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奴の魔法は物理的!  作者: 凜乃 初
第一歩
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塔の頂上

 翌朝。目を覚ました二人は、早々に荷物を片付け、朝食をとる。

 さすがに、持ってきた食糧はほぼなくなっており、簡単に干し肉の炙りと野菜の酢漬けをパンに挟んだものである。

 味は申し分ないのだが、二人の間に会話は少なく、表情もどことなく固い。

 当然だろう。これから、塔の主がいる最上階へと登るのだ。


「調子はどうだ?」

「問題ないのじゃ。お主こそ、疲労は抜けておるじゃろうな?」

「ああ、一晩寝ればバッチリだ。魔力も全回復してるしな」


 物質魔力は、体内に戻せばそのまま流用こそ出来る物の、空気中に霧散してしまった物や、地面や魔物にぶつかって削れてしまった分は消滅してしまう。

 そういった魔力は空気中から呼吸と共に体内に再び蓄積されるが、その速度はやはりゆっくりとしたもので、すぐに溜まるものではない。

 保有魔力量の多い魔法使いでは、自身の魔力の半分を回復するのに二日や三日かかる場合もある。それに比べれば、隼人の保有魔力量は少ないもので、回復にもさほど時間がかかるものではなかった。


「そっちは大丈夫なのか? 奥義みたいなの結構連発してたろ?」


 それに比べて、紫電神成りを始め、四十九階層ではかなりの魔法を連発してボスラッシュを粉砕していったリュンが、夜だけの休息で魔力が全回復まで行けるとは思えなかった隼人だが、リュンは自慢げに胸を張って答える。


「問題ないのじゃ。混竜族の魔法は周辺の魔力も使ったハイブリット魔法じゃからな。私自身の消費もそこまで多くは無い。すでに回復しておる」


 もともと、混血族の者達は総じて体内の魔力保有量が少ない。

 他の血が混ざったためか、はたまた保有魔力をその特異な個体の維持に回してしまっているからかは分かっていないが、純血に比べると半分程度かその少し上が混血族の魔力保有量の平均値だ。

 それでも、混血族としての特殊な力は、魔法使いにも引けを取らない有能な能力が多く、それ故差別の対象になるどころか、むしろ優先して雇用される場合も多いのだから魔力を半分しか持っていないというハンデは、生活する上では感じられない。

 しかし、それに満足できなかった血族もいる。

 混竜族もその一つだ。

 彼らは、元々闘争本能とそれを律するための正義感が強く、自らの正義を貫くためにひたすら力を求めた。そして生まれたのが混竜族の秘儀魔法の数々である。

 これらは、自身の魔力を起点として、周辺の魔力にも影響を与え変質させることで技の威力を高めた特殊な魔法だ。

 故に、自身が消費する魔力は普通の魔法に比べればかなり少なく、混血族としてのハンデを完全に克服した魔法なのだ。


「つまり、そっちも体調は万端ってことだな」

「そう言うことじゃ」


 混血族と秘伝魔法の関係について長々と説明されても、半分も理解できなかった隼人だが、とりあえず調子が問題ない事だけ分かればいいかと、理解を諦める。


「よし、なら行くか」

「そうじゃな」


 最後の一口を放り込み、隼人たちは立ち上がった。


 登り始めた最後の階段は、今までの階層よりも長く、途中から螺旋状に変化した。

 上を見上げても、天井は見えず、どこまでも続く階段が漠然と不安を煽る。


「どこまで続くんだろうな」

「私が飛んでみるか?」


 確かにリュンの羽ならば、一息に飛んで行けるかもしれない。しかし、隼人はそれを却下した。

 理由は簡単――


「お前が俺より先に着くのは気に入らん」

「なるほどのう……では」


 リュンは少し考えて頷くと、おもむろに背中から翼を生やす。


「先に行かせてもらおう! お主は私の後からゆっくりと登ってくるがよいぞ!」

「……あ! せけぇぞこの野郎!」


 突如として捨て台詞を放ち飛び立ったリュン。一瞬何が起こったのかよく分からずポカンとしてしまった隼人だが、直後に理解する。

 リュンは、隼人が気に入らないと言ったから飛び出したのだ。つまり単純な嫌がらせである。

 隼人もとっさに階段を駆け上がり始めるが、垂直に飛んでいくリュンと、螺旋状に一段ずつ登っている隼人では、その速さが圧倒的に違う。

 すぐにリュンの影は小さくなり、今にも天の闇に飲まれて見失ってしまいそうだ。

 そこで隼人は、とっさに自分の手首から物質魔力の鎖を生み出し、遥か頭上にある螺旋階段の一部に向かって放った。

 手首から打ち出された鎖は、一直線に空へと向かい階段に突き刺さった。


「よし、これなら!」


 しっかりと刺さっているのを感触で確認した隼人は、その鎖を一気に体内へと引き戻す。しかし、深く刺さった鎖は抜けることなく、逆に隼人の体が鎖に引っ張られるようにして空へと飛びあがった。こっちの世界に来る前に漫画で見た立体機動の応用だ。


「うお、早ぇ……」


 速度を考えず、全力で鎖を回収したため、その速度はかなりの物だ。顔面に叩きつけられる空気に目を細くしながら、何とか正面を確認しつつ、次の行動に移る。

 このまま鎖の刺さっている場所まで行くのは簡単だが、それではすでに遥か上空にいるリュンに追いつくことはできない。

 ならば、もう一度同じことをすればいい。

 単純な思考で隼人は体を捩じり、次に鎖を打ち込む地点に目標を定める。そして、空いている手から同じように鎖を打ち出す。

 鎖は、隼人が予想した位置より大きくずれた場所に突き刺さる。


「自分の移動も考えないといけないのか」


 物質魔力の鎖は、空気の抵抗も受けなければ慣性の法則にも影響されない。ただ真っ直ぐに飛ぶ鎖は、隼人の位置がずれるだけ同じ分到達地点も平行移動する。

 その事を考えていなかった故のズレだった。しかし、今更打ち直している余裕はない。

 すでに、鎖の半分以上を回収してしまっており、後数秒もしないうちに行動しなければ、そのまま壁に激突してしまうだろう。


「調整は体で覚えりゃいい! ぜってぇ追いつく!」


 最初の鎖を手元から切り離すことで、魔力が霧散する。それと同時に、もう一本の鎖の回収を始めれば、体はそちらに向かって引っ張られ壁に激突することなく、隼人の体は一気に螺旋階段十週分以上をショートカットした。

 さらに、同じ要領で鎖を伸ばし、次々と階段をショートカットしていくと、米粒ほどの大きさしか見えなかったリュンの背中が少しずつ大きくなり始めた。

 羽ばたかなければならなく、体力を使うリュンの飛行に対し、隼人の立体機動は神経こそ使うものの体力も減らず、速度も速い。

 リュンの背中がだいぶ近くなってきた時、不意にリュンが振り返る。

 隼人の鎖が階段を穿つ音に気付いたのだ。


「な!? 何をやっておる!?」

「追いついたぞ! この飛びトカゲ!」


 数十回に及ぶ試行錯誤の末、隼人の立体起動はなかなか様になるものになっていた。そうでなければ、さすがにリュンに追いつくことも出来なかっただろう。

 引っ張られるようにして、ものすごい勢いで登って来る隼人の姿に、リュンは思わず恐怖を覚え、上を向き羽ばたく力を強めより上に登ろうとする。

 すでに、天の闇は消え石造りの天井が見えてきていた。

そこまで行ければ――そう考えたリュンの背中に、突然ズシンと重さが伸しかかった。


「捕まえた」

「は、離すのじゃ!」


 追いついた隼人がリュンの背中に飛び乗ったのだ。

 リュンは、必死に背中から振り落とそうと体を揺するが、がっしりとしがみ付いた隼人は離れない。さらに、隼人はリュンと隼人の体を巻きつけるように鎖を伸ばす。


「さあ! 頑張って上るんだな! 俺の為に!」

「おのれ! おのーれー!!」



 天井が見え始めてから、到着するまでにさほど時間はかからなかった。


「到着か」


 リュンの体から鎖をほどき、ストンと地面に着いた隼人は、周囲の様子を窺いながらつぶやく。


「ずいぶんと静かな場所じゃのう。魔物の気配もない」


 同じように着地したリュンは、気配がない事に首を捻る。


「さすがに塔の主も自分のいるフロアまで魔物を湧かせるつもりはないんだろ。あいつら、普通に殺し合うし、主にも襲い掛かる可能性だってある」

「それもそうじゃな。して、道は一本の様じゃがどうする?」


 階段の終わりから真っ直ぐに続く一本道。定期的に置かれた蝋燭の光が、怪しげな雰囲気を醸し出す。

 いかにも、この先にボスがいますよとアピールするような作りの通路に、隼人の胸は鼓動を早くした。


「行くさ。塔の主が待ってるんだ。そっちこそ体力は大丈夫か?」

「もちろんじゃ。あの程度で疲れるような柔な鍛え方はしておらんよ」


 どちらともなく頷き合い、一歩一歩と通路を進んでいく。

 少し歩けば、木製の扉が見えてきた。両開きの豪華な扉だ。


「あの先か」

「そのようじゃな」

「俺が開くぞ」

「構わんよ。最初に言い出したのはお主じゃ」


 隼人は木製の扉に手を掛け、ゆっくりと力を込める。

 ぎぎーっと軋む音と共に、隙間が生まれ、ゆっくりとその大きさを広げていく。

 扉の先から光が差し込み、一瞬視界が真っ白に染まる。そして、次の瞬間、目に飛び込んできたものは、広大な広間と奥に続くレットカーペット、そしてその先に鎮座された玉座だった。


「ここが、最上階」

「塔の主はおらんのか?」


 警戒しながら部屋の中へと進むが、主の姿は見受けられない。

 塔の主というのだから、相応の存在がいると思っていた隼人には少し拍子抜けだ。

 それはリュンも同じようで、一瞬肩の力が抜ける。

 その瞬間、強烈なプレッシャーが二人を襲った。


「なっ!?」

「っ!?」


 とっさに荷物を投げ捨て、隼人はマギアメイル、マギアブレード、ブレードギアを全て展開させる。リュンも、血覚状態へと移り、そのプレッシャーの発生源へと目を向けた。

 そこは、何もいないと思っていた玉座だ。

 いつの間にかそこには、一人の青年が座っていた。

 一言で表せば、金髪のイケメンだ。青い目をした俳優のような男が、笑みを浮かべたまま隼人たちを見ていた。

 そしてゆっくりと立ち上がり、手を広げる。

 何かしてくるのかと、警戒する二人をよそに、男は口を開いた。


「ようこそ、王の間へ。ここに人が来たのは何年ぶりかな」

「お前は誰だ?」

「君たちが塔の主と呼ぶ存在かな」

「今までどこにいた? さっき俺達が確認した時、そこには誰もいなかったぞ」

「僕は塔の主だからね。この体も塔の一部。魔物を発生させるように、体を生み出すことだって造作もない事だよ。だからこんなこともできる」


 男が一度指をパチンと鳴らす。すると、男の周りに粒子が巻き上がり、一瞬にして男の身に銀の鎧が現れる。まるで、隼人のマギアメイルと同じような現れ方だが、マギアメイルが琥珀色一色なのに対し、男の鎧は銀色に金の刺繍が施された紛れもない本物だ。


「正直かなり嬉しいよ。ようやく僕の設定した試練をクリアできる人たちが現れたんだから。ここまでかなりの時間を待った。数千年の時を耐えてきた甲斐があったというものだ。さあ、その力を僕に示してくれ!」


 いつの間にか腰に下げていた剣を抜き放ち、その切先を隼人たちへと向ける。


「ま、まって欲しいのじゃ! 戦う前に聞きたいことがあるのじゃ!」

「そうだな。俺も何個か聞かなきゃいけないことがある」


 青年が構えたことで、隼人たちも対処的に構えを取るが、リュンが待ったをかけ、隼人もそれに同調する。

 戦闘が始まれば、おそらく聞いている暇はないだろう。それだけ、塔の主が発する気配は強烈なものだ。

 塔の主は、構えを取りながらもリュンの言葉に反応した。


「何かな? かなりの時間待ったからね。少しぐらいなら質問に答えるよ」

「塔とは何なのじゃ! なぜこのようなものが存在する!?」

「あ、あれ? もしかして塔がどうして出来たのか伝わってない?」


 リュンの質問に、青年は思わず構えを解いた。それほどに青年にとっては重要な事だったのだ。


「塔は魔石を生み出す大切なエネルギー源。なぜそんなものが存在するのかは不明。これが今の世界の共通認識だな。一部じゃ、神が我々に与えた救済だって宗教もある」


 現状の塔がどのように思われているか、隼人は簡潔に説明した。

 すると、青年は持っていた剣をその場に落として頭を抱える。


「そんなことになっちゃってるのか……もしかしてここまで来る人がほとんどいないのも?」

「主を倒すと、塔がどうなるか分からないからな。とりあえず最上階は進入禁止になってるぞ。破ったのがばれれば確定死罪だとさ」

「そんな~」


 今度はがっくりと崩れ落ちた。

 その様子に、二人の戦意もガリガリと削がれていく。どう見ても魔物の主などでは無く、ただの青年なのだ。

 今の騎士を切り殺せと言われても、誰もが躊躇するだろう。


「これは、しっかり話さないといけないかもしれないね」

「かも知れないじゃなくて、話さないといけないだろ。なんか、そっちと齟齬がハンパないみたいだし」

「そうだね。かなりマズイ状況だよ。君がこの世界に来たってことは、残りも五十年切ってるみたいだし」

「あ?」


 不思議な物言いの青年に、隼人は眉を顰める。


「君、異世界の人でしょ? 本を使ってこっちに来た。違う?」

「いや、合ってるけど。まさかあの本は!」

「そう、僕たちが造った本だよ。保険の為にね。それにそっちのお嬢さんは見たところ混血だよね? それもかなり安定しているし、やっぱり年月が解決してくれたのかな。とりあえず僕たちの予想が合っていたみたいで安心したよ」


 思わぬところで、異界の書の出どころが判明してしまった。さらに、青年の言葉を全て信じるのならば、混血族は自然の中で生み出された存在では無く、青年の言う「僕たち」によって人為的に生み出された物らしい。

 二人の話に着いて行けず、ポカンとしているリュンと、これはとりあえず戦ってる場合じゃないとマギアブレードとブレードギアを収納し、投げ捨てた荷物の元へと歩いていく隼人。


「伝わるべき情報がちゃんと伝わってないみたいだな。とりあえず、戦うのは後にして、お前の知ってる事を全部話してくれ。それからじゃなけりゃ、気になってまともに戦えねぇ」


 隼人は鞄の中から水筒のカップを取り出し、青年に見せる。


「そうみたいだね。僕が話せることは全部話すから、聞いてもらっていいかな? これは、かなりマズイ状態だから」


 青年も苦笑しながら、隼人の意見に賛成するのだった。


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