大脱走
リュンから蓮華のことについて説明を求められた隼人だが、実際の所蓮華が何をやったのかということは詳しくは知らない。
知っていることといえば、イゾイー男爵の心を何かしらの方法で壊し、自分の言うことを聞く人形にしたということぐらいだろう。
それを話した所で、リュンが納得するはずも無く、色々と聞かれる羽目になる。
どうやって心を壊したのだとか、家族が納得するのかとか、先ほどの魔法は何なのかなど、リュンの質問攻めに、隼人は面倒くさがりながらも、答えられるものは答えていく。
そして、重要な部分。
「つまり、お主たちの魔法は魔法ではないと?」
「まあな。魔法じゃなくて、魔力自体を操ってる」
そう言いながら、隼人は魔法を妨害する手錠が付いたままの腕を上げ、その指先に魔力を出現させる。
この手錠は、魔力を魔法に変換する際に干渉を起こして妨害するもので、魔力だけを操るのならば、何も問題はないのだ。
「つまり、それを使えば手錠を破壊できると?」
「ああ、できる。けど、壊すのは脱出の直前がいいだろ。変に疑われるのも面倒だ」
「そうじゃな。ならばその時は」
「ああ、そっちのも破壊する。首輪も一緒にな」
「頼む」
「なら後は夜までのんびり待つことにしますかね。応急処置したとはいえ、まだ節々が痛む」
傷口を塞ぎ、腐り始めていた部分の除去には成功したが、それで傷が無くなるわけではない。
開いた部分にカバーを付けただけなので、痛い物は痛いのだ。それでも、最初のころに比べれば天と地ほどの差がある。
隼人は再び布の上に横になり目を閉じた。
怪我の影響か、目を閉じた隼人はすぐに寝息を立て始める。しかし、体からは痛みが送られてくるのか、その表情には苦悶の色が窺えた。
起きている時は平静を装ってはいるが、額からも汗がじんわりと浮かんでおり、我慢していることが分かる。
リュンは、そんな隼人の額から、自分の布で汗を拭う。すると少しだけ不快感が取れたのか、隼人の表情は少しだけ和らいだ。
それを見て、なぜか安心する自分の心に驚く。
「不思議なものじゃ」
出会いは間違いなく最悪だったはずだ。ろくな言葉も交わさずに、ほぼ全力で殺し合ったのだから。
それが、塔の中で再び戦い、なぜか一緒に塔を登ることになり、最後には協力までして塔の主を倒した。
今でも非常に腹が立つことに変わりはない。自分をチビだと言ったことは許せないし、許すつもりもない。しかし、なぜか隼人に対して殺そうという考えは浮かばなかった。
自分が小さいということに、過剰なコンプレックスを持っていることは自覚している。自覚していて尚、その感情に素直に行動するのだから性質が悪いのだが、それでも許容できないのだから仕方がないと、自分の中で諦めている。
諦めてしまえるほどのコンプレックスを上書きする、この強い気持ちが何なのか、リュンは自分の中で答えを探した。
恋心ではない。いくら体が小さいとはいえ十五年間普通に生きてきたのだ。村にいた頃に恋心を抱いたことぐらいはある。だから、この感情が恋でも愛でもないことは分かる。
では友情だろうかと考え、これも違うと否定する。
隼人と仲良く買い物などできる気がしない。どちらかといえば、すぐに意見が食い違い、相手を屈服させるまで全力の殴り合いが続くことになるだろう。
「ふむ、何度も戦いたいと思うか」
一撃で屠り、蹴散らしてきた。人相手に容赦などしなかったし、倒した相手には恐怖を刻み込んだ。
だから、同じ相手と何度も戦うということは、リュンにとってかなり珍しい事だった。
そう言えばと、村にいた時のことを思い出す。
同い年の幼馴染。お互い体が小さく、いつも張り合って競争していた。
半ば家出のように村を出てきてしまったため、もう何年もの間その少女にも会っていない。しかし、その少女が自分と同じように成長し、自分の前に立ちはだかった時、その戦いを面倒だとは思わないだろうと、自分でも思えた。
「好敵手」
口から洩れた言葉が、スッとリュンの体に染み込む。
パズルのピースがはまるように、自身の感情に納得がいった。
「なるほど、ライバルか」
納得がいった途端、リュンにも眠気が襲ってくる。
あくびを一つ噛み殺し、生きるために布へと包まるのだった。
夜が訪れる。
いつもの兵士は戻って来ており、数名の兵士が牢屋を交代で警備していた。
そんな中、隼人とリュンは目を覚まし、体を解していく。
リュンが前屈をしながら股の間から隼人を見る。隼人は、傷を多少気にする素振りをしながらも、問題なさそうに肩を回していた。
「大丈夫なのじゃな?」
「おう、万全とはいかねぇが、軽い戦闘ぐらいなら耐えられる。さすがにガチで殺り合うとなると厳しいかもしれないけどな」
「そうか。では見つからない様にこっそりと行こうかのう」
「おう」
体もほぐれ、逃げる準備は出来た。
隼人は、自らの腕に布を幾重にも巻き付け、手錠が完全に見えない様にする。そこに、物質魔力を出現させ、手錠を粉砕した。
布を巻きつけたのは、壊れた手錠が床に落ちて音を立てるのを防ぐためだ。そして、同じようにリュンの手錠も破壊する。
「ふぅ、二日ぶりだとムズムズするのう」
リュンは手錠の跡がうっすらと残る手首を撫でる。
「ほれ、首のも外すぞ」
「うむ」
魔導ランプが一つだけの牢屋は、薄暗く非常に見えにくい。
隼人は、リュンの首元に顔を近づけ、首輪をしっかりととらえる。
隼人の息が掛かるのか、リュンは若干むずがゆそうに体を揺らした。
「動くな。首ごと斬れるぞ」
「こ、怖い事を言うでない! 息がむずがゆいのじゃ」
「たくっ」
仕方がないので、大きく息を吸い込み呼吸を止める。そして、指の先から切れ味を追求したナイフを生み出し、ゆっくりと首輪を撫でるように指を動かす。
一瞬の緊張、そしてはらりと首輪がリュンの首から離れ、地面に落ちた。
「よし」
顔を離して大きく息を吐く。
「うむ、力が戻ってくる感じがあるぞ。これなら血覚できる」
「なら行くぜ」
二人は立ち上がり、鉄格子へと向かう。隼人は右手にマギアブレードを出現させ、それをおもむろに振るった。
鉄格子は呆気なく両断され、その場に崩れ落ちる。
それと同時に、リュンが後方から隼人の頭を思いっきり叩いた。
「何をやっておるか! 静かに逃げ出すのじゃろうが!」
「あ、やべ」
カランカランと鉄棒の転がる音が牢屋内に響き渡り、驚いた兵士達が一斉に駆け寄ってきた。
「何事だ!」
「これは!」
「脱走だと!? 手錠はどうなっている!」
兵士達は口々に驚きを表し、牢屋を出てこようとする隼人に武器を向ける。隼人は笑みを浮かべながら、その兵士達に向けて剣を向けた。
「あんまり騒ぐなよ! 寝てる人もいるんだからさ!」
「なに……ぐあっ!?」
「ぐふっ」
「うっ……」
三本に枝分かれしたマギアブレードの剣先が、兵士達の脇腹を容赦なく貫いた。
「さすがの俺も、結構イライラしてる訳よ。こんな傷つけられたまま、ほっとかれればな」
「しかし、これではすぐに逃亡がばれてしまうぞ。いや、下手すると、すでに上に伝わっているかもしれん」
「大丈夫だって。それより、早く行こうぜ」
「まったく。どうなってもしらんぞ」
「……ま、待て、貴様ら……」
「悪いね。急いでるんだ」
うつ伏せになって手を伸ばす兵士。その手を一度踏みつけ、隼人たちは階段を駆け上がっていった。
階段を登りきると、そこには廊下が続いている。左右に扉が一つずつあり、奥から外へと続いている。
できることならば、すぐにでも外に飛び出してしまいたいところだが、隼人たちが所持していた道具はどこかのロッカーに厳重に保管されていると蓮華から聞いている。
「どっちの扉じゃ」
「分からなけりゃ、両方行くだけだ。俺は左、リュンは右な」
「仕方ないのう」
戦力を分散するのは、いささか危険な行為だが、時間がない以上仕方がない。
隼人はすぐさま扉を開き、中へと飛び込む。そこは、兵士達の詰所のようだ。
先ほどの兵士達がいた場所だったのか、テーブルの上にはカップが並び、トランプが散らばっている。
部屋の周りを見てみるが、ロッカーらしきものは見つからなかった。
そして、隼人の背後から戦闘音。
「チッ、そっちが当たりかよ」
小さく舌打ちして、リュンが飛び込んだ部屋へと入る。
そこでは、リュンが血覚状態になり、一人の兵士を殴り飛ばしている最中だった。
「こっちはハズレだ」
「おそらくそこのロッカーじゃろう」
殴り飛ばされた兵士は、壁に体を打ち付けそのまま崩れ落ちる。
隼人はロッカーに近づき開けようとするが、鍵がかかっていて開かない。
「あの者がやったように開けられんのか?」
リュンは、蓮華が器用に牢屋の鍵を開けた場面を見ている。あれができれば、どのような鍵であっても簡単に開けてしまうことができるのだが、生憎あれは蓮華だからできる技だ。
指先に糸を垂らし、最小限の細かな動きで人形を操る。そんな繊細な動きを可能にするには、指に相当な器用さが要求される。
基本的に剣や鎧、靴など大きなものを作っている隼人には、到底できない芸当だ。
「無理だ。それにこういうのはこうした方が速い」
言うや否や、隼人は剣を振り抜きロッカーの扉を破壊する。
案の定扉が崩れ落ち、大きな音を立てた。
「はぁ……隠密という意味を知らんのか……」
「見敵必殺だろ?」
隼人は、スニークゲームならば見つけた敵を全員倒して進むタイプだった。
「あほう……」
リュンはため息を一つ吐き、隠れながら進むことを早々に諦める。
そして、ロッカーの中から自分の荷物を取り出し、手早く中身を確認していく。
「食糧系はやはり全滅じゃな」
「まあ、ほとんど残って無かったし問題ないだろ。魔導具や金が抜かれてなかっただけ良しとしようぜ」
二人の荷物は、押収品として一時的に全てここに集められていた。おかげで、金や小粒の魔石、魔導具などはそのまま残っていたのである。
しかし、ダンジョンスネークを倒した時に手に入れた巨大魔石はすでに別の場所へと運ばれてしまった後のようで、この場にはなかった。
「あの魔石がありゃ、逃走資金はたっぷり手に入ったんだろうけどな」
「無い物は仕方がない。行くぞ」
「おう」
部屋から飛び出し、今度こそ外へと向かう。
飛び込んできた光景は、高い塀に囲まれた草地だった。
「あの壁、飛び越えないといけないのか」
「出来そうか?」
リュンならば空を飛んでそれでおしまいだ。隼人も万全の状態ならば、アンカーのように物質魔力を壁の頂上付近に打ち込み、魔力を体内に引き戻すことで一気に登ることも可能だろうが、生憎と隼人の怪我がそれを許さない。
「ちと厳しいな。無理にやると傷口がパックリいっちまう」
「ならば門を探すかのう。さすがに無いということはないじゃろ」
「だな」
草地にも兵士達は当然いる。しかし、まさか隼人たちが逃亡してくるとは思ってないのか、その警備は緩みきっていた。
適当に周囲を見渡しつつ、時々あくびをしながらのんびりと歩く。
暗がりを警戒することも無く、本当にただ歩いているといった様子だ。
「これならば簡単に抜け出せそうじゃな」
「ああ」
二人は荷物を担ぎ直し、兵士達の動きを観察しながら静かに行動を開始した。
数分後――
「待てぇぇええええ!」
「ふはははは! 待てと言われて待つ奴はいない!」
「律儀に答えんでいい!」
当然のように隼人たちは、警備の兵士達全員に追いかけられていた。原因は、隼人が枯れ草を踏みつけた時の音だった。
さすがの怠慢兵士達も、自分達のいる場所以外から、何者かの足音が聞こえれば警戒もする。結果、隼人たちはあっさりと見つかってしまったのだ。
リュンは低空を飛行し、隼人はマギアブレードを使って疾走する。当然ただ走っているだけの兵士達に捕まえられるはずも無く、その距離はどんどんと開いていく。
そして、走っているうちにお目当ての物。外に繋がる門を見つける。
騒ぎで警戒態勢を取っているのか、門は閉じられており兵士達が五人ほど武器を構えて見張っていた。
そこに隼人たちが突撃していく。
「止まれ! 抵抗するならば、殺害も許可されているのだぞ!」
「死刑決まった人間に何言ってんだ! そっちこそ、どかなきゃ殺すぜ!」
マギアブレードを両手に生み出し、ノンストップで門へと突撃する。
兵士達と戦闘に突入しそうになる直前、リュンが大きく息を吸い込んだ。
それを見て、何をやろうとしているのか理解した隼人は、とっさに魔力で耳を覆う。
直後、カッと周囲の空気を震わせるほどの大声が兵士達に浴びせられた。
至近距離でそんな声を浴びた兵士達は、脳を揺さぶられ立っているのもやっとという状況だ。
その間を、二人はするするとすり抜け、門へと到達する。
「門を開けるにはどうした物か」
「門自体を開ける必要はねぇよ。俺達が通れる分だけ穴が開けばいいんだ」
隼人が門に向かって剣を突き刺す。そして、円を描くように動かしていくと、ちょうど人一人が通れる程度の穴が門の下部にぽっかりと空いた。
「な」
「その武器はほんと便利じゃな」
「ははは、羨ましがるがいい!」
門に開いた穴を抜け、町へと出る。牢屋のある中央区は、夜になれば人が減り、少ない商店もそれに合わせて店を閉まってしまうため静かだ。
隼人たちは当初の予定通り、東門へと向かって走り出した。
ガンガンと鐘が打ち鳴らされ、街中に響き渡る。それは、警戒警報だ。
いつもは火事などの災害の際に鳴らされるものだが、今回は違う。
聞こえてくる兵士達の声は、皆荒々しく、どこか危険をはらんでいる。当然だろう、凶悪犯が脱獄し町の中に潜んでいるのだから。
住民たちはそれを聞いた瞬間震え上がり、家の中へと閉じこもった。
今は、どの住宅からも灯りが漏れ、その灯りが道路を照らしている。
「いたか?」
「いや、こちらはいない。もう少し門の方へ範囲を広げよう」
「分かった。こちらは第二部隊に任せてくれ。第一部隊は門の警備を頼む」
「任せろ」
兵士達の会話を、建物の影からこっそりと窺う隼人たち。
「大分厳重だな」
「なにせ、国家反逆罪の凶悪犯が脱走したのだからのう。その上、門を斬り裂ける武器を持ちあるいとるんじゃ、警戒しない訳が無い」
「なるほど、そりゃ慌てるはずだわ」
兵士達が動いたのを見て、隼人たちも動く。
路地裏を使い、リュンが屋根の影から移動先の安全を確かめて進む。そのおかげで、兵士達に一度も見つかることなく、東門まで到達することが出来た。
しかし、問題がある。
門が閉じているのだ。
出るだけならば、牢屋の時と同じように破壊して出てしまえばいいのだが、外でロウナが待っている可能性がある以上あまり派手に出るのは不味い。
「外壁を登るしかないか」
「そうじゃのう。しかし、お主の体で耐えられるのか?」
「まあ、やるしかないだろ。覚悟決めりゃ、少しは大丈夫なはずだ」
リュンが隼人を担いで登る手もあるが、それだと目立ちすぎる。暗がりの中でも、警戒している兵士相手に二人分の大きさの影が外壁を登っていれば、すぐに見つかってしまうだろう。
「ならば、私が先に登って周囲を確かめておこう。お主の物質魔力とやらは目立ちすぎるからのう」
琥珀色の物質魔力が壁に張り付いていれば、嫌でも目立つだろう。登るならば、兵士達の視線が外れた一瞬でなければならない。
「頼む」
リュンが羽ばたき、外壁の上へと登っていく。そして、外壁の上に到着するとそこにいた兵士を昏倒させ、その場に寝かせる。
「ふむ、ちと多いな」
来る途中に兵士達が話していた第一部隊が、門周辺を厳重に固めている。
さすがに、このままでは注意が逸れる前に下の隼人が見つかる可能性があった。それを踏まえて、リュンは少し動くことにする。
「もったいないが、こんなものしか無いしのう」
鞄から取り出したのは、大量の魔石。袋にじゃらじゃらと入っている小粒の物だ。
それを一握りすると、リュンは町の中心に向けて思いっきり投げた。
空中で散らばった魔石は、じゃらじゃらと音を立てながら道路に落下する。その音に驚いた兵士達が、一瞬外壁から目を逸らし、町の中心を向く。
その瞬間に、隼人に向けて合図を送った。
「今じゃ!」
「うし!」
隼人は、両手首から魔力ロープを外壁の上に向けて打ち出す。
するすると伸びたロープは、外壁の頂上部分に突き刺さり、その魔力を隼人が一気に回収した。
隼人の体が宙へと持ち上がり、一瞬にしてトップスピードに達する。
その勢いのままに、外壁を一気に飛び越し、町の外へと飛び出すことに成功した。
「リュン!」
「分かっておるわ」
空中へと放り出された隼人の体をリュンが受け止め、ゆっくりと降りていく。
「成功だな。後はロウナがどこにいるかだけど」
「おそらくあれじゃな」
降りながら探していると、ロウナは簡単に見つかった。
外壁の外に作られた小さな茂みの中に馬車が止まっており、その近くにロウナがいるのだ。
隼人たちは、そこに着地する。
「ロウナ、待たせたか?」
「ひぅっ……」
突然降ってきた人物に、ロウナは小さく悲鳴を上げそうになりながらも、自分の口を押さえて必死に堪えた。
「ハヤト様! ご無事でしたか!」
「ああ、何とかな。多少怪我は残ってるけど、蓮華のおかげで何とかなった」
「よかったです……本当によかったです」
ロウナは涙を浮かべながら嬉しそうに答える。そして、自分の仕事を全うすべく馬車の中へと入っていった。
そして、隼人が現代から持ち込んだ登山用の大きなリュックを持って出てくる。中身は今隼人が持っている鞄に移してあるため、大分少なくなっていた。
「こちらがハヤト様の荷物になります。乾物が殆どですが食料も一週間分ほど用意しました。革袋の中には水も入っています」
「ありがとよ」
隼人はリュックを受け取り、その口を開くと、今持っている鞄を強引に押し込んだ。
少しだけリュックの口から溢れたが、今はそれを気にしていられるほど時間に余裕が無い。
リュックを担ぎ直し、ロウナに向き直る。
「悪いな。わざわざ危ない橋渡らせちまって」
「気にしないでください。私から言い出した事ですから」
「ハヤト、あまり時間は無いぞ。兵士達が門の外まで捜索し始めておる」
茂みの影から門の様子を窺っていたリュンが口を挟む。
「じゃあ行くわ。元気でな」
瞬間、隼人の頬に柔らかいものが触れる。
「お守りです。準備が間に合わなかったので、気持ちだけでも」
「ハハ、このお守りがあれば、簡単に全部の塔制覇できそうだ」
「お気をつけて」
ロウナが深々とお辞儀をする。
隼人は、踵を返しリュンに声を掛けた。
「待たせた。兵士は?」
「大分でてきておるのう。騎馬隊もいるようじゃ」
「俺達に注意をひきつけて振り切るぞ。ロウナからなるべく引きはがす」
「そうじゃな。支援してもらったんじゃ、それぐらいはせんとな」
ブレードギアを展開させ、リュンが血覚状態になる。
そして、一気に茂みから飛び出し、街道を疾走し始めた。当然、兵士達はすぐに気付き、隼人たちを追いかけ始める。
逃亡者は二人と聞いていた兵士達は、その姿を見てまだ茂みに誰かが残っているなど想像もしなかったのか、ロウナの方へ向かう様子は無かった。
それをちらりと見て確信した隼人は、さらに速度を上げる。
その頭上からリュンが声を掛けてきた。
「あ奴はお主の彼女か何かか?」
「いや、まあ今の見りゃそうとられても仕方がないか?」
「まあのう」
隼人としても、何となく気にしてもらっていることは理解できたが、まさかであって数日の女性にキスされるとは思っていなかった。
今もまだ、頬にはしっとりとした唇の感触が残っている。
「気持ち悪いのう……」
「うっせ。とりあえず暗いうちに出来るだけ遠くまで行くぞ。距離ができれば、それだけ兵士が捜索する範囲も広がるだろうし、余裕が出るはずだ」
「そうじゃのう」
二人は後方から追ってくる兵士や騎馬を振り切り、月明かりのみが照らす薄暗い街道をひたすら進み続けるのだった。
第一歩の塔編終了です。次回から新章突入。