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奴の魔法は物理的!  作者: 凜乃 初
知識と技術の集まる地
53/60

真夜中の襲撃

 露店を巡り、他にもおもちゃのような魔導具を二個ほど買った所で、隼人は散策を切り上げ、宿へと戻るため裏道を歩いていた。

 そして、不思議な光景を見つける。


「なんだこりゃ」


 道端に倒れる屈強な男。その口の端からは血が流れており、意識は無い。顔にも大きな痣が出来ており、誰かに殴られたのだと分かる。

 そして、その男の周囲には、塀に布団のように引っかかっているものや、家の壁にめり込んでいるものもいる。

 その誰もが、肉体労働者のように屈強なガタイを有しており、簡単に負けるようには思えない。そもそも、塀に引っかかっている男は、パッと見ても百キロは超えているだろう大男だ。そんな男を放り投げられる人物がここで暴れていたことになる。

 一般人からしてみれば、即座に通報ものの現場だが、盗賊狩りやらなんやらで感覚がマヒしてしまっている隼人は、むしろそれを行った人物に興味が湧いた。


「近くにいないかね?」


 状況的に、戦ってからそれほど時間が立っているとは思えない。ならば、これを行った犯人がまだ近くにいるかもしれないと思い、隼人は周囲を見回す。

 すると、地面に血痕が残っているのを見つけた。それは、先の角に続いている。


「向こうか」


 手傷でも追っているのかと思いながら、隼人が血痕を追って角を曲がると、そこには二人の人影があった。

 一人がもう一人の首元を掴み、壁に押し付けている。

 押し付けられた男は、足が宙に浮いており、相手の力を物語っていた。

 その男が隼人に気付く。


「た、助け……」


 死にもの狂いで伸ばされた手は、途中でぐったりと力なく垂れ下がった。

 そして、それを行っていた犯人が隼人の方を振り返る。


「む、新手かと思ったがハヤトじゃったか」

「何やってんの?」


 先ほどの惨事を生み出した人物は、隼人のよく知る相棒リュンだった。

 リュンは、男を力任せに放り投げ、隼人のもとに歩み寄ってくる。


「うむ、この者達が突然襲って来たのでな。少し情報を貰っておった所じゃ」

「んで、何か分かったのか?」

「この町もなかなか物騒じゃということが分かったのう。こやつら、人身売買目的の人攫いじゃったよ」

「人身売買?」

「ほれ、私はこう――少しだけ、ほんの少しだけ人より成長が遅いからのう」

「潔く幼女体型(つるぺたロリボディー)と認めろ。未練がましいのは惨めだぞ?」

「少しはデリカシーを持たんか!」


 体の回転を伴ってフルスイングされたリュンの尻尾は、寸分違わず隼人の脇腹を打ち抜くのだが、隼人はそれを物質魔力できっちりと受け止める。


「ぬぅ」

「んで、こいつらどうするんだ? 報復にアジトでも潰すのか?」

「そのような面倒なことはせんよ。まあ、宿まで襲ってくるようなら別じゃがな。さすがにこやつらもそんな愚かなことはせんじゃろ」

「それもそうか。こんだけ痛めつけられればな」


 伸びている男たちは、全員相当痛めつけられたのか、肌の見えている部分にはどこかしらに痣が浮かんでおり、中には骨が折れている者もいる。


「お主は帰りか?」

「おう、そっちは情報屋に会えたのか?」

「うむ。多少値段はかかったが、重要なものはいくつか手に入った」

「そりゃよかった。んじゃ帰るか」

「そうじゃの」


 死屍累々の現場を残し、隼人達は宿へと戻った。



 宿に戻り、夕食を食べ終えた隼人たちは、今日のそれぞれの成果について話していた。


「へぇ、じゃあなりふり構わずに殺しに来るわけか」

「そうじゃ。それこそ家ごと吹っ飛ばすような魔法も使って来るかもしれん。なるべく町の中に潜伏するべきじゃろうな」

「民間人が人質か。発想が極悪犯そのものだな」


 リュンの提案に、隼人は笑い声をあげる。


「致し方あるまい。向こうからすれば、本当に極悪犯じゃからのう。それにメンバーがメンバーじゃ、まともに戦えば私たちとて無傷ではいられんじゃろう」

「そんなにヤバい連中が揃ってんのか?」

「うむ、誰もかれもが騎士の中で一流と呼ばれる者達じゃ。挑戦者(アッパー)ならば、全員が第一歩の塔など簡単に攻略するレベルじゃな」

「そいつらがなりふり構わないってのは確かにヤバいな」


 その全員が塔の主並に実力があるとは思えないが、中にはそれと同等のレベルを有する者がいてもおかしくは無い。


「それに少し嫌な情報もあるしのう」

「嫌な?」

「確定ではないとのことじゃが、混竜族から何人か、騎士団に参加しているらしい」

「同じ村の奴か?」

「うむ、私の幼馴染じゃ。レラといって昔からよく競い合っておった」


 リュンは、何かを懐かしむように優しい笑みを浮かべる。しかし、その笑みをすぐに消して、真剣な表情に戻った。


「幼馴染だと戦いにくいか」


 隼人も、もし蓮華と全力で殺し合うことになれば、少なからず躊躇が生まれるだろうと思う。自分の目標の為に冷徹になろうとしても、幼馴染というのは一緒にいる期間が長すぎるのだ。

 楽しい事も、辛い事も一緒に経験してきた者を、人はどうしても簡単には切り捨てられない。


「ならそいつは俺が相手するか。同じ村の出身なら戦い方も似てるだろうし、俺にアドバンテージがあるだろ」

「いや、レラとは私が戦う」


 隼人の提案を、リュンは断る。

 驚いてリュンを見る隼人は、その瞳に何か決意のような物が浮かんでいるのを感じた。


「私は自分の行いに、何一つ恥じるつもりはないからのう。レラには、私の拳を正面から受けてもらうつもりじゃよ。幼馴染じゃ、拳を交えれば、おのずと相手の考えも読めてくる」

「どこの青春漫画だよ……まあ、そういうことなら構わんが」

「すまんのう」

「なに、俺は強い相手と戦えればそれでいい。もともと、塔の主との戦いだってそれが目当てだったんだ。レラ以外にも、強い連中はいっぱいいるんだろ? なら俺はそいつら全員と戦うだけさ」

「強欲じゃのう」

「強欲じゃなきゃ、強くはなれないからな」


 求め続けなければ上に行くことなどできるはずがない。

 それは、毎日のように人形について勉強し、最高を作り上げると豪語し続けてきた蓮華を見て、隼人が学んだことだった。



 深夜。隼人はベッドの中で目を覚ます。それと同時に、リュンから声を掛けられた。


「愚かな連中が来たのう」

「まあ、ああいう連中で自尊心の塊みたいなもんだからな」


 昔から不良に絡まれていた隼人には、それがよく分かる。


「しかたがないのう。放っておくと周りにも迷惑がかかりそうじゃ」

「一筆くれりゃあ、こっちからアジトに行ってやるのにな」

「まったくじゃな」


 二人は静かに起き上り、手早く身支度を整える。その間にも、外の気配は宿の中へと侵入し、隼人達の部屋の前や、窓の外に集まって来ていた。


「俺がドア側、リュンは窓側な」

「殺すでないぞ、情報をしゃべるまでは生かさねばならん」

「分かってるって、んじゃ」

「行くとするかのう」


 外の気配が行動しようとする先手を打って、隼人達が動く。

 一気に扉を開き、廊下まで飛び出した隼人は、素早く廊下の様子を確認する。

 そこには、ナイフやロープを持った男たちが五人。窓側の人員や、外で見張っているものを合わせれば、十人を超える大所帯だ。

 たった二人を捕まえるだけなのに、これだけの人数を割く誘拐組織に苦笑しつつ、それでも少ないとあざ笑う。


「こんな遅くに来るなんて非常識な連中は、さっさとご退場願おうか!」


 先手を取られると思っていなかった男たちは、飛び出してきた隼人に驚きつつもすぐに動き出す。

 一人が隼人目掛けてナイフを投げ、もう一人が背後から切りかかる。

 隼人は、ナイフを魔力を纏った手で受け止めると、そのナイフで背後から迫るショートソードを受け流す。

 体勢の崩れた相手の鳩尾に膝蹴りを叩き込み、崩れ落ちる男の襟首を掴んで、別の男に向けて投げつけた。

 巻き込んで倒れる男たちを見向きもせず、ロープを持っている男に向けて、物質魔力を伸ばした。


「ぐふっ」

「残り二人」

「クソッ、失敗だ。引くぞ」

「あ、ああ」


 瞬時に三人倒されたことで、男たちは撤退することを選んだようだ。しかし、隼人はみすみす逃がすつもりはない。

 廊下を逃げていく男たちに向けて、右腕を伸ばす。


「残念でした」


 右腕から伸ばされた物質魔力は、二人の後頭部を殴打し、その場に昏倒させる。


「さて、リュンもそろそろ終わるかね?」


 自分のノルマを果たした隼人は、気絶した男たちを自分の部屋に放り込み、窓から外の様子を眺めた。


 隼人と同じタイミングで、窓から飛び出したリュンは、血覚で羽を生やし、窓の外にへばりつく男たちを悠然と見下ろしていた。

 男たちは、自分達の状態に圧倒的不利を悟り、しかし、リュンから放たれる威圧で動くことができない。

 ただ、窓の外にある小さな足場で、震えるしかない男たちの姿は非常に滑稽だ。


「こんな夜中に窓から尋ねて来るとは、ずいぶんと常識を知らん者達よのう」

「ば、ばれてたのか」

「そんな邪な気配を漂わせておれば、誰だって分かるわ。気配の消し方も知らん未熟者が、私たちを捕らえようなど片腹痛い」

「クッ……」

「誰が後ろにおるのか、ゆっくり吐いてもら――」


 リュンが男たちを捕らえようと動こうとした瞬間、背後から衝撃が襲い掛かった。


「小癪な手を」


 空中で軽くバランスを崩すも、衝撃はそこまで強い訳でもなく、簡単に体勢を立て直す。そして、睨みつけるように背後を振り返った。


「なるほど、知識と魔導具の国と言うことだけはあるのう」


 視線の先にいたのは、周囲を警戒していた男たちの仲間だ。

 その手には、銃のような物が握られている。先ほどの衝撃はそこから放たれた物だった。


「魔弾砲が効かないなんて……」

「そんなおもちゃが効くはずなかろうが!」


 一つ大きく羽ばたき、リュンは魔導具を構えていた男に向けて急降下する。

 その勢いに合わせて拳を振り抜けば、恐怖に震えていた男は呆気なく吹き飛ばされ気絶する。

 その光景を見ていた窓辺の男たちは、リュンからの威圧が一瞬離れたのを感じて、とっさに窓から飛び降りた。

 ドサッと地面に倒れる男たち。

 三人のうち、一人は着地に失敗し足を折ったのかその場にうずくまったまま立ち上がる様子が無い。

 しかし、残りの二人は示し合わせたように反対側に向けて走りだした。


「この状態で今更逃げようとするか。どこまでも愚かよのう」


 リュンは、再び上空に飛び上がると、ポケットから小石を取り出す。

 それを逃げる背中に向けて投げつけた。

 ボフッと重い音を立てて石は男の背中に直撃し、躓いた男はその場に倒れ込んだ。


「そっちは任せとけ」

「頼むぞ」


 もう一人をどうしようかと思っていると、窓からドア側の男たちを全滅させた隼人が飛び出してきた。

 それを見て、リュンは逃げたもう一人を空から追いかける。

 路地裏は、入り組み一度逃げ込めば早々追いつくことはできないが、空から道を無視して進めるリュンにそれは当てはまらない。


「追いついたぞ」


 ものの数秒もしないうちに、リュンは逃げた男の正面へと着地する。


「クッ」


 男はとっさに剣を抜くも、その動作の間にリュンは懐へと飛び込み、その鳩尾を殴りつける。

 男はその場に崩れ落ちた。


「ふぅ、もう一眠りぐらい出来るかのう」


 男を肩へと担ぎ、リュンは宿へと戻っていった。


 リュンが窓から部屋に入ると、そこにはロープで縛られた男たちが山のように積み重ねられていた。

 そしてそれを行った張本人は、ベッドでゴロゴロと寛いでいる。


「戻ったぞ」

「おう、おかえり」


 起き上った隼人が、リュンから気絶した男を受け取り、ロープでぐるぐる巻きにすると、人山の上に投げ捨てた。

 ぐえっと下の方にいる男からうめき声が漏れる。


「そんで、どうする? 尋問するのか?」

「そうじゃな。私たちを襲った以上、仕返しはしっかりとせねばならん。舐められては、つけあがる連中じゃからな」

「だな。とりあえず一人起こすか」


 隼人は人山からおもむろに一人を引っ張りだし、その頬をパシパシと叩く。


「ほれ、起きろー」

「う……うう……」


 僅かに瞼を振るわせた後、男が目を開ける。そして、目の前で笑みを浮かべる隼人に、ヒッと引き攣った声を上げた。


「んじゃ、ちゃっちゃと答えてもらおうか。お前らどこの連中で、アジトはどこにある?」

「い、言える訳ねぇ! 言ったら殺されちまう!」

「安心しろって。言わなくても殺されるから」


 隼人が指先から魔力でナイフを生み出し、スッと男の頬を撫でるように動かす。

 切れ味に特化された魔力は、男の頬に一筋の傷を作り、血を流させた。


「言う? 言わない? 別にお前が言わなくても、代わりは文字通り山のようにあるからな」


 男をうつ伏せに抑え込み、顔を人山へと向けさせる。

 簀巻きにされた仲間たちの様子を見て、男の肩がビクッと震えた。


「さあ、吐くか死ぬか、選ぼうか」

「わ、分かった。話す! 話すから殺さないでくれ!」

「じゃあお前たちの組織の名前は?」

「ヴァイヤードだ」

「何人ぐらいいるんだ?」

「それは分からねぇ。けど、構成員はかなりの人数になるはずだ。人身売買組織だから、横の繋がりもなるべく無いようにされてる」


 情報漏えいを防ぐためだろう。今日一緒に襲撃を仕掛けた者達も、ほとんどが上からの指示で今日この場に集まった者達であり、ほとんどが初顔合わせだった。

 それを聞いたリュンは、眉を顰める。

 かなり大規模な組織であることはうすうす分かっていたが、ここまで大きいとなると一つアジトを潰しても意味が無いかもしれないからだ。

 トカゲの尻尾切りでは、脅しも意味をなさなくなってしまう。


「とりあえず知ってるアジトの場所を聞こうか」

「大通りにあるヴィッツって名前の魔導具店だ。それと北二番道路にある赤い倉庫。あと、南三番道路にあるエレストってバーの地下に人身売買の会場がある。俺が知ってるのはそれだけだ! 頼む、知ってることは全部話したから助けてくれ!」

「どうする?」

「まあ、良いのではないか?この部屋を血で汚すのも忍びないしのう」

「それもそうか」


 まだこの後もこの部屋は使うのだ。せっかく良いベッドがあるのに大量の血で汚れた部屋で眠りたくはない。


「つう訳だ。良かったな」


 隼人はナイフを首元から離し、男を解放する。

 男は慌てたように部屋から飛び出していった。


「さて、次は誰かな~」


 人山を見ながら、隼人は次はどんなふうに脅してみようかと考えつつ、一人の足を掴むのだった。


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