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奴の魔法は物理的!  作者: 凜乃 初
知識と技術の集まる地
58/60

治癒魔法の力

「ひやぁぁぁあああああ!」


 悲鳴が尾を引きながら、夜の闇を駆け抜ける。


「黙ってないとした噛むぞ」

「ひっ……」


 日が沈んだ町の大通りには、たくさんの人であふれている。人一人を抱えて走り抜けるのは無理だと判断した隼人は、ブレードギアをフル活用して家の屋根を飛び移っていた。

 そして、目的の空き家が見えてきたところで地面へと降りる。


「はぅ」

「ここだ、結構不味い状態だと思うから頼む」

「わ、わひゃりまひた」


 豪快な挙動で足もとがフラフラになったイリーナの手を引きつつ、隼人は家の中へ入る。

 使われなくなって時間が立っているのか、家の中はかなり埃っぽい。

 廊下を抜け二階へと上がり、一室に入る。そこには、ベッドに寝かされた荒い呼吸を繰り返すリュンの姿があった。


「リュンさん!?」


 イリーナはすぐさまリュンの側に駆け寄り、怪我の具合を調べ始めた。


「火傷が酷い、傷はあまり無いけど、肋骨が折れてるの? 口の中に血もある、内臓が傷ついてる可能性も」


 その症状は、聞いているだけでもかなりマズイ状況だと分かる。


「すぐに清潔な場所に移動しないと感染の可能性が……ハヤトさん何とかなりませんか?」

「すぐには無理だ。とりあえず宿は探してくるから、出来る限りの応急処置を頼む。救急道具はそっちの鞄に入ってるから」

「分かりました。なるべく急いでください」

「あいよ」


 隼人が再び部屋から飛び出していく。


「とにかく危険なのから治さないと。まずは火傷、酷いところは」


 このまま火傷を残して他の場所を治療しても、確実に脱水症状で死ぬ。

 救急道具から綿を取り出し、水筒から水を含ませて口元に寄せる。

 現代のように血管に直接水を補給できない状況では、自力で水分を吸収してもらうしかない。

 綿を口元で少しずつ絞ると、リュンは口を動かし少しずつだが水を口に含んだ。


「本能で生きようとしているんですね」


 これまでも数多くの挑戦者(アッパー)を治してきた。その中には、今のリュンと同じような傷やそれ以上の状態の人たちもいた。

 彼らの中には生き残らせるための処置をしようとしても、それを拒んでしまう者もいたのだ。生きることを諦めてしまった者たちである。

 しかしリュンは水を飲んだ。そこにリュンの意思を見たイリーナは、自らの全力でリュンを治すことを誓う。


「私も全力を尽くします。リュンさん、頑張ってください」


 両手をリュンの上へとかざし、詠唱を唱える。


「彼の者に正常なる癒しを。傷を治し、痛みを除き、失いし流れを戻したまえ。ヒーリング」


 かざした両手から緑色の光が溢れる。それはゆっくりとリュンの体に降り注ぎ、ゆっくりと怪我を治し始めた。

 浅いやけど程度ならばすぐに完治する。しかし、皮膚の深い場所まで到達してしまった火傷を治すのには時間を要する。

 しかし、今はその時間が惜しい。


「リュンさんすみません」


 魔法の効果により痛みが薄らぎ呼吸が安定してきたリュンに、イリーナは謝る。

 時間を掛ければ傷が残らない様に治すことも可能なのだ。しかし、イリーナは他の傷を治すことを優先した。

 女性の体に大きな火傷を残すことになる。それは、同じ女性としてどれだけ苦痛かということを理解できるだけに、その言葉は自然と漏れていた。

 ある程度まで火傷が治った時点で、次の場所へと移動する。

 三十分ほどかけて、リュンの火傷は放っておいても問題ない程度まで回復した。そこに隼人が戻ってくる。


「リュンはどうだ?」

「危険な傷は治しましたから、命に別状はありません。ただ、まだ治さないと後々不安になる傷は沢山あります」

「そっか。とりあえずこっちは宿を確保した。移動できるならさせたいところだけど」

「もう少し待ってください。肋骨が折れているので、そちらを治さないと移動は危険です」


 移動の際に、折れた骨が内臓を傷つける可能性も考え、先にくっつけることにする。


「あいよ、手伝えることある?」

「水を定期的に飲ませてあげてください。脱水症状が出てますので、放っておくのは危険です」

「了解」


 言われた通りに、隼人はリュンの口へと水を少しずつ流す。魔法の影響で痛みが和らいでいるリュンは、その水を普通に飲むことが出来た。

 その間にも、イリーナは折れた骨の修復に掛かる。

 掲げて全体を包むように光を放っていた治癒魔法は、腹部に手を当てその光を直接リュンの腹部に染み込ませるように光らせる。

 青あざになっていた部分は、ゆっくりとその色を元の物に戻し、折れた骨が少しずつくっついていく。


「凄いな。それが治癒魔法か」

「これでもシスターに比べればまだまだですが」

「シスター化けもんだな」

「確かにそう言われてもおかしくないぐらいですね。腕を切断されても、自分でくっつけますし」


 治療院のメンバーはその力故に狙われることも多い。

 イリーナのように、いつも数多くの信奉者に囲まれている者や、貴族の家に匿われている者は比較的安全だが、治療院で未だに働いている者たちは常にその身を危険にさらしている。

 イリーナの言うシスターもそんな危険に遭遇し、脅迫に抵抗した為に片腕を斬られたのだ。

 その時は、斬られた腕をこん棒代わりに、賊を全て撃退し、腕をくっつけて何事も無かったかのように治療院に戻って来たのである。

 逆に言えば、それだけの力が無ければ何の保護も無しに生きてはいけないのだ。


「私もいずれはあの境地に辿り着きたいと思い、挑戦者(アッパー)の皆さんを治療していた訳ですが」

「攫われちゃったわけか」

「あはは、難しいものです。よし、これで一応はくっつきました」


 イリーナが腕をどけ、額の汗を拭う。

 骨はまだ完全にはくっついていないが、腹の中で勝手に動き回ることは無くなった。この状態ならば移動させても大丈夫だろう。内臓もある程度修復させたため、吐血も無いはずである。


「なら移動させる。悪いけど、荷物持ってもらっていいか?」

「大丈夫です」


 隼人が慎重にリュンを抱き上げ、イリーナが隼人たちの荷物を背負う。

 二人は足元に注意しながら、空き家を抜けリュンを宿へと移動させた。



 宿屋のベッドに寝かせたところで、再びイリーナが治療を開始する。

 皮膚を治せるところまで治し、骨もしっかりとくっつくまで魔法をかけ続ける。これが甘いと、簡単に折れる脆い骨になってしまうのだ。

 それをしないためにも、不眠不休で魔法をかけ続け、気が付けば空が白み始めていた。


「イリーナ、大丈夫か?」

「大丈夫です。リュンさん、水は飲んでいますか?」

「ああ、垂らした水は全部飲んでる。もう少し多めに入れてもいいんじゃないか?」

「それは危険です。意識の無い状態ですから、下手すると溺れかねません」

「そうか」


 少し口の中に垂らす程度ならば、無意識のうちにつばを飲み込む感覚で水を補給できるのだが、その量が多くなれば意識的に喉を動かさなければならない。

 必要としている状態ならばそれも可能かもしれないが、溺れる危険が付きまとう以上それはできなかった。


「そろそろ熱が出始めると思いますが、一時的なことなので問題ありません。ハヤトさんは清潔な布と水を補充してもらって来てください」

「分かった」


 窓の外が明るくなる中、イリーナはホッと胸をなで下ろした。

 ここまで回復させれば、後遺症の心配もほぼ無い。

 ただ一つ困ったことが残っていた。


「鱗はどう治せば」


 リュンの焦げた鱗は、気を失い血覚状態から元に戻った今でもその肌に張り付いたまま剥がれないのだ。

 本来ならば、普通の皮膚に戻るところなのだが、焦げてしまったせいなのかそれとも別の何かが原因なのかは分からない。

 その上、体の一部と判断されていないのか、治癒魔法が効かないのである。


「魔法を弾いている訳ではないんですけど。そうだ、今のうちに服を」


 リュンは、治療の為にほぼ裸の状態だった。

 治療だから仕方がないとはいえ、隼人に見せ続けるのも問題だろう。幸か不幸か、胸は焦げた鱗によって隠されているが、大事な所が見えてないからといって大きく素肌を晒し続けるのは女性として嫌だろう。

 火傷もほぼ治っているため、服を通しても大丈夫だと判断し、リュンの鞄から着替えを取りだし着せていく。

 寝たままの人に服を着せる行為は非常に難しい。力が入っていない体は、人が想像する以上に重いのだ。

 しかしこれでも場の経験だけは豊富なイリーナである。

 力を使わずに服を着せるのもお手の物だ。

 手早い動きで、下着を着せ、さらに簡単なシャツとズボンを穿かせる。ハヤトが戻ってくる前に、リュンに服を着せることが出来た。


「水と布、貰って来たぜ」

「ありがとうございます。そこに置いておいてください。一通り処置は終わりましたので、後は経過を見ながらです。けど――」

「どうかしたのか?」

「この鱗を見てください」


 リュンの腕に着いた、真っ黒に焦げてしまっている鱗を隼人に見せる。


「混血族は本来、血覚状態から元に戻ると、こういった皮膚から派生したものは全て皮膚に戻るんです。けど、リュンさんにはそれが無い。どうしても気になってしまって」

「ふむ。ちょっといいか?」


 隼人はリュンの手を取り、鱗を手で軽く撫で、続いて引っ掻いてみる。

 黒く焦げたとは思えないほど固いその鱗は、ビクともしなかった。


「変な感じだな。焦げてるはずなのに、焦げが一切つかない」


 鱗を引っ掻いた自分の手を見ても、黒くなっている部分は無い。

 まるで、最初から黒かったかのように鱗が変色しているのだ。


「こればっかりはリュンに聞いてみるしかないか」

「そうですね、混竜族は何かと秘密も多くて、あまり知られていないことも多いですし」


 他の種族が人間と頻繁に交流しているのに対し、混竜族はほとんど隔絶された村に住んでいる。までにリュンやレラのように村から出て来る者もいるが、その大半は大きくなると再び村に戻ってしまうため、情報が出てこないのだ。

 ただ分かっているのは、混竜族は正義の為に動く種族であるということ。そして、その力は他の混血族を遥かに凌ぐということぐらいだ。

 リュンも隼人の前で何度も魔法を連発しているが、それですら混血からしてみれば異常な事なのである。

 混竜族の技のどれもに秘儀や奥義と付くのはそれが理由だ。


「とりあえず今はイリーナも休め。ずっと魔法使いっぱなしできついだろ?」

「それは隼人さんもじゃ? 戦闘していたんですよね?」

「俺の相手はしょぼかったからな。様子見ながら時々水を飲ませるぐらいならなんともない。それよりもイリーナに倒れられると、リカバリーが効かなくなる」

「すみません、それじゃあ少し眠らせていただきます」

「おう、そっちのベッド使ってくれ」


 イリーナは疲れた体をベッドに横たえる。すると、今まで抑えてきた物がドッと溢れて来たかのようにイリーナの体を駆け巡り、一瞬にして意識を闇へ落としていった。




「報告します。ハヤト、およびリュンの両名は街中に潜伏していると考えられますが、その所在は現在つかめておりません。街外れの空き家にいたらしい痕跡もありますが、すでに移動されています」


 ミルウェにある高級宿、そのワンフロアを貸し切って連合騎士団の詰所として使っているグリスデルトは、部下からの報告を聞きながら現状を整理する。


「ベッドに残っていた血痕から、混竜族の少女はかなりの傷を負っていると思われ、しばらく動くことはできないかと。町を一斉捜索し、炙り出しますか?」

「それは危険です」


 部下の提案を真っ先に否定したのは、頭脳役であるラオだ。


「彼女が瀕死の状態だと推定しても、あの技が使えないとは限りません」


 平原を炎の海に変え、エサルでは巨大なクレーターを生み出した。エサルの被害だけでも数十人以上の死者負傷者を出した魔法だ。やけくそでも街中で発動された日には、どれだけの被害になるか分かったものではない。


「そうだな。予定通り町の外で待ち受ける。相手もすぐに移動することは無いだろうが、騎士達には警戒を強化する様に伝えろ」

「ハッ!」

「負傷した部下はどうなっている?」

「それは私から」


 一歩前に進み出たのは、騎士団の副隊長の一人であるナハシュだ。こちらもグリスデルトと同じく武人の側の騎士である。隼人達との戦闘の際は後方部隊を取り仕切っていたために参加できなかったのだ。


「腹を斬られた二名はすでに治療院の者の協力により完治しております。ですが、血を失いすぎているため、すぐに万全とはいかないでしょう。栄養ある食事を取りながら二三日も休めば問題ないかと」

「もう一人は?」

「かなり危険な状態でしたが、一命は取り留めました。全身の五割を火傷、骨折は七カ所におよび、その他打撲や裂傷は数えきれません。現在は治癒魔法を使える者が数名かかりきりで治癒を継続しております。完治までは最短でも四日はかかると治療院の者は言っていました」

「そうか……」


 グリスデルトは、自身の目頭を揉みながら渋い表情をする。

 ラオも苦い表情をしていた。


「レラと言いましたか。混竜族の少女でしたね」

「ああ、リュンを一人で押さえていた優秀な人材だ。できることならここで離脱はして欲しくないものだが」

「難しいかもしれませんね」


 今の症状を聞いては、復帰するのは難しいと判断せざるを得ない。


「俺がもう少し早く参加していれば」

「何を言っているんですか。あの状態に飛び込めば隊長もただでは済みませんでしたよ」


 紫電が飛び交い、二頭の竜がなぐり合う中に飛び込めば、どれほど強力な武人であってもただでは済まない。最後の爆発に巻き込まれれば、下手すれば即死していた可能性だってあるのだ。


「まさかあれほどの力を有しているとは」

「完全に計算外でした。町の外の兵力や作戦を考え直さなくては」

「そちらは任せる。俺は見舞いに行ってくる」

「分かりました」


 グリスデルトは、席から立つと、部屋を移動する。

 廊下に出て救護室へ向かうと、そこがやけにあわただしい事に気が付いた。

 嫌な予感がして足が速くなる。

 近づくごとにその喧噪は大きくなり、何人もの女性が部屋を出入りしていた。

 グリスデルトが近づいて来たことに気付いた他の騎士達は揃って敬礼をする。


「何事だ?」

「分かりません。突然彼女の体が光ったかと思ったら」

「光った?」


 隊員の言っている意味が分からず、グリスデルトは部屋の中を覗く。

 ベッドの並べられた部屋で、それは異彩を放っていた。


「なんだ……これは」

「卵……なんでしょうか。突然彼女の体を光が包んで、気付いたときにはこの状態に」


 レラが眠っていたベッド。そこには人一人が入ってしまいそうな大きさの卵が鎮座されていた。


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