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奴の魔法は物理的!  作者: 凜乃 初
知識と技術の集まる地
52/60

エサル交易都市

 森林地帯を抜け、草原を進む。しばらくすれば、三人の目的地であるエサル交易都市が見えてきた。


「あれがフィリスタの町か。ベルデみたいに壁で囲ってる訳じゃないんだな」


 ベルデのように、巨大な外壁がある訳でもなく、周辺を人の腰程度の高さまで積み上げられた石柵が申し訳程度に設置されている町の風景は、少し離れた場所からでもよく見える。


「当然じゃ。ベルデは塔を有する最重要都市、町の防衛機能は比べ物にならんよ」

「そうですね。それにエサルは元々商人が集まって作り始めた集落が発生ですから、町としての防衛機能はかなり低いですよ。住人もこの規模の町にしては少ないですし」


 シャノンとフィリスタの間にある森を抜けるための準備をする場所として、商人たちが勝手に作り始めた町なのだ。それを、後からフィリスタが正式に町と認定し、管理しはじめたのがエサルの発生である。故に、外敵から守るための設備は最低限にしか設置されていない。

 むしろ、町を覆うように作られた腰の高さ程度の石柵ですら頑張った方だと言えるだろう。


「戦争しかけられたら一発だな」

「けど、ここに攻めるにはあの森林地帯を大部隊で抜けないといけませんからね。そもそも、シャノンには国土拡大みたいな欲はありませんし、森林を抜けないといけないことからも、シャノンとしては余り価値のない場所ですから」

「へー」

「絶対分かっておらんじゃろ……」

「まあ、そんなことより俺たちはそろそろ降りた方が良いんじゃないか? こっちからよく見えるってことは、向こうからもよく見えるってことだろ?」

「そうじゃな」


 このままエサルに近づけば、隼人達が乗っていることがばれてしまう。フードで顔を隠しているため、いきなり攻撃を仕掛けられることは無いだろうが、町の前でいきなり降りて別の方向に向かい始めたら怪しさ満点だ。

 隼人とリュンは、それぞれに荷物を背負って馬車から降りる。


「では食料の件はよろしく頼むぞ」

「分かりました。エサルを出るのは、三日後の予定です。その時に北にある丘の向こう側で落ち合いましょう。」

「三日か。こちらも少し情報を仕入れたいし、ちょうどいいのう」

「じゃあまたな」


 二人は馬車の後部から飛び降り、町を迂回する様に移動する。

 フリーデの馬車は、ゆっくりと進みエサルへと入っていった。



 フリーデと別れた隼人たちは、近くの森林で夜になるのを待った。

 いくらエサルの外壁が柵程度であり、警備が手薄であると言っても、日の高いうちから町に侵入を試みれば、簡単に発見される。

 お尋ね者であることを考えれば、夜の闇に紛れて侵入するのが当然だろう。


「さて、日も暮れたことだし行くとするかのう」

「おう」


 近くにあった林から、周囲の闇に紛れて町へと近づく。一応兵士が外柵の周囲を巡回しているものの、灯りは魔導ランプ一つ。

 暗色系のマントをかぶってしまえば、遠目には発見することはできない。


「今じゃ」


 兵士達が通り過ぎたのを確認したリュンが、草むらから体を起こし外柵を一気に飛び越した。それに隼人も続く。


「侵入は楽だな」


 外柵を飛び越し、一気に民家の影に隠れた隼人は、フードを降ろしながら乱れた髪を手櫛で直す。


「気を抜いてはならんぞ。兵士は街中にもおる。すこし不審じゃが、フードは被ったままが良いじゃろう」

「フードって蒸れて好きじゃねぇンだけどな」

「我が儘をいうでないよ。宿を取れるまでの辛抱じゃ」

「しかたねぇか。けど、宿なんて取れるのか? 似顔絵とか回ってるんじゃ?」


 国際指名手配で、指名手配犯の名前のみが回っているとは考えにくい。

 隼人達は、挑戦者(アッパー)ギルドでは色々な意味で有名人であり、その顔を覚えている者は大勢いるだろう。その上、一度捕まって牢屋に確保されていたのだから、記憶からだけでもかなり精巧な似顔絵が出来ているはずなのだ。

 それを考えると、普通の宿には泊まれるとは思えない。


「そのあたりはおそらく心配いらんじゃろ。この町は商人が集まって出来た町だと言ったじゃろ?」

「ああ」

「じゃから、商人の為に色々なモノが揃っておる。もちろん、素の商人には闇と付くような者達も少なくない」

「つまり、身バレしたくない連中用の宿があるってことか?」

「そういうことじゃ。場所もおおよその見当は付いておる。とりあえずそちらに向かうぞ」


 いつまでもフードをかぶった二人組が、民家の影に立っていれば怪しまれる。兵士の巡回には注意しているとはいえ、その町の住人の目は逸らしきれない。

 隼人はリュンに続いて、街中へと入っていった。


 町は商業都市らしく活気にあふれている。日が暮れても、人が減る気配は無く、露店や家の明かりが、町の空を明るく染めている。

 色々な人たちがおり、幸いにもフードをかぶった二人組というだけではそれほど目立たなかった。


「どのあたりにあるんだ? まさか大通りに面してる訳じゃないよな?」

「当然じゃ。裏通り、それも治安が悪い場所ほど、そういった店は多い」

「まあ定番だよな」


 大通りから道を一本入れば、喧騒は薄らぎ、灯りは小さくなる。薄暗い路地を進んでいると、一軒の民家の扉に宿を示すベッドのマークの看板が掛けられているのを見つけた。


「ここか?」

「どうじゃろうな。まあ、こんな場所に看板を出す以上、それなりの理由があるんじゃろ」


 二人は扉を開け、中へと入る。


「いらっしゃい」


 中は、民家を改造した宿になっていた。玄関を入ってすぐ隣が受付となっており、声はそこから聞こえてきた。

 見れば、白髪交じりのヒゲをたっぷりと蓄えた、もうおじいさんと呼んでも問題ないような風体の男が、受付に座っている。


「二名かな? 個室と二人部屋、両方空いてるよ」


 そのおじいさんは、フードを目深にかぶった隼人達を見ても動じることなく、いたって自然に問いかけてきた。それを見て、リュンはどうやら当たりを引いたと感じる。


「二人部屋を頼む。二泊じゃ」

「朝夕を付けるなら一人銀貨二枚。前払いで頼むぞ」

「たけぇ……けどこんなもんなのか?」

「こういう宿ではこれぐらいじゃろうて」


 一泊銀貨一枚(一万円相当)といえば、蓮華が最初に泊まっていた高級ホテルとほぼ同じだ。しかし、この宿はどう見ても、それと同じレベルのサービスが提供できるとは思えない。

 しかし、その代りに客の身元を詮索しないのだから、払うだけの価値はある。

 リュンは金額に納得し、袋から銀貨四枚を差し出す。

 老人はそれを受け取り、受付の背後に並んで掛けられている鍵の中から一つを取り出しリュンに渡した。


「地下の301。ランプの魔石が切れたら、ここに来てくれれば交換します。食事は朝は受付に申してくだされた部屋までお持ちしますので」


 そこに部屋を借りる人の特性上、お互いに顔を合わせるのは避けたがる。そのため、この宿では食堂に全員を呼ぶのではなく、各部屋に運ばれるのだ。


「うむ、ではよろしく頼む」

「よろしくな」

「ごゆるりと」


 老人が頭を下げるのを背後に、二人は地下へと階段を降りて行った。


 地下といっても、正確には半地下という構造になっており、隼人たちが借りた部屋も天井付近に光を取り入れるための窓が付いていた。

 しかし、今は夜ということもあってそれは意味をなさない。

 入ったすぐそばにあった魔導ランプに灯りを灯し、隼人は荷物を放り投げてベッドへとダイブする。

 ぼふんっと反発力の少ないベッドは隼人の体を受け止め、少しだけ埃を舞い上がらせた。


「ああ、久しぶりのベッドだ……」

「まったくじゃ。盗賊のアジトにはまともなものが無かったからのう」


 リュンも、隼人ほど雑にではないにしろ、早々に荷物を置いて、自分のベッドへと寝転ぶ。

 盗賊団のアジトでもベッドらしき物はあったのだが、造りは粗野でとてもベッドと呼べる代物では無かった。

 隼人達は、そこに何枚も毛布を被せ、何とか使えるようにして寝ていたのだが、やはり本物のベッドとは比べ物にならない。


「これは動けなくなるのう」

「色々なことは明日からだな。正直今はこのまま眠りたい」

「同意見じゃ」


 二人は部屋の明かりも消さないまま、邪魔な防具だけ脱ぎ捨て、食事もとらずに眠りにつくのだった。




 翌朝、早朝からリュンは一人で出かけていた。

 向かう場所は、老人から聞いた情報屋の場所である。

 裏の人間の居場所を知るには、裏の人間に尋ねるのが一番。リュンの思惑は案の定的中し、老人は銀貨五枚で情報屋の場所を教えてくれた。


「ここか」


 リュンがやって来たのは、宿のあるような裏道からさらに迷路のように入り組んだ路地を進み、小さな枯れた井戸がある広場である。

 周囲に住んでいるものもいないのか、広場に敷かれた石畳の隙間からは雑草が生え、その逞しさをアピールするかのように石畳に罅を入れている。

 表通りの雑踏が嘘のように静かなこの場所では、どこからともなく鳥たちの鳴き声が聞こえ、まるで廃村に訪れたような寂しい気分にさせた。

 リュンはそんな気持ちを軽く振り払い井戸へと近づく。

 井戸には、小さな滑車によって吊るされた桶が一つ。上手く偽装されてはいるが、見る者が見ればその滑車はつい最近取り換えられた新しい物だということに気付くだろう。


「入場料だけで銀貨一枚。欲しい情報が無ければ奪い返してやりたくなる値段じゃな」


 その桶に銀貨を一枚投げ込み、リュンは桶を井戸の中へと垂らしていく。

 ゆっくりと縄を降ろしていけば、コツンと桶が地面に当たり、縄が緩くなる。

 そして、すぐにクイッと縄が何者かに引っ張られた。

 それを合図に、リュンは再び縄を手繰り寄せ桶を回収する。

 桶の中に銀貨は無く、代わりに小さな鍵が一つ入っていた。これが、情報屋の店のカギだ。これが無ければ情報屋に入ることは許されず、情報を買うこともできない。

 万が一一般人がこの辺りに迷い込み、偶然にも情報屋を見つけるのを防ぐための処置だ。

 鍵を受け取ったリュンは、広場の隅にある小さな古びた一軒家のドアにその鍵を細込み回す。

 かちゃりと鍵が開き、ドアが開いた。

 中は、人が数人入ればいっぱいになってしまいそうな小部屋だ。

 そこには、イスが一つ置かれ、イスの正面には小さな台と、手が何とか滑り込ませそうなだけの隙間が壁にあるだけだ。

 ここが情報屋である。


「おかけください」


 リュンが部屋の様子を窺っていると、壁の向こうから声が聞こえた。男性のソプラノボイスとも、女性のアルトボイスとも取れる声で、性別も年齢も分からない。

 徹底した情報の隠ぺいは、それだけ情報屋が危険な職業であることを示している。

 リュンは言われた通りに椅子に座る。


「それではご用件をどうぞ」

「つい最近二人の挑戦者(アッパー)が国際指名手配されたことは知っておるか?」

「もちろんでございます」

「その二人に対しての各国の対応を聞きたい」

「承りました、では前金として銀貨一枚を隙間からお願いします」


 情報屋は前金として最低額の報酬を受け取り、それに見合った量の情報を渡す。その後、より詳しく聞きたいことを依頼人が尋ね、それに合わせて金額が変動していく。

 リュンは銀貨一枚を隙間から滑り込ませる。


「ありがとうございます。では確定しており、大きく発表されている情報から――」


 情報屋が手始めに話したのは、主要五か国が全て挑戦者(アッパー)リュンと隼人に対し国際指名手配をだし、同時に懸賞金を懸けたこと。この懸賞金には生死に関係なく金貨百枚が支払われることになること。そして、二人を追うために各国から選りすぐりの騎士が選抜された、連合守護騎士団が発足されたことだ。

 この辺りは、リュンもフリーデから聞いていたが、まさか各国から選りすぐりの騎士を集めた騎士団が出来ているとは知らずに驚かされた。

 その事に付いて、リュンはさらに説明を求め、金貨を滑り込ませる。


「連合守護騎士に関して詳しく教えて欲しいのじゃ」

「承りました。連合守護騎士は、フィリスタを除く四か国の騎士から選抜された騎士団になります。その目的は、国際指名手配犯リュン及びハヤトの捕縛もしくは殺害です」

「生死は問わんのか」

「はい、それどころか、死んでいることが確認できるのならば、顔の一部だけでも内臓だけでも構わないとのことです」

「過激じゃのう」


 本来、指名手配された人物に対しては、騎士団は捕縛を命じられる。騎士団の実力ならば、生きたまま捕まえることも可能だと判断されるからだ。しかし、今回に限っては生死は問わないとの通達が出た。つまり、それだけ危険視されているということだ。こうなれば、騎士団も最初から手加減などせず全力で殺しに来る。

 その上、追加の指示にも問題がある。顔の一部、内臓だけでも構わないということは、どれだけ派手な攻撃で殺してしまっても問題ないということだ。

 本来ならば、殺すにしても死体を確保し、民衆にさらすことで民に安心感をあたえなければならない。それをしなければ、本当は捕まってなどいないのではないか、実は騎士団が負けたのではなどとあらぬ不安が民衆に湧き上がる可能性もある。

 その上、偽物を使った懸賞金稼ぎが現れないとも限らない。

 それらを防ぐための、死体の確保なのだがそれすら必要ないとなれば、騎士団はなりふり構わず二人を殺しに来るだろう。

 死体を確保するために使えなかった大規模な破壊魔法なども当然戦術には組み込まれるはずである。それを考え、リュンは頭が痛くなった。


「主要構成員は分かるかのう?」

「その情報にはあと銀貨を五枚いただきます」

「釣りをくれ」


 銀貨が五枚無かったリュンは、そう言って金貨を入れる。すると、すぐに銀貨五枚が隙間から戻された。


「確定しているものでは、騎士団長はホウロウの国王騎士の一人グリスデルト・ラヴィエット。副団長にシャノンのナハシュ、カルナのサイ・レクトリス、他にも――」


 次々と上げられた名前は、どれも一度は聞いたことのあるような有名人ばかりだ。それも、武術知能に長けた、エリート揃いである。


「今判明しているのはこれぐらいです。それと未確定で一人気になる人物がいます」

「誰じゃ?」

「義勇兵として十五歳の少女が志願したと聞きました。名をレラ、混竜族だそうです」

「レラ……じゃと…………」


 その名前に、リュンは衝撃を受ける。

 思い出されるのは、里にいた頃の少女の姿。

 互いに高め合い、共に正義を貫こうと約束し合った親友(ライバル)の名だった。




 リュンが朝早くから行動していたのに対し、隼人はたっぷりと惰眠をむさぼり午前中を過ごした。

 そして、十三時も過ぎた頃、ようやくベッドから起き出した。


「腹減ったな」


 隼人のつぶやきに呼応するかのように、隼人の腹もぐぅーっと鳴る。

 宿で出る食事は朝と夜の二回だけ。昼は買って来るか外で食べなければならない。


「つかあいつどこ行ったんだ?」


 寝癖でぼさぼさになった頭を掻きながら部屋の中を見回し、そこでようやくリュンがいないことに気が付いた。

 そして、テーブルの上に書き置きを見つける。


「ふむ」


 書き置きには、情報収集に行ってくるから、暴れない程度に好きに行動しろと書いてあった。

 暴れない程度としっかり注意喚起してある辺り、リュンも隼人のことをかなり分かってきている証拠だ。


「鍵はあの爺さんに預けりゃいい訳か」


 メモを読み終えた隼人は、財布だけをポケットに突っ込み、フードをかぶって部屋を出て行った。


 露店から放たれる匂いに連れられて、隼人がやって来たのはメインストリートから一本入ったところにある食事系露店の立ち並ぶ一角だ。一本入ったところとはいえ、道はしっかりと整備されており、活気もあるため怪しさは一切感じられない。

 裏道というよりも、別のストリートといった方が分かりやすいだろう。


「さて、何を食べましょうかねー」


 昼食時を過ぎた時間ということもあり、客足は比較的に落ち着いている。しかし、現代社会のように明確な時間決めが無いため、十三時を過ぎたこの時間でもある程度の客足はある。

 隼人は、露店が設置した簡易のテーブルで食事をとる客たちを見ながら、どんなものを食べているのかと観察する。

 定番の串焼きやサンドイッチを始め、川魚の塩焼きや野菜炒めなど、レパートリーはかなり充実していた。

 そして、一通り眺め終わったところでとりあえずは定番から攻めてみるかと、一番近くにあった露店で串焼きを購入した。


「結構美味いけど、やっぱ固いな」


 この世界ではまだ食肉用の家畜というのは少ない。あることはあるのだが、どうしてもそういった物は高級になりがちで、優先して貴族や高級料理店へと降ろされる。そのため、露店などで売られている串焼きの大半は、野生の動物を狩って捌いたものか、乳や卵を取るための家畜を絞めたものである。肉質が落ちるのは当然の事だ。

 串焼きを食べ終え、次を探す。

 露店は比較的安く、一つ一つは量も少なめのため色々と回るのにはうってつけだ。

 隼人は、その後もサンドイッチにピザ、塩焼や漬物のような物と手当たり次第に購入し、その場で食べていく。


「総評としてはまあまあかな」


 どれもハズレは無いが、かといって大当たりも無い。ハズレにまでキッチリと景品が用意されているクジのような感じだ。

 しかし、それも仕方のない事。ここは交易都市であり何かを生産している町では無い。

 そのため、これといった特産も無く、名物になるような物が生まれないのだ。


 腹も満たした隼人は、このまま宿に戻るか、それとももう少し街中を散策してみるか考え、散策を選択した。

 お尋ね者の身として、最初の方こそ兵士達の動きに注意していたが、街中ですれ違う兵士は、誰もフードで顔を隠した隼人に気付く様子も無く、それどころか人を探している様子すら見受けられない。

 少し考えれば、それも当然のことだ。

 隼人達がフィリスタ側に向かっていることこそ知られているものの、今どこにいるかまでは分かっていないのだ。

 それなのに、街中で怪しい人間を一人一人注意深く見る人間などいない。

 その事に気付いた隼人は、とりあえずフードさえ取れなければ大丈夫だと判断し、街中をぶらつくことにしたのだ。

 料理露店街から、メインストリートに戻り散策する。

 知識の国の町ということもあって、割と魔導具の露店が多く感じる。

 そんな数多くある魔導具屋の露店の一軒で、隼人は奇妙な物を見つけた。


「なあ、これなんだ?」

「お、面白いもんに目ぇつけるねぇ」


 隼人が手に取ったのは、ピンポン玉サイズの真っ黒な球体だ。

 中が空洞なのか、重さはほとんどなく、手触りは木製のようにも感じる。

 露店のおじさんは、隼人がそれについて尋ねると、嬉しそうに答えた。


「そいつは子供の遊び道具だ。煙玉っつって底にあるボタンを押すと、真っ黒な煙が噴き出すんだよ。かなりの量が出るから、全身真っ黒になるんだ」


 おじさんは、別の球体を手に取ると、両手で持って捩じる。球体は二つにパカッと開き、内側を表した。

 中は予想通り空洞だが、その内側には魔法陣が書き込まれている。


「ここにクズレベルでもいいから魔石を放り込むんだ。そんでさっきのボタンを押せば、煙が噴き出すって寸法さ。どうだ、なかなか面白いだろ?」

「へぇ、煙玉か。クズレベルの魔石でもいいのは良いな」


 クズレベルの魔石は、ベルデで言えば一階層に出てくる程度の魔物だ。子供でも少し訓練していれば倒せる程度の力しかない魔物の魔石ならば、値段もあってないような物。キロ単位で銅貨一枚にも満たない。


「どれぐらい出るんだ?」


 気になるのはその煙の量。子供一人を覆う程度では、本当にただのお遊びになってしまう。


「魔石の大きさにもよるが、クズレベルなら大人一人ぐらいだな。少し良い物使えば半径三メートルぐらいは覆える」

「こいつにギリギリ入るぐらいなら? それか赤魔石」


 赤色になり、サイズがリセットされた魔石ならば、魔力量をたっぷりと含んだ魔石が使える。

 それを尋ねてみると、おじさんは大慌てで首を振った。


「ダメダメ、赤なんて高級品使ったら、魔法陣が耐え切れずに焼き切れちまうよ。ギリギリの大きさを入れるんなら、周囲一帯は真っ黒にできるぜ。まあ、そんなことする奴はいないけどな!」

「そりゃそうだ」


 ピンボールサイズとはいえ、そのサイズの魔石になれば他の魔導具にも使え、多少値段が出てくる。それを使い捨ての煙玉にいれるものなどいないだろう。

 しかも、周囲が真っ黒になってしまえば、周りの人たちから相当な苦情を受けることになる。どう考えても、面倒なことにしかならない。


「一つ百カインだよ」

「そっか、ここだとカイン使うんだっけ」


 お金の単位を聞いて、ここがフィリスタであることを思い出す。


「お客さん、シャノンから来たのかい?」

「ああ、最近な」

「大変だったろ、最近海岸沿いでも盗賊が活発になって、かなり襲われてるって聞いたぞ?」

「まあ、確かに数回襲われたけど、腕には自信があるんだ」

「そりゃすごい。んで、どうだい?」

「とりあえず五個貰おうかな」

「まいど!」


 財布から五百カインを慣れない手つきで取り出しておじさんに渡し、交換に煙玉を五つ受け取る。


「魔石は自分で買ってくれよ」

「分かってるって」


 ベルデから逃げる際に、リュンがばら撒いたことで魔石の数は大分減ってしまったが、それでもまだかなりの数が残っている。

少し使う分ぐらいならば痛くもかゆくもない。

 隼人は店主に礼を言うと、煙玉をポケットにしまい、隼人は再び露店の散策に戻った。


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