魔法対物質魔力
直後に、衝撃を伴って体が地面へと打ち付けられる。
地面を転がりながら、素早く体勢を立て直し、衝撃が来た方を見れば、三人の男が立っていた。その内の先頭に立っている黒いローブを着た男が、隼人に向けて腕を突き出している。
「風系の魔法ね。隼人、大丈夫?」
「イテテ、仕留め損ねた」
「ちんたらやってるからよ」
手を向けているリーダーらしき盗賊は、風の塊を飛ばしてハンマーのようにぶつけたのだ。その衝撃はかなりの物だが、刃物のような殺傷力が無かったため、怪我は意外と少ない。
ただ、全身に鈍痛が広がっていた。
逃げた盗賊は、隼人が転がる間にその三人と合流し、体勢を立て直してしまう。
すると、風の魔法を放った人物が、二人を睨みつけながら話しかけてきた。
それに蓮華が答える。
「朝っぱらからずいぶん好き勝手やってくれたな」
「あなたたちだって好き勝手やってるんでしょ? お互い様よ」
「そうだな。ならば、力のある方がその要求を押し通す。これも道理だ」
「だから私たちは好き勝手やるの。あなたたちが必死に集めたお宝でね」
「頭、あの女指から糸を出して死体を操るし、その糸自体が武器になってるみたいだ。糸は剣でも斬れるが、男の剣は普通じゃねぇ。まともに受ければ、剣ごとたたっ切られる」
生き残った盗賊が、残り三名に隼人たちの情報を与えてしまった。これで、隼人たちの未知の攻撃というアドバンテージは消失する。
だが、先頭の男がリーダーであることも確定した。
「そうか。ザドン」
「おう、アースバイト!」
頭が後方の一人に指示を出すと、先ほどの男が魔法を発動した。すると、地面がゆっくりと波うちだし、波紋のように広場を埋め尽くそうとする。
隼人は蓮華の元まで戻り、様子をうかがう。蓮華も特に何かすることなく、波紋の様子を眺めていた。
すると、その波紋はまるで獲物を捕らえる口のように大きな津波を生み出し、隼人たちの元に襲い掛かってくる。
「隼人!」
「了解だ。こんなもん!」
二人に迫って来た津波は、隼人が振るった剣であっけなく粉砕された。
しかし津波を発動させた男は、隼人たちが無傷であるにもかかわらず、笑みを浮かべて頭に問いかける。
「これでいいんだろ」
「上出来だ」
頭はそれに一つ頷いた。
「どういうことだ?」
「ハァ……少しは周りを見てみなさいよ」
先ほどの攻撃がどのような意味を持ったものだったのか理解していない隼人に、蓮華はため息をついて首を振る。
蓮華に言われた通りに、隼人が周囲を見渡す。そこにはあるはずの物が無くなっていた。
「死体が無い?」
「そう、さっきの津波で土の中に飲まれたのね。本命はこっちでしょ」
「なるほど」
死体さえ無くなってしまえば、蓮華の死体人形は使うことが出来ない。これで、数的有利を覆されかねない厄介な攻撃を封じたことになるのだ。
相手にこちらの手の内を読まれてしまったことが、やはり痛手となっていることを隼人は痛感する。
「どうするんだ?」
「別にどうもしないわ。死体が無くても、人はそこにいるもの。あれを壊せば死体の完成よ?」
「やらせると思うか?」
頭の周囲に風が渦巻き始める。津波を斬った際に飛び散った砂が舞い上がり、砂漠に出来る竜巻のように、砂の粒子が風に乗って舞い上がる。
「トルネード!」
「しゃらくせぇ!」
二人に向かって放たれた空気の渦。それが戦いの始まりとなった。
隼人は正面から渦に向かい、その剣で真っ二つに切り裂く。魔力の剣はそのエネルギーを伴って、逆に頭に襲い掛かる。
それは、地面からせり出した土の壁が、大きく凹みながらも防ぎ切った。
「隼人、一般人は後回しよ。先に魔法使い二人を潰すわ」
「おうよ、サポよろしく!」
蓮華が糸を放ち、魔法使い達を拘束しようとする。その糸は、最初に逃げた盗賊が剣によって切り裂いた。
すでに糸ならば切れることも知られているのだから当然だろう。そして、それを見たもう一人の一般盗賊も、魔法使い二人を援護するように前に出る。
「邪魔だ!」
「クレイランス!」
「エアスパイラル!」
「チッ」
魔法使い達から放たれる攻撃に、隼人はブレードギアを駆使して躱していく。しかし、見えない魔法の混じった攻撃を全て躱すのは至難の業だ。
隼人は、空気の僅かな歪みと男たちの腕の方向を頼りに、風の魔法を躱し、土の魔法は剣で破砕する。
「これじゃ近づけねぇ」
「なら近づかせてあげるわ」
「は?」
そんな言葉と共に、隼人の手首に蓮華の糸が巻き付いた。それは一瞬のうちに腕全体を覆うように巻き付き、隼人の体を強引に引っ張る。
再びの浮遊感。気付いたときには、隼人は糸によって投げ飛ばされていた。それも、敵陣の真っただ中へと。
「うわっ!?」
「ほら、接敵出来たわよ!」
「むちゃくちゃしやがって!」
二人の突拍子もない行動に、盗賊たちも一瞬呆気にとられ魔法の手が止む。その隙をついて蓮華は魔法使いの二人に糸を結びつけた。
「捕まえたわ」
「なっ」「しまっ――」
それぞれの腕につないだ糸を結び合わせ、一気に引っ張る。すると、魔法使い達の両手と両足の糸がそれぞれ結びつき、二人を拘束する。
「ほら、しっかりサポートしたんだから決めなさい」
「しょうがねぇな。吹っ飛ばすぞ!」
「え? ちょっ!?」
今度は蓮華が驚きの声を上げる中、隼人は魔力剣を逆手で構え、地面に向かって振り下ろす。
それが危険な技だと感じた一般盗賊二人だが、止めようにももう間に合わない。魔力剣は地面へ深々と突き刺さり、最初岩を砕いたときのように爆発を起こす。
ズドンッ!!!
洞窟全体を揺らすほどの衝撃が走り、一瞬にして視界が土煙に埋め尽くされる。
爆破の衝撃は洞窟内に留まらずその頭上へと向かい、天井を砕いて外へと噴き出した。
「どうだ、これならやっただろ!」
「やり過ぎよ、バカ!」
最初の時と同じように自分の魔力で衝撃を防御した隼人と、糸を繭のように自分の周りに散布して守った蓮華は当然無事だ。
しかし、周囲は見るも無残な惨状である。
煙が晴れた広場の光景は、巨大なクレーターと空から差し込む朝日。壁際には衝撃によって吹き飛ばされた盗賊たち。その全員が全身から血を流して死んでいる。
衝撃で吹き飛ばされながら、飛んでくる瓦礫に全身を殴打された挙句、壁際に叩きつけられたのだから当然だろう。
「洞窟を潰す気!? 私たちのお宝まで埋まったらどうするつもりだったのよ!」
「あ、そっか」
「そっかじゃないわよ! 何のために敵のど真ん中に飛び込ませたと思ってるの!?」
蓮華の思惑では、隼人を敵の中心に放り込み、驚いた隙をついて魔法使い達を拘束、動けない彼らを隼人が斬る手はずだった。
しかし、動けない彼らを斬るだけのはずだった隼人が、自分を巻き込んで大爆発を起こすのだから、怒るのは当然だろう。
しかし、隼人の言い分はこうだ。
そんなん知らんし。まとめてぶっ飛ばした方が楽じゃん。
蓮華は、隼人の短絡的な脳筋っぷりを甘く見ていたのだ。
「もういいわ。とにかく洞窟が潰れる前に急いで財宝を探すわよ」
「お、おう」
爆発の衝撃で、洞窟全体にガタがきているのか、時折地響きのようなものが聞こえてくる。そのたびに、パラパラと土が落ちてくるため、蓮華は恐々としていた。
急いで洞窟の奥へと進んでいく。
すでに盗賊たちは全滅させたので、片っ端から扉を開き中を覗く。
それぞれの団員に当てられた部屋もあったが、めぼしい物も無くスルーする。
「どこにあるのよ。お宝は!」
「こういう時は一番奥ってのが鉄則だろ」
「なら一気に行くわよ。外れたら隼人が働いて稼ぎなさい!」
「え!? ちょっ、俺のリスク高過ぎ!?」
ブレードギアを発動させ、一気に洞窟を進む。徐々に地響きの間隔が狭まり、崩壊へのタイムリミットが近づいていることを示していた。
「あそこが行き止まりか」
「当たりだと良いわね」
「ほんとにな!」
一切減速せず、扉を隼人が剣で吹き飛ばし、中へと飛び込む。
部屋に入った瞬間、二人の目に飛び込んできたのは大量の武器や木箱の山だった。
「これは……」
「スゲー」
武器には宝石がたっぷりとあしらわれており、それ一本で一体いくらの額になるのか分かった物では無い。
適当に木箱を上げてみれば、中には宝石や貴金属が乱雑に放り込まれている。
「当たりみたいだな」
「さすがエリート盗賊団ね。溜めこんでる宝もレベルが違うわ」
たった十人しかいない小規模盗賊であったが、魔法使いを三人も保有している彼らは、かなりのやり手として国から指名手配されているレベルだった。
商人たちが対処に護衛を雇おうにも、魔法使いを三人も抑えられるだけの実力者集団を雇うとなれば、それだけで儲けが吹き飛んでしまいかねない。
騎士団も何度か盗賊の討伐に出たこともあったが、森の深い場所にあるアジトを見つけることが出来ず、逆に森の中で魔法の襲撃を受ける始末。最終的には、彼らに多額の懸賞金を懸けてハンターに頼むしかなかったのだ。
「どれぐらい持ってくんだ?」
「貨幣はできるだけ持っていくわよ。宝はそうね、宝石だけでいいわ」
「宝剣や貴金属は土の中になるのか、もったいないな」
「隼人のせいでしょうが……」
アジトが潰れなければ、後でまた回収しに来ることも出来たはずなのだ。それを台無しにしたのは隼人自身である。
「お、俺は悪くねぇ!」
「いや、百パーセント隼人のせいだから。とにかく手を動かしなさい。時間が無いわよ!」
宝石や宝剣などは、持って行っても売る場所が無かったり、裏の取引でもなければ買い取ってもらえないような物が多い。そんなものを持って行っても、隼人たちとしてはすぐに金に出来ないため意味が無い。
二人は適当に貴金属の入っていた袋から中身を全て取り除くと、その中にこの世界の共通貨幣である金貨・銀貨・銅貨を入れ、さらに現在地であるシャノン王国とその周辺国家で使える貨幣『ファン貨幣』を別の袋へと回収した。
「こんなもんでいいわね」
「おう、急いで脱出だ」
「待って!」
袋を肩に担いで、隼人が出口へ向かおうとする。それに蓮華が待ったをかけた。
「なんだ?」
「こういう所には、脱出用の出口があるものよ。たぶんあの辺り」
蓮華が一際うず高く積まれた木箱がある場所を指差す。そこは、宝剣などが乱雑に積まれていて、近づくのにも一苦労しそうな場所だ。
「隼人、吹っ飛ばして」
「もったいねぇな」
しかし、どうせ地面に埋もれてしまうものなのだ。隼人は覚悟を決めて、剣を振り抜く。
衝撃が財宝を吹き飛ばし、積み上げられていた木箱を破壊する。
すると、積み上げられていた木箱は空だったのか、軽い音を鳴らしながら砕け散った。さらに、壁だった部分の一部が衝撃によって崩れ落ち、さらに先の道ができる。
蓮華がそれを見て「やっぱりね」となにやら確信した言葉を呟いた。
「どういうことだ?」
「簡単なことよ」
つまりはあの木箱はフェイクだったのだ。そして、崩れ落ちた壁は出口側から侵入されないようにするための偽装。もし、出口側の洞窟が先に見つかってしまった場合、ここで行き止まりだと思わせるための物である。
出口が出口専門となっていなければ、避難用の意味が無いのだ。
「つまりあの先は外ってことか」
「そう言うこと。逃げるわよ」
「おう」
二人は、次第に倒壊の始まった洞窟から、たっぷりとお宝を手に入れ、非常口を使って脱出に成功した。