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奴の魔法は物理的!  作者: 凜乃 初
第一歩
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失われた昔話

「さて、とりあえず何から話したものかな」

「全部だ全部。塔の出来た理由も、異界の書を作った理由も、ついでに混血族のことも」

「私のことはついでじゃと!? それこそメインに聞くべきであろうが!」


 リュンが机をダンッと叩く。その机も、二人が今座っている椅子も、塔の主が造り出したものだ。

 とりあえず塔の主の話を聞いてみることにした二人に、じゃあ立ち話もなんだからと青年は、指を一つ弾いて部屋の隅にティータイムセットを作り出したのである。

 最初こそ、どうやってそんなものを作り出したのかと疑問にも思ったが、そもそも考えてみれば、青年は塔の主なのである。塔を管理し、魔物を生み出し、つい先ほども自分の鎧と剣を造り出していたのだから、これぐらい出来て当然と言えば当然かと、隼人は深く考えるのを止めた。

 出されたティーカップにはすでに紅茶が注がれており、湯気が立っている。その横に置かれた皿には、綺麗なクッキーが並んでいた。

 わざわざ鞄から取り出したカップと水筒は無駄になってしまったが、ただの水よりもこちらの方が遥かにいいので、特に文句も無くクッキーを一つ摘まんで齧る。

 ほんのりと甘い、隼人好みの味だった。


「まあ、そう慌てずに。僕も全部話すから。とりあえず前提として知っておくべきことからかな」


 そう言って、青年は忘却の彼方に屠られた、過去を語り始めた。




 始まりは、今から五千年以上も前。まだ、塔などというものは存在せず、人類は純血のみの時代。

 文化も技術も、今の時代より遥かに劣り、所々で鉄製の道具が現れ始め、これから一気に発展するだろうという兆しが見えている時代でもあった。

 発展と希望に満ち溢れた時代に、突如としてその存在は生まれた。

 魔物である。

 体内に魔石を持ち、普通の動物よりも攻撃性耐久性に優れ、率先して人を襲おうとする。

 突然として現れた魔物の存在は、世界中の人々を震え上がらせるのに十分なほどの脅威だった。

 故に、人は集まった。

 集落どうしで、村どうしで、果ては国どうしで纏まり、魔物に対抗するための手段を身に付けるべく力を磨き、武器を手に取る。

 命の危機というものは、いつの時代も人を急速に進化させる。

 もともと、魔法という便利な存在のおかげで、ある程度戦えていた人類は、武器を生み出したことで魔物に対しても多少なりとも有利な状況を作り出すことに成功する。

 それは皮肉にも、魔物の進化を促すこととなる。

 より強力な個体が現れ、人を襲い。人はその個体に対応するために、より強い力を手に入れた。

 際限なく続く殺し合いのループは、人類を少しずつ疲弊させていった。際限なく強くなる魔物に対し、人の進化が追いつかなくなってきたのだ。


 ただ襲われ、対処のすべも無く殺される。そんな暗黒の時代がやってきた。

 人々の顔から笑顔が減り、世界全体が停滞したようなどんよりとした雰囲気に包まれていた時代である。

 だが、その中でも諦めない者たちはいた。

 当時の各国の王である。彼らのほとんどは、停滞する前の時代に魔物から人々を救った英雄であり、だからこそ魔物に勝利する喜びを知っている者達でもあった。


 だが、同時に魔物の強さを理解する者達でもあった。


 際限なく力を高める魔物に、彼らは魔物を発生させている根源を断たねばならないと考えた。

 その時点で、すでに最初の魔物が現れて五百年以上の時が過ぎている。

 碌な資料も無く、現状から魔物が多く表れている場所を探しだし、そこに精鋭部隊を突入させる。

 当然大きな被害も出たが、そのおかげで元凶と呼べる存在を発見することが出来た。

 それは、五百年以上も前の一人の人間である。

 忌子として生まれ、村の中で迫害を受けてきたその子供は、閉じ込められた牢屋の中でひたすらに人を恨み続けていた。

 そんな子供の負の感情が、魔力と共に村周辺に充満し、そこで飼われていた家畜に少しずつ影響を及ぼしていったのだ。

 だが、魔法も魔力も科学もまだ詳しく解明されていない世界で、王たちは一つの勘違いをしてしまった。

 忌子は魔物を生み出せる存在だと。

 もちろん魔物を生み出すことのできる人間など存在しない。全ての忌子は、ただのアルビノや奇形児である。

ただ育てられた環境に、周辺の魔力が影響してたまたま発生してしまった不幸の連鎖である。

 だが、それを知る由も無く王たちはその事を世界にむけて発表してしまった。

 忌子が魔物を発生させている。見つけ次第殺せと。

 それは、最悪までの最後の一押しであった。

 これまで虐待を受けていた忌子は一斉に殺された。そして、親に庇われこっそりと隠れて生きてきた子供たちまでも、親から見捨てられ殺された。

 世界中で忌子の大虐殺が始まり、殺された忌子たちの感情が魔力に乗って世界中へと充満する。

 同じ感情、同じ恨み、同じ痛み。

 それらを纏った魔力は次第に一つへと集約し、深い森の奥で魔石へと形作る。

 日に日に殺される忌子たちの感情を吸収し、魔力を蓄え、力を集める。

 やがて、魔石は独りでに周囲の環境から、集まった感情に必要な物を取り込み始める。

 草木から栄養を奪い、近寄ってきた動物から肉を奪う。

 そして、長い期間を掛けて受肉した魔石は一つの個体となった。


 忌子の呪いを一身に纏い、魔石を有する人間。魔人として生まれたのである。


 魔人は森の中を歩き人間のいる場所を目指しながら、その力を使って魔物を増やしていった。

 その間、人間たちには束の間の平和が訪れていた。忌子を殺し、新たに生まれてくる者も、自我を持つ前に殺してしまったため、そこから生まれる魔物がいなくなったのだ。

 百年程度の平和。指示を出した王たちは、再び英雄と称えられ、栄光の時の中で安らかな眠りにつく。

 そして、次の世代が訪れた時、魔人は人間の生活圏へと到達する。

 突如森の中から現れた大量の魔物たち。数十年歩き続け、その間に産んだ魔物たちの大群は、一斉に人間の村を襲い、家を壊し、人を殺し、生活圏を蹂躙していった。

 魔物出現の知らせは、すぐさま各国に通達され、英雄の跡を継いだ王たちはすぐさま討伐隊を派遣する。

 報告の規模から、これまでの戦いの中で最大の規模を誇る兵士達を動員し、各国の軍隊が各々に行動しながらも、一つの目的に向かって同時に進軍する最初で最後の戦い。

 人魔大戦の勃発である。

 大地を埋め尽くすほどの大量の魔物と、数十万にも及ぶ兵士達の進軍は、歩くだけで地を揺らし、その声は数キロ先まで届いたと言われている。

 戦いはひたすら凄惨を極めるものとなった。

 魔物は死を恐れずひたすら突撃してくる。それを殺しながら、兵士達は死の恐怖と戦い、汗と泥と血にまみれながらひたすら剣を振るう。

 部隊を交代しながら、疲労を抜いて戦っていても、魔物は後から後から絶え間なく襲ってくる。

 朝も、昼も、夜も。時間など関係ない。

 終わりの見えない戦いに、兵士達の士気は削られ、徐々にその数を減らしていく。

 一方の魔物も、確かに数は減っていた。しかし、稀に混ざる一体の強個体が、それを感じさせないほどの絶望感を与えるのだ。

 やがて戦場となった草原は、人と魔物の血であふれ、大量の血を吸った土が泥沼のように変貌する。

 ぬかるんだ足もとに、兵たちの隊列は乱れ、そこを魔物たちが蹂躙する。

 追い込まれた兵士達は、撤退を余儀なくされ、人魔大戦は魔物側の勝利に終わるかに思われた。

 しかし、人類側は一つの希望を見つける。

 別働隊として後方から強襲を掛けようとしていた部隊が、魔物を生み出している最中の魔人を発見したのだ。

 別働隊はすぐさま魔人に強襲を掛けるも、あっけなく全滅。ただ一人、伝令の為に強襲前に部隊を離れた兵士を除いて、誰一人として生きて帰るものはいなかった。


 人魔大戦は人類側の敗北によって決着し、魔物たちの大進行が始まる。

 魔物たちの進んだ場所はことごとく破壊され、村も、町も、砦も、城も、国もあっけなく無残に崩壊していった。

 その中で、人類は最後の希望を召集する。

 強力な魔物の前では、雑兵はどれだけいても意味が無い。羽虫のように振り払われるだけ。それを理解した人類は人魔大戦を生き残り、その中でも卓越した戦闘能力や知能を持つ千五百名を召集し、魔人を殺す計画を立てたのだ。

 その中に、塔の主たち六人もいた。

 各国の決死の監視隊により、魔人の位置は常に把握できていた。そこで、進路に罠を張り、千五百名の総攻撃を以て魔人を殺害する。

 その計画は、町一つを代償に実行され、あっけないほど簡単に失敗した。

 町の中に魔物を引き入れ、町ごと巨大な魔法で吹き飛ばす。

 魔人を守る壁が薄くなったところで、持てる力を全て使い総攻撃を掛ける。

 実際、精鋭たちの作戦は上手く行っていた。魔物を排除し、魔人をほぼ孤立状態にまで追い込んだのだ。

 しかし、一つだけ間違いがあった。

 魔人が強すぎたのだ。

 魔物などとは比べ物にならない。どれだけ精鋭が集まろうとも、人の身では魔人を倒すことが出来ない。

 それを、己の魂に刻み込まれるような凄惨な虐殺劇は、精鋭三百名の命を散らして終幕する。

 だが彼らは諦めなかった。

 不可能だと分かっても、どうにかしなければ人類は全滅する。それを分かっていたからこそ、彼らに躊躇いは無かった。


 戦って倒すことは不可能だと分かったが、ならばせめて封印を。


 精鋭の中でも、天才と謳われた「ワーガー」が封印のための作戦を考え、奇跡の魔女と呼ばれた「シトリル」が封印のための魔法を組み上げる。

 罠の場所まで誘導するのは、唯一魔人に傷をつけた「グラブ」と、右腕の「ジャリス」二人のサポート役として「アゼル」が選ばれた。

 そして最後に、狂気の医者「ドゥロ」が、封印が解けた時、魔人と戦えるだけの力を有した戦士が現れるための方法として混血族を作りだし、さらに「ワーガー」「シトリル」の協力を経て異界の書を完成させた。


 封印のための作戦は結構され、大陸一つ丸ごとと、残りの精鋭千二百人を生け贄にした魔法が魔人を封印する。

 それでも魔人の感情は魔法の綻びからあふれ出そうとする。

 それを止めるために、六人も自らの肉体を捨てた。

 魔法に自身の魂を同化させ、あふれ出そうとする魔人の感情を宿敵である自分達に向けて誘導する。

 その感情を利用して、周囲の魔力を調整、その場に巨大な塔を生み出した。これが塔の始まりである。

 塔の中に魔物が生まれるのも、塔自体が自然と直るのも、全て魔人の力を利用した物だった。

 六人はそうして、造り出した塔の管理を行いながら、魔人を倒せるだけの存在を育成する場所として塔を解放し、長い年月を経て今に至る。




「と、言う訳だね。ちなみに、僕の名前はアゼル。魔人と戦った一人だ」


 長い話を終えたアゼルが、ふぅと息を吐きながら二人を見た。

 リュンは難しい顔をして、じっと己の手元にあるカップを見つめている。

 そして隼人は、うつらうつらと船を漕いでいた。


「あれだけ話させといて寝てるの!?」


 驚いたアゼルの声に、隼人がハッと目をさまし、辺りを見渡す。

 その様子に、アゼルはがっくりと肩を落とした。


「いや、悪いな。どうも歴史の授業って苦手でよ。まあ、大事な所は何となく分かったからいいや。とにかく、早めにその魔人を倒せるだけの力を手に入れた戦士を育成しないとヤバいってことだろ?」

「そうだね。それと、迂闊に封印に近づかれても困るから、六つの塔の主全員を倒さないと、魔人が封印されている場所へはいけないようになってる。僕たちの魂を核にした魔石を使わないと、その場所への扉が開かないんだ」

「なるほどな」


 簡単に行ってしまえば、全ての塔を攻略して、ラスボスを倒せと言うことである。なんともRPGだと感じながら、隼人は頷く。


「けど、魂を核にした魔石って、持ってっても大丈夫なのか? 塔の管理は?」


 魔石を持ち出してしまえば、魂ごと塔の外に出てしまうことになるのだ。そうなれば、今の世界が塔の主を倒さない理由。魔物の暴走や、魔石の生産に問題が出る可能性があることに隼人は気付いた。


「そうだね。魔物は多少塔から溢れるかもしれないけど、出てくるのは精々下層の弱い魔物程度だ。塔は上に行くほど魔人の怨念が強く篭っていてね、その中でないと強い魔物は発生しない。下の階に行こうにも、ワープゲートは使えないから、降りるだけでかなりの時間がかかる。それこそ、五年十年単位でね。あ、言い忘れてたけど、持ち出した僕たちの核は十年で消滅して、塔の中に戻るようになってるから。もし外で死んでしまっても、別の人をまた探せるようにね」

「つまり、強い連中が降りて来る前には、魔人が死んでるか、塔の主が復活するかのどっちかのリミッターが掛かってるってことか」

「そういうこと。その辺りはしっかり考えてあるよ」


 それ以前に、魔物が多少あふれ出したとしても、魔石はもはや生活に必要不可欠なものだ。挑戦者(アッパー)が塔からいなくなることはない。

 つまり、強い魔物であっても、降りてくる途中に発見され討伐隊が組まれる可能性も高く、塔の外に被害が出ることはほぼ無いと言える。


「分かった。俺が聞きたいことはだいたい聞けたな。そっちは何かあるか?」


 隼人は、先ほどからずっと静かにしているリュンを見る。


「お主がだいたい聞きたいことは聞いておったからよい。しかし混血族がまさか人為的に生み出された種族じゃったとはのう」


 塔のことで聞くべきことは、ほぼ隼人が聞いてしまったため、リュンの感心はそこに集められる。


「ならば、混血族の魔力量が人間のそれより少ない理由は分かるのか?」

「それは、魂の形の問題だね。人間はどの生きものよりも魔力を保有しやすい形の魂をしているんだ。だけど、混血族の場合は、特殊な能力を得るために魂の一部を別の物に書き換えている。その際に、魔力の器と呼べるものの形が歪んじゃって、保有量が減るんだよ」「書き換える? ということは、混血族も最初はただの人間なのか?」

「それこそ、受精卵のレベルでなら人間だよ。細かい話になるけど、体内で赤子が成長する段階で混血の力は付与されるようになってるはずだ。だから、生まれた時点では混血か純血かはすでに決まっちゃってるけどね」

「そうか……」

「それだと何か問題なのか?」

「混血の両親であっても、子には純血を望むものもおる。逆に純血と混血の間に生まれた子にも、どちらかを望む親がいる。それをある程度管理できれば、望んだ子では無かったからと言って、捨てられる子も減ると思ったんじゃが」


 生まれてきた子供が混血か純血かという問題は、かなり昔から存在していた。

 特殊な能力を持ち、将来的に有利になりやすい混血を望む純血の親というものは意外と多い。

 そのため、混血と混じりあい混血の子が生まれてくるのを望むのだが、混血の血は引き継がれにくく、七割から八割は純血になってしまうのだ。

 そうすると、混血を望んだ親は、その子を捨ててしまうこともある。

 そんな子供たちは、道端で飢え死ぬか、浮浪児となるしかない。正義感の強いリュンは、それが解決できればと思ったのだ。


「悪いけど、それの答えに希望的な物は出せそうにないね。そもそも、混血族が君のように安定した状態になってることも、こっちとしては割と驚きなんだ」


当初「ドゥロ」が生み出した混血という存在は、今ほど精神が安定した物では無く、もっと獣のように暴れまわったり、吠えたり、人を襲うようなこともある種族だった。

しかし、長い年月の中で異種の血を受けた体は次第にそれを受け入れ変容し、今の状態にまで安定したのである。

もし、これが昔のままだったのであれば、混血族は迫害の対象になっていただろう。


「結構ヤバかったんだな」


 隼人がカップをテーブルに起きながら、感想を呟く。

 アゼルも、同じようにカップをテーブルへと置き、手を脇へと移動させた。その動きに気付いたリュンも、自らの足に力を込める。


「それだけ必死だったんだよ。生き残るか滅ぶかの瀬戸際だったからね。まあ、それは――」

「今も変わらないみたいだけどな!」


 直後、アゼルが脇から剣を引き抜き振り抜く。

 隼人も同じように、マギアブレードを展開させ、その剣を弾く。リュンが素早く地面を蹴り、空へと逃げると隼人はその足に巻きつけていた物質魔力の鎖で自らも空へと飛んだ。

 アゼルはそれを見送りながら、高らかに告げる。


「さて、昔話はここまでにしよう! すでにタイムリミットは迫っている! 僕を倒して、他の塔の人たちも倒し、君達は魔人を倒せるかい?」

「世界平和や、人類の生き死にに興味はねぇが、そんな面白そうなゲーム、乗らない訳がないだろ!」

「私は正義と力の守護者である混竜族じゃ! その魔人とやらの討伐、私がしかと果たしてやろうぞ!」


 第一歩の塔。その最終決戦の火蓋は、こうして落とされた。


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