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奴の魔法は物理的!  作者: 凜乃 初
知識と技術の集まる地
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脱出

 とりあえずリュンに服を着てもらっている間に、隼人はイリーナたちを呼びに行く。

 そして、戻ってきたときには、出かける前以上に落ち込んだリュンの姿があった。

 その様子に、心配していたイリーナとフリーデも声を掛けるのを躊躇っている。


「どうしたんだ?」

「混竜族の孵化はのう、体を一気に成長させより強い力と能力を発揮させるためのものなんじゃ」

「それはさっきも聞いたな」

「なのにじゃ! なぜ私の体は成長しておらん! 服がそのまま着れるのだぞ!?」

「ああ、そういうこと」


 リュンが着ていた服は、いつも着ているものだ。つまり、肉体的な成長が一切無かったということになる。

 リュンの話からすれば、服は全部取り替えなければならないような成長をするはずで、それが起こらなかったリュンは、酷く落ち込んでいるという訳だ。


「えっと、その孵化というものをした後は、成長しないんでしょうか?」

「そんなことは無いが、基本的な成長方針は孵化でだいたい分かる。背が伸びるものは、十センチ以上伸びるし、巨乳になるものは、一目見ただけで成長したと分かるほどの大きさに変わるのじゃ。それが無いということは……言うことは…………」


 そう言って再びおいおいと泣き出してしまった。

 こうなってしまうと、隼人にはどうしようもない。

 女性の悩みは女性に任せるべきかと、イリーナたちを見てみるが、残念なことに二人はすでに立派な物を持っており、悩みを共感するのは難しそうである。


「落ち込んでいる理由は分かった。けど、とりあえずイリーナの診断は受けてやれ。こいつかなり心配してたし、お前の怪我も必死に直してくれたんだからな」

「う、うむ……イリーナ殿にも、フリーデ殿にも心配をかけたな。すまない」

「いえ、怪我がなくなってよかったです。あれほどの怪我では、酷い傷が残るはずでしたので」


 火傷の痕などは、どうしても顔や体中に残ってしまうはずだった。それが全て綺麗サッパリ治っているのだから、女性としては嬉しい事だろう。


「私も、お金はもらってるしね。リュンさんが強くなったってことは、それだけ私が儲ける可能性が増えたってことだし、今後を期待しているわよ」

「うむ。期待に添えられるよう努力しよう」

「じゃあ診察をしますので、ベッドに横になってください。服はそのままで大丈夫ですよ」


 イリーナが横になったリュンに魔法をかけて体調を調べていく。そして二三個の魔法を発動すると、笑顔で立ち上がった。


「異常は何もありませんね。いたって健康体みたいです」

「そりゃよかった。なら明日にでも移動ができそうか?」

「はい、体調的には問題ありません」


 医者からのお墨付きが出たところで、後はリュンの気分次第だが――


「私のせいで遅れてしまっているのじゃ。もちろん明日出発しよう」

「分かったわ。なら私は宿の人に明日出ることを伝えておくわ」

「それと今回は、二人は俺達より先に出て、そのまま進めるだけ進んじまってくれ」


 隼人の提案に、フリーデ達が首を傾げた。


「騎士団の連中がまだいるってことは、俺達が町を出てないのもバレてるってことだ。リュンが孵化したってことは、お前の幼馴染も同じように孵化している可能性は高いんだろ?」

「そうじゃな。だいたい孵化に掛かる日にちは同じぐらいじゃ。となると、町を出たところで再び戦闘になるのう」

「今回は逃げに徹する。またボロボロになられても困るからな」


 前回の時は、そのまま町に逃げ込んでしまえばなんとでもなったが、今回は次の町まで移動しなければならない。少しでも怪我は減らしたいのだ。


「私も自身がどれだけ力を上げているのかしっかりとは把握できておらんからのう。全力の戦闘は、その後にしたいところじゃし、反対はせんよ」

「つうことだ。全力で俺達が逃げたら、そっちが追いつけなくなる」

「分かったわ。なら明日の朝一で出発するわ。あなたたちは――」

「多分昼過ぎだな。騎士団が食事を取り、一息ついている時に一気に駆け抜ける」

「頑張ってね」

「気を付けてください」

「逃げるだけなら問題ねぇよ」

「そうじゃな」


 明日の作戦を考え、今日はお開きとなる。

 フリーデ達が自分の宿に帰った後、二人っきりになった部屋で、リュンは瞑想をしていた。


「実際どう思う?」


 隼人の問いに、リュンがゆっくりと目を開いた。


「何をじゃ?」

「脱出だ。逃げるだけなら問題ないなんて言ったけど、そう簡単じゃねぇだろ」

「かも知れんのう」


 相手の戦力は、突入時より確実に増えているはずだ。雑魚が増える分にはどれだけいようと関係ないが、リュンのライバルであるあの少女や、少女を助けた男が出てきた場合、まともにやり合って無事でいられる保証はどこにもない。

 あの男からは、隼人ですら感じるほどの歴戦の気配を感じた。


「しかし、私たちができることは一つしかない」

「それもそうか」


 全力で町から脱出する。それ以外に出来ることは無い。

ならば、それに全力を出せるよう、万全を期すまでである。


「今日はもう寝るわ」

「分かった。私も瞑想を終えたら眠ろう。明日は大事になるじゃろうしな」


 それぞれのベッドで、隼人達は英気を養って行った。



 翌日、二人は遅めの朝食というか、早めの昼食を取り、出発の準備を進める。フリーデ達はすでに町を出た頃だろうが、しばらく距離を取れるまで、ここに待機する予定だ。

 その間に、リュンは宿の親父から情報を買っていた。


「では騎士団は北門を中心に待機しておるのじゃな」

「そうだ、馬車もだいたい北門に集まってるな。ありゃ、この町に目標がいるんだろう。んで、移動を妨害するために集まってる感じだ。完璧に動きが読まれてるな。可哀想に」

「なるほどのう。ならば出るなら東か西か」

「西は無理だ。今門が一部壊れてて、通航制限が掛けられてる。出るだけで時間取られるぞ」

「となれば東一択か。どうも誘われているようにも感じるのう」


 騎士団が北門周辺を重点的に警備しているのは当然として、まるで図ったかのような西門の破損に、手薄な東門。まるでそこから逃げてくれと言っているようにも感じる。


「まあ分かった。これは謝礼じゃ」


 そう言ってリュンは金貨一枚を主人に渡した。それをにこやかに受け取った主人は、部屋へ戻ろうとするリュンに、告げる。


「不確定な情報だが、騎士団の中に卵から孵ったばかりの混竜族の少女がいるらしいぜ。にもかかわらず、スゲーグラマラスで、別嬪だって話だ」

「ほう……」


 瞬間、リュンの瞳からは光が消え、周辺に殺意がばら撒かれる。

 主人は驚いて腰を抜かし、近くの部屋からはドタドタと慌てるような音が聞こえてきた。

 それに気づいたリュンが、慌てて殺気を収める。


「おっと済まぬ」

「いや、いいが気を付けてくれよ」

「うむ」


 リュンが部屋に戻れば、隼人はすでに荷物をまとめ終えていた。と言っても、戦闘の邪魔になりそうなものは、あらかじめフリーデに預けているため、持っているのはショルダーバック程度の物だ。


「どうだった?」

「どうも誘導されておる気もする。いっそのこと正面から抜いた方が安心かもしれんのう。それとレラの奴はしっかりと成長しておるようじゃ」

「後半は俺にはどうでもいいな。けど、正面突破か。俺達らしくていいんじゃね?」

「じゃな。お主が馬を使えればもっと楽になったんじゃがのう」

「不味くなったら、お前に捕まって飛ぶさ。大きくなった羽なら行けそうだしな」

「行き当たりばったりはほどほどにしたいのじゃがのう。では参ろうか」

「おう」


 時刻は正午、俺達は堂々と街中を歩き北門へと向かっていた。

 ここまで堂々としていると、一般市民は指名手配犯であっても意外と気づかないもので、横を普通に通り過ぎていく。

 そして、北門に近づいてくると、さすがに騎士らしき姿がちらほらと見え始めた。

 だが、ここまで来れば、今から別の門に増援を呼びに行っても間に合わないだろう。


「んじゃ、俺から行くぜ」

「好きにせよ」

「マギアブレード、マギアメイル、ブレードギア展開」


 一瞬にして隼人の全身が琥珀色の魔力に覆われ、その変化に周囲を歩いていた市民たちが一斉に動揺し足を止めた。

 その隙を突いて、一気に加速を掛ける。

 リュンは隼人の影に隠れるように、ぴったりと後ろに着いて追いかける。

 その様子に、門を見張っていた騎士達が気付いた。一斉に声を上げて、剣を抜き隼人を迎え撃つべく構えをとる。


「そんじゃ一発!」


 マギアブレードを高らかと掲げ、一気に魔力を注ぎ込む。

 旅の間でコツコツと練習し、増やしてきた操作魔力量は、マギアメイルを展開させながらでも巨大な剣を生み出すことを可能にしていた。

 刃渡り十メートルを超える大剣を、隼人は天へと掲げ振り下ろす。

 ズガンと激しい音と共に、地面が抉れ、門が破壊される。そこに立っていた騎士達は、剣に当たりひき潰されるか、その衝撃で吹き飛ばされる。

 あまりの光景に、民衆たちはパニックとなり駆け出す。


「良い混乱になったじゃねぇか!」

「ならば続くとしようかのう」


 背中から飛び出したリュンが、羽を広げ尻尾を伸ばす。

 空へと跳び上がり、その身に炎を纏わせた。


「新たな力、試させてもらうぞ! 紅竜烈破!」


 纏わせていた炎が、リュンの腕へと集まり渦を作る。渦から放たれる灼熱は、一瞬にして進路上の騎士を燃え上がらせた。


「無色の熱とか殺意満点だな」

「火竜とはそういうものと聞くからのう。放つ技はどれも威力が高そうじゃ」


 自分の放った魔法に、リュンは満足げである。

 熱気の残る焼け跡を、一気に進み門の外へと出ると、そこには大量の騎士が並んでいた。

 その先頭にいるのは、例の男とレラである。


「少し誘導すれば、正面から来ると思っていたわ、ってリュン……あなた、孵化したんじゃないの?」

「レラか……お主は変わってしまったのう」

「いや、普通変わるはずなんだけど……もしかして孵化しなかったの?」

「ちゃんとしたわ! お主も今の炎を見たじゃろうが!」

「え、でも……」


 レラはリュンの見た目が全く変わっていないことに、激しく混乱していた。

 その様子がリュンのプライドを著しく傷つける。


「それは自慢か? お主がボンキュッボンになった自慢か? それとも私を見て村の連中と同様にあざ笑うか。ちっこいままだと、村一番のちびっこじゃと!」

「え、別にそこまでは言ってな――」

「そうじゃろうな! 昔からお主が二番、私が一番じゃったもんな! ならこの場で教えてやろう! 力においても私が一番じゃということを!」


 一人で勝手にヒートアップしたリュンが上空へと飛び立ち魔法を発動させる。

 レラはリュンのヒートっぷりに慌てながらも、空へと跳び上がりリュンの魔法に対抗するため、同じように魔法の準備をする。

 リュンが全身に炎を纏えば、レラは全身を氷で覆う。


「紅竜列破!」「藍竜結壁!」


 空で対極の存在がぶつかり合った。

 リュンから放たれた熱が、レラの造り出した氷壁にぶつかり激しい音を立てる。

 急速に温められていく氷の壁が、表面を溶かされ蒸発し水蒸気となり空へと立ち上る。

 その様子を端に、隼人は目の前の存在に注目する。

 堂々とした立ち姿に、無骨な騎士の甲冑。背中に背負われた大剣は、使い込まれたように、手に何回も布を巻き付けた跡がある。

 騎士団総隊長、グリスデルトだ。


「また会ったな」

「それが仕事だ。ここで止めさせてもらうぞ、貴様らは危険すぎる」

「危険なのはどっちなのかね。まあそんな議論をするつもりもねぇが」


 剣を構え、ブレードギアのアクセルを全開に、一気にグリスデルトへと接近する。

 グリスデルトは素早く剣を抜き放ち、隼人の斬り込みにタイミングを完璧に合わせて振り下ろした。

 ズドンッと重い衝撃が両者の腕へと伝わり、周辺の草が外へとなびく。


「邪魔な連中は斬り伏せるだけだ」


 突然の正面からのぶつかり合いに、周りに整列していた騎士達は、剣を構えながらもその激突に動揺を隠しきれていなかった。

 そこを突くべく隼人が動く。

 剣を傾け、受け流し、グリスデルトの巨体の横をすり抜ける。


「俺達は逃げることが目標なんでね」


 騎士団に狙いを定め、再び巨大な剣を振るおうと手を掲げた時、後方から風を斬る音が聞こえた。

 驚いて振り返ると、目の前にあの大剣が迫ってきている。

 とっさに剣で弾こうとするも、その衝撃は凄まじく、隼人の体を宙へと浮かせる。


「クッ」

「逃がさんと言った!」


 すかさずグリスデルトが走り込み、隼人に追撃を掛けようとした。しかし、突如上から降って来たものによって、それは遮られる。


「レラ!」

「大丈夫です!」


 それはレラだった。最初こそ、リュンと正面からぶつかり合っていたはずのレラだったが、一瞬のうちに体のいたる所に火傷を作り、その服も酷く焦げている。


「フハハハ! 体が成長したのにも関わらず、いきなり戦場に出てくるからじゃ! お主、まだ自身の体を使いこなしておらぬじゃろう!」

「そこまで考えて」

「おらんかったわ! ただむかつくから、叩き落としてやっただけじゃ!」

「クッ」


 せめて策略にはめて欲しかったと、レラは心の中で思う。何も考えずに突撃してきた馬鹿にやられたとあっては、混竜族として非常に恥ずかしい。


「今叩き潰すのも手かもしれんが、生憎と私は忙しい身じゃからのう! 見逃してもらえることを喜ぶがよい! 紅竜華炎衝! カッ!」


 リュンがその口に炎を溜め、気合いと共に放つ。


「魔法部隊! あれを打ち消せ!」


 放たれた炎は真っ直ぐに騎士団へと向かい、騎士団たちの魔法使いが放つ魔法を無常にもかき消しつつ、着弾する。

 強烈な爆発と共に、騎士団員が紙くずのように吹き飛ばされ道が出来た。


「フハハ、変わらぬ良さ、思い知ったか!」

「リュン! これがあなたの正義なの!」

「世界を滅ぼす手伝いをする奴らに、正義など語られとうないわ! 私の正義の意味を知りたければ、お主も塔の主に会ってみるがよい! そうすれば全てが分かろうぞ!」

「リュン、長話はそこまでだ。さっさと行くぞ」

「逃がすか!」

「逃げるさ!」


 レラが降ってきた間に、体勢を立て直した隼人は、リュンの作った道を使って、一気に騎士団から距離を取る。

 しかし、グリスデルトもそう簡単には逃がそうとしない。

 腰の短剣を抜き、隼人目掛けて再び投げつける。しかし、その短剣は突如地面から飛び出してきた琥珀色の壁によって防がれた。

 隼人が地面の中を使ってこっそりと魔力を伸ばしていたのだ。

 その壁は隼人が離れるとともにすぐに消えてしまったが、今から走っても二人の速度には敵わない。


「隊長、騎馬隊が準備できていますが」

「止めろ、いたずらに被害を増やすだけだ。隠密性の高いものにあいつらを追わせろ。行先だけでも調べるぞ」


 先ほどのリュンの魔法や隼人の剣を使えば、追ってきた騎馬隊を一掃することなど造作も無い。行先だけは見失わない様に追手を出させ、すぐに怪我人の治療を始めさせる。


「リュン、あなたは何を知っているというの」


 大量の怪我人が横たわる草原の中で、レラはリュンが飛び去った後を見ながら、小さく呟くのだった。


更新速度は遅いですが、こちらもちまちまやっていきますよ

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