表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奴の魔法は物理的!  作者: 凜乃 初
第一歩
46/60

第一の決戦

 隼人は、リュンの足に繋がれた物質魔力のロープを体内へと戻し、地面に着地する。

 同時に、重石を取り除かれたリュンが動いた。

 一つ羽ばたき、急降下しながらアゼルに向けて拳を振り抜く。

 アゼルは、それを正面から受け止めた。

 ズドンッと重い衝撃が周囲に広がり、その威力を伝える。そして、それを正面から受け止めたアゼルの強さも。

 アゼルがリュンに向けて剣を突き出そうとする。そこに、隼人が飛び込んだ。

 アゼルは、リュンを投げ捨てながら、隼人の剣に自らの剣をぶつける。

 どちらかが普通の剣ならば、その時点で勝負は決まっていたかもしれない。

 マギアブレードの切れ味は、鉄をバターのように簡単に斬り裂く。しかし、塔の魔力によって生み出されたアゼルの剣も特別製だ。

 ビックバイトタートルの甲羅のように固く。それでいて、切れ味はダンジョンスネークの牙のように鋭い。

 刃が欠けたり、刀身に罅が入ったとしても、すぐに魔力で補修されてしまう。それは、隼人のマギアブレードとほぼ同じ物と考えていい物だった。

 何合か打ち合い、隼人はそれを理解する。


「自分の武器ってこんな面倒だったんだな」


 壊れないし、切れ味も落ちない。戦う者ならば、誰もが欲しがる理想の武器だ。

 今までのように、武器を壊して隙を作ることはできない。一旦距離を取って、体勢を立て直そうかと考えた時、アゼルが開いた手を隼人に向ける。そこに、火球が生み出された。


「やっぱ魔法も使うか」


 放たれた火球を、マギアブレードで斬り裂きつつ、一気に距離を詰める。

 魔法が使えるのならば、自分から距離を取るのは下策だ。距離を詰め、魔法を発動させる余裕を作ってはいけない。

 しかし、振るった剣はアゼルに受け流され、バランスを崩した所で腹に膝蹴りを入れられ吹き飛ばされる。

 その間に、戻ってきたリュンがアゼルの背後を強襲する。

 しかし、アゼルは背中に目が付いているかのように、完璧なタイミングで後ろ蹴りを放つ。

 蹴りは、リュンの拳にぶつかり、その威力を相殺した。

 驚くリュンに、アゼルはその足を器用に使って腕を引き寄せると、その場に引き倒す。


「ぐっ」


 アゼルが剣を振り上げる。


「させるかよ」


 隼人の声は、まだアゼルと距離があった。そのため、アゼルは警戒をしつつも先にリュンにトドメをさすことを選択する。

 振り下ろされる剣。それは、リュンに当たる直前で軌道を変え、壁際から伸びてきたマギアブレードを弾いた。

 その隙を突いて、リュンは体を捻りつつ、尻尾をアゼルへと叩きつける。

 とっさに防御するアゼルだが、威力を殺しきれずに地面を転がり、すぐに体勢を立て直しながら立ち上がる。

 その間に、隼人がリュンの傍へと戻ってきた。


「大丈夫か?」

「私は大丈夫じゃ。しかし、あ奴反応速度が異常じゃな」

「真後ろからの攻撃もきっちり対処してくるな。俺の攻撃も全部対処された」

「目視意外に何かあるのじゃろうな」


 動物の中には、目視以外のものに周囲の把握を頼っているものもいる。むしろ、その方が多いと言ってもいい。蛇は体温を見るし、蝙蝠は音を聞く。アゼルも同じように、別の方法で周囲の確認をしているとみて間違いないだろう。

 しかし、それを調べる方法が分からない。

 何かの動物が素体になった魔物ならば、その動物の特徴から調べることも可能だが、アゼルはどう見ても人型である。

 ならば、目と耳を主な探知に利用しているのは間違いないはずなのだが、先ほどのマギアブレードは目視の外から、しかも音もほぼ無い状態だった。それを対処されたとなると、人間にはない他の器官があると思っていいとリュンは考えた。


「とりあえずもう少し殴り合ってみるしかないな」

「そう言うことじゃ」


 同時に走りだし、今度は左右に分かれる。

 対処されるにしても、正面から二人で攻撃するよりも、左右や前後から攻撃する方が対処は難しいはずだ。

 二手に分かれたのを見たアゼルは、自らの周囲に氷の槍を生み出すと、二人に向けて打ち出す。槍は隼人たちの足もとを狙うように飛翔した。


「チッ」


 隼人は小さく舌打ちすると、ブレードギアを加速させる。

 隼人が通り過ぎた直後の地面を氷の槍が貫き、その場に氷柱を生み出した。

 さらに、軌道を修正した槍が隼人の足もとへと次々に飛来し、隼人を思うように近寄らせない。

 飛び道具が無い事にもどかしさを覚えながら、隼人はマギアブレードを伸ばして、ダメ元でアゼルに向けて振るう。

 その剣は当然アゼルの剣によって受け止められるが、隼人は瞬時にマギアブレードを鞭状に変え、再びアゼルの剣に結び付ける。

 直後、飛行していたリュンが両腕に紫電を纏いながら殴り掛かる。

 普通の拳では受け止められたかもしれないが、紫電を纏った今ならば、受け止められても体に電気を浴びせることが出来る。

 アゼルも、紫電を纏っているのを見た瞬間には、受け止めることをやめ、回避するために動き始める。しかし、その足がガクッと何かに引っかかった。

 驚いた様子で自らの足を見たアゼルは、そこに隼人の物質魔力が絡みついているのを見つけた。

 隼人は、アゼルの剣を捕まえるように見せかけながら、アゼルの体に細いロープをからませていた。

 見つかり難いように、細めのロープにしていたため、力を入れれば簡単に引きちぎられてしまう程度のものだが、一瞬だけ足を止めるには十分である。


「そこじゃ!」


 回避し損ねたアゼルに、リュンの拳が襲い掛かる。

 とっさに両腕で防御するも、急降下の速度を伴って放たれた拳は、隼人のロープを引き千切りつつ、アゼルを吹き飛ばす。

 吹き飛んだアゼルの向かう先には、両手にマギアブレードを握る隼人の姿。リュンがそちらに向けて飛ばしたのだ。


「これなら躱せねぇだろ」


 タイミングを合わせて、両腕を振るう。

 ズガンッと激しい音がして、アゼルが地面へと叩きつけられる。さらに、追い打ちをかけるべく、剣を逆手に持ち替え、その背中に向けて振り下ろす。

 その刃は、アゼルの背中に突き刺さる直前で止まる。

 空中に現れた、数枚のプレートと、鎧によってギリギリ受け止められたのだ。

 トドメをさせなかったのを感じて、隼人は素早くその場から飛び上がる。

 直後、足元をアゼルの剣が通り抜けた。もしジャンプしていなければ、両足首を切断されていただろう。


「魔法の併用ってやっぱ面倒だな」

「まだじゃ! 体勢を立て直される前に、畳み掛けるぞ! 混竜族秘儀、紫電砲雷」


 頭上に来ていたリュンが、真下に向けて雷撃を放つ。

 リュンが全力を込めて放った雷撃は、アゼルの装甲を抜き、初めてダメージらしいダメージを与えた。

 ビリビリと鎧を帯電させながら、剣を杖にしてゆっくりと立ち上がろうとするアゼル。


「おっしゃ! トドメは任せろ!」


 動きの鈍ったアゼルに向けて、隼人が正面から剣を振り上げる。

 アゼルも、隼人の動きは分かっているが、雷撃のダメージが思った以上に体の自由を縛り、対処が遅れる。

 振り下ろされた剣が、アゼルの鎧を肩から砕き、胸元へと斬り裂く。

 傷口から血が吹き出し、アゼルの体が大きくビクンと跳ねた。

 さらに追い打ちをかけるように、回し蹴りを傷口へと叩きこむ。

 血の跡を残しながら地面を転がり、しばらくして止まる。


「どうだ」

「やったかのう」


 斬った感触では、確実に致命傷が入ったと確信できていた。しかし、追い打ちまで掛けて尚、アゼルがこのままで終わるようには思えなかった。

 と、アゼルが再び体を起こす。

 動くたびに、肩の傷口から血が噴き出すが、気にした様子も無く、その場に立ち上がる。

 まるでゾンビのように立ち上がるアゼルに、リュンは顔を引き攣らせ、隼人は笑みを深める。

 アゼルはそのまま立ち上がると、自分の傷口を右手で撫でた。


「なかなかの強さだ。この鎧を超えて僕にダメージを与えられるならば、相応の評価はできる」

「なら俺達の勝ちってことか? その傷、普通なら致命傷だろ」

「そうだね。普通なら――だけど」

「なっ!?」


 アゼルが撫でた傷口が、湯気を立ち上らせながら治っていく。

 隼人はとっさに駆け出し、傷が治りきる前にアゼルにトドメをさすべく剣を振るう。しかし、その剣はあっさりと受け止められた。


「僕たちが想定している敵は魔人だ。この程度じゃ死なない。だから僕たちも当然この程度じゃ死なない。僕たちを倒したいんなら、再起不能なレベルのダメージを与えることだね。君達の攻撃なら、それができるはずだ。まあ、攻撃が届くかは分からないけど」

「倒し方を教えていただいて、どうもありがとうございます! そのついでに、首も置いて行ってもらえませんかね!」


 剣を持つ手に力を込めるが、右手一本で支えるアゼルの剣はビクともしない。

 むしろ、押し返されていた。


「クッ……」

「そのまま押さえておくのじゃ! 紫電双竜呀!」


 つばぜり合いをする二人の横から、リュンが雷の牙を放つ。それを見たアゼルが、小さく呟く。


「砂城壁」


 リュンの攻撃が届く直前、アゼルとリュンの間の地面から、砂が吹き出し、二人の間を遮る。リュンは構うものかとそのまま拳を振るうが、砂の壁は衝撃を全て吸収し、紫電すら霧散させてしまう。

 さらに、傷の修復を終えたアゼルが、左手で紫電を纏わなくなった腕を掴み、地面へと叩きつける。


「ぐはっ」

「リュン!」


 隼人は、アゼルの左手が空中で何かを握るような仕草をするのを見る。嫌な予感が駆け抜け、とっさに鍔迫り合いを放棄し、押し込まれる力を横へと受け流す。

 突如抜かれた力に、アゼルの腕が体から僅かに外に流れる。

 その隙を突いて、隼人はアゼルを突き飛ばした。


「良い判断だ」


 突き飛ばされたアゼルは、たたらを踏みながら数歩下がると、体勢を立て直して剣を構える。

 その剣は、左右の手に一本ずつの二本に増えていた。


「やっぱりか」

「すまん、助かったのじゃ」


 もしあのまま隼人が鍔迫り合いを続けていれば、左手に出現した剣に、リュンは串刺しになっていただろう。

 隼人は自分が魔力の剣を生み出す際に、同じような動作を取るため、アゼルが事前に剣を出現させようとしていたことに気付けたのだ。


「あの野郎、さっきよりパワーが上がってる」

「と、言うより先ほどまでが手加減されておったということじゃろうな」

「手加減と言うより、慣らしだね」


 二人の会話に、アゼルが言葉を挟む。


「この体を使うのも久しぶりだからね。さすがに、感覚が鈍ってたんだ。けど、そろそろ全力で行かせてもらうよ」


 塔の変な掟のせいで、千年単位で体を使うことが無かったのである。感覚が鈍るのも当然だろう。しかし、先ほどまでの攻防で、だいたいの感覚を思い出してきたアゼルは、ようやく本気になる。

 それは、隼人たちにとって、絶望にも近い宣告だ。

 何せ、今までですら、二人にとってはかなりギリギリの戦いなのだ。二人だけで勝負を挑んだことに、若干の後悔すら浮かぶ。

 しかし、もう始まってしまったものを止めることはできない。


「やるしかないか」

「そうじゃのう。どこまで行けるか分からんが」

「限界でもなんでも超えてやる。まだ、こんな一面ボスみたいな奴に、殺されるつもりはない!」


 アゼルを倒しても、まだあと五人塔の主は残っているのだ。話を聞く限り全員が戦闘タイプという訳では無いようだが、それでもアゼル以上に強いメンバーが後二人いるのは確実である。

 ならば、こんな序盤で躓いている場合ではない。

 覚悟を決め、両手にマギアブレードを出現させる。

 相手が二刀流を使って来るのならば、こちらも使わない手はない。


「じゃあ行くよ」


 アゼルが小さく言葉を放ち、両手の剣を高々と掲げたかと思うと、全力で振り下ろした。

 直後、ズパンッと軽快な音と共に、アゼルの前面にあった床に亀裂が走る。

 とっさに二人は左右に跳んで亀裂を回避すると、その亀裂は壁際まで広がり、壁の一部を抉って止まった。

 周辺に点々と生えていた氷柱はことごとく粉々になり、後も残らない。


「今のは……」

「まさか衝撃波!?」

「塔って壊れねぇンじゃねぇのかよ」

「壊れない訳じゃないさ。ただ、異常に修復が速いだけだよ」


 見れば、亀裂はアゼルの傷と同じように、見る見るうちに修復されていった。


「けど、俺が斬った時には特に傷がつかなかったぞ」

「単純に攻撃力の問題だね。さて、おしゃべりはここまでだ」


 アゼルが一歩を踏み出す。次の瞬間には、隼人の目の前まで接近していた。

 振り抜かれる剣、それを何とか受け止めるも、力に負け思い切り弾き飛ばされる。

 ごろごろと地面を転がりながら、何とかアゼルを視界に入れれば、リュンも同じように吹き飛ばされ壁際に直接叩きつけられていた。


「これが、本気か。なめんなよ!」


 ブレードギアを使い、一気に加速してアゼルへと斬りかかる。

 当然アゼルは二本の剣を使って、隼人の攻撃を受け止めた。しかし、隼人の剣は普通の剣ではない。


「シフトチェンジ、サイズモード!」


 アゼルの剣と刃を合わせていた部分が、一瞬のうちに柄に代わり、先端からアゼルに向けて鎌の刃が飛び出してくる。

 アゼルはとっさに剣に力を込め、隼人を引き離した。


「ロングサイズモード!」


 引き離された隼人だが、追撃の手は休めない。

 左手の一本を体内に戻し、その魔力を使って右手のサイズモードの柄をさらに伸ばす。

 遠心力を伴い、真横からアゼルを襲った。

 ガズンッと重い手ごたえが隼人の腕に伝わる。

 鎌の回避は刃が当たる前に柄を受け止めるか、躱すしかない。しかし、隼人の鎌はマギアブレード二本分の魔力を使い、刃の尖端から柄までの長さが腕よりも長いため、柄を受け止めると言うこともできないのだ。

 鎧に鎌の尖端を突き刺しながら、アゼルが吹き飛ぶ。


「リュン! 生きてるか!」

「けほっ、この程度で死ぬ訳なかろうが!」

「そりゃ上々。っと、あぶねぇ」


 アゼルが吹き飛んだ場所から、再び衝撃波が襲ってくる。それを躱し、隼人はアゼルに向かってアクセルを全開に、突撃する。

 二撃目、三撃目の衝撃波が飛来するが、二撃目は魔力のロープを壁に貼り付けそれに体を引き寄せることによって強引に躱し、三撃目は全力のマギアブレードで相殺する。


「最初は威力にビビったが、よく見りゃ、防げない攻撃じゃねぇな!」

「それはお主だけじゃ!」


 アゼルの攻撃は隼人の物質魔力があるからこそ防げる攻撃であり、一般の挑戦者(アッパー)がこの攻撃を受けようものなら、避けても腕を斬り落とされ、正面から立ち向かおうものならば、体を縦一文字に斬り裂かれるような危険な技である。

 調子に乗って正面からアゼルと正面から斬り合う隼人に突っ込みを入れつつ、リュンは上空でアゼルの隙を窺う。

 混竜族の利点は、やはり空から攻撃を加えられることだろう。

 平面に注意を払うのと、上空まで三次元的に注意を払うのではやはり疲労度も変わってくるし、隙の生まれる可能性も後者の方が格段に高くなる。

 リュンは、アゼルの上空を飛び回りつつ、隼人が離れたすきに雷撃をちまちまと放ちサポートする。

 そして、隙あらば強力な一撃を叩き込もうと、その両腕には紫電双竜呀を待機させていた。

 しかし、そこは魔人と代表して戦った一人である。三次元的な警戒を強いられたからと言って、簡単に隙を作るほど甘い敵ではない。


 ずるずると戦闘は長引き、消耗戦の様相を呈し始めた頃、否応なしに戦いが動いた。


「クッ」


 額から斬れて滴る血が、隼人の左目に入ったのだ。

 突然視界がぼやけたせいで、隼人の動きが鈍る。その隙を突いて、アゼルが攻勢に出た。

 二刀流を器用に扱いながら、さらに魔法も混ぜた多種多様な攻撃が一斉に隼人を襲う。リュンも、サポートを試みるが、秘儀があるとはいえ、元々魔力量の少ない混血族の魔法では、十分なけん制にならない。その上、長期戦による消耗で、秘儀の発動すらかなり厳しい状況に追い込まれている。

 苦し紛れに放った雷撃は、アゼルが剣先から放つ同じ雷撃に相殺され、隼人の眼前にアゼルが迫る。

 振り上げた剣を止めるために、隼人は一歩前に出ると、霞む視界の中魔力を使ってアゼルの腕を受け止めた。

 振り下ろした衝撃波が凶器なのならば、振り下ろさせなければいいのだ。

 初動を殺されたアゼルだが、まだ片方の手が残っている。

 接近し過ぎているせいで、振り下ろすことはできないが、最初と同じように素早く逆手に持ちかえると、隼人目掛けて突き刺した。隼人はとっさに右手を魔力で覆って剣を掴むが……

 ぐじゅりと自分の脇腹から嫌な感触が伝わり、直後燃えるように熱くなるのを隼人は感じた。

 アゼルの突きは、隼人によって心臓からは逸らされたが、体から外れることは無くそのまま左の脇腹を貫いたのだ。


「ぐあっ!」


 今まで感じたことのない強烈な痛みに、思わず声が漏れる。


「隼人!」

「この野郎!」


 ここに来て致命的なダメージだ。だからこそ、今接近し相手の武器を両手とも封じているこの場を逃す訳にはいかない。ここを逃せば、もうチャンスは無い。

 隼人は、叫びたいほどの痛みをこらえながら、剣を掴んでいた右手でアゼルの顔を鷲掴みにし、上空を飛んでいるリュンを見る。

 リュンは隼人と視線が合い、やるべきことを理解した。

 一際強く羽ばたき、残っている全ての魔力を使って新たな魔法を構築する。


「離すでないぞ! 混竜族奥義、紫電一刀一殺」


 生み出されたのは、両手を覆う巨大な刃。リュンの身長とほぼ同じその刃を高々と掲げ、リュンはアゼル目掛けて急降下する。


「お前こそ! しっかり当てろよ!」


 アゼルは二人の会話に、何をやろうとしているのか気付き隼人を振り払おうとする。しかし、物質魔力を使い、がっしりとしがみ付いた隼人は、アゼルを簡単には離さない。

 剣から手を放し、頬を殴られる。しかし、そこはマギアメイルの防御範囲だ。


「効かねぇよ! もっと腰に力入れな!」

「殺せぬものはないと言われる究極の刃じゃ! その伝承が事実かどうか、お主の体で試してやるわ!」


 振り下ろされるリュンの腕、その刃はもがくアゼルの背中を肩からバッサリと斬り裂き、胴を分断する。

 直後、衝撃波が隼人を襲い、あまりのすさまじさに吹き飛ばされた。

 ごろごろと固い石畳の上を転がり壁際でようやく止まる。体中の痛みに耐えながら顔を上げると、ゆっくりと崩れ落ちるアゼルの姿と、その後ろで剣を振り抜いた体勢のまま両膝を突いてうなだれるリュンの姿が見えた。


「くっ……リュン!」

「はぁ……はぁ……こっちは、大丈夫…………じゃ」


 リュンは自身の持てる魔力を全て使い果たし、全身に力の入らない状態になっていたが、命に別状はない。むしろ、剣を腹に刺したまま石畳を転がったせいで、隼人の方がダメージは大きかった。

 隼人は何とか膝を突いて立ち上がり、アゼルの様子を窺う。もし、まだ動けるのならば、今度はリュンが危険だ。

 飛びそうな意識の中、右手に魔力を集めてその動きに集中する。

 ピクンッとアゼルの手が動いた。


「まだ生きてるのか」

「なんという……」


 満身創痍の二人に、もう戦うすべは残されていない。

 緊張したままアゼルの様子を窺ってみれば、アゼルは斬られた上半身を両腕の力だけ仰向けにし、隼人たちに語りかけた。


「さすがに僕もこの状態になると戦えないよ。後はこのままゆっくりと消滅するだけだ。他の魔物と同じようにね」

「私たちの……勝ち」

「俺達が……勝ったのか」

「そう、君達の勝ちだ。これを受け取ってくれ」


 アゼルは、自分の心臓に手を当て何かを唱える。すると、心臓から円を砕いたような形の欠片が浮かび上がる。


「それは」

「これが僕とこの塔の核であり鍵の一つ。六つ集めて円形にすれば、鍵は完成し、最後の扉が開くようになる。さあ」


 アゼルが欠片をリュンへと差し出す。リュンは気力を振り絞り、その欠片を懐にしまった。

 すると、アゼルの体から粒子が吹き出しはじめ、周囲に散らばる。それは、魔物が魔石になる時と同じ光景だ。

 それを見上げながら、アゼルが最後の言葉を紡ぐ。


「さて、僕の意識は今から十年は眠ることになる。二度と目覚めないことを願いたいけどね」


 アゼルが目覚めると言うことは、隼人たちが魔人の討伐に失敗したと言うことになる。そうなれば、世界に再び魔人が解き放たれることになると同時に、人類が滅亡する時でもあるのだ。


「君達も大分消耗しているみたいだし、今から自力で下まで降りるのは厳しいでしょう? 今回は僕の力で塔の外に転移させてあげる」


 言うや否や、二人の足もとに塔の各所に設置された物と同じ転移の魔法陣が浮かび上がる。


「おお、そりゃ助かるな。正直一歩も動きたくねぇ」


 アゼルの提案に、隼人は素直に感謝する。剣が刺さったままの腹は、剣を抜くと一気に出血しそのまま死にかねない状態であり、その上痛みで今にも意識が飛びそうなのだ。

しかし、逆にリュンは焦り出した。


「ま、待つのじゃ! 塔の外では、私たちがおかしな転移を――」


 リュンが言葉を言い切る直前、二人の姿が最上階から消え、同時にアゼルの体も全てが粒子へと分解され、塔へと吸収されていった。




 突然塔の入口に転移してきたリュンと隼人の姿に、周囲にいた冒険者たちは二重で驚きの声を上げる。

 一つは、普通転移した場合に出てくる場所は、塔の一階層であり、塔の外に突然現れるのはおかしなことなのだ。

 二つ目はその姿。リュンは、怪我こそひどくないものの、魔力を使い果たし動くことが出来ない。隼人にいたっては、腹に剣が突き刺さり、全身も血まみれである。


「クッ、不味いぞ……逃げなくては」


 リュンは必死に体を動かそうとするが、思うように体が動かずその場に倒れ込む。

 隼人は転移した衝撃で完全に意識を失ってしまっていた。

 そして、がやがやとする集団に遠くから兵士達の声が聞こえてくる。


「いたぞ!」

「容疑者二名だ! すぐに拘束しろ!」


 兵士達の集団は、二人を遠巻きに見ていた挑戦者(アッパー)達をかき分け隼人たちに近づくと、手早く手錠をかけ二人を拘束していく。


「隊長、男の方がかなり酷い怪我です。このままだと長くは持たないかと」

「生きていればいい。最低限の治療だけしておけ。こいつらには国家転覆罪の容疑が課せられている」

「ハッ!」


 その場で簡単な応急手当を施された隼人は、兵士の一人に担ぎ上げられ囚人移送用の特性馬車へと運ばれる。その後から、リュンも同じように馬車へと放り込まれた。その衝撃でリュンも意識を失う。


「ベルデへ移送するぞ! 各員警戒を怠るな!」


 二人を乗せた馬車は、ゆっくりとベルデへの道を進み始めるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ