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奴の魔法は物理的!  作者: 凜乃 初
第一歩
39/60

迷宮区画突入

 休憩とリュンの高速移動を繰り返し、一日掛けて隼人たちは三十一階層へと到着した。

 そこで、晩を明かし体力魔力共に全回復した状態で、迷宮区画へと挑む。

 迷宮区画に入った途端、今までの空は一変し、三メートル程度の位置に石の天井が張られた通路が現れる。幅は五メートルほどで周囲も同じように石で囲まれており、少し先には左右に分かれる道があった。

 隼人は、隣を歩くリュンへと尋ねる。


「さて、んじゃ案内頼むぜ。まずはどっちに行くんだ?」

「知らん」

「は?」


 リュンは前を向き、腕を組んだままそっけなく答える。


「そもそも、迷宮区画は数週間でその形を変えるのじゃ。私が前にこの区画に来たのは一週間前じゃからのう。全部が変わっているとは言わないが、それでも半分以上の通路は変わっていると考えて問題ないじゃろ」

「んじゃ、お前連れてきた意味ないじゃん」

「馬鹿を申すでない。そもそも、案内するなど、一言も言うておらんぞ? 私はただ、最上階へ行くと言っただけじゃ」

「この野郎」


 してやったりと笑顔を作るリュンに、隼人は何度目かになる拳を握りしめた。しかし、リュンが真剣な表情になり、通路の先を見据えたことで、隼人もそちらに注目する。

 さすがに、丸一日一緒にいれば、それが冗談か本気かは何となく分かるようになるのだ。


「いるのか?」

「分からんか? まあ、入ったばかりじゃから、そこまで強力なものではないがのう。それでも、下階層の連中とは比べ物にならんぞ」

「なるほど、なら俺がやる」

「そうか」


 リュンはあっさりと数歩下がり、隼人に魔物を譲る。リュンからしてみれば、まだ迷宮区画に入ったばかりの魔物程度では相手にもならず、そこまで魔石も美味しいものではないのだ。


「なら遠慮なく。マギアメイル、マギアブレード、ブレードギア展開」


 一瞬にして、全身を物質魔力が覆い、戦闘準備を整える。直後、通路の角から魔物が姿を現した。

 魔物は元から隼人たちの存在に気付いていたかのように、隼人たちを見ると、変わらない速度でゆっくりと歩いてくる。


「亀か。デカいな」


 角から現れた魔物は亀だった。そのせいか、歩きは非常に遅く、攻めなければ隼人たちの元に到着するまでに数分は掛かりそうである。

 しかし、その大きさが異常だ。

 通路を埋め尽くさんばかりに膨れ上がった甲羅は、脇を抜けることをゆるさず、本来ならば存在しないはずの歯が、口の中から覗いている。歯は涎に濡れ不気味に輝いていた。


「ビックバイトタートルか。まあ、この辺りならこの程度じゃろうな」

「ってことは、この辺りだと弱めってことか?」

「そうじゃな。魔石も赤小程度じゃ。固いだけのドンガメじゃよ」

「ならサクッとやるか」


 この辺りでも低レベルの魔物と聞いて、そんなものに苦戦するわけにもいかない。

 隼人は、剣への魔力を少し増やして、切れ味を増させるようにする。


「行くぜ」


 ブレードギアが回転し、隼人が一気に加速する。

 数秒の内には、亀の目の前へと接近し、剣をその首に向けて振り下ろした。


「なにっ!?」


 しかし、その剣は空を斬る。亀が亀らしく首を引っ込めて攻撃を躱したのだ。さらに、態勢を崩した隼人に向けて、亀の顔が甲羅の中から飛び出してくる。

 ロケット頭突きのような攻撃に、隼人は簡単に吹き飛ばされた。


「いっつっつ……」

「なんじゃ、亀ごときに随分苦戦しておるのう。手を貸してやろうか? ん?」

「いらねぇよ! ちょっと油断しただけだし!」


 隼人は起き上がりながら、リュンの煽りに言葉を荒げ、亀を睨みつける。

 すると亀は、口を大きく開く。その姿に、隼人は見覚えがあった。

 森で見た魔物が魔法を使う時と同じ動作だ。

 しかし、今回は左右に避けられるほどのスペースは無い。


「逃げれないなら、前へ出る!」


 銃の射線から逃げられないのならば、撃たれる前に銃口を破壊すればいいのだ。

 隼人は、ブレードギアで再び一気に接近し、亀の開けた口に向けて、剣を突き立てる。しかし、大人しくそんな剣に刺される亀ではない。

 亀が右足をその場で一度踏み鳴らすと、突然通路の左側の壁がせり上がり、隼人に向かって襲い掛かってきた。


「別の魔法も使えるのか。けどな!」


 突き出していた剣を、壁に向けて振り抜く。それだけで、ただの壁はあっさりと破壊できた。

 隼人はそのまま体を一回転させ、亀に向かって再び剣を薙ぐ。

 ズドンッ!

 その剣は、亀の口元に出来ていた魔力と石の混ざり合った球体と激突し、爆発を起こす。

 ギャァァァアアア!

 爆発で覆われた視界の中で、隼人は初めて亀の叫び声を聞く。そして、それを頼りに、あてずっぽうに剣を振り下ろす。

 ガキンッと固い衝撃が手に伝わり、剣が弾かれた。


「甲羅に当たったか。つか、固すぎね?」


 切れ味特化にしたマギアブレードでも斬り裂けない甲羅。そんな物を持つ魔物が、迷宮区画では低レベルに属する。

 その事実に、隼人は舌なめずりをした。


「面白れぇ」


 次第に煙が薄くなり、亀の姿を視認する。そこには、再び口を開け、すでに発射準備の整った魔法を待機させる亀の姿。

 直後、隼人に向けて、その魔法は放たれた。

 円錐状の石柱が、高速回転しながら迫ってくる。

 避けきれない。そう判断した隼人は、マギアブレードを解除し、その魔力を両手のグローブへと集中させる。


「そんなもんで!」


 飛来した石柱を両手で受け止める。回転する石柱は、グローブからガリガリと魔力を削り、隼人はその威力の強さに、吹き飛ばされそうになる。

 それを、ブレードギアの回転を全開にすることで押さえ、ひたすら耐えた。

 次第に回転が弱まり、石柱の威力が弱まる。そこで隼人は、石柱の進行方向を壁に向かって強引に変えた。

 石柱は、壁にぶつかり粉々に砕け散る。それを見て、この壁を破壊するのは不可能なのだろうなと思いながら、亀を睨みつける。

 さすがの亀も、今の攻撃を防ぎきられたのが予想外だったのか、警戒した様子で隼人を見る。

 しかし、隼人はこれ以上、亀との戦いに付き合う気は無かった。


「もう、終わりにしようぜ」


 ブレードギアで三度目となる接近。亀は、先ほどよりも早く、威力の低い石柱を放ち応戦してくるが、駒かな挙動と壁を使った回避でそれを全て躱し、亀の眼前までやってくると、マギアブレードを生み出した。

 それを見た亀はすぐさま首をひっこめ、防御態勢を取る。だが――


「引っ込めても、その穴は完全に閉じられないみたいだな!」


 亀の首が引っ込んだ穴。そこには、引っ込めると同時に、蓋のような物が下からせりあがってくるが、それが完全に穴を閉じている訳では無いようだ。

 普通の剣の厚みならば、通らないかもしれないが、マギアブレードの厚みは自由自在だ。僅かな隙間に向けて、マギアブレードをねじ込む。

 血が吹き出し、亀に決定的なダメージが入ったのを確信する隼人だが、そこで追撃の手を休めることはしない。


「マギアブレード、サイズモード」


 マギアブレードが大鎌へと変化し、突き刺したままの剣先が鎌状になることで、亀の内側を斬り裂く。さらに、その状態で柄を引くことで、傷口を広げる。


「いい加減、道を開けやがれ!」


 最後に、柄尻を持って亀の奥まで一気に押し込むと、亀の手足がビクンと大きく反応し、直後に力無く甲羅が地面に着く。

 ズシンと重い音が迷宮に響き、亀が動かなくなった。

 それを見て、隼人はマギアブレードを解除し、魔力を体内へと戻す。


「ふぅ」

「ずいぶん苦戦したようじゃな。そんな状態で、はたして上まで登れるのかのう」

「登るさ。俺は今の戦いでもまた強くなったからな。このまま続ければ、最上階に登る頃には最強になってんだろ」

「ずいぶんと豪胆な事じゃな。まあ、精々死なない様に頑張る事じゃ」


 高まった興奮を、深呼吸することで落ち着かせながら、亀が魔石化する様子を眺める。

 魔物の体が粒子化する光景は何度見ても、綺麗なものだ。その粒子が収束し、赤い小さな魔石を形作る。


「赤の小じゃな」

「まあ、一応回収しておくか。邪魔になったら捨てりゃいいし」


 亀の魔石を回収し、隼人たちは迷宮区画の攻略に乗り出したのだった。



 迷宮区画を探索するにあたって、必ずやらなければならないことがある。

マッピングだ。

 迷宮区画は、リュンの言う通り数週間周期でその形を変えるが、それでも中にいる間に大きく変化することはない。

 その為、迷宮区画内での遭難防止のためにも、マッピングは疎かにできない。

 隼人も当然、迷宮内でマッピングする必要は考えており、しっかりと紙とペンを持ちこんでいる。しかし、問題があった。


「マップってどう書けばいいんだ?」


 どの場所でも地図のある現代では、そもそも地図を描くなどという行為を行うことが無い。そのため、おおざっぱな描き方は分かっても、しっかりとしたマッピングのやり方までは分からないのだ。

 迷宮区画には扉や曲がり角が多く、正確なマッピングができなければ、途中で通路がぶつかってしまったり、扉の位置が重なってあるはずの場所に部屋が無い事になってしまったりする。マッピングしながら遭難しましたでは、笑いごとにもならないのだ。


「そんなことも知らんのか……」

「うっせ、新人なんだからしかたねぇだろ」

「どこかのチームは……いや、すまん。何でもない」


 リュンは途中まで言うと、何かに気付いたようにサッと視線を逸らす。その意味を理解した隼人は、抗議した。


「入れてもらえなかった訳じゃねぇぞ!?」

「何!? 違うのか! てっきり団体行動ができないから、ソロなんぞをやっておるのかと」

「それぐらい出来るわ! 義務教育なめんな! つか、それ言うなら、お前もだろうが!」

「私はそもそも、一人の方が動きやすいからのう。飛べるんじゃから、地面を歩く者達と速度を合わせるのは面倒じゃ」


 チームベアキャットや、リュンのような混血族は、その血を利用すれば人族より遥かに早く移動することが出来る。そのため、人の移動ペースが煩わしく感じるのだ。

 その為、混血族は人族とチームを組むことは稀であり、仮に大所帯のチームに参加することはあっても、塔を進むときはペースを合わせられる混血どうしで組むことが殆どだ。その中でも、空を飛ぶこともでき、その上戦闘能力も高いリュンは、大抵のことが一人で出来てしまうため、チームの必要性を感じないのだ。


「と言いつつも」

「事実じゃからな」

「んだよ、つまんねぇな」

「そんなことはどうでもよい。それよりも、こんなところでのんびりしておってよいのか?」

「っと、そうだ。んで、マッピングってどうやるんだ?」

「はぁ……」


 リュンは深くため息を吐くと、自分の鞄からスケッチブックのような紙の束を取り出す。しっかりと装丁された物では無く、簡単に紐で縛られただけの紙束だ。


「これを見よ。私が以前の探索の時に迷宮区画で作った地図じゃ」


 そう言って、紙束を隼人へと渡す。

 隼人はそれを受け取り、パラパラと中を覗いていく。

 マップのスタートは、中心からやや下にあり、そこから基本的には直線で通路が描かれている。扉の場所には専用のマークが付けられ、休めそうな場所や、魔物がいた場所なども細かく書かれていた。


「距離の換算はどうやるんだ? 歩幅なんて、魔物と鉢合わせになると分からなくなるだろ?」

「別に、少し戻って数え直せばいいだけの話じゃ。扉があるのなら、それを目印にしてもいいしのう。それぐらい面倒くさがらずに、しっかりとやれ。そうでなければ、正確なマッピングなどできんよ。まあ、お主が遭難してくれるなら、私としても嬉しい限りじゃがな!」

「そうだな。倒せない相手が、勝手にいなくなってくれるのは嬉しいだろうしな」


 常に言葉の節々に挑発を交えつつ、一触即発の空気の中、二人は迷宮区画を進み始める。二人が協力してマッピングをすれば、もっと早く進めるのだが、生憎二人に協力という考えは無く、それぞれに紙を用意してマッピングを進めていく。そのおかげで、進行速度は非常に緩やかだ。

 カサカサと紙をペンがなぞる音と、二人の足音のみが迷宮に反響し、不気味な雰囲気を漂わせる。

 その中で、隼人がふと口を開いた。


「そう言えば、迷宮区画って天井があるのに明るいんだな」


 そう、周囲を石で囲われた迷宮は、松明などの光源が一切ないにもかかわらずしっかりと周囲を見渡せるほどに明るい。

 さすがに、数百メートル先ともなれば次第に暗くなってくるが、それでも外とあまり変わらない視界の良さだ。

 その疑問に、リュンはマップから目を上げずに答える。


「不思議なことに、迷宮区画も外と同じように明るさが変化する。今は昼前じゃから非常に明るいが、これが夕方になれば、迷宮全体が赤く染まる。非常に不気味じゃぞ、真っ赤な迷宮というのはのう」

「ってことは、夜は」

「もちろん真っ暗じゃ。それまでに安全な部屋を探して、キャンプ地を作る必要がある。まあ、部屋である分、扉さえ閉めてしまえば安全は確保されるからのう。下階層よりは大分楽じゃがな」

「へー」


 迷宮区画にいる魔物は、人の目の前で発生することはない。それを利用し、部屋に閉じこもり扉を閉めて灯りを確保すれば、その中は一日中安全な空間が出来上がる。

 空からの攻撃にも気を使わなければならなかった今までと違い、夜はしっかり休息を取ることが出来るのだ。その分、出てくる魔物が強くなっているので、どちらが良いかとは一概には言えないが――――


「ソロには助かるな」

「まったくじゃな」


 何度かの曲がり角を経て、しばらく進むと、そこで初めて扉が現れた。

 T字路の突き当たりに木製の扉が設置されており、特に鍵のような物も見受けられない。


「入ってみるんだよな?」

「そうじゃな。魔物がおれば倒したいし、この先のことが分からん以上、休憩スペースとして使えるかも調べておく必要がある」

「なるほど」


 隼人がさっそくと扉を開けようとすると、そこにリュンの手が伸びてきて隼人の腕を押さえる。


「お主は馬鹿か。罠も調べず扉を開けようとするでない」

「この迷宮、罠もあるのか」

「他と違って即死級の物はないがのう。それでもイタズラレベルのものから怪我をする程度の物まで多様に設置されておる。特に、扉なんかは引っかかりやすいからのう」

「じゃあどうすんだ? ぶっ壊すのか?」

「はぁ……少しは頭を働かせよ。そこに付いておるのは空箱かなんかか?」

「うるせぇ。考えるのは苦手なんだ」

「ならば見ておれ」


 リュンは、扉に近づくと、その下から覗き込んだり、棒切れを差し込んだりして、罠を調べていく。

 時間にして数十秒といったところだろう。リュンがおもむろに立ち上がり、隼人を呼んだ。


「ほれ、扉を開けてみぃ」

「解除出来たのか?」


 隼人が何の疑問も持たずに、その扉を開ける。

 キィーッと軋む音と共に、ゆっくりと扉が開き――


 一瞬にして、隼人の目の前が真っ暗になった。


「な、なんだ!?」


 とっさに飛び退り、扉から距離を取る。すると、すぐに視界は元に戻る。何かされたのかと顔を手で擦ってみれば、手には大量の黒い物体が付着していた。煤だ。

 何事かとリュンを探せば、リュンは煤の当たらない扉の隣で涙目になり腹を抱えて笑っていた。


「クッハッハッハッハ! 考えるのが苦手なら、体感して覚えてみよ!」

「てめぇえええ! 騙しやがったな!」

「私は扉を開けてみよといっただけじゃぞ? 罠が無いとも、解除したとも言っておらんわ!」

「おま! そこは信用とか信頼とかあるだろ!」

「今までの出来事のどこに、信頼関係を築けることが微塵でもあったと思うのか! 恨みと憎しみしか湧いとらんわ!」


 この試合、どちらか先に直接手を出した方が負け。

 そんな、良く分からない暗黙のルールが、二人の間には出来上がっていたのだけは、確かだった。


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