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第5章−2話

屋上のフェンス。緑色の正方形の枠が網目になってできたフェンス。転落事故を防止するために付けられた、3mはある高い高い緑色をした網。その触れたら軽快な音がする壁に、今彼はもたれている。

「呼び出されたから来たけど」

友永祐一はのど仏を上下させた。

「なぁに、一体どうしたいの」

上目づかいで問う友永祐一は、香織を思わず震え上がらせた。

怖い、怖い。

全身の毛が逆立つ香織の皮膚は、ごく自然に恐怖を連想させる。

「ほら、なんとか言いなよ」

香織から数メートルしか離れていないにもかかわらず、友永祐一は中学生とは考えられないほどの威圧感を放っている。かなしばりにかかったかのように、香織の足をはじめとする全身が、動こうにも動けなかった。

「さぁ。ぼくを呼んだんだから、話があるんだろ。言えよ」

だんだん命令口調になる友永祐一に、先ほどまで開こうともしなかった口が徐々に抵抗しながらも開いていく。

「わたしなんとなく分かってた」

「はぁ?」

「でも絶対にそれを表面上でも、自分の中でもあえて出さないようにしてた・・・・・・怖かったし、自分を保とうとしていたから。でももうやめる。麻里が無断で学校に来なくなってしまうなんて、もう耐えれない」

友永祐一の足元を見るので精一杯。

香織はそれでも話し続ける。

「わたし、青井先生から聞いた。全部よ、全部。わたし万引きなんてしてないのに、あなたはわたしが万引きしたって先生に言ったらしいけど、ひどいよね、それ。挙句の果てには麻里は学校に来れなくなって・・・・・・。あなたのせいよ。わたしも麻里もあなたのせいで、傷ついたのよ」

「あのさぁ、さっきから何言ってるんだよ。勝手にぼくが先生に嘘ついたみたいな、ぼくが渡辺さんを学校に来れなくしたみたいな、そんな言い方してるよな」

「そうよ、そんな言い方してる」

「正気か?証拠も無いくせに。悪いけど、今日塾があるんだ。きみの遊びに付き合ってるひまなんて、ぼくにはないんだ。もし塾に間に合わなかったら、どうしてくれるんだよ」

「じゃぁ最後に聞く」

力強い声で香織は叫んだ。

つばを飲み込む。喉が枯れている。

「なんで・・・・・・麻里を・・・・・・麻里をいじめたの」

香織の声は弱く、もろい崩れそうなものになった。

友永祐一の歯のギラリとした光が、屋上の床に反射して香織の目を焼く。

香織の目が閉じる。

頬に涙が、一筋流れた。



昨日。

「香織」

わたしが青井先生から万引きの件について聞いてから、帰ろうと靴箱で靴をはきかえていたとき。

麻里が、わたしを呼んだ。

振り向いた。

ぎょっとした。

手に持っていた上靴が、滑り落ちた。

麻里の顔があのときのわたしに似ている。いじめられていたときのわたしと同じように、ほとんどの事に対して無気力無関心でおまけに死ぬ決意すらまともにできない力の抜けた目をしている。

ただ、そこに怒りや恨みの感情は存在していなかった。

もうわたしはがんばった、これ以上何かしたってしょうがない。

あきらめを超えた絶望の表情。

「ど、どうしたの」

この時、まだわたしは麻里の万引きの可能性がゼロとの自信を持てていなかったため、「どうしたの」の後に「大丈夫?」という一言を付け加えることができなかった。

「香織は、わたしのともだちだよね」

「えっ?」

すぐに答えてあげれなかった。

改めて聞かれて、わたしは自信を無くしていた。

本当に、わたしと麻里はともだちなのだろうか。

そもそも、麻里は最初好意を持ってわたしに接していなかったはず。わたしが友達のいない孤独な人間じゃなければ、きっと麻里は他のクラスで交友関係の少ない子を目当てにしただろう。なのにどうして友達か友達じゃないかなんて、今さらそんなことを聞くのだろうか。

わたしは少なくとも麻里を信頼してきたけど、一度裏切られてからはどこか全てを託すことができなくなっている。

だからといって、わたしと麻里の関係が途切れたわけでもない。

それでもともだち、と一言で表すほど簡単な関係がわたしと麻里にあるとは思えない。

いったい友達って、何なのだろうか。

疑問が根をはるように広がった。

「・・・・・・ともだち、じゃないかな。だって一緒にいることも多いし。よく話したりするし。そ、それにストラップ。あのストラップが何よりの証拠だよ」

「じゃぁ・・・・・・ストラップが無くなったらわたしと麻里の関係はどうなるの?」

白い比較的薄い携帯とつながったストラップの水晶を、麻里は指でトントンとはじいた。

「ちょっ、ちょっと麻里。わたしはただ、これがあるからわたしと麻里はここまでやってこれたんだって言いたかっただけで。だからそこまで深い意味は・・・」

「ねぇ香織」

「・・・・・・」

「わたし、どうしたらいい?」

麻里がわたしを頼っている。

薄皮をむいて現れた麻里の心の弱さ。噛んだら無音で砕けるクッキーやつまむとすぐに砂となるやわらかい石よりももろい、心の弱さが痛いほどわたしに伝わってくる。身体で何か呼ばれた感覚をつかみとる。

その瞬間、わたしは気づいた。

人はそこにいるだけで誰かとつながりあえる。友達恋人兄弟姉妹。それぞれに対して抱く感情は当然違うし、価値観も全く違う。でもどれもみんな境はなく、自分を中心とした同じ円の中にいる。そこに誰かがいるから誰かがいるわけで、相手がいなければ今の自分はいない。だからこそ人は人に優しくしたり守ってあげたり、愛を与えたりする。

大切なことに、気づいた。

「どうしたらいいのかな、わたし」

「うん」

「なんで、こんなことになっちゃったんだろ」

「うん、大丈夫だよ」

「もうわたし逃げたい。隠れたい」

「分かるよ、その気持ち」

「ねぇ香織」

「何?」

「わたしが本当の事話して、良いと思う?」

ダメだ。

泣いてはいけない。

でも、涙が止まらない。

人はどうして訳もなく、泣いてしまうときがあるのだろう。

悲しみがあるから希望がある。

そうであればいい。

本当に、そうであってほしい。

「これ話したら、わたし傷つけられないかなぁ」

「うん、大丈夫」

「大丈夫?」

「うん。絶対に大丈夫」

わたしに今出来ること。

それは、この際うそでも何でもいいから全てに100%の自信を持って麻里と接し、支えてあげること。

「いじめられてるんだ、わたし」

麻里はあえてそうしているのか、飛びっきりの笑顔で言った。でもわたしには分かった。少なくとも、一度経験したわたしには分かった。強がっている、麻里は、強がって寂しさをごまかす。なんとなく、わたしに似ている。心が強いのか弱いのかさえ不明な強がりというものが、麻里の笑顔を作り上げていた。


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