囚われの聖女
全員の尋問を終えた時には、すでに窓から朝日が差し込んでいた。
隼人とリュン、二人の目は据わっており、そこにいるだけで妙な迫力が出ている。
「やっと終わったな」
「まさかこれほどかかるとは思わんかったのう。襲撃は明日じゃな」
「だな。とりあえずこいつらをどうにかしないと」
人の山は、再びうず高く積み上げられている。これをどうにかしなければ、おちおち眠ることもできない。
「窓の外にでも放り出しておけばいいじゃろ。起きれば勝手に逃げていくはずじゃ」
「それもそうか」
もはや眠気でまともな思考も出来ていない二人は、とりあえず部屋から片づけることを優先する。
窓を開け、下に誰もいないことを確かめると、人山から一人ずつ順番に外へと放り投げる。
気絶した男たちが、二階から放り投げられれば、下手すれば首の骨を折って死ぬのだが、今の隼人達にはそこまで思考が回らない。
とりあえず宿の敷地内になければいいかと、道に向かってぽいぽいと投げ捨てて行った。
すれば、ものの数分もかからぬうちに、宿の前の道にはボコボコにされた男たちが散らばる魔境が出来上がる。
「ふぅ。寝るか」
「うむ」
窓を閉め、カーテンを閉じ、隼人達は再びそれぞれのベッドへと潜り込むのだった。
翌朝、というよりも、目が覚めた時すでに太陽は真上を通り過ぎ、やや傾き始める時間だった。
「ふぅ、邪魔されたせいで、いつも以上に眠ってしまったようじゃな」
「まあ、あんな邪魔され方すればな。とりあえずあいつらどうなったか確認してみるか」
目を覚ました二人は、カーテンを開けて窓から道を覗く。
そこには予想通りというか、当たり前というか、男たちの姿は無く、いつも通りの静かな裏通りが広がっている。
「逃げたようじゃな」
「なら、俺達のことはちゃんと伝わったってことでいいのかな?」
「まあそうじゃろうな。後は、こちらから挨拶するだけじゃな」
「今夜が楽しみだっと、とりあえず腹ごなししようぜ」
朝食も食べのがし、昼も食べていない。隼人の腹は、ぐぅっと空腹を訴える。
それはリュンも同じようで、隼人の意見に賛成する。
手早く身だしなみを整え、部屋を出る。
階段を下り、受付の前を通ると、宿屋の老人に声を掛けられた。
「昨夜はお楽しみでしたのう」
「いや、絶対に違うからな!?」
「ご老人! その言い方は大いに誤解を招くぞ!?」
「ホッホッホ、理解しております」
髭を撫でながらにこやかに笑う老人だが、隼人達から不安は抜けない。
本当に理解して言っているのか、はたまた単純に誤解したまま隼人達の照れ隠しだと思われたのか、判断できないのだ。
「本当に理解できておるのだろうな!?」
「もちろんですとも」
「むぅぅ……分かった。時間もないし今は信じることにしよう」
「それでは気を付けて行ってらっしゃいませ」
「うむ」
後ろ髪を引かれながらも、二人はなんとか気を取り直し、町の露店で昼食をとる。
二人は、露店で買った料理を齧りつつ、町を散策し男たちが言っていたアジトの場所を調べて回る。
ヴィッツという魔導具店は、かなり規模大きな店なのか、三階建ての目立つ物だ。
客足も多く、ここが資金源の一つになっているのが理解できる。
そして、二つ目の赤い色の倉庫は、他にも倉庫が立ち並ぶ街外れにあった。他の商人の姿も多く、在庫管理の為に使われているのだと分かる。
こっそりと中を覗いても見たが、特に人が集まっている様子は見られない。ヴィッツの在庫を保存してあるだけのようだ。
ここを襲撃すれば、資金には多少のダメージを与えられるかもしれないが、人攫いや人身売買をやっている組織だ。それほど大きなダメージは与えられないだろう。
そして、二人が襲撃場所の本命と考えていた三つ目。エレストという名のバーだ。ここは夕方からの営業らしく、隼人達が訪れた時にはまだクローズの看板が掛かっていた。
しかし、開店の準備のためかすでに中に人がいる気配はある。
その為、忍び込むのはやめ、素直に開店を待つことにした。
バーの周辺を散策しながら時間を潰していると、バーの扉が開き、ウェイターのような格好をした細身の男がクローズの看板をオープンへと変え、また中に戻っていく。
二人は頷き合い、バーへと入店した。
「いらっしゃいませ」
店内はバーカウンターと数個のテーブルがあるだけの小さな店だ。照明は抑えられ、ほの暗い中でグラスが照明の光を反射して輝いている。
まさしく大人の酒飲み場といった様子だ。どう見てもまだ未成年にしか見えない隼人とリュンでは少し場違い感がある。
「お好きな席へどうぞ」
「うむ」
入口で中の様子を窺っていた二人は、店員に促されテーブル席へと付く。
「ご注文は?」
「私は甘めのものを頼む。それとつまめるものを」
「俺は炭酸入りでそんなに強くない奴な。あとチーズ」
「承りました」
適当に注文を頼み、再び店内の様子を窺う。さすがに開いたばかりでまだほかの客がいない。そのおかげで、覗き見せずに堂々と見ることができる。
「ふむ、特におかしなところは無さそうじゃな」
「ああ、売り場へは店の奥からってことかね?」
「かも知れん。何かしら合言葉があるのじゃろう」
「定番だな。なら、ここで時間潰しながら、来た客の観察か」
「酔いつぶれるでないぞ?」
「だから弱いの頼んだんだろ。そっちこそ潰れるなよ、お子様ボディー」
「ふん、混竜族が酒に酔う訳なかろうが」
ウェイターが近づいて来たため、一旦会話を中断する。
「お待たせいたしました。お嬢様には、桃のシャンパンとスコーンをご用意しました。お好きなジャムとクリームを乗せてお召し上がりください」
「うむ」
「こちらは度数を抑えた発泡赤ワインになります。チーズに合わせて、こちらは辛口をご用意させていただきました」
「どうも」
「ではごゆっくりどうぞ」
一礼してウェイターが去る。それを横目で見送り、二人はとりあえずグラスを持つ。
「桃のシャンパンとは珍しいのう」
「だな。こっちもビールが出ると思ったら、発泡ワインだと。シャンパンとは違うのかね?」
「酒については詳しく知らん」
「俺もだ」
グラスの中で揺れるワインを一通り眺め、ゆっくりと口に含む。
炭酸と赤ワインのピリッとした辛味が舌を刺激する。しかし、そのはっきりした味に比べて、アルコールの強さは感じない。
確かにチーズが進みそうだと、隼人は心の中で感心する。
一方リュンも、甘口のシャンパンに舌鼓を打っていた。スコーンも焼きたてで、冷えた口に優しい。
そんな風に、普通に酒を楽しんでいると、徐々に他の客も入り始める。
常連が多いのか、注文もいつものをや、あれ入ってる? など、特に合言葉を言っているようには見えない。
「今夜は開かれんのかのう」
「どうだろうな。まだ裏オクやるには時間的に早い気もするし」
飲み始めて一時間ほど、日は沈んでいるが、まだ外には活気があふれている。露店なども乱立しており、仕事終わりの男たちだとこれから飲むという者もいるだろう。それを考えると、時間的にはまだ早い気もする。
「ふむ、ならもう一杯必要じゃな」
空になった自分のグラスを眺め、リュンがポツリと呟く。それほど、出されたシャンパンは美味しかった。
隼人のワイングラスもすでに空になっていた。
「すまぬが同じ物を貰えぬか?」
「俺はビール。それと温かいつまみが欲しい」
「少々お待ちください」
ウェイターに声を掛け、追加の注文を取る。これでまた一時間はこの場にいられる。
そして、出された酒と料理を楽しみつつ三十分ほどした頃、リュンが店に入ってきた一人の男に注目する。
この店自体も、かなり良い雰囲気で高級な感じはあるのだが、それを遥かに超えた煌びやかな宝飾を纏う男だ。
その男は、ウェイターに何かを耳打ちし、席に着かず店の奥へとそのまま入っていった。
「今の男あやしいのう」
「だな。少し探りいれてみるか」
かといって、店員にいきなりあの人誰などと聞けば、こちらが怪しまれる。
「ウェイターよ、少し良いか?」
「はい、いかがしましたか?」
「先ほど入ってきた者は経営者か何かか? そうならば、この店の酒を気に入ったので礼を言いたいのだが」
「あ、え、あ、は、はい。経営者という訳では無く、どちらかといえば出資者といった方が良いかもしれません。あの方にいくらか出していただきまして、この店は立ち上げることができましたので」
「そうじゃったのか。すまんのう」
「いえ、嬉しいお言葉ありがとうございます」
店員は笑顔でリュンに頭を下げ、再びカウンターの奥へと戻っていく。その背中はどこかホッとした様子だ。
「どうじゃ」
「あー、はいはい。凄い凄い」
怪しまれずに、店員からいくらか情報を引き出すことに成功した。
まず、出資者というのは間違いなく嘘だろう。そして、経営者でもない。だが、それ相応に重要人物だということだ。
そして、ここで働いている店員はほとんどがこの店の裏事情を知っているということ。でなければ、最初にあそこまで焦ることは無い。
「もう少し様子を見るぞ。他の関係者も来るかもしれん」
「了解」
ゆっくりと飲みながら、二人はさらに客の監視を続けて行った。
そして、二杯目がもうなくなるという所で状況が動く。
店に団体の客が入って来たのだ。
屈強な男たちを先頭に入って来たのは、どこかの大商人だろう。でっぷりと肥えた腹に、豪華な衣装。口には葉巻をくわえ、その手には宝石がずらりと並んでいる。
見るからに成金だ。
その姿に、店にいた他の客たちも思わず会話を止めてその男を眺める。
店員がすぐさまその男の下まで駆け寄り、深々とお辞儀をした。何かあると感じたリュンが、ひそかに血覚を発動させ、髪に隠れた耳を強化する。
「お待ちしておりました」
「うむ、案内せよ。今日は良いのが入っておるのだろうな?」
「もちろんでございます。とっておきの女をご用意いたしております」
二人の会話を盗み聞きしたリュンが笑みを浮かべる。
「確定じゃ。店の奥に会場があるぞ。今日もやるみたいじゃな」
「なるほど、そこに乗り込むわけだ」
「うむ。あの男が入ったら行くぞ」
「あいよ」
店員はボディーガードを含めた男たちを店の奥へと誘導する。
成金男がいなくなったことで、他の客たちも各々の会話を再開した。
隼人は、残っていたワインを飲みほし席を立つ。
そこにスッと別の店員が寄って来た。
「お帰りですか?」
「いや、店の奥に用事」
「と、おっしゃいますと?」
「やってんだろ? 面白いオークション」
「……どこでお聞きになったのか分かりませんが、ここで行われているオークションは館員限定のものとなっております。申し訳ありませんが、招待状の無いお客様をお通しするわけにはまいりません」
「そっか、残念」
隼人は軽く肩を竦める。その動作に、店員が一瞬ホッとした表情をした。
だが、次の瞬間店員の表情は恐怖に彩られる
「けど悪いな。俺達も招待されてんだよ。ちょっと荒っぽい方法でさ!」
隼人が突如、店員の首を掴み上げ、頭上へと腕を掲げる。そして、勢いよく腕を振り下ろし、店員をその場に叩きつけた。
苦悶の声を上げる店員。そして、突然の出来事に周囲の客から悲鳴が上がる。
「何事だ!」
店の奥からは、屈強な男たちが駆け出してきた。
「あっちみたいだぜ」
「そのようじゃな」
店内の様子を見て、隼人達を取り押さえようとした男たちは、一瞬にしてリュンに無力化され床に転がされる。
客たちは突然の騒乱に我先にと店先へ逃げ出し、料理人たちも厨房の奥へと引っ込んでしまった。荒事専門の者達が一撃で伸されたことで、完全に刃向う意欲を削ぎ落されてしまったのだ。
そして、隼人達は怯える店員たちに見送られながら店の奥へと入っていった。
そこは、厨房に続く通路。その横に地下へと続く階段があった。
降りて行けば、次第に喧騒が大きくなってくる。
階段を降りて続く通路の先には赤い扉があり、ガードマンが守っていた。それを声を出す間もなく無力化し、扉を開く。
「ほう、なかなか豪華なものを隠しておったのう」
「だな。まるで議会だ」
半円状に続く座席と、その先にある舞台。そこには色々な商品が並んでいた。
宝石に武器、豪華な調度品。そして人。
「裏オークション会場、ここで暴れれば最高のダメージになるだろうな」
「そうじゃな。後はどのタイミングで暴れるかじゃが」
「そりゃ、ラストだろ。そこに目玉もあるだろうし」
「ふむ、ならばしばらく観賞するとしようか」
追手が来ても問題無いように、隼人達は客席の一角にあった柱に隠れながらオークションを観察する。
オークションはすでに始まっており、宝石や武器が最初に落札されているようだ。
値段を聞いていれば、平然と金貨数十枚で落札されていく。それだけ、ここにいるメンバーが金を持っている証拠だ。
その中でも、先ほど会場に入った成金は別格だった。
最初の争いには全然参戦せず、競りが収まってきたところでいきなり値段を跳ね上げる。
そのせいで、成金が参加した商品は全て成金が落としていた。
「なるほどVIP待遇だけはあるな」
「おそらくどこぞの豪商じゃろう。ここに通じてるとなると、あくどい事も色々とやっておるじゃろうな」
「あいつの邪魔になると思うか?」
「うむ……私たちとフリーデの関わりが気付かれるとまずいかもしれんが」
しかし、こちらも秘密にしている以上、その可能性は少ないかもしれない。だが、商人とは目ざとい物だ。物の流れから誰と誰が繋がっているのかを調べ上げることに関して、彼らの右に出る者はいない。
危険性を考えれば、騒動に巻き込んでしまうのも手だろう。
「ふむ、最後まで残るようなら巻き込んで怪我でもしてもらおう」
「了解」
二人は襲撃時の算段を考えながら、オークションの行方を見守る。そして、ついに最後の商品が紹介された。
「では今夜のメインイベント。聖女と呼ばれた女性が、なんと奴隷としてこのオークションに登場しました! 私どもも入手するのには非常に苦労しましたが、それだけの価値ある商品と自負しております! ぜひともふるってご参加ください! ではご覧いただきましょう!」
司会に合わせて、舞台の中央にあった空洞から檻がせりあがってくる。
そして、檻の中には一人の女性。照明に輝く金の髪は、絹の布のような滑らかさを持って腰へと流れる。着せられた真っ白なワンピースは、女性のシルエットをこれでもかと強調していた。
その顔は、伏せており見られないが、それでも雰囲気で美人だと分かってしまう。檻に囚われながらも、その女性にはオーラがあった。
「へぇ、確かに美人だ。目玉になるだけのことはあるな」
「あの者、救済のイリーナ殿か!?」
リュンが驚いた表情で、その檻を見つめる。
「知ってる奴か?」
「あ奴は聖職者であると同時に挑戦者じゃ。聖女の由来は、怪我を負った挑戦者を塔の中で治療していることから付いた名じゃ。それだけに信奉者も多く、彼女を塔の中で守るためのチームまで存在しておる。じゃが、なぜ彼女がこんなオークションなんぞに」
「へぇ、確かにそれは気になるな。助けてみるか」
「うむ、あの者がいるおかげで、多くの者が命を救われる。彼女のようなものは挑戦者に必要な存在じゃ」
「じゃあ始めるか!」
「うむ! 血覚!」
隼人がマギアブレードを出現させ、リュンが戦闘モードに突入する。
そして、リュンが魔法を発動した。
「混竜族奥義、紫電解放!」
突然客席の後方から放たれた紫色の閃光に、オークションに夢中になっていた客たちは驚きの声を上げ、そして悲鳴が続く。
一瞬にして混沌と化した会場で、隼人は一息に舞台上へと飛び移った。
突然の出来事に、理解が追いつかず隼人を見つめるイリーナ。隼人はそんなイリーナに笑みを向け、マギアブレードで檻を斬り裂いた。
カランカランと鋼鉄で出来た檻がいとも簡単に破壊され、隼人がイリーナに向けて手を伸ばす。
「もののついでに助けてやるよ」
「そ、そこは助けに来たと言って欲しかったです!?」
思わず手を取りながら返した言葉に、隼人はイリーナのことを案外天然なのかもしれないと思うのだった。