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奴の魔法は物理的!  作者: 凜乃 初
知識と技術の集まる地
59/60

孵化

 カクンと自分の首が揺れるのを感じて、隼人はハッと目を覚ます。


「いけねぇ、眠っちまったか?」


 時計を見れば、ほんの数分眠っていただけだったようだ。その事にホッとした隼人は、眠っているリュンに水を与えるためにベッドへと近づく。そこで、異変に気付いた。

 布団が大きく盛り上がっているのだ。


「なんだ?」


 驚いて布団を捲ってみれば、そこにあるのはリュンの体では無く巨大な卵。リュンが膝を抱えれば丸ごと入ってしまいそうなその卵は、ベッドの中に横向きで置いてあった。


「リュンが退化した……」


 混竜族。竜だし卵から孵ってもあながち間違いではないのかなどと現実逃避気味な考えをしながら、恐る恐る卵に触れてみる。


「ふむ、温かいな」


 卵の表面はひと肌のようなぬくもりを持っている。


「卵ってこんなに暖かいもんだっけ?」


 前の世界では冷蔵庫に入った卵しか手にしたことが無かったため、生きている卵が温かいのかどうかなどは分からない。

 小突いて割るのも問題だろうと、卵から手を放し、どうしようかと考える。


「とりあえず」


 もう一つのベッドで眠っているイリーナの下へ行き、その肩を揺すった。


「イリーナ、イリーナ、起きてくれ」

「う、ううん……どうしました? リュンさんに何か!?」


 二時間ほど眠っただけで起こされたイリーナは、目元を擦りながら意識を覚醒させると、慌てて体を起こす。


「まあ、何かあったっつえばあったんだろうな」


 その歯切れの悪い回答に、イリーナは眉を顰めリュンのベッドを見た。そして表情が固まる。


「な、異変っちゃ異変だろ?」

「どうしてこうなったんですか!?」

「知らん、数分ウトウトしてて、水を飲ませようとしたらこうなってた。侵入者は無かったから、すり替えられた心配はないぞ!」

「そんなの当り前です! 人の代わりに卵入れていく人攫いなんていませんよ!」


 イリーナは慌てながら卵に近づき、あれこれと調べ始める。

 四方八方から卵を観察し、耳を当てて中の音を聞こうと試みる。


「何か聞こえるか?」

「いいえ、殻が厚いのか、心臓が動いていないのか」

「後者だったらまずいな」

「不吉な事を言わないでください!」


 卵に当てていた耳を離し、今度は治癒魔法を卵に向けて発動させる。しかし、その魔法は弾かれかき消されてしまった。


「魔法が弾かれた。この反応は怪我が無い時の」

「卵状態だと怪我だと判断されないってことか」

「どうしましょう、治癒魔法が効かないと、私ではどうしようも」

「とりあえず何か反応があるまで待ってみるしかないだろうな」

「そうですね、これでは私もどうしようもないですし、とりあえず今の状況をフリーデさんに伝えてこようと思うんですが」


 いくら街中だとは言え、まだ朝焼けすら見えない真夜中に移動するのは危険である。


「そうだな。日が昇ったら頼むわ」

「分かりました」

「んじゃ、俺も寝るかな。さすがに体中が痛い」


 椅子でウトウトしていたせいか、背骨を始め体の節々が痛みを発している。


「イリーナもまだ寝てていいぞ。これじゃ何もできないだろ」

「そうですね……ってハヤトさんはどこで寝るんですか?」

「そりゃベッドだけど?」

「ベッドは私と卵が使っちゃってるですけど……」

「大丈夫大丈夫。ベッド広いから二人ぐらい平気だって」


 そう言って、ついさっきまでイリーナが使っていたベッドへと潜り込む隼人。程よい温かさが全身を包み込み、休息に隼人を眠りへと誘う。


「何言ってるんですか!? いいわけないですからね! って言うか寝ないでください! 早くベッドから出てください!」

「この暖かさが良いんだよ」

「いい訳ないです!」


 フリーデが顔を真っ赤にしながら隼人をベッドから引きずりだし、床へと放り投げる。

 ゴンッと重い音を立てて、隼人は頭から床に落ちた。


「いてぇ」

「あ、ごめんな……さいじゃなくて、自業自得です!」

「たく、しょうがねェ、主人から布団貰って来るわ」

「最初からそうしてくださいよ……」


 大きなため息を吐くイリーナを背後に、隼人は宿の主人から布団を貰うために受付に向かうのだった。



 リュンが卵になってから二日が過ぎた。

 卵に特に変化は無く、その巨大な殻をベッドの上に鎮座させている。


「これは予定通りには動けなさそうね」


 卵を見ながらつぶやいたのは、フリーデだ。今後の予定を相談しに来たのだ。


「ああ、このまま運ぶのは目立ちすぎるし危険すぎる。とりあえずせめて孵化するまではまたないとな」

「孵化するんですか?」

「一応生きてはいるみたいだし、孵化はするんじゃないか?」


 イリーナの魔法により、リュンがはっきりと生きていることは判明している。

 これは、胎児の有無を調べる魔法を試しにかけたところ、見事に妊娠反応が出たのだ。しかし、卵の状態でリュンが妊娠しているとは考えにくく、リュン自体が胎児の反応の原因だと考えることになったのである。


「なら待ちぼうけですね。宿泊費は出してくださいよ」

「分かってるって。もともとこっちの都合で変更になったんだからな」


 フリーデは協力者ではあるが仲間という訳ではない。隼人達が購入する物資の提供先として、利益があるから一緒に行動しているだけだ。故に、利益が出ないと判断すれば、さっさと先に行ってしまうことも可能なのだ。

 それをさせないためにも、最大限フリーデには譲歩する必要がある。


「んで、騎士団の動きはどうなってる? まだいるの?」

「ええ、町には普通に巡回の騎士たちが歩いていますし、ホテルも貸切にしたまま動きはありません。あと、連日何人も治療院の人を呼んでいますね」

「もしかすると向こうも俺達と同じ状態なのかもしれないな」


 リュンと戦っていたのが、同じ混竜族の少女だったことを思いだし、隼人はその可能性に思い当る。

 リュンが戦闘の影響で卵化したのだとすれば、同じように向こうの少女も卵化している可能性がある。

 そうなれば、騎士団も色々調べるために動けないはずだ。


「そうなると迂闊に外も歩けねぇな」

「国際指名手配犯なんだから当たり前でしょ。私としては、こうやって普通に宿に泊まれている方が謎なんだけど」

「そういう宿もあるってことだ。需要のあるところに供給ありってな。けどお前らあんまりここ来るなよ? 一応犯罪者の巣窟なんだから」


 自衛の出来るリュンや隼人ならば、この犯罪者の巣窟でも普通に生活することも可能だが、イリーナやフリーデは身体的には完全に一般の少女だ。悪漢にでも狙われた日には、一発でお陀仏である。


「ええ、とりあえず今週末にまた来るから、その時にまた相談しましょ」

「私はできれば毎日でも来たいのですが」


 怪我した状態から卵になったため、孵化後の状態も分からないのだ。何かあった時の為に、素早く対応できるようにしておきたかった。


「ダメだ。入り浸りだとイリーナも関係者だと感づかれる。孵化しそうになったら連絡入れるから、それで我慢しとけ」

「うう……分かりました」

「フリーデ、イリーナを頼んだぜ。きっちりギルドまで届ければ、たぶん向こうから謝礼金が出る」

「そうですね。縄で縛ってでも守りますよ」


 謝礼金と聞いて、フリーデの瞳が輝いた。


「ほどほどにな」

「それじゃあ私たちは戻りますね」

「何かあればすぐに教えてくださいね! 絶対ですからね!」


 フリーデが渋るイリーナの手を引いて、部屋を出て行った。

 残された隼人は、ため息を吐きつつ、卵を軽く小突くのだった。




 変化があったのは、リュンが卵化してからちょうど一週間目になる夜の事だった。

 ちょうど隼人が宿の風呂へと行っている間に、それは起こった。

 ベッドの上に鎮座している卵が、カタカタと揺れ、内側からドンッドンッと何かを叩くような音が響き始めたのである。

 何度も何度も室内にその音は響き、やがて殻の頂点に罅が入る。

 そして、一際大きな音と共に、罅が割れそこから一本の腕が飛び出してきた。

 そこに、風呂上りの隼人が戻ってくる。


「んあ……」


 ドアを開けたとたん、目に飛び込んできたのは、卵の頂点から突き出された一本の腕。

 その腕は何かを探すように手首を捻らせ指をさまよわせている。


「これはヤバいんじゃないか」


 明らかな孵化の前兆、というよりもすでに片腕が孵化してしまった状態の卵に対して、ようやく隼人の頭は理解し焦りを感じる。

 今からイリーナを呼ぼうにも、ここを離れるのもマズイ気がする。


「いや、孵化には数時間かかるって蓮華が言ってたな。それなら間に合うか?」


 しかし、それは知能を持たない雛の孵化だ。リュンは知能を持った状態で卵になっているため、効率よく殻を割られてしまえば、それほど長く時間はかからないだろう。


「ヤバい、どうする。呼ぶか、けど……」


 そんなことを言っているうちに、腕が殻の中へと引っ込んだ。

 そしてもう一度、内側から罅の入っている部分に向けて腕が突き出され、殻が大きく割れる。

 それを見て、隼人はイリーナを呼ぶのは間に合わないと判断した。


「一応聞いておいて正解だったな。用意するのはタオルと水だな」


 もしイリーナを呼ぶことが間に合わない場合のことも考え、イリーナはあらかじめ隼人に多少孵化後の対応を教えていた。

 雛を取り上げる時の対応なため、リュンに対してそれが正しいのかどうかは甚だ疑問ではあるのだが、無いよりはマシだろうとメモを残しておいたのだ。

 それを見ながら、隼人は水やタオルを準備していく。

 その間にも、卵はどんどんと割れて行き、両腕が殻から飛び出した状態になっていた。


「お、一気に割れそう」


 細かく入った罅どうしがつながり、大きな罅となる。そこに一撃が加われば、卵は一息に割れるだろう。

 卵の中のリュンもそれを理解しているのか、両腕を卵の中へとひっこめ、罅に向けて突き出す。

 バキンッと一際大きな音と共に、卵が真っ二つに割れた。


「ふぅ……苦しかったのじゃ」


 割れた卵の間で、ゆっくりと立ち上がる人影。

 体格は変わっていないが、その背中にはこれまでに比べて明らかに大きくなった羽が生え、背後には鋭い棘の生えた尻尾が揺れている。

 体のいたる所に張り付いている鱗は、緑色から燃えるような赤色に変色していた。

 日焼けして茶色くなっていた肌はすっかり元の白色を取り戻し、逆に髪は真っ赤に染まっている。

 その人影は、手で自分の体をあちこち触り、やがて肩を震わせ始めた。そして――


「ククク、ハーッハッハッハ! 私は新たに生まれた! とうとう二度目の孵化を経験したぞ!」


 喚起する様に産声を上げる。


「リュン……なのか?」


 高笑いを続けるリュンに、隼人は恐る恐る声を掛ける。


「む、そこにいるのは隼人か。すまんがまだ目が良く見えんのじゃ。しばらくすれば見えるようになるで、少し待ってくれ」


 リュンは、スンスンと鼻を動かし、目を閉じたまま隼人に顔を向けて言う。そして、体をぶるっと震わせ、羽や尻尾に残った殻の破片を振り落とした。


「お、おう。それはいいが、どうなってんの? 死にそうな怪我をイリーナが必死に治したと思ったら、卵になったんだけど?」

「うむ、混竜族は少し変わった成長をするのじゃ」

「それが孵化?」

「そうじゃ。見よ、私の体を。私自身はまだ見えんが、きっとナイスバディーでグラマラスな女体に生まれ変わっているはずじゃ」


 リュンは両腕を広げ、隼人にその体を見せつけるように動かす。

 しかし、リュンの言うようなナイスバディーでグラマラスな体はどこにも存在しない。

 そこにあるのは、今までと同じ、ツルーンペターンな幼児体型だけである。立派に育ったのは、羽と尻尾だけだ。


「いや、全然」

「なに!? そんなはずはないのじゃ! 二度目の孵化は人間でいう二次成長、女子は女性らしくその姿を変化させ、子供を作れるからだになると聞いておるぞ!」

「体系は全く変わんねぇな。羽と尻尾が大きくなって、鱗と髪が赤くなっただけだ」

「そ、そんな馬鹿な!」


 リュンは慌てたように、自分の体をぺたぺたと触る。そして、胸の位置で何度も手を右往左往させ、そこに望むような二つの丘が無い事を理解すると、ベッドの上にぐったりと倒れ込んだ。

 その様子に、どう声を掛けたものかと考えた隼人だったが、とりあえず現状自分のもっともやってほしい事を要求することにする。


「とりあえず服着てくんない? 鱗で隠れてても、いつまでも素っ裸でいられるとこっちも困るんだけど」


 卵から孵ったリュンは当然素っ裸だった。その状態で体を見せつけて来たり、一生懸命胸を探している姿は、ロリコンでは無いとはいえ、思春期男子には厳しいものがあった。


「うむ……」


 酷く落ち込んだリュンは、隼人の願いに小さく頷くことしかできなかった。




 同じころ、騎士団の借りているホテルでも同じ現象が起きていた。

 レラの卵が孵り、中から裸の女性が姿を現す。

 診断しやすいようにと、医療室のベッドに置かれていたため、療養中だった隊員たちの目は、女性の体に釘付けとなる。

 女性らしい大きなふくらみ、ウエストはキュッと細くくびれており、流れるようなラインが足へと続いている。

 リュンと同じように、羽と尻尾も巨大化し、その色は氷のように蒼く染められていた。

 ハッと我に返った治療院の女性が、驚きて声を上げ、即座にカーテンで男たちの視線からレラの肢体を隠す。


「レラさん、私の声が聞こえますか?」

「はい、聞こえています。まだ目は見えていませんが、直に見えるようになると思います。怪我も全て治っているので、問題ありません。心配おかけしました」

「いえ、無事なら良かったです。それにしても、ずいぶんと、なんというか、成長? しましたね」

「混竜族の二次成長のような物です。子をなせる体になるので、どうしても女性らしさ男性らしさが強調された体になりますので」


 その言葉の通り、レラは以前とは似ても似つかぬ姿になっていた。

 リュンが全く変わっていないのに対して、レラはもはや別人である。姉や母と言われた方が、まだ納得がいくかもしれない。


「そうですか。おめでとうございます」

「ありがとうございます。騎士団長を呼んでもらっても良いでしょうか? 色々と説明しないといけないので」

「分かりました。ですがその前に服を着ましょうか」

「あ、そうでした」


 治療師の言葉で、自分が裸であることを思いだし、頬を染めその身を手で隠す。

 その姿に、治療師も思わず見惚れそうになったのは、仕方のない事だろう。


圧倒的格差社会

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