表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奴の魔法は物理的!  作者: 凜乃 初
知識と技術の集まる地
55/60

報復行為(殲滅)

「警備のものは何をしておる!」

「逃げろ!」

「誘導しろ!」

「護衛! 奴らを近づけさせるな!」

「殺せ!」

「いやぁあああ!」


 会場内は、一瞬のうちにパニックに陥っていた。

 中にいた客たちは、相応の金持ちばかりであり、自分を守ることに必死だ。スタッフの制止など聞かず、自分の護衛を伴って我先にと出入り口に殺到する。

 この会場は、隼人達が入って来たバーからだけでは無く、町のあらゆる場所から繋がっているらしく、半円状の会場に四つほどの出入り口が設置されている。

 彼らはその内の三つへと集中していた。残る一つの近くには紫電を放つリュンがいるからだ。


「ふん、自分本位な連中ばかりじゃな。クズどもがよくもこれだけ集まった物じゃ」

「このぉぉおお!」


 剣を持って切りかかって来た警備兵を、リュンは紫電を飛ばして無力化する。そして、自分の周辺に、バリアを張るように紫電の放出を維持し、兵士達が近づけないようにした。


「クソッ、魔術師はまだなのか!」

「混血どもは別の賊へ迎え、相手は魔術師だ。混血には荷が重い」


 混血族の多くは、その特性上魔法が使えない。そのため、リュンのように魔法を使う相手とはめっぽう相性が悪いのだ。

 警備兵の中に混ざっていた混血は、指示を聞いてすぐに隼人へと向かう。

 階段状になった椅子の上を、身軽に飛び渡っていく姿は動物そのものだ。


「貴様! ここをどこか分かっての襲撃か!」

「知っておるから襲ったのじゃ。お主たちがわざわざ招待状まで送ってきてくれたからのう」

「ふざけたことを! ここは完全秘匿の会員制オークション。この場を汚した罪、タダでは返さんぞ!」

「ふん、下っ端では話にならんのう。さっさと上の者を呼んで来い。謝罪なら聞いてやらんことも無いからな。それまでは暴れさせてもらうぞ!」

「来るぞ! 構えろ!」


 リュンが紫電を解除し、羽を広げる。

 大きく羽ばたくと同時に一歩を踏み出し、一瞬で正面にいた男の懐に飛び込むと、挨拶とばかりに、その腹に拳を突き刺す。

 ドゴッと重い音が響き、男の着けていた鎧が大きく凹む。しかし鎧はリュンのパンチの衝撃を吸収しきれずに、男の体を宙へと舞い上がらせた。

 後方に控えていた兵士達を巻き込み、盛大に転がる。


「所詮はただの兵士か」


 呆気なさすぎる兵士達に呆れ、そこに向けてリュンが紫電を放つ。


「水壁!」


 男たちに紫電が当たる直前、彼らを守るように水の壁が地面から湧き上がった。

 その壁は、紫電とぶつかると激しく蒸発を繰り返しながらも、リュンの紫電を全て受け止めきる。


「何とか間に合ったか」

「ザサルドか! よく来てくれた!」


 水壁の奥から現れたのは、ローブをまとった無精ひげの男だ。ガタイもよく、元挑戦者(アッパー)か盗賊だろうとリュンは当たりを付ける。


「あいつが襲撃者か。厄介な奴を引いたな。誰だよ、あいつ呼び寄せたの」


 リュンの姿を見て顔を顰めるザサルドに、リュンのことを知らない男が問いかける。


「知っているのか?」

「今もっとも有名な奴じゃねぇか。国際指名手配されてるリュンだろ。それにあっちのはハヤトだったっけか? 懸賞金はかかってるが、狙うような相手じゃねぇな」

「そ、そんなヤバい連中なのか」

「話は終わりかのう? お主はなかなかやりそうじゃ」

「おいおい、塔の主を殺すような化け物と一緒にしないでくれ。こっちはしがない雇われ兵だ」

「であっても、雇われている以上は働かなくてはならんのだろう?」

「まあ……なっ!」


 ザサルドが、突然その腰に下げた剣をリュンに向けて投げつけた。

 大柄な体型から放たれた剣は、驚異的な速度でリュンへと迫る。しかし、リュンは焦った様子無く、それを尻尾で撃ち落とした。

 ガシャンと激しい音が会場内に響き、逃げようとしていた客たちが一瞬リュン達を見る。そして、再びパニックに陥り、騒ぎ始めた。


「ふん、五月蠅い奴らじゃ」


 耳障りになったリュンが、客たちに右手を向ける。それをマズイと感じたザサルドが、とっさに剣を投げてからになった手を引っ張る。

 すると、リュンの足もとに転がっていたザサルドの剣が突然宙を舞い、ザサルドの手へと戻る。


「ほう、ピアノ線か」

「そうでも無きゃ、武器なんて投げねぇよ!」


 剣を握ったザサルドが迫る。

 リュンは、客に向けていた手をザサルドに向け、紫電を放つ。

 ザサルドはとっさにそれを剣で受け止めた。


「グッ……」

「ほう、よく耐えるのう。これでも、生身で当たれば血が沸騰してもおかしくないはず何じゃがな」

「魔法対策ぐらいしてんだよ!」


 それは、ザサルドの着けているグローブだ。手首の部分に魔石を入れるスロットがあり、発動すれば耐熱耐寒帯電耐刃の効果を付与する魔導具である。


「やはり、知識の国の魔導具は優秀じゃのう」


 リュンは目を細めてそのグローブを見つめた。

 同じような効果を持つ魔導具ならば、他の国でも開発されている。しかし、どれもリュンの雷撃を受けて無事なものは無い。

 その一撃を耐えられたとしても、中身は壊れ、次の攻撃は防ぐことができないだろう。しかし、ザサルドが着けている魔導具にはそれらしい異常は見受けられない。


「高い金出して買った首都にいる職人製のグローブだ、そんじょそこらの奴と一緒にすんじゃねぇ!」


 グローブで雷撃を防ぎきれることが分かったザサルドが再びリュンに向けて剣を構える。

 リュンも、雷撃は無駄と判断し、拳を構えた。

 そして、同時に動く。

 ザサルドが剣を振り下ろし、リュンがアッパー気味に拳を振り上げる。

 剣と拳が激突した瞬間、周囲に衝撃波が走り、近くに設置してあった椅子と机が噴きとぶ。


「ンだよ、固すぎだろ」

「混竜族の鱗は、最強の鎧であり武器よ。その剣もなかなか良い物ではあるがのう。私の鱗を抜くには力不足じゃな!」


 拳で剣を受け止めたリュンは、その剣を弾き飛ばすと、体を回転させて尻尾でザサルドの胴を打つ。

 ガードの間に合わない速度で放たれる攻撃は、ザサルドの腹部を確かに直撃した。

 しかし、ザサルドはその場から一歩も動くことなく、弾かれた剣を再び振るってきた。

 リュンは驚きながらも、とっさに羽ばたき距離を取ることでその剣を躱す。


「防御された? ちがう、確かに直撃したはずじゃ」

「そんな攻撃で俺はやられねぇよ!」


 愚直に突っ込んでくるザサルドに、本来ならばカウンターでとっとと伸してしまいたいと思うリュンだが、今の攻防の違和感に、カウンターを躊躇わされる。

 振られる剣を躱し、受け流し、隙だらけの体に時々攻撃を仕掛けるも、それが効いているようには見えない。


「頑丈なだけでは説明がつかん。これも魔導具か」

「気付いたか。でも意味がねぇ!」


 ザサルドは気にしないとばかりに、再び剣を振るう。しかし、ザサルドの言っていることも事実なのだ。

 防御力の原因が魔導具であることは分かっても、肝心の魔導具がどこにあるのか分からない。

 ザサルドの格好は、タンクトップにズボン、そして、両手の小手とグローブだけとかなり簡素なもの。それだけの防御力を施す魔導具となれば、魔石も相応の物を必要とするはずで、ザサルドが身に着けている物では、到底賄えるとは思えない。


「面倒じゃな」

「それが俺の強さだからな!」


 絶対の防御力。それを持っているからこそ、ザサルドは隙だらけの剣で生きて来れたのだ。


「そらそら!」


 防戦一方になるリュンに、ザサルドはテンションを上げながら襲い掛かる。それを見たザサルドの仲間たちも、次第に調子を取り戻し、リュンの隙を伺い始めた。

 終わりのない攻防に、だんだんと苛立ってきたリュンは、この会場ごと破壊してしまおうかと思案する。そして、隼人の方はどうなっているのかと視線を向けた。


「な! 何をやっておるんじゃぁぁあああ!」


 ザサルドの攻撃を捌くことも忘れ、思わず叫び声を上げる。

 振り下ろされたザサルドの剣は、リュンの肩に当たるが、そこは鱗で防いでいるため傷はできない。


「邪魔じゃ!」


 突然防御もせずに叫んだリュンを見て驚くザサルドを、足を引っ掛けてその場に引き倒し顔面を踏みつける。

 防御の魔法が体全体に効いているのか、やはりザサルドがダメージを負ったようには見えない。しかし、そんなことはどうでもよかった。

 リュンはその場から天井ギリギリまで飛び上がると、一直線に舞台上にいる隼人に向けて蹴りを放つのだった。



 時間は少し巻き戻り、隼人が囚われていたイリーナを助け出した所まで戻る。


「助けに来たと言って欲しかったです!?」

「悪いな。俺嘘は吐けない性格なんだ」

「それは性格が悪いだけだと思います!」

「とにかく出て来いよ。逃げるんなら、ついでに逃がしてやるから」

「どこまでもついでですね!?」


 そう言いながらも、イリーナは隼人の手を取り、檻の中から出てくる。そして、転がっていた鉄格子の残骸を踏み、足を滑らせた。


「わ、わぁ!?」

「おっと」


 バランスを崩すイリーナを見て、隼人はとっさに伸ばしていた手を引っ込める。

 当然イリーナはその場にドサッと尻もちをついた。


「い、痛いです……」

「大丈夫か? 足元気を付けろよ」

「そんなこと言うぐらいなら支えてくれてもいいのでは!? と、言うか今とっさに手をひっこめましたよね!?」

「だって巻き込まれるの嫌だし」

「素で酷い人!?」


 ぶつけたお尻を撫でながら、イリーナは涙目で隼人を睨みつける。しかし、元々優しい目元をしているイリーナに睨まれても、全然怖くない。まだ、塔の最下層にいる魔物の方が迫力があるぐらいだ。


「ははは、なんてったってここを襲撃するぐらいの悪人だからな。んで、あんたが救済のイリーナで合ってるのか?」

「はい、確かに私がイリーナですが、あなたは?」

「俺はハヤトだ。元挑戦者(アッパー)で今は国際指名手配犯とかやってる。んであっちで暴れてるのが相棒のリュンな」

「国際指名手配犯って超危険級の犯罪者じゃないですか!?」

「まあな! こっちも色々と事情があったんだ。それよりも――」


 驚くイリーナをよそに、隼人は舞台そでを睨みつけた。


「いい加減出て来いよ」

「やっぱり気付かれていたか。彼女を助けた時を狙うつもりだったのだけどね」

「甘い甘い」


 舞台そでから出てきたのは、一人の騎士。金髪に優しそうな笑みを浮かべ、白銀の鎧をまとった姿は、さながらどこかの王子様のようだ。

 しかし、その男を見た瞬間、イリーナが「あー!」っと驚いたように声を上げる。


「あなたはナッツ様!」

「こんばんはイリーナ嬢。ご機嫌はいかがですか?」

「最悪ですよ! なんで私を攫ったんですか!?」

「へぇ、お前が攫ったんだ」


 ナッツは、イリーナを攫って来た張本人だった。


「お金が欲しかったからですよ。女性と遊ぶのにも、お金は沢山必要ですからね」


 その優しげな笑みで、下種な事をサラッと言うナッツに、イリーナは絶句する。


「で、ではまさか……」

「ええ、あなたが孤児院への寄付の足しにしてくれといってくれたお金は、全て僕の女性たちの為に使わせていただきました」

「酷いです」


 イリーナは、憤るというよりも、悲しそうに眉を寄せる。


「イリーナ嬢は純粋でしたからね。非常に騙しやすくて助かりました。まあ、周囲が五月蠅くなってきたので、逃げるついでにあなたを攫ってお金にさせていただきましたが」


 人を疑うことを知らないイリーナだけならば、いつまでも騙せていただろう。しかし、イリーナには親衛隊ともいえるギルドが存在する。

 彼らが、イリーナの発言とナッツの周辺の金の動きがおかしい事を知って、裏から少しずつ調べていたのだ。

 それに気づいたナッツは、イリーナにばれて援助を断られる前に、国から逃げることにした。そのついでに、騙しやすいイリーナを攫い、裏オークションにかけて最後にむしりとろうとしたのである。


「なかなかのゲスだな」

「史上最悪の犯罪者にそう言ってもらえるとは、光栄ですね」

「はは、俺は犯罪者だがゲスじゃねぇからな。んじゃ、こいつは俺が回収するぞ」

「そう言う訳にはいかないですよ。彼女が売れないと僕にお金が入ってこないので」


 そう言いながら、ナッツは優雅な動作で腰の剣を引き抜く。

 すると、剣の刀身が自ら光を放つように輝き出した。


「綺麗……」

「うわ、ダサ」


 イリーナと隼人の反応は正反対だった。


「なんてこと言うんですか! あんな風に輝くなんて、きっと凄い剣なんですよ!」

「いや、あれただの魔導具仕込んでるだけだろ。たぶん、ライトとかそこらへん」


 引き抜く動作の中で、隼人はナッツの手が僅かに柄を押し込むのを見ていた。


「よくお分かりで。確かにこれはただの剣を光らせているだけです。けどね――」


 構えたナッツが駆け出し、隼人に向けて剣を振るう。

 隼人は、右手のマギアブレードでそれを受け止めた。そして、左手のマギアブレードをナッツに向けて突き出す。

 ナッツはそれを、体を横にすることで避け、左手を隼人に向けた。

 その手には、魔導銃が握られている。

 引き金が引かれ、隼人目掛けて勢いよくファイアボールが飛び出してくる。

 ズドンッ


「ハヤト様!」


 至近距離から放たれたそれは、隼人の顔面を直撃し爆発を起こす。

 思わず悲鳴を上げるイリーナと、笑みを浮かべたまま続けざまに引き金を引くナッツ。

 容赦なく放たれたファイアボールは、隼人の顔を何度も射ち、爆発を起こさせた。


「国際指名手配犯というからどれほどのものかと思えば、この程度ですか。度胸はあるようですが、それだけですね」

「言いたいことはそれだけか?」

「なっ!?」


 煙の中から聞こえた声に、ナッツが驚きの声を上げる。

 煙が揺れたかと思えば、突然そこから飛び出してきたのは隼人の頭。それは、寸分たがわずナッツの鼻を打つ。


「ぐあっ」

「甘いのはテメェだ! その程度の魔導具で俺が倒せると思ってんのかよ!」


 たたらを踏むナッツに、隼人はラッシュを掛けるように剣を振るう。ナッツはそれを何とか受け流しながら、隼人から必死に距離を取ろうとするが、二刀流の速さに追いついて来れず、距離を取ることができない。

 そして、一本の剣がナッツの鎧を貫き、肩を穿つ。


「チッ、肩か」

「ぐっ……だが!」


 左肩を貫かれたナッツは、痛みに顔を顰めながらも、その表情に諦めのような物は見えない。それに隼人は疑問を持った。

 今の状況ならば、ナッツような男なら逃走を選んでもおかしくない。しかし、尚も戦おうとするのは、何かしらの対策があるからか。

 そこまで考え、隼人はただ光るだけのナッツの剣を思い出す。しかし、少し遅かった。


「そろそろでしょうね」


 そう言ってナッツは、剣の光を消す。

 ライトが消えたことで、周囲は普通の明るさに戻る。しかし、隼人とイリーナはそうでは無かった。


「な、何が!? 急に暗くなりました」

「違う、俺達がそう錯覚してるだけだ」


 瞳孔の縮小。ライトを至近距離で見ていた隼人とイリーナは、知らぬ間にその明るさに慣れる為瞳孔が縮小してしまっていたのだ。

 そんな状態で、オークション会場のような灯りの抑えられた空間に戻されれば、突然周囲が暗くなったように錯覚する。


「そう、ただのライトでも使い方ではこんな便利な魔法になる」

「面倒な事しやがって」

「今度はこちらから行きますよ!」


 暗くてよく見えない中、ナッツの斬撃が隼人を襲う。しかし、隼人も簡単に斬られる訳がない。

 うっすらとだけ見えるナッツの剣を追いながら、必死に剣で受け流していく。


「慣れるまで逃げるつもりでしょうが、そんなことはさせません!」

「そんな面倒な事してられっかよ!」


 ナッツが腰に付けていたナイフを取り出し、二刀流で隼人を襲う。隼人は後ろに下がりながら、剣とナイフを捌き、隙は無いかと窺う。しかし、ナッツも相応の訓練を受けてきているのか、その剣技には隙が無い。

 ただのイロモノでは無かったことに驚きつつ、隼人はイリーナの近くまで下がって来た。


「ハヤト様」

「大丈夫。つか、まだ逃げてなかったのかよ」

「そんな!? ついでとは言え、助けていただいたんですから、置いて逃げるなんて」

「ただの足手まといだけどな!」

「怪我なら直せます!」

「俺斬られる前提じゃねぇか!」

「ずいぶんと余裕そうですね!」


 ガチンと音がして、隼人が剣を受け止める。瞬間、隼人の足が何かを踏んでバランスを崩す。


「しまっ!?」

「もらいました!」


 隼人が踏んだのは、鉄格子の残骸だった。イリーナが転んだ拍子に遠くまで転がった物が、たまたま足もとまで来ていたのである。

 バランスを崩した隼人に、ナッツの剣が迫る。

 隼人はとっさに手を伸ばし、身近にあった物をナッツの前へと突き出す。


「ヒッ!?」

「なに!?」


 二人の驚いたような声。そして、ナッツが慌てて剣を引き、隼人から距離を取った。

 隼人はよく分からずに、自分の掴んでいた物を見る。それは、白い絹のような布。それは、イリーナの服であり、ナッツと隼人の間に突き出されたのは、イリーナ本人だった。


「あ、悪い」

「ひ、酷いです……」


 目の前で剣を振り下ろされかけたイリーナは、涙目になりながら抗議する。

 しかし、隼人はそれを見て口元をニヤリとさせた。


「クックック、見つけたぜお前の弱点」

「何?」

「こいつを盾にすりゃいいんだな。そうすりゃ、お前は俺に攻撃できない」

「なっ!?」

「はい!?」


 隼人は素早く立ち上がると、イリーナの腰を掴み抱き寄せる。

 まるで後ろから抱きしめるような姿に、イリーナの頬が真っ赤に染まった。


「な、何をしているんですか、こんな時に」

「あいつはイリーナを売って金が欲しいんだ。だから、お前を傷つける訳にはいかない。だろ?」

「ええ、しかしまさか彼女を肉盾にするとは……彼女を救出しに来たのではないのですか?」

「俺はただ襲撃されたから、襲い返してるだけだ。こいつは相棒に助けるように言われてな。仕方なくやってることだし、まあ戦ってる最中に流れ弾にでも当たったっつっとけば何とかなるだろ」

「なる訳あるか戯けが!」

「ぐべっ!?」


 突如天井付近から声がしたと思えば、直後には隼人は顔面に強烈な衝撃を受けて噴きとぶ。もちろん、隼人に腰をしっかりと抱かれていたイリーナも巻き込んでだ。

 ゴロゴロと転がり、鉄格子の中に入ったところで二人は止まる。


「痛ってぇ!」

「救えと言った者を盾にしようとするからじゃ! バカ者が!」

「しかたねぇだろ、有効な手だったんだしよ!」

「お主ならもっと簡単にこんな優男潰せたじゃろうが! 最初から本気でかからんからそうなるんじゃ」

「まあ、やろうと思えば一振りで終わるかもしれねぇけどよ、それじゃつまんねぇじゃん」

「それで追い込まれてれば世話ないわ。全く、お主はそこでイリーナ殿を守っておれ。そろそろ帰るぞ」

「うーい」


 隼人もそろそろいいかなーと思っていたので、大人しくリュンの意見に従いイリーナを物質魔力で覆う。

 突然謎の物体に包まれたイリーナは「え? え?」と慌てていたが、説明も面倒なためサクッと無視される。

 そして、リュンを注意深く見ていたナッツが再び剣を構えた。


「次の相手はあなたですか?」

「話を聞いておらんかったのかアホ面。私は帰ると言ったのじゃ」

「返すと思っているのか?」


 そこに、リュンを追ってザサルドも合流する。

 リュンを挟むようにして立つ二人に、リュンはため息を一つ吐くと両手から激しく紫電を放電させる。


「もともと私たちの目標は、ここを襲って主催者であるヴァイヤードの信用を無くすことじゃ。それはすでに達成されておる」


 客たちはすでにそれぞれの扉から逃げ出しているが、こんなことがあったのではもうこの会場は使えない。その上、ヴァイヤードの名前にも激しく泥が塗られたことだろう。

 怪我をしたものも少なからずいる為、保障などの話になれば、ヴァイヤードの資金は確実に底をつくだろう。


「故に、これ以上ここで暴れる必要も無いのじゃ。そろそろ町の兵士にも連絡が言ってるころじゃろうからな」


 大量の人が一斉に逃げ出したのだ。兵士だって何かあったと気付くはずである。

 一応お尋ね者の隼人とリュンがこれ以上ここにいても良い事は無い。

 ならばさっさと逃げるのが吉だ。


「ただで帰すつもりはない」

「彼女は帰してもらいます」

「では精々頑張る事じゃ。死なぬようにな」


 リュンが両手を高々と掲げ、そこに紫電を纏わせる。

 紫電は次第に球体状へと変化し、その中で何かがバカンッバカンッとはじけるような音がする。その度に球体はいびつに歪み、球体を破壊しようとした。

 それをリュンが強引に抑え込み、さらに球体の大きさを圧縮していく。


「あれは不味いぞ!」

「止めます!」


 両側にいた二人が何かに気づき、すぐさまリュンへと切りかかる。しかしその刃は、リュンの羽によって受け止められた。

 頭上に掲げられた球体は、野球ボールサイズまで圧縮され、紫電がもはや滑らかな革のように光沢を放つ。


「混竜族奥義・紫電轟熱波!」


 完成した魔法をリュンが解き放つ。

 紫電により熱せられた空気を、一定空間内で圧縮しさらに温度を上昇させる。

 光沢を放つ紫色の球体内には、十万℃を超える熱量が保存されていた。そしてそれを解放すればどうなるか。


「吹き飛ぶがよい」


 周辺の空気が、球体内の空気に触れた瞬間、爆発的な膨張を起こし周辺に衝撃波が拡散される。

 ナッツとザサルドはまるで全身をくまなく殴られるような衝撃波の嵐に襲われ、一瞬で意識を刈り取られた。

 しかしそれだけでは収まらない。

 膨張した熱はさらに周辺の空気へと熱を伝え、次々に爆発を起こしていく。

 ババババババッと爆竹でも鳴らしたかのような音が会場内に響き渡り、同時に机や椅子が粉々に吹き飛ぶ。

 天井がバキバキと音を立てながら崩壊し、むき出しになった地面を容赦なく抉った。

 そして――

 ズドンッ!!!

 ついに天井が抜け、上にあった建物が吹き飛び、会場を周辺の地上もろとも吹き飛ばした。



「ちょっとやりすぎじゃね?」

「うむ、まさかここまで威力が出るとは思わなんだ。狭い空間でやったのが間違いだったかもしれんのう」


 オークション会場跡地。そう言うしか他に状況を説明することのできない光景が隼人達の目の前に広がる。

 ぽっかりと空いた天井からは星々が輝き、そこに向けて会場内から土煙が昇っている。

 周辺も人工物はことごとく破壊され、すり鉢状に削り取られた土だけが残るのみとなっていた。

 隼人はそんな荒れ狂う衝撃波の嵐の中、物質魔力を球体状に発生させ、強度を最大にしてイリーナと自分を衝撃から守り切った。

 そのイリーナは、あまりの光景に目を回してしまっている。


「まあこれで逃げやすくなったじゃろ」

「それもそうだな。ならこいつ担いでさっさと逃げるか」

「このまま町の外に出るぞ。どうせ明日にはフリーデと合流じゃ」

「了解。兵士達も住人の避難とかに忙しいだろうし、逃げるのは楽そうだな」

「じゃな」



 その日、町の中を北に向けて飛ぶ混血族の少女と、白い服を来た女性らしき人物を担いだ男が目撃されたが、街中で突如起こった巨大な爆発とその後の混乱に寄り、その情報は書類の波へと飲み込まれるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ