ミルウェ前哨戦
「そろそろミルウェの町が見えてきますよ。今回はどうするんですか?」
フリーデが、馬車の中にいる隼人達に声を掛ける。
ミルウェの周りも、他の町と同じように木が伐採され隠れる場所はほとんどない。その上、エサルと違いその外壁はしっかりとしたものだ。簡単に乗り越えられるものではない。
「一旦馬車を止めてくれんかのう?」
「分かりました」
馬車が止まり、全員が一旦馬車から降りた。
「フリーデとイリーナだけなら馬車で入っても問題ないだろ?」
「そうじゃな。問題は私達じゃ。おそらく伝書鳥が近くの町には飛んでおるはずじゃ。そうなれば、私たちは確実に顔が割れておる」
「つうことはまた闇に紛れて入るしかないか」
「じゃろうな」
「荷物に紛れるのも無理なんでしょうか?」
イリーナが手を上げて提案を上げるが、リュンは首を横に振った。
「おそらく無理じゃろう。エサルからくる馬車は全て荷物検査をされるはずじゃ」
指名手配犯がどこに潜んでいるのか分からないのだ。厳重警戒をしていたとしてもなにもおかしくは無い。
ミルウェの外壁を見れば、その上にも普通ならば考えられないほどの兵士達が立ち、周囲を警戒しているのだ。
荷物に隠れたぐらいで見逃してもらえるとは思えない。
「じゃあ二人は先に入っちまえよ。どっちにしろ街中じゃ別行動だ」
「そうじゃな」
闇宿に泊まる予定のリュンと隼人に対し、フリーデやイリーナは普通の宿に泊まればいい。わざわざ高い金を払って、危険で治安の悪い場所に止まる必要など全くない。
「分かりました、出発はいつにしますか?」
「ミルウェからケストリアまで行ける準備はどれぐらいで出来る?」
「三日もあれば」
「では今日を含めて四日後にしよう。同じように町の外、森の中で落ち合うぞ」
「分かりました。ではお気をつけて」
「お主たちもな」
「変なのに絡まれんなよ」
「一番変なあなたが言いますか……」
フリーデの馬車が二人を乗せて再び出発する。それを見送ったリュン達は、森の中でしばし時間を潰す。
「騎士団がそろそろ来るはずじゃ」
「時間的にはそうだろうな。こんだけ派手にうごいてりゃ、移動経路はばれてるだろうし」
「とすると、ミルウェを出た辺りで衝突する可能性が高いのう」
「幼馴染がいるんだっけ?」
「それは問題ない。私は自らの誇りを掛けてこの道を歩んでおる」
「そうか、なら俺は露払いを担当してやろう。思う存分幼馴染となぐり合うといい。ついでにこっちに引き込んでもいいんだぜ?」
混竜族なら心強い仲間になる。それはリュンを見ても良く分かることだ。塔の真実を知れば、混竜族ならばこぞって塔の攻略を目指すだろう。
しかし、一度常識として根付いてしまったものを覆すのは非常に難しい事だ。
だからこそ、最初は殴って聞かせなければならない。それは、リュンも理解していることだった。
「引き込めるやつでは無いよ。叩きのめして、道を開けさせるのみじゃ」
「そりゃ残念」
軽口を叩きつつ、二人は日が傾くのをひたすら待つのだった。
日が沈み、街の灯りで空がほのかに明るくなる頃、隼人達は行動を開始した。
森の中から出て、街道を進み町へと近づいていく。周囲に兵士達の姿が無い事を確認しながら少しずつ街道を外れ、平原に伏せて様子を窺う。
「どうだ?」
「巡回している兵士は少ない。しかし、壁の上の者たちが厄介じゃな」
日がくれれば、兵士達も主に町の中の巡回が任務となる。外も一応巡回してはいるのだが、その数は昼に比べるとかなり少なくなる。
しかし、壁の上にいる見張りは、一向に減る様子が無かった。
「一当てぐらいは仕方がないかもしれないのう」
「ならスピード勝負ってことだな」
「そうなるのう」
強行突破するにしても、なるべく戦闘は少ない方が良いに決まっている。
「お主はこの壁、飛び越えられるか?」
「問題ない。塔でリュンより早く登ったの忘れたか?」
アンカーの要領で魔力を回収すれば、隼人も立体的な機動が可能になる。
「そうじゃったな。では参ろうか」
「おう」
リュンが血覚を発動させ、隼人もその手に物質魔力を顕現させる。
とたん、外壁から二人に向けて強烈な光が浴びせられた。
「なんじゃ!?」
「ばれてたのか!」
二人はとっさにその光から逃れるべく散会する。しかし、光はしっかりと二人をそれぞれに追いかけ、草原に二人の姿をくっきりと表す。
「安心しろ! それはただの光だ!」
その声は外壁の上から降り注いだ。
隼人達は、眩しさに目をくらまされながらも、その影を見る。そこには三人の兵士が並んでいた。
「我々は、連合守護騎士団。国際指名手配犯ハヤト及びリュンを捕まえるために結成された騎士団である! 大人しく投降せよ、そうすればこの場で命まではとらない!」
「ハッ、どうせ後で死刑が決まってんだろうが! 大人しくすると思ってんのかよ!」
「そうじゃな、大人しく捕まるつもりはないぞ」
「いいだろう、ならば我々の力を知れ。行くぞ!」
外壁にいた三人のうち二人が飛び降りる。残りの一人は、その場で羽を広げた。
「上のはリュンに任せんぞ」
「うむ」
リュンが飛び立ち、それを追うように外壁の一人も空へと飛び立つ。
隼人は、飛び降りた二人を見ていた。
二人組は、地面に着地すると、四つんばいのまま隼人に向けて駆け寄ってくる。
「全員混血か。まあ、そうじゃなけりゃ面白くねェ」
マギアメイル、マギアブレードを展開し、隼人も二人に向けて駆け出した。
空へと跳び上がった二人は、空中で対峙する。
「ひさしいのう、レラよ」
リュンの正面に対峙する少女、羽を広げ、尻尾を生やし、手や足には鱗を纏っている。眼はリュンと同じように鋭く輝き、お互いを射抜かんばかりに睨みつけていた。
「やっぱり間違いじゃないのね、リュン」
「うむ、塔の主を倒し、魔物を塔の外へと解き放ったのは私じゃ」
「なぜそんなことを! 混竜族の矜持はどうしたの!」
「矜持を捨てたつもりなどないよ。私は今も混竜族の矜持に則り正義を成している」
「人々を混乱に招くのが正義か!」
「大事の前の小事よ」
「あなたは!」
レラの両腕から紫電が迸る。
「レラよ、この世の常識だけが全てでは無いのじゃ。私はそれを塔の主と戦うことで知った。知ってしまった以上、放っておくことはできん」
「それであなたが多くを傷つけるというのなら、私はあなたを全力で止めるわ!」
「止めてみよ、古来より、混竜族の正義は力を以て示される! お主の正義、どれほどの物か見せてもらうぞ!」
両者が纏った紫電を解放する。
暗闇の中に、紫電が迸り、町の上空を明るく染める。バチンバチンと激しい音を立てながら、お互いの紫電がぶつかり交わる。時にねじれ、地面へと空へと突きぬけて行った。
そして、二人が同時に動く。
「紫電、狼呀衝!」
「紫電、虎砲破!」
リュンがその手に狼を、レラが虎を作りだし、拳を相手へと目掛け振り抜く。
ぶつかった二体の獣は、その形を歪めながら、少しでも相手の紫電を食い破らんとその体に牙を突き立てた。
「なかなか成長しておるようではないか!」
「余裕ぶらないで! 村での成績なら私の方が上よ!」
「むっ、何年も前のことを引っ張り出すでないわ! 過去にすがる女はモテんぞ!」
「あなたに言われたくないわよ! このおチビちゃんが」
二人の拳に力がこもる。と、同時に二体の獣が爆ぜた。
爆発の中、竜の鱗に守られた二人は、そのまま前へと突き進む。
「喰らうがよいわ!」
「沈みなさい!」
リュンの拳がレラの頬を打ち抜く。と、同時に、レラの拳もまたリュンの鳩尾に深く突き刺さった。
「グフッ」
「ガッ……」
レラが錐もみしながら地上へと落ちていく。リュンとしてはここで追撃を掛けたいが、鳩尾の痛みがそれを許さない。
吐き気を堪え、高度を維持しながらレラの様子を窺う。
レラは、すぐさま体勢を立て直すと、強く羽ばたいて高度を取ろうとする。
しかし、上を取るというのは空中戦での有利を意味する。
リュンもすぐさま動き、レラが上がるのを阻止するべく紫電を放つ。
「甘いのよ!」
リュンが放った紫電は、レラの鱗を軽く焦がす程度にとどまる。そして、逆に紫電を放とうと手を翳した瞬間、リュンが全力でレラに向けて落下してくるのが見えた。
「それはこちらのセリフじゃ!」
リュンはそのままレラの腕を取り、捩じり上げる。
「グッ……」
「これで」
「させない!」
「むぅ」
腕を捩じり上げたまま、リュンはレラを地面に向けて叩きつけようと高度を一気に下げる。しかし、レラは尻尾でリュンの背中を打ち、拘束が緩んだ隙に逆にリュンを掴みにかかる。
「体術で私に勝とうなぞ!」
「あの頃のままだと思わないで!」
レラの手をリュンが弾けば、リュンの手はレラが受け止める。
揉み合いながら、二人は勢いよく地面へと落下した。
ズドンと激しい音と共に地面が揺れ、煙が立ち上る。
「混竜族奥義!」
「紫電!」
「「轟熱波!」」
至近距離で放たれた、二人の最大威力の技は、周囲に強烈な爆風を巻き起こしながら外壁にその衝撃を伝える。
草原に生えた草は残らず燃え上がり、周囲が火の海へと変わる。
その炎は、夜闇を明るく照らし、夕方のように赤く染めた。
「この程度で!」
「負けるものか!」
爆心地にいた二人にダメージが無いはずはない。リュンもレラも、すでに服は大事な部分を隠すのみで、ほとんど残っていない。
竜の鱗は黒く焦げ、人の皮膚は酷い火傷を負っている。
羽にも被膜に穴が開き、すでに空を飛ぶことはできないだろう。
そんな状態で、二人はなぐり合っていた。
「私は正義!」
「正義は私じゃ!」
二人が拳を振り上げ、お互いに向けて振り抜く。
その拳はパチンと音を立てて受け止められた。
「レラよ、無理をし過ぎだ」
「おいおい、やられすぎじゃねぇの?」
二人の攻撃を受け止めたのは、隼人とグリスデルトだった。
「あんたが騎士団長さん?」
「そうだ」
「ここはお互い引いとかねぇか? 三人とも、早めに治療しねぇと死ぬぜ?」
隼人が相手にした混血族の二人、彼らはすでに草原に血だまりを作り倒れていた。
「貴様を倒してからでも遅くは無いと思うが?」
「お前にそれだけの力があるようには見えねぇな。まぁ、どっちにしろ俺は逃げ回るけど」
「チッ」
いかに自分の実力に自信があろうと、逃げ回り続ける敵を秒殺するのは難しい。
隼人は、倒れている隊員たちを人質に取ったのだ。
「なに、ミルウェを出る時には遊んでやるよ」
隼人は意識を朦朧とさせているリュンを担ぎ上げ、物質魔力をワイヤーアンカーにして外壁へと射出する。
「んじゃまたな」
魔力の回収と共に、隼人の体が浮かび上がり、外壁の向こう街中へと消えて行った。
「遊んでやるだと。次が貴様の最後だ」
グリスデルトは、怒りの視線を隼人の消えた方向に向け一瞬だけ放つと、すぐさまレラの応急処置を始めるのだった。
リュンを抱え町の中に入った隼人は、リュンを空き家に隠すと、フリーデ達を探した。
隊長に対しては大見得を切ったが、正直に言ってリュンもかなりきわどい状況だ。このまま処置をしなければ、治ったとしても何かしらの後遺症が残りかねない。
そこで頼るのは、聖女として治癒魔法を使うことができるイリーナの存在である。
「どうやってあいつらを探す」
街中では関係者であることを知られないために完全にお互いの位置を知らないようにしていた。それが今回は裏目に出てしまった。
「あいつらに合図を送る方法、なんかねぇか」
今日ほど自分の頭が悪いのを恨んだことは無い。
だが、無い頭を絞って考えなければ、リュンがまずい。
「なにか、何か!」
町の中を走り抜けながら、隼人はヒントになりそうなものを探す。
と、道の側に止まっている馬車が目に留まった。
「あれは!」
フリーデ商会の馬車だった。それがここにあるということは。
「この店か!」
時間は夕食時、二人が宿に泊まる前に夕食をどこかでとっていてもおかしくは無い。
隼人は、馬車の止まっている店へと入り、中を見渡す。
いらっしゃいませと店員が愛想よく声を変えて来るが、それを無視して二人の姿を探した。しかし、フロアに二人の姿は見当たらない。
「あ、あの……」
「悪い、人を探してるんだ。外に止まってる馬車の持ち主なんだけど」
「お知り合いですか?」
「ああ、隼人だ。いるなら呼んでもらいたい」
「少々お待ちください」
店員はいぶかしみながらも、奥にある個室に入っていく。
この店には個室もあったのだ。
少しして、二人が個室から顔を出した。
「イリーナ!」
隼人はイリーナの下へと駆け寄り、抱き上げた。
「な、なんですか!?」
「リュンが重傷だ。すぐに来てくれ。フリーデ、イリーナを借りてくぞ」
「ちゃんと返してくださいよ。宿もここを使いますから」
「分かった!」
「ひゃぁ!?」
お姫様抱っこされたイリーナは、驚いて隼人の首にしがみ付く。
それを確かめた隼人は、勢いよく店から飛び出し、リュンのいる空き家へと向かうのだった。
半月もお待たせして申し訳ありません。新作ともども今日からまた少しずつ更新していきたいと思います。