塔の街ベルデ
盗賊のアジトを襲撃してからすでに二日。隼人たちは森を抜け街道沿いにベルデを目指して進んでいた。
ブレードギアのおかげで進行速度はかなり早く、予定より一日早く明日にでもベルデに到着出来そうである。
「さて、じゃあそろそろお宝の分配をしないといけないわね」
「分配?」
「なに、盗賊の宝石全部くれるの? 確かにありがたいけど、ちょっと不気味ね」
「いやいや、それこそなに言ってんの!? つか、適当に半分ずつでよくね?」
アジトから持ち出せたのは、貨幣と宝石のみである。剣や貴金属などがあればある程度分配が必要になるかもしれないが、今回手に入れたものだけでは特に話し合う必要があると隼人には思えなかった。
「何言ってるのよ。宝石って数ミリ大きさが違うだけでかなり値段が違うのよ? 適当に分けただけじゃかなり値段が違って来るわ」
「別にかまわねぇよ。てか俺としてはすぐに使える金が欲しいし、そっち優先にしてくれるなら、宝石は全部やるぜ?」
「ほんと? それは助かるけど、なんだか怪しいわね。そんなお金に拘らないなんて」
こちらの世界、命は非常に軽いが、その分金で何とかなる場合も多いのだ。ならば、金を大量に保有しておくことはかなりの保険になる。
特に、貴族や商人などは金を積めばある程度こちらの融通を通してくれるため、蓮華としては大金を確保するのは最重要課題だと踏んでいたのだが――
「まあ、金があれば何かと便利だろうけどよ、それって冒険っぽくねぇしな。挑戦者っつったら、無一文からの駆け上がりだろ」
「はぁ……つまり、安全よりもロマンを求めると?」
「そゆこと。だから宝石は全部そっちにやるよ。挑戦者だと、課金するのも面倒だし」
「分かったわ。なら私は宝石を全部と数日間の宿代、町の入場日と食費。だいたい銀貨五枚って所かしらね。それだけもらっておくわ」
「なら後は全部俺だな」
蓮華は袋の中から銀貨五枚(五万円程度)を取り出し懐に入れると、それ以外をすべて隼人に渡す。
中には、金貨が三枚、銀貨二枚、銅貨が数十枚とファン硬貨が数十枚。現金換算すれば締めて四十五万程度と言ったところだろう。
一見大金に見えるが、蓮華が手に入れた宝石を全て金に換えれば、優に数百万になるのだから、隼人はかなり損をしたことになる。
しかしそんなことを気にした様子は無く隼人は手に入れた貨幣を数えていた。
「ほんとにいいの?」
「おう、俺が宝石持ってても怪しまれそうだしな。武器とか防具買うなら金貨とか銀貨の方が良いし」
一般市民の少年が高価な宝石を持ち歩いていれば怪しまれて当然だろう。しかもそれは元々盗賊たちに取られた盗品なのだ。
もしそれが判明すれば、隼人も盗賊の仲間に間違えられかねない。
それに未だ、物々交換も珍しくない世界だが、宝石との交換ではどうしても物のつり合いが取りにくい。
言ってしまえば、隼人には持っていてもあまり使い道が無い物なのである。
「分かったわ、なら分配の話はこれで終りね。私はそろそろ寝るから、火の番はよろしく」
「おう、時間になっても起きて来なかったらテントん中入るからな」
「残念、目覚ましもちゃんとあるから、テントの中に入ることはできないわよ」
蓮華はわざとらしく隼人の目の前で腕時計の目覚まし機能をセットすると、テントの中に入っていく。それを見送って、隼人は小さく苦笑し、立ち上がった。
「さて、じゃあ始めますか」
何をするかと言えば、魔力操作の練習だ。
これから四時間、ただボーっと警戒をしているのも詰まらないため、隼人はこの時間を魔力操作の練習に当てている。
二人の考えでは魔力操作はなれれば慣れるだけ自分の中の魔力量ならば自由に扱えることが出来るはずなのだ。そして、二人はそれぞれまだ自分の限界量を操れているとは思っていなかった。
感覚的にも、物質魔力を操っている最中、まだ自分の中に魔力が残っているのを感じるし、練習を繰り返すことで、その量が少しずつ変わっているのも何となく分かるからだ。
隼人はとりあえず、ここ三日で慣れた剣を作りだし、それを原形に色々と変化をさせる。
斧や槍、鎌、こん棒やヌンチャク、思いつく限りの近接武器をとりあえず作ってみる。
今は剣一本で何とかなっているが、特に何か技を極めている訳でもない隼人が、その道の達人にあった時、隼人の剣技は無意味なものになるだろう。これはその際の対策である。
相手が知る武器だからこそ、弱点を突かれやすい。ならば、あいての知らない武器で戦おうと言うことである。蓮華の糸などはその最もたるものだろう。
一般的な常識を覆した糸の破壊力と、その糸を使った死体操作。そんなものをこの世界の人間は見たことが無いのだから、対処は難しいはずだ。
「あいつはあの糸があるけど、俺は特にないんだよな」
蓮華は昔から操り人形の練習で糸を使ってきた。だからこそ、あれだけの技量がある訳で、隼人が同じことをやろうとしても、糸が絡まったりしてすぐに使えなくなるのは明白だった。
だからこそ、自分だけの、自分に適した武器を探しているのだが、なかなか良さそうなものが見つからない。
「今日は何にするかね――――うし、今日は気分的にこれだな」
隼人が造り出した武器は、一点における突破力に於いて他を大きく突き放す。その一撃は岩を砕き、地面を深く抉る。
人間に向ければ、どこに刺そうと必ず貫通させるだけの能力を持ち、大柄の筋肉質な男たちが好んで使う工具。
人々はその名をつるはしと呼んだ。
「おはよう、土木工事でもしてたの? と、いうか音が殆ど無かったことに驚きなんだけど」
交代の時間になり、起きてきた蓮華は周囲の惨状を見て思わずそう答える。
それも当然、周囲には大量の穴が開き、土がむき出しになっている。生ごみを捨てるのにはちょうどいいかもしれないが、草原の風景としてはかなりマイナスだろう。
「ちょっと新しい武器について考えてたんだけどな。これもイマイチだった。音は頑張って爆発しないような魔力を調整したからな。毎回爆心地にいるのも嫌だし」
「威力弱めた上で四時間でこれだけできれば十分だと思うんだけど」
「もっとこう、蓮華の糸みたいに俺らしい武器ってのが欲しいんだけどな」
「まあ、その辺りはおいおい考えて行けばいいんじゃない? 必要になればおのずと手に入るものかもしれないし」
「うーん、そうなのかね? まあいいや、とりあえず俺も寝るわ」
「ええ、起きたら朝ごはん食べて一気にベルデまで行くわよ」
「おう、お休み」
隼人が草むらに毛布を引いて横になる。それを眺めながら、蓮華は持ち込んだ本を広げて読み始めた。
そして翌朝。
朝食のカップ麺を食べ終え、ゴミをちょうど隼人が掘り返した穴に埋めて出発の準備を整える。
「じゃあ行くか」
「ええ」
足元にブレードギアを出現させ、荷物を担いで二人は移動を開始した。
ベルデ。人口八万人を誇る大都市だ。
シャノン王国の数ある衛星都市の一つに過ぎないこのベルデが、王都とほぼ同じだけの人口を有するには理由がある。
それは、このベルデが世界に数か所しかない魔石の生産地だからだ。
魔石は魔力の塊だと考えられており、そこには魔力というエネルギーが込められている。この世界の人たちは、魔石から電池のように魔力を取り出し、その力を使って街頭やコンロなどの道具にしているのだ。
そしてその魔石を手に入れる唯一の方法。それは、魔物を倒すこと。
魔物は塔と呼ばれる場所のみに存在し、その多くは動物の姿をしている。
彼らを殺すことで、その死体は消滅し、魔石が手に入るのだ。だからこそ、魔石は貴重なエネルギー源であり、その魔石を手に入れることのできる塔が近くにあるこの都市が栄える理由でもある。
隼人が最初にこの都市に来たがった理由もそれだ。
塔を有する町には、挑戦者ギルドが存在し、塔の管理やそこに挑戦する者たちのサポートを行っている。
逆に言えば、このギルドに加入しない限り、塔に入ることは許されていないのだ。ギルドの資金は国が出しているため、実質国の管理下ということである。
「やっと着いたな」
「ええ、実際に見ると結構大きいわね」
ベルデの町は外周を大きな壁で覆われている。その壁は五メートルほどの高さだが、異界の書で見ていた時よりもずっと大きく感じた。
外壁には東西に門が設置されており、そこから出入りができるようになっていた。それ以外の場所には一定間隔に兵の物見櫓が設置され、周囲を警戒している。
塔は貴重なエネルギー源だ。故にそこを手に入れようと昔から多くの戦争が行われた。近年に起こった、隼人たちの見ていた戦争も、他の国の塔をめぐる戦いだ。それゆえ、塔を有する町は王都と同レベル、下手をすればそれ以上の兵士が警備を行っている。
「とにかく並びましょ。中に入るだけでも、初めてだとかなり時間がかかりそうだし」
門の方を見れば、ずらっと並んだ人の列が見える。かと思えば、その横を素通りしていく人もちらほらと見える為、全員が全員門で検査を受けなければならないと言うわけでは無いようだ。
「この列だと一時間は待つな」
「それぐらいで済めばいいだけど。下手にトラブルとか起こさないでよ」
「なんで俺がトラブル起こすこと前提なんだよ……」
「隼人だからに決まってるでしょ。変に絡まれても私に任せなさい」
「分かりましたよ」
「よろしい」
二人は列の最後尾に付いて、順番を待つ。列はゆっくりと動いていくが、時折大きな馬車の荷物検査などで動きが停滞することもあった。
しかし、大半は簡単な手荷物検査と入町金を払うだけで町の中へと入っていく。
「次の人どうぞ」
「私たちの番ね」
予想通り、一時間ほどして隼人たちの順番が回ってくる。
門番たちは、隼人たちの服装に一瞬怪訝な様子を示しながらも、特に問題ないと判断したのか、マニュアル通りに受付を進める。
「ここへ来たのは初めてか?」
「はい」
「目的は?」
「私は物資の補給。彼は挑戦者ギルドへの登録です」
「ほう、挑戦者希望者か。がんばれよ」
「おう」
門番はうんうんと頷きながら、隼人たちに荷物を用意された台の上に置くように指示する。二人はそれにしたがって、背負っていた荷物を置く。
「軽く検査させてもらうよ。あ、あと入町金はこの籠にね。一人銅貨五枚だよ」
「はい」
二人はそれぞれに袋から銅貨を五枚取り出し籠の中に入れる。それを確認した兵士は一つ頷いて荷物検査を始める。
と、言っても全ての荷物を取り出して一から調べる訳では無く、袋の蓋だけ開けて軽く覗く程度だ。
女性の旅人も割と多いこの世界では、荷物検査にもしっかりと女性兵士が対応していた。
心情的に見られたくない物もあるのだから、これは蓮華としてはかなりありがたい。
「こっちは大丈夫だな。と、言うか食糧が見当たらなかったが大丈夫だったのか?」
「おう、飯はあいつ任せだったしな」
「作ってもらうのは構わないが、食材や道具まで全部持たせるのは感心できないな。男なんだから、そういう物は率先して持ってやらないと」
兵士はずいぶんと紳士だった。
実際の食事用の道具と言えば、小さな鍋が一つとカップ麺が数個入っていただけなので、重さとしては無いに等しいのだが、それを言っても理解はされないだろう。
隼人は、素直に兵士の忠告を受け入れておくことにした。
「それもそうだな。今度から気を付けるよ。何せ旅なんて初めてだったもんだから、要領がつかめなくてな」
「ほう、挑戦者は危険を伴うが、成功した時の見返りも大きい。頑張れよ」
「ありがとな」
「そっちは大丈夫か?」
兵士は蓮華の鞄を検査していた女性兵士に尋ねる。それに女性は問題ありませんと答えた。
「よし、なら通って良いぞ。ようこそ、塔の街ベルデへ」
門番に促されて、その巨大な門をくぐる。その瞬間、二人の体に熱気が降りかかってきた。
目の前に広がるのは、ずらっと続く露店街。どの店からも威勢のいい声が飛び、多くの人たちがそこで買い物をしている。
時刻も十時頃とあって、主婦の客が多く目立つ。
並ぶ商品は果物や野菜、肉といった食料品から、木や金属で出来た調度品など多種多様だ。
「おお、これが露店街」
「凄い活気ね」
やはり、音も聞こえていたとはいえ、平面で見る光景よりも遥かに迫力があり、肌に感じる人々の熱気は、決して絵では味わえない感動を与えてくる。
「やっぱ串焼きとかあるのかね?」
「どうでしょうね。この辺りは食料品も加工して無い物が多いみたいだし」
露店に並ぶ商品は、どれも未加工で調理しなければ使えない物が多い。どちらかと言えば、旅人よりも町の住人が利用することの方が多いような店だ。
そう考えると、露店街と言うよりも市場と言った方が良いかもしれない。
時折自分達に投げかけられる声に軽く返事しながら、今は自分達の目的地に向かうことを優先する。
「さて」「じゃあ」
「奴隷市場に行きましょうか」
「挑戦者ギルドに行くか」
同時に二人の足が止まった。
突然道の真ん中で立ち止まった二人に、周囲は怪訝な視線を向けるが、二人にはそんなことを気にしている様子は無い。むしろ、周囲を完全に置き去りにして、視線をぶつけ合う。そこに、ロマンチックなものは欠片も無く、むしろピリピリとした緊張感が漂っていた。
「おいおい、町に来たらまずギルドに登録だろ。物語の常識だぞ?」
「何言ってるのよ。異世界に来たら奴隷を買うべきでしょ。自由に使える人間を合法的に手に入れられるなんて素敵じゃない。お金もたっぷりあるんだし」
隼人としては、今すぐにでもギルドに行きたい気持ちでいっぱいである。それに対して蓮華はギルドに興味など無く、これまでの生活でも当たり前のようにいた女中の代わりが手に入るのならば、趣味に集中したいこともあり身の回りの世話をしてくれる奴隷を買うのも良いかと思っていた。それに奴隷市場に行くのにはもう一つの目的もある。
数秒間、二人で向き合い睨み合う。そしてどちらともなくため息を吐いた。
「さっそく意見が分かれたわね」
「まあ予想していたとはいえ、かなり早かったな」
そう、二人ともいつかは自分達の意見が食い違う時が来るときは分かっていた。そもそも、この世界に来る時点で目的は違っているのだから、優先したい事が違うのも当然であり、どちらかが妥協できない時点で口論になるのは目に見えている。
だからこそ、二人はこの世界に来る時点で一つの約束を決めていた。
「意見が食い違ったら」
「即別行動」
それが二人の決めていた約束。
そもそも、幼馴染だからと言って、いつまでも一緒に行動する必要などどこにも無い。もともと恋愛感情なんてものは無かったし、行き先が違うのならば、別行動するのも当然というものだ。
「合流とかはどうする?」
「どうせ隼人のことだし、どこに行っても目立つでしょ?」
「それは俺がトラブル温床ってことか?」
蓮華の言葉に、隼人は目元をひくつかせる。
「あら、何か間違ったかしら? 高校時代も、大抵喧嘩騒ぎには隼人が絡んでたと思ったんだけど?」
「あれは向こうから絡んで来たんだ。俺から喧嘩を売った訳じゃねぇ」
「けど結局は渦中にいる。いい加減諦めたら?」
「いや、絶対に違う。俺は否定し続けるぞ」
「まあいいわ。とりあえず初日だし、夜には一回合流しましょうか。場所は満月の宿って所よ。場所はギルドの人にでも聞けばすぐにわかるでしょ。今夜はそこに泊まるつもりだから」
そこは、蓮華が異界の書で調べてあった宿である。多少値は張るがその分安全と清潔さが保障されており、頼めば浴槽を使うこともできる宿だ。
すでに四日も旅を続けている蓮華としては、入浴できることはかなり重要な要素である。
「分かった。満月の宿だな」
「じゃあ気を付けてね」
「蓮華もな」
それだけ言うと二人は、何の気概も無く別の道へと歩き始めた。
速く更新したいんですけどね……E-6が呼んでいるんです。
イベントが終わったら一日二日置き程度には更新できると思います。