第6章−2話
「小学生のときはなんとか我慢できてたの。でもわたし、中学校に入学してからもっと孤独になったから。しょうがないんだよね、こういうのは。運命なんだよ。でもやっぱり運命っていう言葉じゃ片付けられないくらい辛かったことはあった。わたしの居場所はあるようで無かったの・・・・・・。ずっと自分がいる感覚が分からなかった。話しかけて無視されることはなかったけど、誰もわたしを仲間に入れてくれたりいっしょに笑ってお喋りしたりなんていう風には誘ってくれなかった。で、そのうち自分から皆との距離を遠くするようになった。すっかり臆病になってたの。
でも・・・・・・でもずっと疑問に思ってた。なんでわたしばっかりこうなんだって。ねぇ、どうしてだと思う、香織。わたし何も悪いことしてないんだよ。なのにいつのまにか、2学期に入ったときからはすっかりいじめられるようになってた。6、7、8月の暑さでたまったイライラがみんな、爆発しちゃったんだろうね。でもさぁ、わたし分からない。登校してきた瞬間『消えろ』とか『うざい』とか言われて・・・・・・意味分かんない。学校にいる間の一秒一秒はただの地獄なの。全身震わせて、下向いて、警戒して、周りを見るたびに心臓が痛くなって怖くなる。不公平じゃんねぇ、香織。こんなの、こんなの不公平だよっ・・・・・・」
麻里は一旦口を閉じ、そしてまた開いた。
「それで探したの・・・・・・同じ思いを味わっている人。共感したかった。わたしの気持ちを少しでも分かってくれる人が身近にいさえすれば、もう充分だった。で、見つけたの、香織を。香織はわたしがいじめられる前から、そうだったでしょ。だから接触した。じゃないと、誰かに声をかけるなんて勇気わたしからは出てこない。
そうしたら、香織はわたしと仲良くなってくれた。ものすごく嬉しかったんだよ、ここまでの優しさが人間の中にはあるんだって、本気で感動した。だからわたし、あんなストラップを香織にあげた・・・・・・もう絶対に離したくなかった。香織はわたしより大切な宝物だったから。自分の弱さを見てしまう気持ちを紛らわすには、誰かといっしょにいることが一番だって気づいてたから、もう香織を失ったらわたしはおしまいだと思った」
少し分かる、麻里の気持ちが分かる。そんな気がした。
「香織と親しくなって得したことは、何よりみんながわたしを普通として見てくれるようになったこと。わたしに友達ができたとたん、誰もわたしにひどいことをしなくなったの。わたしそのうち香織がいじめられているのを注意するようになって・・・・・・しかもみんなが素直にいじめをやめるようになって、ものすごく得意な気分だった。
でも、そう現実は甘くなかった。やっぱりわたしがいじめられてたっていう過去は消えないんだって・・・・・・実感した。ある人から、生意気だとか、調子に乗ってるって思われてたらしくてね。わたしは・・・・・・わたしはただ、今まであれだけ苦しんだんだからちょっとくらい主人公になったっていいんじゃないかって。別に欲ばりになってもいいんじゃないかって。思いたかっただけなのに・・・・・・なのにまたわたし・・・・・・」
さっきと同じように麻里は下を向いて一瞬黙った。
それから、全ての胸のとげを、痛くても我慢しながら、最も取りやすい位置に動かすかのように、ゆっくり取り除いていくように話しを再開した。
「次のやつはひどかった。クラス全体のものとは違って、今度は一人から受ける威圧的なものだった。でね、それがね、友永くんだったの。友永くんが、わたしにこう言ったの。『今すぐ、市村香織を手放せ』って。『何をしてでも、市村香織を傷つけてでも、縁を切れ』って。わたし『どうして』って聞いた。そしたら友永くん、『あいつが上手くいってるの見てるとイライラする』って。そう言ったの。香織が、わたしと仲良くするのを嫌がってたみたい・・・・・・。
わたしものすごく迷った。だってね、友永くんものすごく怖かったんだ。言うとおりにしなかったらわたしがとんでもない目にあうかもしれないし、もしかしたら香織に何かが・・・・・・っていうふうに怖かったの。でもせっかく手に入れた香織を自分から手放すなんてこと嫌だったし、それに何より香織はわたしの宝物だから・・・・・・宝物はきれいに磨かないといけないでしょ。ヒビなんて入れちゃいけないでしょ。だから迷った。なのに・・・・・・迷ったのにわたしは決めた方向を間違った。何日もずっと考えたのにね。バカだよね、わたし。だからってあそこまで言わなくてもよかったのに。香織はいてもいなくても同じだって、香織のこと市村さんって呼んだりわたしを渡辺さんって呼ぶように強制したり。ひどいよね、わたし。最低だよ・・・・・・最低。あれだけ香織を傷つけたのに、なのに香織はわたしと絶交もせずに・・・・・・。
どうせなら突き放せばよかったのにね。二度とわたしの顔を見るのも嫌になるくらい、徹底的にやればよかったのに。ごめんね、中途半端なことしちゃって。香織には一切迷惑かけるつもりじゃなかったの・・・・・・ごめん、言い訳だよね、こんなの。でもわたし謝らないといけないんだ。あのね・・・・・・謝らないといけないの」
麻里はわたしのほうを見てはうつむき、見てはうつむきを繰り返し、そして震えながらもわたしを最後にはきちんと見た。そんな苦しげな麻里を、わたしはどうしても直視できなかった。
「万引きしたのね、わたし、万引き、したの。昨日、駅前のデパートで・・・・・・命令、されたの。友永くんに命令されたの。『おまえはおれの言うとおりにしたが、どうして現在も市村香織がおまえの近くにいるんだ。おまえは約束を破ったのか。じゃぁ、それ相応のことをしてもらわないとな。そうだ、万引きでもしてもらおうか。まずは手始めに文房具か何かを盗ってこい。あぁいう小っさいのがすんなりとできるようになれば、そのうち何万とする服だって盗れるようになるさ。大丈夫、安心しろって。おまえが絶対につかまらなくなるまで教えてあげるから』。
わたし、いやだって言えなかった。拒否したら、もっとひどいことされるって直感で感じてた。だから従ったの。そしたら店員に見つかってね。わたし、これ以上に無いってくらいがんばった。なんとか必死に逃げきってわたしは盗ることに成功した。でも友永くんはその盗った消しゴムをひったくってね、こう言ったの。『素晴らしい。君には万引きの素質がある。明日こそは、ぼくが注文したものを盗ってくれ。分かってるだろうな。従わないと、ひどい目にあわすぞ』って。遊ばれてた。わたし、友永くんの良いように使われたのよ。しかもその後友永くん『この万引きは市村香織がやったことにする。おれが証人になって、市村香織を完璧にめちゃくちゃに潰す』って言ったの。ハッとした。わたし気づいていなかった。友永祐一は賢いんだって、頭だけはいいんだって・・・・・・。気づかなかったせいで、わたしのせいで・・・・・・わたしのせいで香織はやってもいない万引きの疑いをかけられてしまったの。だから」
「ねぇ麻里」
これ以上麻里に話し続けられたらわたしは罪悪感を覚えてしまう。
麻里に何の利益もない悲しみを与えてしまう。他人の心をわたしの身勝手さで揺さぶってはいけない。
わたしは、麻里の肩に手を置いた。
「何・・・・・・」
「悪いのは全部あいつだよ、友永祐一だよ。麻里は悪くない。だから、そんなふうに自分を責めないで」
何か違う。
そう感じた。
わたしは、言葉をいつも本心から使っているのだろうか。
友永祐一に全ての責任を負わす、ということは麻里にとっては良いかもしれないがわたしにとってそれは正しい事なのだろうか。
一瞬疑ったけどすぐに、わたしは何よりも麻里のためになっているんだと思い直した。そして・・・・・・もう一度麻里を抱きしめた。
これまで毎日更新し続けてきましたが、
明日は更新できなさそうです。
もしこの小説を楽しみにしている方がいるのなら、
数日ほど待っていただいてもらいたいです。
よろしくお願いします。