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奴の魔法は物理的!  作者: 凜乃 初
第一歩
42/60

蛇退治

「それで、お主はなんでこっちに戻って来たんじゃ?」


 僅かに顔の赤みを残したまま、リュンは話を変えるように問いかける。

 隼人も、いつまでもここでのんびりしているつもりもないため、素直に答えた。


「この奥は変な魔法のかかった迷宮になってんだよ。どこまで進んでも出口に着く気配のしない一本道だ。魔物は無限に湧き出て来るし、魔石も手に入らないしで飽きたからこっちに戻って来たわけだ」

「なるほどのう。殺すための魔物なのだから、脱出口など用意しておらんというわけか」

「そう言うことなんだろうな」


 魔物の数や強さを調整するためのフロアボスなのだから、わざわざ生かすための方法を残しておく理由はない。


「なら脱出する方法は――」

「お口をこじ開けるしかないだろうな」


 二人の視線はぴったりと閉じられた口に向けられる。

 リュンを飲み込んだ後、喉に二人がいる時点で蛇が口を開くことはない。その上、何かしら攻撃を加えようとすれば、先ほどの触手が襲ってくるのだから、簡単に脱出とはいかないだろう。


「どうしたものかのう。私も魔法に関してはそこまで詳しくないしのう」


 混血族であり、魔法も一族秘伝の物しか使えないリュンは、さほど魔法に関して詳しくない。そのため、迷宮にかかった魔法をどうにかする自信は無かった。


「やっぱ口を開かせるしかねぇよな」

「あの触手をどうするかが問題じゃな」


 避けるだけならばどうにでもなるだろう。しかし、蛇の口を開かせるほどの攻撃や魔法を放ちながら触手の猛攻を防げるかといえば、かなり難しいだろう。


「とりあえず作業分担でやってみるか?」

「どちらを担当する? 私は強力な魔法もあるが」

「ならそっちが口を攻撃。俺は触手に対処するわ」

「分かったのじゃ」


 役割分担を決めて、準備にかかる。

 リュンが魔法の為に集中すると、触手がリュンの魔力の動きに反応し攻撃を仕掛けてくる。


「ひぃっ」


 リュンは、先ほどからめ捕られたのがトラウマなのか、その触手を見て小さく悲鳴を上げる。しかし、触手がリュンに到達する前に、その全てが隼人のマギアブレードによって切り裂かれた。


「分担作業ぐらいはしっかりやるさ」

「ま、任せるのじゃ」


 次から次へと飛び出してくる触手を、隼人は両手に持ったマギアブレードで次々と斬り裂いていく。

 辺りには触手の斬れはしが飛び散り、ビチビチと嫌な音を立てて跳ねまわっていた。

 その中でリュンは目を瞑ると、腰を落とし、脇を締めて魔法を発動させる。


「紫電双竜呀」


 両手へと紫電が集まり、バチバチと音を立てながら発光する。次第に光が強くなり、拳を丸ごと覆う紫色の球体へと変化した。そこからも時折紫電が飛び出しているのを見て、隼人はそこに濃密な電気の球が出来ているのだと気付く。


「スゲーな。触っただけでも炭化させられそうだ」

「その通りじゃ。これに触れた物は術者以外全てが焼け死ぬ。この蛇とて無事では済まんじゃろうな」


 まだ魔法の途中なのかリュンがその場を動くことはない。しかし、その濃密な気配に触手たちは敏感に反応する。

 三百六十度全ての場所から触手が飛び出し、一直線にリュンへと向かう。

 目を閉じているリュンはそれに気づくことはない。いや、気付いていても魔法に集中してそちらに気を回す余裕がないのだ。

 隼人は襲ってくる触手の数の多さに、切り払うのは間に合わないと判断する。

 一瞬、集中しているリュンをそのまま触手に絡ませるのも面白いかと思ってしまった隼人だが、さすがにまじめな場面でそれをやるのはマズイと思い直し、リュンの傍に近づいて、物質魔力を足元から球体状に展開させ二人を包み込むように全範囲の防御を生み出す。

 直後、大量の触手が一斉に物質魔力へと殺到し、バチンバチンと激しい音を立てて激突した。


「ひぅっ」


 大きな音に、リュンが一瞬だけ目を開く。そして、目の前に迫る壁のように大量の触手を見て、可愛らしい悲鳴を上げた。


「ほれ、しっかり守ってやるから、さっさと魔法を完成させろ」

「わ、分かっておるわ。これで完成じゃ」


 ちらりと視線を向ければ、リュンの両手に出来ていた球体は、竜の頭へと変化していた。

 長い牙が生えた双頭の竜は、全てを喰らい尽くさんとリュンの腕でその口を広げている。


「了解、合図に合わせて防御を解くぞ。一気に触手が来るから、気を付けろ」

「誰にものを言うておる。いつでもよいぞ」

「うし、三、二、一、今!」


 隼人が物質魔力を自分の中へと戻すと同時に、触手がリュンへと襲い掛かる。しかし、リュンが腕を一振りしただけで、迫っていた全ての触手が一瞬で炭となりボロボロと崩れ落ちた。


「邪魔じゃ。消え失せい」


 触手が消滅し、道が開ける。すぐに別の触手が壁から飛び出してくるが、それよりも早くリュンが羽ばたく。

 尻尾を地面に一打ちして飛び立つと、双頭竜を従え口に向かって飛んだ。

 そこに触手が殺到するが、隼人がマギアブレードを伸ばして斬り裂く。


「喰らうがよい!」


 両手を正面へと突き出し、双頭竜が蛇の無数に並んだ牙へと激突する。

 バキバキと激しい音を立てながら、びっしりと生えていた牙が次々にへし折られ宙を舞う。

 隼人は牙が折れたことで出来た道を使ってリュンを追いかける。


「その口を開けぇぇええええ!」


 牙を折られた痛みにか、蛇の口が僅かにムズムズと動いた。

 それに確かな感触を得ながら、リュンはさらに羽ばたき加速しながら蛇の口へと両腕をぶつけた。

 ズガンッ!

 一際激しい音を立てつつ、激突した蛇の口にバチバチと紫電が流れる。

 周辺が一気に炭化を始め、その衝撃にボロボロと崩れ落ちていく。


「口が開くぞ!」


 リュンの声と共に、口が大きく開かれた。さすがに口の内側を焼かれ、炭化させられる痛みには耐えられなかったのだ。

 直後、隼人は背中から風が流れてきているのに気が付いた。


「リュン! 叫び声が上がるぞ! 耳塞げ!」


 隼人は叫びつつ、とっさにマギアブレードを消して耳を押さえつつ、さらに物質魔力で耳を保護する。

 直後、背中に伝わる衝撃と共に、骨を伝って蛇の叫び声がびりびりと伝わってきた。

 もし、耳を保護していなければ瞬間で鼓膜を破壊され、その音に脳を激しくゆさぶられていただろう。もしかしたら、音だけで脳をかき回されてしまっていたかもしれない。それを示すように、隼人の斬った触手が蛇の叫び声だけで粉々に千切れ飛んでいたのだ。

 隼人はその衝撃を利用して、さらに加速すると一気に口から飛び出す。


「外だ!」

「迷宮内じゃけどな!」


 迷宮の石畳に着地しながら、お互いに軽口を叩きあう。そして、すぐさま体を反転させ、蛇へ向き直った。


「……スゲー睨んでるな」

「睨んどるのう」


 蛇にとっては初めて感じる激痛だったのだろう。それを与えた二人組に対し、蛇は生まれて初めてとも言えるほど強烈な殺意を抱いていた。


「ここからが本番だぜ」

「そうじゃな。こいつを倒して、堂々と最上階へ向かわせてもらおうかのう」


 隼人が剣を構え、リュンは双頭竜を纏ったまま腰を低くする。

 蛇は一度閉じた口をゆっくりとと開く。

 その中は、大量の触手で埋め尽くされ、今にも隼人たちに襲い掛からんとタイミングをうかがっていた。

 しかし、その様子にリュンは違和感を覚える。


「触手が統制されとるのう」

「統制? さっきと変わったようには見えねぇぞ」


 リュンの言葉に、触手をよく観察してみるが、先ほどまでと違ったようには見えない。


「お主の目は節穴か。先ほどまでならあんな風にこちらの様子を窺ったりはせんかったじゃろうが。おそらく今までは自動防衛のような物で、今は蛇自身が管理しておるのじゃろうて」

「ならさっきより面倒になってるってことか」

「そう言うことじゃ。気を付けろよ」

「そっちもな。今度は絡まれても助けねぇぞ」

「来るぞ!」


 瞬間、触手の動きが止まったかと思うと、一斉に口の中から飛び出し、隼人たち目掛けて突っ込んでくる。

 隼人は剣を振るいながら、ブレードギアのアクセルを全開に、蛇に向かって突っ込む。隣のリュンも、双頭竜で迫りくる触手をことごとく焼き払いながら、蛇に突っ込んでいる。

 二人は蛇へと近寄りながら考えていた。


(どうやって倒そう……)


 大見得切って飛び出したは良い物の、隼人もリュンも大きすぎる蛇の倒し方など全く考えていなかった。

 とりあえず触手を切り飛ばし、蛇自身を殴ればなんとかなるかと思っていたが、今更ながら、それじゃどうしようもない気がして仕方がないのだ。


「あいつ、弱点とかあると思うか?」


 目の前に飛び込んできた触手を斬り、隼人はリュンに尋ねる。


「聞いたことも無いのう。そもそも、こやつを倒そうと考える馬鹿はまずおらん」

「つまり俺たちはどうしようもない馬鹿だと」

「そう言うことじゃ。ならばやれることは一つじゃろうて」

「なるほど、確かに一つだ」


 馬鹿ができる唯一の方法。

 蓮華のように考えが浮かぶわけでもなく、一般人のように効率のいい選択ができる訳でもない。

 そんな二人が唯一取れる方法といえば――


「「全力で一撃かます(かのう)!!」」


 それ以外に思いつく答えは無かった。


 結論の出たところで、とりあえずやるべき事は何かと考え、隼人は自分の一番強い技は何かと考える。

 思いつく物はマギアブレードに魔力を全力で流し込んだ一撃だ。しかし、これをやるには、今発動しているマギアメイルやブレードギアを全て解除しなければならない。

 口の中にいた時のような、一点に止まって準備するまでの余裕がある状態ならばそれも可能ではあるのだが、現状統率された触手たちの群れは、隼人たちにその余裕を与えるようなことはしない。

 一本が斬られれば、その隙間を埋めるように別の触手がすぐさま伸びてくる。それはさながら、先ほどの狼たちの動きにも似ている。

 そんな状況で、防御の全てを解除するなど、自殺行為だろう。


「隙がねぇ」

「これが統率された強さという奴か。じゃが!」

「何する気だ!」


 リュンが大きく羽ばたき、さらに尻尾で地面を打つことで一気に加速する。

 隼人の前に出たリュンへと、触手たちが一気に襲い掛かる。

 瞬間で、リュンの姿が触手へと飲み込まれてしまった。直後――


「焼き払え! 双竜乱舞!」


 触手の向こうから声が聞こえたかと思うと、頬に熱気を感じる。そして、瞬く間に触手たちが燃え上がり、灰となって散っていった。


「ほれ、道を作ってやったぞ!」

「なるほど、俺にやれってことか!」

「先ほどの礼じゃ。借りは作らん主義じゃからな!」


 周辺の触手が一掃され、久しぶりに蛇の頭がはっきりと見える。

 リュンの魔法は触手を根元まで焼き払ったのか、蛇の口の中にも大量の灰が積もっていた。


「任せろ! 俺は()れる時に()る男だからな!」


 瞬時にブレードギアとマギアメイルを解除し、物質魔力を全て体内へと収納する。そして、マギアブレードも二本を一本へと纏め、眼前に構えた。


「全魔力圧縮!」


 今使える全ての魔力を、一本の剣へと流し込んでいく。次第に琥珀色の剣は色を濃く変えていき、剣の周辺には謎の歪みが発生する。


「な、なんじゃその物騒なものは」

「俺の必殺武器だ。どうだ、凄いだろ!」


 真っ黒に染まった剣を持ち上げ、リュンへと見せつける。

 ただ、少し動かしただけにもかかわらず、周囲に散らばっていた触手の切れ端が粉微塵に吹き飛び消滅する。

 その光景に、リュンは冷や汗を流しつつ、全力で蛇の前から後退した。


「ぶち抜け!」


 隼人は剣を高らかと掲げ、蛇に向けて振り下ろす。

 蛇も、剣の気配が危険すぎることを感じて、口を閉じ防御するように皮膚を固めるが、その程度で今のマギアブレードを押さえられるはずも無く――

 ズリュッ!

 剣は蛇の頭を縦に斬り裂いた。その手ごたえはまるで豆腐を斬るかのように滑らかで、とても肉を斬ったようには思えない。

 そして、隼人が剣を完全に振り抜くと、衝撃波が蛇の胴体を切断していく。

 ミチミチと肉が引き裂かれる音と共に、蛇の悲鳴が迷宮内へと響き渡った。


「どうだ!」


 ズドンッと大きな音と共に、真っ二つになった蛇が崩れ落ちる。周辺には蛇の血が煙のように立ち込め、迷宮全体が赤く染まったかのような錯覚を与える。

 剣を構えたまま、じっと様子を窺っていた隼人だが、ふとその体から力を抜き、剣の魔力をいつも程度まで戻した。

 その横に、リュンが恐る恐る飛んでくる。


「やったのかのう?」

「ああ、俺達の勝ちみたいだぜ」


 視線の先で、蛇の肉体から粒子が舞い上がっていた。

 巨体が全て粒子に変わる変化は、まるで嵐のように周囲に風を巻き起こし、立っているのもやっとの状態となる。


「こりゃ、スゲー魔石になりそうだ!」

「とにかく少し離れるぞ! ここでは目も開けられん」


 膨大な粒子の奔流に、隼人たちは安全な場所まで退避する。


「まさか本当に勝ってしまうとはのう」

「塔の主を倒すんだ。これぐらいやれないとな」


 しばらく待っていると、粒子の嵐が治まる。

 蛇のいた場所に近づけば、大きな魔石が転がっていた。


「デカいな」

「大きいのう。私もこの大きさは初めて見たぞ」


 普通ならば、亀裂から赤色の光が漏れる程度であるはずの赤魔石は、ルビーのように赤く輝き、大きさも直径五十センチはありそうな巨大な物だった。


「これ持ちあがるのか?」


 巨大な魔石に手を掛け、力を入れて持ち上げる。ずっしりとした重みが両手に伝わるが、何とか持ち上げられない程度ではない。しかし、これを持ったまま塔を進むのはかなり大変だろう。


「これは……キツイな」

「持っての移動は諦めた方がよいのう。ソリのような物を作った方が良いかもしれん」

「道具あるか? 正直ソリ作る物なんて持ってないぞ」

「何か使える物を集めるしかあるまい。とりあえず近くの部屋まで持って行って、今日はそこでキャンプをしよう」

「そうだな」


 時間的にはまだまだ先へ進むだけの余裕はあるが、体力的にも精神的にもボロボロだ。

 二人はキャンプできる部屋を探すべく、魔石を抱えて歩き出した。


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