衛星都市ミルウェへ
どさくさに紛れて町を出た隼人達は、合流予定地点の近くにある林に身をひそめていた。
さすがに、街中があの状況で外まで騎士の捜索が出るとは思いにくいが、見つかれば面倒なことになるための処置である。
「さて、イリーナ殿はどうじゃ?」
「まだ寝てるよ」
隼人が米俵のように担いできたイリーナは、目を回したままぐったりとしている。
とりあえず隼人の鞄から着替えを取りだし、それを体に巻きつけてクッション替わりにして寝かせているが、地面が固いせいか、それとも先ほどの惨劇の影響か、寝顔はあまり良い物ではない。
それでも、美人と思えてしまうのは、イリーナの顔立ちの良さのおかげだろう。
「いやいやいやいや、気絶したのってリュンの技のせいだからな。あんな爆発至近距離で見りゃ、普通は死んだと思うって」
「そ、そんな訳なかろう! お主が乱暴に扱ったせいにきまっとる!」
「あ! テメェ、俺に責任なすりつけようとしてんだろ!」
「ち、違うぞ! 私は事実を言っているだけじゃ! お主が盾替わりにしたのが悪いんじゃろうが!」
「おいおい、あの時はしっかり起きてたぞ。つか、リュンが牢屋ん中に放り込むまではしっかりと起きてたって」
「ならお主が守りきれんかったんじゃ! きっと衝撃が伝わっておったに違いない」
「なら、こいつの体調べてみようぜ! ダメージあんなら俺のせい。ダメージなきゃ、リュンのせいだかんな!」
「いいじゃろう!」
リュンがイリーナに巻き付いている服に手を伸ばし、脱がしていく。
隼人は、イリーナの体を抱き起こし、リュンが脱がすのを手伝って行った。
最後に羽織らせていた上着を脱がし、イリーナは牢屋の中に入れられていたワンピースだけの状態になった。
この状態になっても、痣のような物は見受けられない。
隼人は自信ありげにリュンを見るが、リュンは額に冷や汗をかきながら、なおも諦めじとワンピースの紐に手を掛けた。
と、そこでイリーナの瞼がゆっくりと開いていく。
目の前に広がるのは、真っ暗な森と、リュンの顔。その手は自分の肩にかかる紐に伸ばされており、今にも脱がされそうだ。
そしてその隣には、興味深そうにイリーナを見ている隼人。
「む、目を覚ましたか」
「よう、どこか痛いところあるか?」
イリーナが目を覚ましたことで、気さくに声を掛ける二人だが、イリーナの瞳には涙が溜まる。頬が上気し、肌全体へと伝播していく。
その様子に焦ったのは二人だ。
起きたと思ったら、顔を真っ赤にして泣き出そうとしているのだ。慌てないはずがない。
「お、おい。どうしたんだ?」
「やはり、隼人が守り切れておらんかったのか! どこが痛いのじゃ、言うてみぃ」
さらに詰め寄る二人。近づく二人の顔はイリーナのダムを崩壊させた。
「キャーーーー!!!!」
「うおっ!」
「ふわっ!?」
突如イリーナから発せられた悲鳴に、二人は同じように尻もちをつく。
その隙に、イリーナは近くに散らばる衣類をかき集め、自分の肌を必死に隠した。
「な、何をする気なんですか!? 私襲われるんですか!? 助けるのもそのためだったんですか!? ここどこなんですか!? 私生きてるんですか!? そもそもあなたたちは誰なんですかぁぁぁあああ!」
「ふむ、混乱しておるようじゃのう」
「とりあえず俺は近くにいない方が良さそうだな。今の悲鳴で誰かに気付かれたかもしれないし、周り見て来るわ」
「頼むぞ。それまでにイリーナ殿に状況を説明しておく」
自分の体を必死に隠しているイリーナを見て、隼人は自分がここにいない方が良いと考え、林の中を街道側へと進んでいく。今の叫び声で誰かに気付かれた場合、場所を移動しなければならない。
一人二人なら消すのも手だが、正直悪人、犯罪者、根性の腐った者以外を殺すのはさすがに躊躇われる。
街道まで進み、周囲を窺うが、人がいる様子はない。どうやら、心配は杞憂に終わったようだ。
「ふぅ、問題なし」
街道の安全を確認した隼人は、ゆっくりとした足取りでリュンの下へと戻る。そこには、服を羽織り直したイリーナと、リュンがカップを持って座っていた。
「説明は終わったか?」
「うむ、なぜかとんでもない勘違いをされておったが、なんとか解消したぞ」
「勘違いして当然です。目を覚ましたら、服を脱がそうとしている人が目の前にいて、周りに服が散乱しているんですから」
イリーナは、頬を真っ赤にしながらプクッと頬を膨らませている。だが、先ほどまでの怯えは無くなっていた。
「んで、イリーナはどこまで把握してんの?」
「とりあえず誤解を解いただけじゃ。自己紹介も何もしておらん」
「ならそっからだな。まあ、俺はあの場所で自己紹介してるし、簡単に隼人だ。改めてよろしく」
「私はリュンじゃ」
「イリーナと申します。それで、お二人は本当に国際指名手配犯なのでしょうか? とてもそのようには見えないのですが」
さすがに、お子様サイズのリュンと、まだ子供っぽさが抜けきらない隼人の二人組では、どうしても国際指名手配されるほどの重犯罪者には見えない。
「まあそうじゃのう。簡単に言えば、塔の主を倒してしまったのじゃ」
「はぁ、塔の主……塔の主!?」
「うむ、イリーナ殿ならその意味が分かっておるのじゃろう?」
聖女として、挑戦者の怪我の治療を行っていたイリーナは、リュンの言った意味を即座に理解した。そして、自分の仕業でもないのに、なぜか額から汗が溢れ出す。
「それは、第一歩の塔の話ですよね? 最近ホウロウでもよく話題になっていました。魔物が塔からあふれ出していると。どうしてそんなことを? まさか、国を潰すために?」
「それこそまさかじゃ。最初こそ興味本位ではあったが、塔の主と話してこの世界が危険な事を知ってしまってのう」
そういって、リュンは塔の主から聞いた話をイリーナへと説明する。
普通ならば、何を馬鹿な事をと笑って返されるところを、イリーナは真剣に聞き、分からないところを細かく質問している。
隼人は二人の話を聞きながら、水を沸かしお茶を入れた。
「じゃから、私たちはそれぞれの塔の主を倒し、その魔人を倒さねばならんのじゃ。これは、正義のため。故に、私は混竜族じゃが自分の行動に恥ずかしいとは思っておらん」
「なるほど、そのような経緯が」
「嘘だとは思わないのな」
「嘘なのですか!?」
「いや、嘘じゃねぇけど」
ただ、そこまで真っ直ぐに信用されると、何か裏があると思ってしまう。今まで出会った人がことごとくこの話を信用しなかっただけに、隼人にもまず信じてもらえないだろうという先入観があるのだ。
「なら私は信じます。人が人を信じられなくなったら、悲しいじゃないですか」
「なあ、リュン。俺こいつが眩しすぎるわ」
「同感じゃな。しかし、じゃからこそこの者は聖女と呼ばれ、信奉者も多い」
「そうだ、私をいつも助けてくださる方たちと連絡を取りたいのですが」
「チームの者じゃな。おそらくケストリアのギルドまで行けば連絡も取れるじゃろ」
ケストリアはフィリスタの王都で、知識の塔のある町だ。
基本的に、それぞれの塔にあるギルドは同じギルドの名前ではあるが管轄はそれぞれの国が行っている。しかし、別の塔へ行く挑戦者も多いため、ある程度情報の共有は行われているし、別の塔のギルドと連絡を取る手段もあるのだ。
「私たちもちょうど知識の塔に行く予定じゃし、そこまで一緒に行くかのう?」
「ぜひお願いします」
「隼人も良いか?」
「ああ、人が増えれば、カモフラージュもしやすいしな」
現状、隼人達二人は国際指名手配犯として指名手配されているが、フリーデもイリーナも善良な市民である。まさか、指名手配犯を弱小商人と聖女様が庇うとは思わないだろう。
「ただ食料って保つのか? フリーデに頼んでるのは三人分だろ?」
「おそらく大丈夫じゃろう。おそらく次に向かう町は衛星都市のミルウェじゃ。そこまでなら三日もかからん」
ミルウェはフィリスタの衛星都市の一つであり、王都にあるフィリスタ学院に入学するための資格を得られる副学院のある町の一つでもある。
そのため、この町には多くの若い学生が通い、活気にあふれた町となっている。
「イリーナ殿もその予定でかまわないかのう?」
「もちろんです。連れて行ってもらう立場になるのですから、何もできないのが申し訳ないぐらいです。あ、怪我とかしてませんか? それなら治せますが」
隼人はリュンを見る。しかしリュンは首を横に振った。
ということは――
「二人とも無傷みたいだな」
「あれだけ暴れておいて無傷ですか……それぐらいじゃないと、塔の主とは戦えないということですかね?」
「まあそうだな」
第一歩の塔の主を思い出しながら、隼人は頷く。
あの戦いも、かなりギリギリの戦いだったし、戦った後はボロボロで動くことすらできなかった。そのせいで、牢屋にも放り込まれたし、処刑されそうにもなった。そう考えると、イリーナの怪我を治す魔法はかなり魅力的に感じる。
「なあ、リュン」
「なんじゃ」
「ちょっとこっち」
リュンと二人で木の影に移動する。
「なんじゃいきなり」
「あのイリーナって子、俺達の側に引き込めないかね?」
「イリーナ殿をか?」
「回復魔法ってかなり有用だと思うんだよね。あれ、治療院の関係者じゃないと使えないんだろ?」
この世界で回復魔法なんてものがあるのにもかかわらず、意外と浸透していないのには理由がある。
それが治療院の存在だ。治療院は、回復魔法の素質を持った子供たちを集め、そこで集中的に特訓させながら育て、将来は王族や貴族のもとに、その子供たちを派遣している。その見返りとして、多額の寄付金を貰い、その金で再び子供を集めるのだ。
そこで育てられた子供たちは、大抵が王族や貴族の専属になってしまうため、一般の人たちがその恩恵に預かれる機会は非常に少ない。
イリーナのように、自分の意思で挑戦者の為に活動するなどというのは、異例中の異例なのである。むしろ、今の状態でも放っておかれているのが不思議なぐらいなのだ。
「確かにこちらに引き込めれば心強い戦力になるじゃろうが、おそらくそれは無理じゃ」
「何でだ?」
「彼女を守るギルドが許さんじゃろ。熱烈な信奉者もおるぐらいじゃ、指名手配犯と協力など、させないじゃろうな」
「そっか、なら諦めるか」
無理なものを強引に引き込もうとしても亀裂が生まれる。無理そうなのはさっさと諦めるのが吉だと判断し隼人は早々に引き込むことを諦めた。
二人でイリーナの下へ戻れば、イリーナは不思議そうに首をかしげる。
「何かありましたか?」
「いや、なんでもない」
「うむ、イリーナ殿が気にすることではないぞ。そう言えば、イリーナ殿はなぜ挑戦者になったのじゃ?」
「あ、それはですね、昔挑戦者に助けられたことがあるんですよ」
リュンが上手く話題を逸らし、追及を免れる。
「子供のころに、攫われかけましてね。その時に、挑戦者の方が人攫いから助け出してくださったんです。その時にあこがれてしまいまして、院長先生に頼み込んで挑戦者にさせてもらったんです」
「かなり抵抗されたじゃろう?」
「そうですね。ただ、私ドジが多くて、王家や貴族のお家に行くと、高価なものとかすぐに壊しちゃいそうで、院長先生も心配だったみたいなんですよ。なので、試験的ということで、許可していただきました」
「そうじゃったのか」
つまり、今後治療院は挑戦者を対象とした治療行為を行う子供も増やす可能性があるということだ。イリーナは治療に対してお金を取ってはいないが、それでも治療院には少なからずお布施が送られている。
それに味を占めたのならば、治療の対象を広げるのは当然だろう。
「んじゃそろそろ寝ようぜ。明日はフリーデと合流して移動だ。体力も必要になる」
時計を見れば、もう夜中の二時を回っていた。夜間から始まったオークションのため、ゴタゴタしているうちに、かなり時間が過ぎてしまっていたのだ。
「うむ、イリーナ殿も眠るといい。見張りは私たちが交代で受け持つでの」
「すみません。お願いします」
戦闘能力のないイリーナは見張りができない。なので、隼人とリュンがいつも通り交代で見張りを行い、仮眠を取ることとなった。
リュンとイリーナを眠らせて一時間ほどした頃、にわかに街道の方が騒がしくなる。
木の上に登り、そちらを見てみれば、町の方から一台の馬車が走ってくるのが見えた。
「あれは……」
暗くてよく分からないが、どうも真っ直ぐに隼人達のいる場所へ向かって来ている。
隼人は、念の為二人を起こすことにした。
「おい、なんかこっちにくる馬車がある。念の為警戒しろ」
「この時間にか」
「ふわぁ……」
目を覚ましたリュンは、即座に血覚して上空へと上がり、その眼で馬車を確かめる。
「あれはフリーデの馬車じゃ」
「フリーデの?」
降りてきたリュンの言葉に、隼人が驚く。
約束の時間は、今日の午前中だ。まだ深夜の三時過ぎ。来るには早すぎる。
何かあったのかと若干警戒しながら馬車がやってくるのを待つと、馬車は林の前で止まり、フリーデが真っ直ぐに隼人達の元に走り寄ってくる。
「おう、早いな」
「なんてことしてくれてるんですかぁぁあああ!」
駆け寄ってきたフリーデはその勢いのままに、隼人の襟首を掴み上げると、至近距離で叫ぶ。その形相は鬼にも等しい。
「ど、どうしたんだよ」
「どうしたんだよはこっちのセリフです! 何をすれば、街中に直径五百メートルの大穴なんて作ることになるんですか!」
「む、犯人が私たちだと気付かれておるのか?」
「当然でしょ!? あそこには、情報の重要性を誰よりも理解している商人たちが集まっていたんですよ!? 知らないはずないじゃないですか!」
「しかし、それだけではお主がこんなに早く来る理由にはならんじゃろ?」
隼人達が犯人であることがバレたとはいえ、フリーデとの関係が発覚したわけではない。ならば、フリーデは予定通り日が昇ってからここにくればよかったはずだ。
「あなたたちは自分が周りからどのように思われているかしっかり理解するべきです! あなたたちが潜伏しているかもしれない町にいたいと思う商人なんて誰もいませんよ! 今、どこの商人も出発の為に食料品を買い集めて、私のような小規模な商人はそろそろ出発しますよ! もうすぐこの街道は商人の馬車であふれるはずです!」
「なに!?」
そんなことになれば、あの町の食料の値段は跳ね上がり、隼人達の行動にも著しく制限が付くことになる。
「幸い、私は昨日の内に食料を集めておいたのでなんとかなりましたが、今すぐにでも移動しないと、逆に動けなくなりますよ! 真夜中にたたき起こされる私の身にもなってください!」
「それはすまなかったのう……」
「とにかく、急いで出発します。それとそちらの方も一緒に行くんですか? 事情はあとで聞きますからね!」
「あ、はい」
「う、うむ」
フリーデの有無を言わせぬ迫力に、イリーナは当然として、さしものリュン口を挟むことができない。
隼人達は、手早く出発の準備を済ませると、フリーデの馬車に乗り込んだ。
「では行きますよ」
「たのむぞ」
「行ってくれ」
「よろしくお願いします」
四人を乗せた馬車は、暗闇の中ミルウェへと向かい進みだした。
連合守護騎士駐屯部にて、隊長のグリスデルトが眉間に皺を寄せながら、部下からの報告を聞く。ガッチリとした体型に、鎧の上からでも分かる筋肉は、グリスデルトの力強さを物語っていた。今は、部下からの報告も相まって体の周りからオーラが出そうなほど威厳に満ちている。
「人物像と、特徴的な魔法から、間違いなく目標の二人と断定されます。いかがなされますか?」
「いつの間にか追い越していたのか。奴らがこちらに向かって来るのならば、待ち伏せればいいだけのこと。ここで仕留めたいがどう思う?」
グリスデルトが尋ねたのは、その隣に座る騎士にしてはやや細身の男。副隊長のラオ・レクトリスだ。
グリスデルトが武力によってこの騎士団の団長に抜擢されたのに対し、彼はその頭脳を買われこの騎士団へと配属された。作戦参謀のような立場だ。それゆえ、グリスデルトも彼の意見には必ず耳を傾ける。
「我々はミルウェの手前ですからね。このままいけば、ここでぶつかることになるでしょうが、正直私は遠慮したいですね」
「なぜだ。平原は広く、騎士団の力を全て使える場所だと思うが?」
「相手の実力が未知数なんですよ。報告にある魔法を使われでもすれば、下手するとこちらに大打撃を与えられかねません。まずは様子見として逃げ足の速し少数をぶつけるべきかと」
「ふむ……」
騎士団の連中は、まだ実際に隼人達とぶつかったことが無い。その脅威度は話にこそ聞いているが、やはり実際に目にするのと、話に聞くだけではその心構えは変わってくる。
ラオは、今の騎士団の状況をみて、まず彼らに隼人達の脅威度を知らしめる必要があると考えていた。
「我々の本隊はミルウェの後方に待機し、町を出てきたところを叩くべきかと」
「後方である理由は?」
「もし取り逃がしても、物資さへ破壊できれば、相手の戦力を削ることができます。どれほど相手が強大であっても、人である以上食糧と水が無ければ、飢えて力は出せません」
「なるほど。その作戦を受け入れよう。ラオは騎士団から最初にぶつける者達を選抜しておいてくれ。時間的にそれほどないだろう、明日の朝までには頼む」
「承知しました。それではすぐにでも選定にうつります」
「頼んだぞ」
ラオは一礼して、テントを出ていく。
それを見送ったグリスデルトは、小さく唸った。
ラオの作戦は理解できる。しかし、自分の中の武人の心が部下を捨て駒のように扱うことに拒否反応を起こしているのだ。
今までは誰かの下で、その力を振るうことしかなかったグリスデルトに、突然の隊長任命はまさしく青天の霹靂だった。故に、まだ隊長とはどうすればいいのかがイマイチ理解できずにいる。
「出来れば、俺も出たいのだが……」
まず間違いなくラオから却下が出るだろうと思いつつ、グリスデルトは再び唸るのだった。