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奴の魔法は物理的!  作者: 凜乃 初
第一歩
47/60

囚人・ハヤト

 イゾイー家に仕えるメイドロウナは、食料の買い付けを済ませ屋敷に戻る途中だった。

 ベルデの町を東西南北に繋ぐ中央道はいつも人にあふれ賑やかだが、その日の喧騒はいつもと違うものがあった。

 いつもは店側を見て、商品の品定めをしている人々が、なぜか道の真ん中を向いて、パレードがやってくるのを待つかのように並んでいる。

 その様子に疑問を覚えながらも、屋敷の仕事が残っているロウナは、人の隙間を縫って進んでいく。

 そんな時、並んでいた人々の間にどよめきが走った。

 声に反応して、ロウナは人々が向ける顔の先に視線だけを向けた。

 そこにあるのは、一台の馬車と、それを守るようにして進む騎士団である。


「騎士団が護衛? いえ、あれは」


 貴族用の豪華な馬車ではない。むしろ、辻馬車を思わせる貧層な作りだ。

 そして、近づいて来た馬車を見てみれば、窓には鉄格子が組み込まれ、後部の扉も頑丈な鉄製のものに取り換えられている。

 それを見て、ロウナは罪人を運ぶ輸送馬車であることに気付いて、思わず足を止めた。


「騎士団が罪人を運ぶなんて」


 騎士団は、相応の犯罪にしか動かない。それは、貴族の屋敷に努めているロウナもよく知っていることだ。

 そして、最近騎士団が結成された出来事といえば、一つしかない。

 瞬間、ロウナは踵を返し、人ごみをかき分けながら屋敷に向かって走り出した。


 イゾイー家に戻ってきたロウナは、買った荷物の整理もそこそこに、実質的にこの家を取り仕切っている養女、レンゲ・ヴァロッサ・イゾイーの元へと急いだ。


「レンゲ様!」


 ノックもそこそこに、執務室の扉を開いたロウナに、蓮華は読んでいた本から顔を上げて少し驚いたような表情をする。

 しかし、入って来たのがロウナと分かると、何かを納得したようにパタンと本を閉じてロウナに声を掛けた。


「ロウナ、慌て過ぎよ。少し落ち着きなさい」

「そ、そんなこと言っている場合ではありません! ハヤト様が!」

「捕まったことでしょう? もちろん把握しているわ。さっきうちの騎士から連絡があったしね」


 蓮華は隼人が捕まったことをすでに把握していた。


「ほんと、面倒なことしてくれたわね」

「大丈夫なんでしょうか? 挑戦者(アッパー)チーム一つを壊滅させたとなると、罪はかなり重くなるんじゃ」


 ロウナは心配そうに眉を顰める。しかし、事はその程度では収まっていない。


「残念だけど、それだけじゃないのよ。あのバカ、塔の最上階に入るところを誰かに見られたみたいでね、とりあえず牢屋に入れるみたいだけど、裁判なしで処刑待ったなしの状態よ」

「そんな!?」


 ロウナは当初、騎士団が発足された事件での逮捕だと思っていた。しかし、現実はそれがただのついでになってしまうほどに重大な犯罪を、蓮華の入れ知恵とはいえ隼人は犯してしまったのだ。

 塔の最上階への侵入は、この国では裁判なしでの極刑が確定されている。それも、中央区の広場にわざわざ処刑台を作っての公開処刑だ。

 これは、他の挑戦者(アッパー)たちへの見せしめにするとともに、これだけ国が塔を重要視し、厳重に警備しているから大丈夫だと市民たちに知らしめるための行為だ。

 塔から産出される魔石は、今や市民の生活にとってかけがえのない物となっている。それを脅かす可能性があるものに、国は容赦しない。


「隼人はかなり酷い怪我してるみたいで、最低限の治療を済ませて処刑の日までなんとか生きながらえさせてる状態みたいね。処刑で殺さないと意味ないってことかしら」

「そ、そんな落ち着いている場合ではないじゃありませんか! すぐにでも助け出して治療しなければ!」

「だから落ち着きなさいって。今慌てても何にもならないわよ。処刑台の設置に告知、執行者の準備と、最低でも二日は掛かるからね。そこまで慌てる必要もないわ。今動いても、逆に私たちが危なくなるし」

「でも……」


 不安そうに、視線をあちらこちらへと移すロウナの様子を見て、蓮華は一つため息を吐く。この様子では、屋敷の仕事もままならないだろう。蓮華は少しだけ考え、隼人に貸していた部屋に、まだ隼人の荷物が残っていることを思い出した。

 塔の攻略に必要のない、折り畳み傘や服、なぜか持ち込まれていた漫画などが部屋に散らかったままになっているのだ。


「とりあえず、隼人の身柄はこっちで何とかしてみるから、あなたは隼人の荷物まとめておきなさい。現状、家で匿うのも難しいから、町の外に逃がす手はずで行くわよ」

「わ、分かりました!」


 体を動かしていないと不安で仕方がないのであろう。ロウナは、バビューンと音が聞こえそうなほど早く、執務室から出て行ってしまう。

 それを見送り、蓮華は少し冷め始めた紅茶を飲み干す。


「はぁ……余計な面倒増やしてくれちゃって……とりあえずイゾイーの伝手で使えそうなのあったかしら? 後は、今後のことも少し考えておかないといけないわね。ロウナはいい感じに使えそうだけど、彼女だけじゃ厳しいだろうし」


 隼人の脱出計画を考えつつ、蓮華は使えそうな伝手を聞き出すべく、イゾイーが眠る部屋へと向かった。




 ぼんやりとした意識の中、隼人は声を聴いていた。


「それで、私の訴えはどうなったのじゃ」

「そんなもん却下に決まってんだろ罪人。お前らに発言の場なんて与えられる訳がない」

「お主にも説明したじゃろ! これは世界の存続にかかわるんじゃぞ!」

「そんな作り話、誰も信じる訳がないだろうが。嘘つくにしてももう少しマシな嘘を吐くんだな。そうしたら、笑い話ぐらいにはなるだろうよ」


 男の声が、あざ笑うように突き放す。すると、牢屋にガンッと大きな音が響いた。


「おっとビックリさせやがって。無理無理、この鉄格子はお前の力じゃ壊せねぇよ」

「ぐぬぬ……」

「魔法も血覚も封じられてんだ。処刑台ができるまで大人しくしてるんだな。そっちの死にかけみたいによ」


 石の床に響く足音が遠ざかっていく。そして再び静けさが戻ってきた。

 そこで隼人はゆっくりと目を開ける。


「ここは」

「ハヤト! 目が覚めたのか!」


 顔だけを声のする方に向ければ、塔を登っていた時と同じ服装のままのリュンがいた。所々破れており、血もついている。


「ああ、何とかっ!?」


 体を起こそうと力を入れた瞬間、背骨に針を打ち込まれたような痛みが貫く。

 激痛に顔を顰め、痛みを少しでも逃そうと身じろぎすれば、さらに全身からこれでもかというほどの痛みが襲い掛かって来た。


「ぐあっ」

「動くでない。ギリギリ生きているだけの治療をされただけじゃ。傷もしっかりと塞げておらんし、血もかなり減っておるはずじゃ」

「ぐぅぅ……」


 アドバイスに従い、体を動かさずひたすら痛みに耐える。すると、しばらくして痛みが何とか引き始めた。

 しかし、動かずとも全身からは、早く治療しろと急かすように絶えず痛みが送られてくる。

 それに顔をしかめていると、リュンが隼人を覗きこむ。


「どこまで覚えておる?」

「俺が捕まえて、腹刺されて、お前がぶった斬って、ふっとばされて……俺達が勝った?」


 最後の言葉には、僅かな疑問が残っていた。

 極限状態の中、半ば意地だけで意識を保っていた隼人は、自分がどんな会話をしていたのかも分かっていなかった。

 ただ、アゼルが負けを認め、リュンに何かを手渡したということは覚えていた。


「そうじゃ、私たちはあ奴に勝ち、その証として鍵の欠片を貰った。その後、あ奴が私たちを塔の外へ転移させたのじゃ。そのおかげで、お主は生きておるが、こんなところに放り込まれておるがのう」

「ここはどこだ?」


 言われて初めて気づく。天井に見える石は、どう見ても宿や病院のような場所には見えない。背中に伝わってくる感触も、ごつごつとしている。一応布は敷いてあるようだが、それも無いに等しい物だ。


「ここはベルデの中央区にある罪人用の牢屋じゃ。私たちは、最上階への侵入の罪で投獄された」

「マジか、ヤバそうだな」

「ヤバいなんてものではないぞ。こちらの話は一切聞いてもらえぬし、裁判も行われん。最上階への不法侵入は、問答無用で処刑じゃからな」

「どれぐらいで執行になる?」

「早ければ明日にでも執行になるじゃろうな。すでに処刑の告知はされておるじゃろうし、処刑台もそれほど手間のかかるものではない」


 処刑台を作るのに一日、その仕事の依頼と材料集めに一日、民に処刑を告知し、呼び集めるのに一日。告知は仕事の依頼と同時にされるため、処刑台が完成した翌日に執行されるとしても、捕まってから処刑までは実質三日しかない。


「俺はどれだけ眠ってた」

「半日程度じゃな。残りは一日と半分といった所か」


 執行日には、朝から移動させられ、昼には執行となるだろう。そうなれば、余裕は今から明後日の日の出までとなる。

 実質三十六時間といった所だろう。


「治るまで待ってくれるわけないしな、クソッ。お前は治療の魔法とか、痛み止めの魔法とか使えないのか?」


 この世界には、治療の魔法というものが存在する。既存の魔法体系とは別の物で、少し特殊なものだが、それのおかげでこの世界の怪我による死亡率というのは意外と少ない。

 ハヤトが、腹を貫かれながらも、なんとか生きていられるのは、この魔法により、最低限の手当を受けたからだ。


「痛みさえ止まれば、なんとか動く体を使って脱出方法の一つでも」

「無理じゃ。私にはそのような魔法は使えん。まあ、使えたとしても現状では無理じゃがな」


 そう言ってリュンは自分の両腕に付けられている手錠を隼人の顔の前へと持ってきた。


「こいつは魔法の発動を妨害する魔導具じゃ。これを付けられている以上、私たちは魔法を使えない。その上、この首輪までされてしまったからのう」


 リュンは、忌々しそうに、自分の首に付けられた首輪をいじる。


「これのせいで血覚まで封じられておる。血覚さえできれば、この程度の鉄の棒なんぞ、簡単にひん曲げられるのじゃがな」

「なるほど、混血対策は万全ってことか。ならしばらくは動けねぇな」

「どうするのじゃ? チャンスがあるとすれば、移送されるときぐらいじゃが」

「まあそこがラストチャンスなんだろうけど、それまでに何とかなりそうな気もするんだよな」

「どう言うことじゃ?」

「ま、変な希望を持つよりも、今は体力の回復が先だ。また寝るから、後頼むわ」

「む、まあよかろう」


 さすがに目が覚めたばかりで、血も足りずまともな食糧にもありつけていない現状、体力の温存や怪我の回復も含めて眠るのが一番である。

 ハヤトが目を閉じれば、すぐに寝息を立て始めた。


「ふむ、何か可能性があるのじゃな。ならば私も待つとしようか」


 リュンも、アゼルとの戦いで少なからず傷を負っている。一目で分かる物こそ少ない物の、服の下では、痣や打ち身の腫れがしっかりと残っているのだ。

 一日休んだだけで、どれほどまで回復するかは分からない。血覚を行えれば、回復力も上昇するため、一日もあれば十分なのだが、それも今は封じられている。

 ここで無駄に体力を消耗し、怪我を長引かせて動くべき時に動けないでは意味がないのだ。

 リュンは、自分用に支給されている薄い布一枚を体にぐるりと巻き付けると、ハヤトの隣に体を横たえ、ただじっと回復を待つのだった。




 変化が訪れたのは、翌日の昼。

 ぱさぱさのパン一つに、塩の入った水だけと、本当にただ生きていればどうなっていようと構わないという気持ちがひしひしと伝わってくる食事を取り、日の当たらない冷たい牢屋の中で、ひたすら怪我の回復に時間を割いていた隼人とリュンは、階段を降りてこちらに向かって来る数名の足音に気付き、目を開ける。

 体が痛みに慣れてきたのか、それとも限界を超えてしまったのか、多少体の自由が利くようになった隼人が、ゆっくりと体を起こす。

 その隣では、リュンが警戒した様子で足音の聞こえる階段の先をただじっと見つめていた。

 そして、足音の人物が現れる。

 まず見えたのは、今日食事とは名ばかりの塩水を差し入れに来た兵士だ。そして、その後にやってきた人物に、リュンは目を見開く。

 艶のある黒髪を後ろで縛り、体のラインがくっきりと浮かび上がるほどにタイトなワンピースを来た女性である。

 スカートには、深いスリットが入っており、足を動かすたびに太ももがちらちらと露出する。

 現代人が見たのならば、チャイナドレスを思い出すような服を着ていたのは、蓮華だ。

 そして、その横には当然のようにゴスロリドレスを身に纏ったアリスが付き従っている。

 最後尾には兵士がもう一人ついて来ており、ちらちらと見える蓮華の太ももに、視線が何度も誘導されていた。


「これがその罪人たち?」


 蓮華は確認を取るように先頭の兵士に尋ねる。


「はい。一名はかなり消耗が激しく、ほとんど動きませんが女の方はかなり活きが良いようで、お気を付けください」

「この鉄格子があるなら大丈夫よ。魔法の血覚も封じているのでしょう」

「はい。しかし暴れて御身に怪我でもあれば大変ですので、なるべく牢には近づかないようお願いします」

「分かったわ。さて、罪人たち良く聞きなさい」


 蓮華は二人を見下ろしながら、堂々を言い放つ。


「私は、レンゲ・ヴァロッサ・イゾイー。イゾイー男爵家当主ロア・ヴァロッサ・イゾイーの名代として、あなたたちに処刑の予定日を伝えに来たわ」

「イゾイー家の者か。噂には聞いておったが、やはり傲慢な家系の様じゃな」

「貴様! 無礼であろうが!」


 リュンの吐き捨てるような言葉に、兵士が顔を赤くして持っていた槍で檻を叩く。

 ガンッと大きな音が牢屋内に響き渡る。


「フンッ、罪人にはマナーなど必要ないからのう」

「生意気な態度だ。こちらは死ななければ何をしてもかまわないのだぞ!」


 リュンの挑発に乗った兵士が、檻の中にいるリュンへと突き出す。その槍がリュンの足を貫く直前、横から伸びてきた小さな手によって強制的に止められた。

 兵士とリュンが驚いてそちらを見れば、先ほどから一言もしゃべらず表情も変えない少女、アリスが槍の柄を掴んでいる。


「やめなさい。私に血を見せる気?」

「し、失礼しました」


 蓮華が兵士を一睨みし、冷たく言い放つと、兵士は怯えたように槍を引き、その場で直立不動になる。

 それを見送って、アリスは再び蓮華の隣へと戻ってきた。

 明るいところで注視して見れば、アリスの全身に、細い琥珀色の糸が付いていたのが見えたのかもしれないが、灯りが魔導ランプのみのこの牢屋ではそれを見つける者はいない。


「感謝はせぬぞ」

「必要ないわ。自分で歩いてもらわないと、移動させるのも面倒じゃない。そっちのは無理みたいだけど、あなたには民衆の中を、晒し者のようにゆっくりと歩いてもらわないといけないんだから」

「悪趣味じゃな」


 リュンが睨みつけるも、蓮華は平然と受け流し、むしろ笑みを深める。


「それが罰よ。あなたたちが犯した罪に対してのね。処刑用のギロチンも特別製らしいわよ。まだ見てないけど、なんでも足から首に向けて順番に輪切りにされるみたいだし、聞いただけでもかなり痛そうね」

「言いたいことはそれだけかのう? 私たちは塔の主と戦って疲れておるんじゃ、無駄話に付き合うつもりはないぞ」

「私も色々と忙しい身なのよね。塔の管理なんて、ギルドだけが管理していると思っていたのに、イゾイー家の管轄だったなんて、お父様に聞いて驚いたわよ」

「そうかそうか。ならこれからもっと忙しくなるぞ。なにせ、私たちが主を倒してしまったからのう。塔から魔物が溢れ出すじゃろうて」

「なんだと!?」


 その言葉にいち早く反応したのは、直立不動だった先ほどの兵士だ。

 そして、蓮華はすぐさま兵士に指示を出す。


「あなたはすぐにこのことを上の騎士団に伝えなさい。幸いまだ解散してないから、すぐに動けるはずよ。罪人の話が嘘の可能性もあるから、軍を動かす訳にはいかないわ。騎士団で塔の出入り口を全て警戒、人数が足りなければ、挑戦者(アッパー)を雇っても構わないわ。何が何でも外に出さないようにしなさい。それと、エクレスト伯爵にも伝えなさい。混乱を避けるために、あなたが直接伝えること。伝言は許さないわ」

「ハッ!」

「ソレス、あなたも行きなさい」

「し、しかし……」


 蓮華の後ろに着き従っていたのは、イゾイー家が抱えている騎士だ。今回の隼人捕縛の為の騎士団にももちろん参加している。

 本来騎士はイゾイー家名代である蓮華の命令に逆らうことはできない。しかし、兵士が伝達の為に牢屋を後にしてしまったため、彼がいなくなると牢屋に残るのは蓮華とアリスだけになってしまう。そのため、蓮華の指示に従うのを躊躇った。

 だが、蓮華は有無を言わさぬ迫力で騎士に命令する。


「私にはアリスがあります。さっさと行きなさい! これは国家的な問題ですよ!」

「ハッ、失礼しました!」


 騎士は、蓮華の迫力に圧倒され、駆け足で階段を登っていく。

 それを見送った蓮華が、再び牢屋へと向き直った。そこに笑みを湛えて。


「良い情報をありがとう。おかげで彼らを追い払えたわ」

「どういうことじゃ」

「隼人、いい加減顔上げなさい。さっきから笑いを堪えてるのはわかってるのよ」

「クックッ……ヤバい、腹痛い。主に傷口に響いて超痛い。腸だけに超痛い」

「肝臓に風穴開けるわよ?」


 蓮華が眉を顰めるリュンから視線を外し、隼人に話しかけると、隼人は肩を揺らし脇腹を押さえながら、涙目になりつつ顔を上げる。


「悪い悪い」

「まったく、ずいぶん面倒なことしてくれちゃって。なんでさっさと逃げ出さないのよ」

「この傷じゃ無理だ。罪人にももっとまともな治療するように国に行っとけ」

「ま、待つのじゃ! 一体何がどうなっておる!」


 ついさっきまで罪人と隼人を見下していた蓮華が、突然その雰囲気を変えて軽口を叩きあうのを見て、リュンの我慢が限界に来た。

 二人の間に自分の体を滑り込ませ、隼人に説明を求める。


「ほら、昨日何とかなりそうな気がするっつったろ。こいつ、俺の幼馴染なんだよ」

「なに!? しかし、先ほどイゾイー家の名代だと……しかも、イゾイーの性を名乗っておったぞ」

「あの家を私が乗っ取ったのよ」

「何じゃと!?」

「今はそんなことはどうでもいいの。詳しく聞きたかったら、逃げた後に隼人からでも聞きなさい。それより、変なのが来る前にちゃっちゃと要件済ませるわよ」

「おう、つってもこの状態じゃ、俺はまともに動けねぇぞ」

「はぁ……仕方ないわね」


 蓮華はおもむろに牢屋の扉へと近づくと、その鍵穴に人差し指を付ける。

 それだけの動作で、牢屋の鍵がガチャリと音を立てて開いた。


「なっ!?」

「お邪魔するわよ」


 扉を開けて中へと入ってきた蓮華は、隼人へと近づくと、上半身を起こしている隼人を突き飛ばすように押し倒した。


「ぐあっ」

「何をしておるのじゃ!」


 当然隼人の全身に激痛が走り、苦悶の声を上げる。リュンは蓮華を隼人から引き離そうとするが、突然リュンの体を後ろから羽交い絞めにされた。

 それを行える人物など一人しかいない。アリスだ。

 魔力糸によって操られているアリスは、その幼い体から出ているとは思えないほどの力でリュンを固定し、口を脇から出した手で塞ぐ。

 その間にも、蓮華は隼人の服を強引にめくりあげ、傷口を確かめはじめる。


「確かに大分適当ね。本当に応急処置だけみたい。あら、腐りかけてるじゃない」


 軽く言うが、かなり大変な状態になっている傷口に、リュンの顔が青ざめる。


「なんで魔力使って保護しないのよ」

「無茶言うな。表面だけなら何とかなるけど、内臓までズタボロだぞ。そんなもんカバーなんて出来ねぇよ」

「しょうがないわね。私がやってあげるから、隼人は私の魔力を包むように魔力を出しなさい」

「出来るのか?」

「出来るから言ってるのよ。あ、結構痛いだろうから、これ噛んでなさい」

「もごっ!」


 蓮華は隼人が寝ていた布を引っ張り上げ、その端を丸めて隼人の口へと突っ込む。突然布を突っ込まれた隼人は驚くが、直後そんなものは一瞬で痛みに上書きされた。


「ぐぅっ!……」


 蓮華が隼人の傷口に手を当て、物質魔力を隼人の体内へと流し込んだのだ。

 その魔力は細かく枝分かれし、触手のように隼人の腹の中を進んでいくと、傷ついている内臓にペタリと張り付く。

 さらに、傷口の腐り始めている部分を切り落とし、血が溢れ始める前に魔力が傷口を覆う。

 麻酔も無しに傷口の肉を斬り落とされ、内臓に触れられた隼人は、その痛みから思いっきり布を噛みしめる。額からは汗が噴き出し、握り締めた拳からは、血が流れた。


「ほら、そんな我慢ばっかりしてないで、しっかり私の魔力を感じなさいよ。そこまで痛いもんじゃないでしょ」

「ペッ、馬鹿言うな! 肉切り落とされてんだぞ!」


 蓮華のあんまりな物言いに、隼人も思わず布を吐き出して抗議を上げる。


「まったく、根性が無いわね。ほら、これでどう?」


 蓮華が隼人の腹に当てていた指を少しだけ動かす。すると、一瞬にして、隼人の体を駆け巡っていた痛みがスッと引いて行った。

 あまりにあっけない止まり方に、思わず隼人はきょとんとし、次に自分の体が動かないことに気付いた。


「な、何やった?」


 自分の体が全くいうことを聞かないことに恐怖し、青ざめる隼人。


「脊髄に魔力糸で干渉して、感覚が脳に行かないようにしたのよ。最近できるようになった技だから、まだ練習中なんだけどね」

「それ大丈夫なのか?」

「運が悪いと、首の神経が切れちゃうから、一生半身不随になるけど、まあ、上手くいっているし大丈夫なんじゃないかしら? それより、早く私の魔力を感知しなさいよ」


 サラッととんでもないことを言う蓮華だが、すでに隼人の体は蓮華によって完全に支配されている。

 今更抵抗することも出来ず、もし抵抗しようものなら体内を触手にかき回されかねない。蓮華ならばその程度のことはたやすく行うだろうと判断し、大人しく自分の中に入っている蓮華の魔力を探ることにする。

 蓮華の魔力はすぐに見つかった。日ごろ自分で魔力を操っているおかげか、自分の中にある他人の魔力が簡単に分かる。

 隼人は言われた通りに、その魔力を覆うように自分の魔力を展開させた。


「出来たぞ」

「なら私との接続を外すわよ」


 蓮華が隼人の傷口からゆっくりと手を放し、自分の魔力糸を回収する。

 魔力糸が全て傷口から抜けると同時に、隼人は魔力を操って傷口を覆った。


「どう、さっきより痛みは減ったでしょ」

「ああ、大分楽になった」


 蓮華の魔力糸は、隼人の体内で傷口の縫合やカバーの役割を果たし、その上から隼人自身の魔力を被せることで、その縫合が取れない様にしたのである。

 そのおかげか、隼人を蝕んでいた激痛は、微痛程度に収まる。


「まあ、それでも応急処置だけどね。逃げ出したらしっかり治しなさいよ」

「分かってる。それで、手はずは?」

「今日の夜は警備が少なくなるわ。それに騎士団も塔の警戒に向かわせているしね。その間に逃げ出しなさい、東門側なら警備が少ないはずよ」


 挑戦者(アッパー)の多くいる西区画や南区画は警備のための兵士が絶えず巡回を行っている。貴族街のある北区画には、当然騎士達がいる為見つからずに逃げるのは困難だ。それに比べ、東区画は商店街のため夜は人がかなり減り、兵士の数もそれに合わせて少なくされている。

 逃げるならば、東側がベストだろう。


「分かった。荷物は?」

「上の階のロッカーに纏めてあるわ。家にあった物も、ロウナに持っていかせるから東門で落ち合いなさい」

「そんなことしてロウナや蓮華は大丈夫なのか?」


 もし、兵士に見つかれば、ロウナも共犯者として指名手配される。そうなると、ロウナに指示を出している蓮華にも芋づる式に当然疑いが掛かってしまう。


「大丈夫よ。門の外に出るのはまだ日が出ているうちだし、戻る時は西門から入るように言ってあるから」

「そうか。まあ、俺達がバレなきゃ問題ないしな」

「嫌なフラグ立てるわね。まあ、そう言うことだから、上手くやりなさい」

「おう」

「アリス、外に出てなさい」


 蓮華が立ち上がりアリスに声を掛ける。するとアリスは、リュンをホールドしていた腕を脇から引き抜き、牢屋の外へと出て行った。


「ぷはっ! 何なのじゃあの子供は! 私が振り払えんじゃと!」

「まあ、世の中不思議は色々あるってことだ。あんま深く考えんな」

「そういうことよ。あなたも話は聞いていたでしょ? しっかりやりなさい」


 それだけ言い残し蓮華も牢屋を出ると、入って来た時と同じように鍵穴に指を付け、鍵を掛けるとすたすたと階段を上がっていってしまう。


「さて、時間はたっぷりあるからのう。しっかり説明してもらうぞ」


 残されたのは、微妙な痛みに顔をしかめながら腹をさする隼人と、笑顔なのにこめかみをひくつかせるリュンだけだった。


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