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奴の魔法は物理的!  作者: 凜乃 初
第一歩
43/60

ボスラッシュ(弱)

 三十分ほどで適当な部屋を見つけた隼人たちは、そこでキャンプを取る。

 疲労の限界に来ていた二人は、テントの設営もそこそこに、ランプで灯りだけは確保して倒れるように眠ってしまった。

 そして次に目が覚めた時、迷宮内はまだ明るかった。


「んあ……今何時だ」


 ボーっとした頭で腕時計を確認する。

 表示されている時間は、午前七時。


「まだ七時か……」


 寝ぼけた意識の中で、まだ眠れると自分の毛布に再び包まり――


「七時!?」


 ガバッと毛布をはねのけ、飛び起きた。


「なんじゃ騒々しい」


 驚く隼人の声に、隣で同じように毛布にくるまり眠っていたリュンが目を覚ます。上体を起こしながら目を擦る姿は、まさしく少女だ。とても、登頂者で先ほどまで蛇と死闘を演じていた挑戦者(アッパー)には思えない。


「むぅ……ここは」


 リュンは周辺をボーっと見渡しながら、部屋に転がる巨大なルビーのような魔石を見つけ、今の状況を少しずつ思い出す。


「そうか、蛇を倒してから、そのまま眠ってしまったんじゃな」


 その声には、達成感が込められていた。今まで逃げるしか考えられなかった魔物を倒したのだから当然だろう。


「それで、何を騒いでおるんじゃ」

「眠り過ぎたみたいだぞ」

「何?」

「今は朝だ。具体的には鐘の二つ目(七時)だな」

「何じゃと!? そんなに寝ておったのか! てっきり数時間寝ただけかと」


 時計なんて便利な物のないこの世界で、具体的な時間を町以外で知る方法は、太陽の位置を調べるしかない。しかし、塔の中では太陽も見えないため、時間の感覚が分からなくなりやすい。その上、自分の感覚と実際に寝ていた時間が違えば、そのズレは大きくなる。

 これは、塔に挑む者としてはかなり危険な状態だ。

 ある程度正確な時間が分からなければ、いつごろまで塔の攻略に時間をかけて良いのかも分からず、キャンプ地の準備をいつごろから始めればいいのかも分からない。

 まだ午前中だと思っていたら、もう午後で気付けば日が暮れ始めているなんて状態で、部屋すら見つけられていなければ、真っ暗闇の中でランプを頼りにに迷宮内を探索しなければならなくなる。

 それは、自殺するのとほぼ同じことだ。


「お主は便利なものをもっておるのう」


 それだけに、正確な時間を把握できる隼人や蓮華の腕時計はかなり貴重なものだ。もし売るのだとすれば、一生遊んで暮らせるだけの金になるだろう。


「売るつもりはねぇぞ。これは世界に二つしかないからな。とにかく、俺達は蛇を倒してから半日以上眠ってたってことだな」

「ふむ、それだけ疲労が溜まっていたということかのう。まあ、今が朝ならば、すぐに移動を開始するか」

「その前に、あれを運ぶ道具を作らないとな」


 隼人が指差すのは、巨大魔石だ。ここまでは担いで運んできたが、それでは走るのもままならない。せめてソリのような物で引きずるか、しっかりと背負って固定できるようにしなければ探索もままならない。


「ふむ、何か使える道具はあったかのう?」


 二人は自分の鞄をひっくり返して、何か使えそうな物を探す。


「紐はある。さすがに木の板なんて持って来てねぇし、ソリは難しいか?」

「かと言って、背負うにも厳しいものがあるぞ」


 抱えるほどの大きさの魔石は、相応の重さを有している。ここまで運んでくる三十分ですら、隼人は汗だくになるほどだ。

 そんなものを背負うのは、隼人としても御免蒙りたい所だった。


「お主の魔法で何とかならんのか? ほれ、ぶれーどぎあとかいう魔法は、お主を運ぶ台車のような物じゃろう?」

「あれか」


 物質魔力を整形し、台車の形にすれば魔石を運ぶことは可能だろう。

 隼人はためしにと物質魔力で台車を形成してみる。自分の体から離れてしまうと、消えてしまうため、紐を一本手首から伸ばし、車輪が付いただけの板を作った。


「割と魔力食うんだよな」

「常に減り続けるのか?」

「いや、俺の全魔力から、こいつを作った分だけ減るってことだ。ざっと半分ぐらいだな。このままだと鎧と剣は同時には使えない。まあ台車分の魔力を回収すれば、問題なく使えるが」


 その二つで隼人は自身の魔力の七割がたを消費している。ブレードギアも合わせれば、九割がたを消費しているため、戦闘になれば、台車の維持はできないだろう。

 それ以前に、迷宮の探索中に剣か鎧のどちらかしか展開できないのはかなり厳しい。

 だが、リュンはそれでいいと言った。


「魔物への対処に関しては私が受け持つ。お主は防御を主体に、戦闘になったらその台車を解除して武器を作ればよかろう?」

「俺への奇襲も対処してくれるってことか?」

「そう言うておる。さすがに私もこの魔石をこのまま放置するのは惜しいからのう」


 リュンの換算では、この魔石一つで、一生遊んで暮らせるだけの金額になると踏んでいた。それも、二人で山分けした上でだ。

 装備の新調や整備、宿代など何かと金のかかる挑戦者(アッパー)家業で、これだけの金を一気に手に入れる機会はまたとない。

 この魔石を換金した金で、塔のある町にそれぞれ家を建ててしまうことや、全ての装備を金に物言わせて最高級にすることも可能だ。

 それほどの魔石を持ちかえるためならば、誰だって頑張れるというものだ。


「了解。なら対処は任せるぜ」

「お主は魔石を落とさぬように気を付けておればよいよ。雑魚どもの掃討は私がしてやる。では行くか」

「おう」


 準備を終え、隼人たちは再び頂上に向けて進み始めた。



 蛇が周辺の魔物をあらかた食い尽くしてしまったからか、それとも蛇から逃げるためにどこかに行ってしまったのか、迷宮内の魔物はほとんど存在しなかった。

 そのおかげで、特に苦労することも無く、一日掛けて四十一階層まで到着することが出来た。

 階層の入口でキャンプを取り、日が開けた後、再び出発する。


「ここからは魔物の強さが別物になる。気を付けるのじゃぞ」

「別物?」

「四十一階層より上にはフロアボスがおらんのじゃ。そのせいで、魔物たちは際限なく強さを磨いておる」


 調整役のフロアボスが存在しないと言うことは、そのまま魔物たちが自由に強くなり続けると言うことだ。

 さながら蠱毒のように、迷宮内で魔物たちは争い合い、その力を高めていく。

 故に、この階層以上で現れる魔物は、低階層のフロアボスなどとは比べ物にならないほど強く、そして高い知能を有している。


「つまり?」

「面倒な連中ばかりじゃ。切り捨てながら一気に抜けるぞ」

「マッピングは?」

「している暇など無い。ほれ、もう来たぞ!」


 そう言ってリュンが構えを取り、迷宮の奥を睨みつける。そこからは、大量の足音と共に、カチャカチャと金属製の鎧が擦れる音が響いて来ていた。


「リザードソルジャーじゃな。一匹ずつは弱いが、集団戦の得意な連中じゃ。狼を思い出せばいいぐらいじゃのう」

「狼レベルの統率力で、実力は狼を遥かに凌駕するってやつか。確かに面倒だ」


 通路の少し先には脇道がある。

 隼人たちはそこが塞がれる前に移動しようと、走り出す。直後に、前方の暗闇から先頭のリザードソルジャーが現れ、隼人たちを見つけると速度を上げた。


「間に合うか?」

「問題ない。耳を塞いでおれ」

「あいよ」


 言われた通りに隼人が耳を塞ぐと、リュンは肺一杯に空気を吸い込む。


「カッ!!」


 貯めた空気を、一喝と共に一気に吐き出すと、リザードソルジャーたちの足が僅かに遅くなった。

 リュンの気に当てられたのだ。


「今じゃ」

「便利な技なこって!」


 その隙をついて、隼人たちは脇道へと入り、リザードソルジャーとの正面衝突は免れたのだった。




「次、右の通路から来るぞ。私がガードするから、その隙に抜けるんじゃ」

「あいよ」


 リュンが少し前に出て、曲がり角へと差し掛かる。直後、リュンの言った通りに、右側の通路から魔物が飛び出してきた。

 牡鹿のように巨大な角を持った魔物だ。リュンは、その角を受け止め動きを封じる。

 その間に、隼人は言われたと通り鹿の横を抜けて後方へと抜ける。それを確認したリュンは、鹿の頭に膝蹴りを一撃入れたのち、すぐさま隼人に追いついてきた。


「あいつ伸さなくていいのか?」

「あ奴は足こそ速いが、方向転換が苦手でのう。ほれ」


 隼人が後方を見れば、鹿は隼人たちが逃げた方を向こうとして、壁にその大きな角をぶつけていた。


「なるほど、武器が邪魔な訳か」

「今のうちに逃げてしまった方が楽じゃ。っと、次の階層への階段じゃな」


 一撃離脱をモットーに、走り続けてすでに二日。目の前にある階段を登れば、ようやく実質的な最終階層である四十九階層へと到着する。

 隼人は、ようやくかと深いため息を吐きながら、巨大魔石を抱いて階段を登っていく。

 魔物をほとんど倒さず突き進んだおかげで、二日という短時間で八階層も突破してきたが、それは二人の体に、着実に疲労を蓄積させていた。


「さすがにキツいな。今日はここまでか?」

「いや、最後の階層も突き抜けるぞ。最後の階段でキャンプを取り、朝一で勝負を挑もう。他の奴がおらんとも限らんからな」


 五十階層への侵入は、固く禁止されている。それを破るのだから、誰もいない時にしかねればならない。

 さすがに、四十九階層にそうそう挑戦者(アッパー)がいるとは思えないが、可能性がゼロでない限り慎重になるべきだろうとリュンは判断する。

 隼人もその意見に特に反対も無く、最後のダンジョンアタックが始まった。



「あいつは、コッケ先生?」

「の同類種じゃな。この階層は下層から中層、稀に上層のフロアボスも普通に現れる」


 ダンジョンアタックを開始してから一時間、二人にとってはもはや雑魚とも呼べるレベルの魔物を蹴散らしつつ進んでいると、通路の中央にデンと構えた鶏が現れた。

 その姿は、どこからどう見てもコッケ先生である。

 リュンの説明を受けた隼人は、ゲームのラストステージでよくあるボスラッシュを思い出していた。


「上層ってことは、あの蛇の同類もいるってことか?」

「さすがにあのレベルはおらんよ。いても三十階層までのフロアボスじゃ。確か六体ほどじゃったかな」

「なるほど、その六体を倒していけば、おのずと」

「最上階への階段へたどり着くわけじゃな。分かり易かろう?」

「まったくだ!」


 二人は加速し一気にコッケ先生の元へと詰め寄る。

 コッケ先生は当然地面系の魔法で対応してきた。

 壁が飛び出し、石の槍が飛んでくる。しかし、一度戦ったことのある相手、しかもどこかで見たことがあるような魔法しか使ってこない相手など、二人の敵ではない。

 飛び出してきた壁をリュンが拳で破壊し、石の槍は隼人の鎧の前に簡単に砕け散る。

 コッケ先生の魔法に、一切躊躇なく飛び込んだ二人は、最短距離でコッケ先生に接近すると、すれ違いざまに爪で片羽を斬り落とし、ブレードギアのタイヤを一瞬だけ刃に変えた隼人が、首筋を深く斬り裂く。


「次のボスは!」

「バーストアルマジロじゃ、転がり攻撃と自爆が厄介じゃが、一撃で昏倒させれば問題ない」

「自爆とか良い趣味してんな!」


 狭い迷宮内で自爆などされてはたまったものではない。

 倒し方の説明を簡単に受けながら迷宮内を疾走していく。

 アルマジロが現れたのは、そのほんの数分後だった。


「こんなに近くにいるのかよ」

「それだけゴールが近いと言うことじゃ。作戦通りに行くぞ!」

「任せとけ」


 アルマジロはすでに臨戦態勢である球体状になっており、ゆっくりと体を揺らしている。

 コッケ先生の時とは逆に、今度は隼人が前へと出た。そして、紐で繋いでいた台車を切り放し、魔力を回収する。

 宙に放りだされた魔石は、リュンが飛びながらキャッチした。

 それと同時に、アルマジロが激しく回転を始め、砂ほこりを巻き上げながら、隼人たちに向けて突進を開始する。


「確かにあれは面倒だ。けどな!」


 鎧の魔力も全て利用し、全面に通路を覆う魔力の壁を造り出す。そこにアルマジロが突撃してきた。

 ガツンッと激しい音と共に、魔力壁に重い衝撃が襲い掛かる。しかし、その壁はアルマジロをしっかりと受け止めた。


「止まればただの的だろ」

「そうじゃな!」


 アルマジロが止まったのを確認した隼人は、素早く魔力を体内に引き戻す。それと同時に、今度はリュンが飛び出した。

 その爪を球体になっているアルマジロの鱗に差し込み、思いっきり引きはがした。

 爪を剥がされるような痛みに、アルマジロが悲鳴をあげ、一瞬その球体の構築が歪む。その隙をついて、リュンは腕を差し込み、アルマジロの眼前へと手を伸ばした。


「紫電解放波」


 バチンッとはじけるような音共に、アルマジロの内側で解放されたリュンの魔法が激しく暴れまわる。

 外装は固くとも内装、アルマジロの腹側は体を丸めるためにかなり柔らかくなっており、その上顔の目の前で解放された紫電は、容赦なくアルマジロを焼いていく。

 しばらくバチバチと音を立てたのに、どことなく肉の焼ける匂いが漂い始めた頃には、アルマジロは完全に息絶えていた。

 そして、焼けた肉と共に魔石化が始まる。


「よし、次じゃな」

「おう」


 その魔石を無視して、隼人たちはどんどんと迷宮内を進んでいくのだった。



「これでラストじゃ!」


 振り抜かれたリュンの拳は、巨大なワニの目へと吸い込まれる。

 ぐじゅりと生暖かい感触がリュンの手に伝わり、確実に目を潰したと伝えてくる。


「おまけだ! 受け取れ!」


 さらに、隼人が反対の目からマギアブレードを突き刺し、体内でその形を鎌へと変化させた。

 横へと突き出したマギアブレードの刃が、ワニの脳を貫き、体を激しく痙攣させる。

 巨体が重力に惹かれ地面へと倒れると、ワニはそのまま動かなくなり、やがて魔石へとその姿を変えて行った。

 それを見送った隼人たちは、先ほどまでの強行とは違い、その場に腰を付いて大きなため息を吐く。


「やっと終わった!」

「まさかほんとにこんな勢いで来てしまうとは思わなかったのう……」


 魔石化したワニの向こう側には、最上階へ続く階段と、その横に最下層へと戻る転送陣が設置されている。

 ここは、迷宮区画の最後であり、五十階層への階段がある場所だ。

 隼人たちは何とか日が暮れる前に、ここに到着することが出来た。

 周辺はすでに夕日色に染まっており、日暮れが近いことを示している。

 そんな中で座り込む二人の表情は、疲労を色濃く残しながらもとても満足げだった。


「キャンプの準備しなくちゃいけねぇんだろうけど」

「体が言うことを聞かん……」


 一度座り込んでしまうと、今までの疲れがドッと押し寄せてきた。これまでの緊張感が解けたこともあり、立ち上がろうとしても膝が震える。

 フルマラソンを全力で走り切った後のような疲労感に、隼人はそのまま寝てしまいたいという欲求に襲われるが、さすがに何も準備なしにこんな所で寝れば、確実に夜襲を喰らい魔物の餌になる。

 分かっているからこそ、最後の力を振り絞って立ち上がった。


「とりあえず階段まで行こう。あそこの踊り場にキャンプ地を作るんだ」

「そうじゃのう」


 隼人は重い足を一歩一歩と必死に動かし、階段を登っていく。その後をリュンが四つんばいになっておってくる。羽で飛ぼうとしているのか、パタパタと動かしているが、その体は一ミリたりとも地面から離れていない。

 二人は何とかランタンを設置し、鞄の中から毛布を引っ張り出すと、そのまま包まり食事もとらずに眠りに就くのだった。




「アイツら……まさか最上階へ行く気か!?」


 階段で眠る二人を偶然見つけてしまったベテランの挑戦者(アッパー)チーム。最上階への階段で眠ることなどありえない。当然だ。階段の手前に転送陣があるのだから、そんなところで眠るぐらいならば、塔を出てベッドで眠る。

 もし、そんなところで眠る連中がいるとすれば、それは最上階へ向かう者のみだろう。


「どうするんだ。止めるのか?」

「見たところ二人だけだ。俺達だけでもやれないことはないぞ?」

「けど、ただ寝てるだけだったら?」

「このままほっとけって言うのか!? もし起きたあいつらが最上階に入れば、俺達も同罪だぞ?」


 挑戦者(アッパー)達は、二人組をどうするかでもめた。

 しかし、結論として彼らを止めることは無かった。ただ、自分達に被害が行かないように、ギルドにそんな連中がいたことだけを報告するに留めて。

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