを片手で持ってもう一方の手で靴箱をキーッという金属音で開けると中に、紙が入っていた。
こんな経験初めてだったからわたしは変な期待をしながら、二つ折りのその紙を開き見た。
死ね
いきなり目に飛びこんできた2文字の刃。
冗談が飛び交う教室では定番となりつつある言葉が人付き合いほぼゼロのわたしに向けられたことはほとんど無かったけど、そのぶん人より刃の先の鋭さに対しての免疫は乏しかったらしく、重い音をたてて心臓を貫いた。
同時にグサッとした痛みが中心に襲いかかり、すぐにそれはテンポの速い鼓動となって表れた。
何分間か『死ね』の字の意味を分かっていても受け入れられないでいるうちに、動揺は鈍い違和感を残したまま、粉薬が水といっしょに喉を通るようにして赤い血の巡る全身にサッと溶けた。
・・・・・・あ、いじめだ。
そのとき、難なく理解できる自分が、そこにいた。
前々から孤独な自分が標的にされる率の高いことを心得ていたのに、今日明日そうなってもいいように構えていたのに、それでも悲しくなって息苦しく、肺が痛んだ。
ここまで理解していてもわたしは紙を素早く最初の形に戻して、さらに四つ折りに、続いて八つ折りにしていた。何かの間違いだと思いたかった。それでなんとか息を整えてもう一度半開きの口で開くと、やっぱりそこには『死ね』と書かれてある。ボールペンで、強く書かれてある。
紙を持つ手が震えた。
唾が喉を通らなかった。
頭は混乱している。かと思えば、意外にも冷静に、自分が見てきた過去を思い返していた。
わたしがいるクラスには、入学して1週間で不登校になった生徒がいて、その子はいじめられていた。カバンをゴミ箱に捨てられ靴を花壇に埋めこまれ上靴に画びょうを入れられトイレで水を頭にかぶせられ、徹底的に潰されてある日学校に来なくなったその子の名前をわたしははっきりと覚えていない。たぶん山か川かどちらかの字が名字にあったと思う。そんな平凡な名前のその子でも、友達がいなければいじめられてしまう。きっとその子はこれからのわたしを映す鏡なのだろう。学校にいる間は常にある恐怖、それと戦う余地もない人だから友達ができないわけであって、学校で誰とも話さず家に帰るわたしはその条件にピッタリ合う。良かった。あの子が先で良かった。
そう思えば、まだ気分は落ち着いた。
二番目なのだ。わたしより卑下される人が、上にいるのだ。
山か川かどちらかの名前の子より、わたしは少し周りから見た価値が高いのだ。
でもそれでも震えは止まらない。
手の指先から始まったそれは恐怖と結合し、いつのまにか腕を通り肩に行き着き、そして胴体を過ぎて足全体にたどりついていた。
震動は懸命に立とうとする筋肉の力を消していく。
足を地面に押さえつけてなんとか体勢を保っていたら、突然チャイムの音が響いて、瞬間、全身の力が吸いとられたように抜けた。