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第4章−2話

その日の授業は麻里のことを考えている間に終了。

放課後、わたしは職員室で担任の青井先生に聞いた。

「この学校の生徒のだれかが万引きって、ほんとですか」

すると先生は手馴れた様子で、「そんなことはありません」と言った、わたしの目は見ずに。

「先生」

「どうしましたか?」

「知ってますか、青井先生。嘘は相手の目を見ながらじゃ言えないんです。たとえ言えてもそれはいつかばれる嘘なんです」

キーボードを打つ手がとまった。

先生の表情も固まっている。

わたしは今しかないと思い、

「おねがいします。教えてください先生」

頭を深く下げたわたしに、職員室にいる先生生徒、全員が視線を向けたのを感じたが、本来他人の視線が苦手であるわたしなのに、このときだけはなぜか全く気にならなかった。

「なんか分からないけど、怖いんです。わたし、一回麻里の裏を見ました。麻里のことを知っているから、これ以上悪くなってほしくない。だから、麻里の事教えてください。お願いします」

本心だった。麻里を間違った道に歩かせたくない、そのためにはわたし、どんなことでもできる。

「・・・・・・ちょっと来て」

先生はそう言うと、わたしの返事も待たずに職員室を出た。

わたしもそれについて行こうとする。そうしたら、案の定視線も一緒に、わたしのところについてきた。でもわたしはそんなこと構わずに、先生だけを見て歩いた。

先生は職員室を出て廊下をほとんど歩くこともなく、職員室の二つ隣にあるドアを開けた。

「入って」

わたしは言うとおりに、まるで刑事の取調室のような場所につばを飲んで入っていった。

その部屋はなんだか中高生が勉強クラブで大忙し、というやつとはかけ離れた世界の空間のようだ。とても緊張した。部屋にはシンプルなステンレスの長方形なテーブルが一つ中央に、さらに背もたれのない丸い緑のイスが二つ、テーブルをはさみ向かい合うようにしておかれている。壁は白く床も白い。どんな些細な汚れでも簡単に見つかってしまいそうだった。

「座って」

先生は奥にあるイスに座ってから、わたしに促した。

本気で怖くなった。麻里がここにいればもっと怖くなるか全然怖くなくなるかのどちらかだろう、しかしどちらにしても今ここにいるだけで充分怖くなった。

絶対に麻里は、万引きなんてしていない。

そう少しでも、1パーセントでも信じていたから先生に聞くことができた。あと数パーセントあるだけでわたしは完璧に楽になれそう。そう感じわたしは麻里にもらったストラップのついた携帯があるポケットに手を入れ、それを強く握りしめた。

今なら間に合う。もう手遅れなのかもしれないけど、麻里はまだ、わたしの手の届くところにいる、と信じて。

「さっき言ったこと、本当なの?」

しばらくして、先生は口を開いた。

わたしは何もいえなくて、顔をゆっくり上げた。

「だから、さっき渡辺麻里さんが万引きをしたって・・・・・・。そういう言い方みたいだったから、うん。もし先生の勘違いなら・・・・・・」

「違いますっ。麻里は万引きなんてしてません」

わたしは、とっさに青井先生の言葉をさえぎった。

本当にこのまま突き進んでいいのか迷いながらも。

「わたしは・・・・・・麻里をチクリにきたわけじゃないんです。そんなんじゃないんです。わたしは、先生から聞きたいんです。万引き犯は麻里じゃないって、他の人だって。もうとっくに犯人は見つかって厳しく怒られたって。そう言ってほしいんです。ただ、それだけなんです・・・・・・じゃないとこのままだと、わたし・・・・・・おかしくなってしまいそうで」

わたしは肩を震わせながら必死に言った。

もうこの日一日で一生分の力を使ったよう。

なのに先生は、

「そう」

と平然でつぶやいた。


ナニカガオカシイ。


さっき感じた恐怖とは違うものをわたしは覚えた。

ここに入ったとき取調室に来たように感じたけど、それは本当だったのかもしれない。

「渡辺さんも同じことを言ったわ。『香織は万引きなんてしない』って」

足の裏を床につけているのが落ち着かなくてビクビクしてると青井先生は、ため息をついてから言った。

改めて観察するとめがねの奥で光る先生の黒目がある。そこにスーッ、と麻薬の一時的な快楽と同じなのかもしれない感覚で引きこまれそうになって、わたしはそこからサッと目をそらした。

そして、

「麻里がわたしと同じことを言ったって、どういうことですか」

とそのまま先生の方を見ない姿勢で聞いた。

「市村さん、あなたわたしに言ったわよね。相手の目を見てうそはつけないって。そのことが本当なら、今さっき市村さんがわたしに聞いた質問をわたしは受け付けないわ」

「・・・・・・」

「これを大人がよく言う平等というのよ」

じゃぁわたしは不公平でいい。

わたしは誰よりも下でいい。

そう吐き出せたらどれだけ楽か想像しただけでも夢心地な気分になってしまいそう。だからあえて、わたしは弱音を吐かないことにした。

負けたくはなかった。

先生が言っている意味は相変わらず分からないけど、それでもやっぱり自分の弱さを見せたらおしまいだと思うし今まで散々いじめられて嫌でも弱さを勝手につくらされてきた。

どうせなら経験から学んだ知恵はいかしたほうがいい。

それにしても、どうして先生はわたしに対してここまで厳しく接するのだろう。いつもは差別も偏見もない先生が、どうして急に変わったのだろう。

「一体何が言いたいんですか、先生」

今度は青井先生と面と向かって言った。

目線を強くして、聞いた。

「市村さんに白状してほしいの」

白状する?何を?

「認めてほしいの、誘導されてじゃなくて自分から」

・・・・・・認める誘導? どういうこと。

「市村さん、人は変われるのよ。だからお願い・・・・・・嘘なんてつかないで」

わたしウソはつくけど・・・・・・先生が目を潤ませるほどのウソはつかないよ、ほんとに。

「あの青井先生わたし・・・」

「『万引きしました』」

「・・・・・・」

「そう認めて、市村さん」


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