挑戦者ギルド
挑戦者ギルドは、町の西側にある。隼人たちは町の東側の門から入ったため、ちょうど町の中を突っ切ることとなった。
町並みを眺めながら東に向かって歩いていると、隼人はどうも自分に視線が集中しているように感じる。
それも当然、隼人の今の服装は現代から持ってきた物、つまりパーカーやジーパンというこの世界にはまだ存在しない服だからだ。そんなものを着ていれば、目立つのは当然だろう。
ギルドに行ったときに下手に絡まれるのも嫌なので、初めに服を変えることにした。
「服屋。お、ここか」
現代と違い、ショーケースなども無く、街頭展示もないが、店の中には折りたたまれた服が並んでおり、壁際には見本のように広げられた物が掛けられている。
店の中に入ると、中にいた客の視線が一瞬隼人に集中し、すぐに逸らされた。
「とりあえず街並みに馴染める服にしたいよな」
そう思い、買い物客の服装を意識しながら商品を見てみる。現代のように着色されている物もあるが着色されていない物に比べて値段が高い。縫い合わせはしっかりとしているようで意外と肌触りも良かった。
もっと麻で出来たごわごわしたものを想像していた隼人としては、かなり良い物だ。
色は白か黒、もしくは茶色がメインで、着色のあるものもくすんでいる物が多い。色が鮮やかな物は、それだけ値段が上がっている。
隼人は汚れが目立ちにくそうなうっすらと茶色の入った白いシャツを選択し、ズボンに濃い緑の物を選択した。季節的には秋に向かっているが、この地方は一年中温暖な気候のため、防寒具はあまり意識しないでもよさそうである。
いざとなれば、持ってきた防寒着を着ればいいのだ。
簡単に試着を済ませ、大きさが問題ない事を確認してレジに向かう。
「すみません、これください」
カウンターにいた店員に、持ってきた服を渡す。
「はい、ありがとうございます。裾合わせは大丈夫でしょうか?」
「大丈夫です。あ、すぐ着ていきたいんだけど良いですか?」
「大丈夫ですよ。お会計銅貨六枚と五百ファンになります」
言われた金額を袋から取り出し店員に渡す。
店員は数字が間違っていないことを確認して、会計を済ませ、すぐに着替えたいと言う隼人の要望に応えて、試着室に案内した。
そこで手早く着替えを済ませ、店を出る。
すると、今まで集まっていた視線がかなり減る。さすがにリュックのこともあってまだわずかに目立つが、それでも着替える前よりは大分マシだ。
「うし、行くか」
気を取り直して、隼人はギルドへと向かう。と、言ってもシャノン第二位の都市というだけあって、町の面積はかなり広い。徒歩で町の西から東まで抜けようと思えば、まっすぐに歩いてもそれだけで優に一時間は掛かってしまう。
しかし、だからこその物もある。
ベルデには街中でも馬車が通っており、市バスのように定期的に同じ場所を往復しているのだ。
基本的には、町の中心から時計の文字盤のように別れた方向で定期便は走っている。
それ以外にも、東西を結んだり、南北を結ぶ馬車もあり、この時代の交通の便としてはかなり優秀なものだろう。
「この馬車って西門行き?」
「おう、そうだぞ。乗るなら五百ファンだ」
「乗った」
隼人は馬車亭にならぶ馬車の中から西門行きの馬車を見つけ出し、荷台に乗り込む。そこにはすでに数人の出発待ち客がいた。
外からは、先ほどの御者が後一人で出発だと声を上げている。
定期便とはいっても、時間通りに動くのではなく、人が集まったら出発する形なので、運が悪ければ出発までにかなりの時間を要することになる。
今回は運がよかったのか、その残り一人もすぐに集まりそうな様子だ。
「ここ空いてます?」
「ええ、空いてますよ」
「じゃあ失礼して」
空いている席を見つけ、隣の客に一声かけてそこに座り、他の客を何気なく眺めてみる。
隣の客はこの町の住民なのか、野菜やパンが入った袋を抱えた女性だ。
その前にはいかつい男性が目を閉じて出発を待っている。風貌的には挑戦者でもありそうだが、武器を携帯していないため、はっきりとは分からない。
他にも、ローブを着た男性や、露出の高い服を着た女性もいる。
すると、最後の客が馬車に乗り込んできた。
「出発するぞ!」
御者の声と共に、馬車が西門に向けてゆっくりと動き出した。
馬車に揺られること四十分。町の中のため馬車を走らせるわけにもいかず、徒歩とほぼ変わらない速度で馬車はゆっくりと進み、西門に到着した。
街中で馬車を使う利点は、楽ができるのと、道に迷わないことぐらいだろう。
「お疲れさん。忘れ物の無いようにな。忘れ物は全部俺が貰っちまうぞ」
客席を覗き込みながら御者はそう言ってニカッと笑う。
隼人は苦笑しつつ馬車を降りた。
西門は東門と同じように、門の近くにずらっと露店が並んでいる。ただ、違うことがあるとすれば、その商品内容だろう。
東門が町の住人を中心とした市場だったのに対して、ここは挑戦者や旅人をメインターゲットにした露店が多いように見える。
簡単に言ってしまえば、串焼きや武器、薬といったすぐに食べられるものや旅支度に必要な物だ。
周辺にはタレの焼ける香ばしい匂いが充満し、所々の露店から煙がもくもくと上がっている。
客層もそれらしく、皮や鉄の防具を纏っていたり、ローブを纏っている人が多い。
もちろん、腰や背中には剣や斧などが背負われているから、挑戦者なのはほぼ確定だろう。
そんな光景をざっと眺めて、隼人はお目当ての場所を探す。それはすぐに見つかった。
「あそこか」
挑戦者ギルドは一目で分かる。
教会のようにとんがり屋根の建物であり、その天辺には挑戦者ギルドの証である塔の刺繍がされた真っ赤な旗がたなびいていた。
建物は全部で五階建立て。一階の前面は全てが入口となっており、大きく開かれている。そこにはひっきりなしに人が吸い込まれては出てきていた。
その波に乗るように、隼人もギルドの中へと足を踏み入れる。
大理石のように滑らかな床に、真っ白の壁。フロアの奥半分は職員用になっており、職員の仕事場と一般フロアを分断するように真ん中には巨大なカウンターが置かれていた。
一定間隔に受付は設置されているようで、ギルドに要件のある挑戦者たちはそれぞれのカウンターに並んで順番を待っている。
よく見れば、カウンターの上には、そこがどの内容を受け付けるのかが書かれており、半分近くが魔石の買い取り、三つほどが個人依頼の受理、残りが雑務関連になっているらしい。文字の横に魔石の絵や依頼書のような絵が描かれているのは、文字を読めない人のためなのだろうと判断して、隼人は目当てのモノが書かれているカウンターを探す。
そして、一番右端に新規登録の文字を見つけた隼人はそちらに向かった。
「こんにちは。こちらは新規登録専門の受付となっておりますが間違いありませんか?」
「ああ、新規登録したい」
「ではこちらの書類に記入をお願いします。代筆も可能ですので、気軽にお申し付けください」
「文字は書けるから大丈夫」
蓮華のスパルタは伊達では無い。バカな隼人でさえ数か月で文字をマスターすることが出来たのだから、教師になれば一流の塾でも雇ってもらえるレベルだろう。
頭で覚えるというよりも、体に覚えさせると言った方が良い教育だったので、実際に生徒が付いてこられるかは謎だが。
隼人は羽ペンを手に取り、書類に一通り目を通す。
まず書かなければならない場所は、名前と年齢、戦闘経験の有無と魔法を使用できるかどうか。そして、血縁や知り合いに挑戦者がいるかどうかだ。
「この血縁や知り合いって何のために書くんだ?」
「そちらは、新人の方のサポートのためですね。戦闘経験が無い方が多いので、知り合いなどがいた場合、その方にサポートをお願いする場合があるんです。チームなどを組めば、死亡率は極端に下がりますので」
「なるほど」
魔物が塔の中にしかいない世界で、戦闘経験をする可能性は極めて低い。精々が、森で獣を狩ったり、村を襲撃する盗賊を追い払うぐらいだろう。
それにしても、専門の知識などあるはずも無く、鉈や鍬など農具で応戦するのがやっとだ。
それなのに突然塔に入って魔物と戦おうとしても、体が動くはずも無く、あっけなく命を散らすだけに終わってしまう。
そういった事態を避けるために、ギルドでは血縁や知り合いのチームや個人に連絡を取り、サポートを頼めないか頼むことがある。
基本的に挑戦者はチームで動くことが多いため、大抵はそのチームに一時的に加入し、経験を積むのだ。知り合いのため無碍も出来ず、なんだかんだでそのままチームに残るものも多い。
中には大々的に新人のサポートを受け入れているチームもあり、知り合いなどがいない場合は、そのチームがサポートに付くこともある。
「うし、書けた」
説明を聞きながら、必要な部分をサラッと記入し、受付嬢に渡す。
「ハヤト様ですね。年齢は十七歳、戦闘経験は盗賊団との戦闘で撃退。魔法の使用は無し。血縁も無しですか。間違いはございませんね?」
「ああ」
魔力を直接扱って武器にはしているが、あれは蓮華が言うには魔法では無いとのことなので、隼人は魔法に関して使用出来ないと書いていた。
もちろん挑戦者の血縁や知り合いも無く、戦闘経験は盗賊団を潰した時の一回のみ。初心者としては、かなり何もない状態からのスタートとなる。
「では会員証の発行に銀貨一枚をいただきますがよろしいですか?」
「おう」
入会だけで一万円相当はかなり高い気もするが、その金は町から塔へと馬車の運行や、塔の管理などにも使われているため妥当だろう。もちろんその馬車はギルド会員ならば無料で使うことが出来る。
隼人は袋から銀貨を取り出し受付嬢に渡す。受付嬢はそれを受け取り、カウンターの中にしまうと、引き出しの中から木の札を取り出し隼人に渡す。
「それではこちらの番号札を持ってお待ちください。会員証ができましたら、その番号でお呼びします。」
「一の三番か。了解」
一の三番と書かれた木の板をポケットにしまって、隼人はカウンターを離れる。
待合用の椅子に腰かけ、腕時計で時間を確認する。朝早くから移動を開始したおかげで、まだ昼前と言った所だ。
挑戦者たちは朝早くから塔へと出かけて行ってしまっているため、今ギルドにいる人数はかなり少ない。
閑散としたフロアで、五分ほど待っていると、同じ受付から「お待たせいたしました。一の三番の札をお持ちの方」と呼び声が掛かる。
隼人が受付へ行けば、先ほどと同じ受付嬢がカードを差し出してくる。
「お待たせいたしました。こちらがギルドの会員証になります。記入に間違いが無いか、ご確認ください」
カードは鉄製でその表面に何かしらの方法で隼人の情報が記入されている。
おそらく何かの魔法なのだろうと思いながら、情報を確認し間違いが無いのを確かめる。
「問題ないな」
「そのカードは塔へと入場許可証にもなっておりますので、塔へ行く際は必ず所持しておくようにお願いします」
「了解。もし無くしたら?」
「再発行はできませんので、登録のやり直しとなります。もちろん銀貨一枚いただきますので、それが再発行の代金と言った感じですね」
「うわ、結構シビア」
隼人の知る限りでは、よくあるようなランク制度は挑戦者ギルドには存在しない。そのため、再登録自体にはそこまで問題はないのだが、これまでに積み上げられてきた経歴は全てリセットされることとなる。
何階層まで到達したかといったことや、個人依頼の達成による信頼度、そんなものが全てリセットされてしまうのは、ベテランになればなるほど痛いものとなる。
そもそも、大切なカードをなくすような挑戦者の時点で、信用としてはガタ落ちも良いところだろう。
「では、ギルドと塔の大まかなルールについて説明させていただきますね」
「おう」
「ギルドの主な仕事は、皆様が塔で手に入れた魔石の買い取りになります。後は、一般の方からの個人依頼を受け付けて、それを挑戦者の方に紹介しております」
「個人依頼って?」
受付の上にも書かれていた物だが、隼人は聞いたことが無かった。
「魔石は魔導具のエネルギーとして利用されますが、魔導具の開発者の中には、これこれな魔石が欲しいなどと限定される方がいらっしゃいますので、それを取ってくる依頼になりますね。個人依頼の分、魔石の買い取り額は相場より高くなるので、挑戦者の皆様には少しお得になりますね」
その分ギルドは個人依頼を受ける際に依頼者から手数料を貰い、補てんしている。依頼者も一般のルートで購入するよりかは安くなったり、貴重魔石が確実に手に入るとあって、利用する魔導具の開発者も多い。
かといって、普通の買い取りが無くならないのは、電池と同じ役割のある魔石は、一般人でも多くが購入するため、小さな魔石でも必ず一定の需要があるからだ。
「なるほど」
「塔とギルド内に限ったことではありませんが、会員同士の私闘は禁止です。発覚した場合は、何かしらの罰則がありますので、気を付けてください」
「絡まれても?」
「はい、明確な状況が分からない場合は、両者罰則があります。軽い物ですと、銅貨から銀貨程度の罰金。重い物になりますと、数か月の魔石買い取り額減額や、塔の入場禁止になります」
それは、挑戦者としては生活に関わるレベルの罰則だ。
そもそも、挑戦者は物語の冒険者のようにその日暮らしの者が多い。ベテランクラスになれば蓄えで一か月程度ならどうとでもなるが、問題を起こすような者は大抵新人かレベルの低い荒くれ者だ。
そんな者達が一か月も買い取り額を減額されたり、まして塔に入れないようになれば、蓄えも無く、金を稼ぐ手段も無く飢えるしかない。
「そりゃ気を付けないとな」
「基本的に注意することはそれだけですね。その他の細かなルールはこちらに書いてあるので、時間のある時にでも一読してください」
「了解」
差し出された紙を鞄の中にしまう。それを見て、受付嬢は次の案件に掛かる。
「それでですね、ここからは個別の要件になるのですが、新人の方で挑戦者に知り合いのいない方は一週間無料でサポート専門のチームに入り戦闘訓練を受けることも出来ますがどうしますか?」
「戦闘訓練か」
前述したように、新人に戦闘経験のあるものは少ない。ギルドはチームなどを使って、新人の育成も行っているのだが、それでも誰も挑戦者の知り合いがいない新人は必ず出てきてしまう。
だからと言って、彼らを何の知識も無いまま塔の中に入れてしまえば魔物の餌になるのは時間の問題だ。
そこでギルドは、新人の中で、戦闘経験等が乏しく、訓練が必要だと判断した者たちに限り、一週間の戦闘訓練を受けることが出来るようにしている。これが強制では無く希望性なのは、単純にあまり金を使いたくないというギルドの方針だ。
隼人は受付嬢の問いに少し考え、答える。
「いや、俺は受けないわ」
「大丈夫ですか?」
隼人の返答に、受付嬢はやや心配そうな表情で問いかけた。
新人の死亡率が一番高いのだから当然だろう。まして、自分が登録の担当をした挑戦者がすぐに死んでしまっては目覚めが悪いというものだ。
「塔の一階とか二階でも、そんな新人だと即死するような魔物が出て来るの?」
「いえ、その程度なら、剣の振り方を勉強した程度の子供でも大丈夫ですが……」
実際、小遣い稼ぎと称して、一階や二階で弱い魔物を狩る子供もかなり少数だがいることにはいる。しかし、そんな彼らは、大抵の場合親が元挑戦者であったり、国仕えの騎士や兵士であることが多い。
「それなら大丈夫だろ。しばらくはその辺で慣らしてから少しずつ上がっていくさ」
「分かりました。では戦闘訓練は無しですね」
「チームの紹介はいかがしますか? ギルドでは新人を募集しているチームに紹介もしていますが」
「それも無しで」
自分の特殊な魔力に、相手がどのような反応をするか分からない以上、しばらくは一人で活動したい。そう思っていた隼人は、当然紹介も拒否する。
受付嬢は、先ほど隼人が色々と記入した書類に訓練なし、紹介なしと書き込む。
「では以上で登録を終了します。何かご質問はありますか?」
「ここから塔に出てる馬車ってどれぐらいあるの?」
「かなりの数が出ていますよ。門まで行ってしばらくすれば、すぐに乗れると思います」
ギルドの馬車も、街中の乗合馬車と同じように人が集まれば出発する方式になっている。その上、挑戦者の数も多いためかなりの数の馬車が運航されていた。
その為、時間的には三十分も経たないうちに馬車が発着していることになる。
「了解。それぐらいかな」
「ではご武運を」
「おう」
会員証をポケットにしまい、カウンターから離れて時計を確認する。時刻は十一時にまだ届かない程度だ。
「さて、塔に行ってみるか」
まだ夜までには時間がある。隼人はさっそく塔へ向かうことにした。
・サポートチーム
挑戦者として普通に活動しつつも、ギルドからの依頼として新人の教育も行う。正式なメンバーではないため、一週間で新人は強制的にチームから離脱させられる。
・ギルド紹介チーム
死亡や脱退でチームメンバーが足りないチームが、メンバー補充の為に新人を募集している場合に、ギルドに頼んでおくと新人を紹介してくれる。
正式メンバーなので、一週間経っても脱退などはさせられない。