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奴の魔法は物理的!  作者: 凜乃 初
第一歩
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その要求は

「それで、私をどうするつもりじゃ。殺すのか?」

「まさか。殺すつもりなら最初からこんな面倒な事しねぇって」


 そんなつもりならば、捕まえた時点で首を飛ばしている。

 やらせたいことがあるから、生かしているのだ。


「ならばどうするつもりじゃ」

「とりあえずお願いを聞いてもらおうか。敗者は勝者に従う。道理だよな?」

「ま、まさか私を辱める気か! そんなことをされるぐらいなら、自ら舌を噛み切るわ」

「待て待て待て待て」


 言うや否や、自分の舌を出して噛み切ろうとするリュン。隼人はとっさに物質魔力を猿轡状に変化させ、リュンの口に取り付けた。


「俺がそんなロリコンに見えるか? ふざけんな! してもらいたけりゃ、その大平原みたいな胸をどうにかしてから言え」

「ふーっ! ふーっ!」


 猿轡を噛まされたリュンは、顔を真っ赤にして何かを抗議するが、当然声は出ず、変な息が漏れるだけだ。

 とりあえずそれを放置して、隼人は自分の要求を伝えることにする。


「俺の要求は、ただ塔の上層階の案内だ。登頂者なんだろ? なら迷宮区画もある程度は把握してるはずだしな」


 三十一階層以上の迷宮区画。一応形が決まっているとはいえ、さすがにそれを一から探索するのは骨が折れるし時間もかかる。

 それならば、知っている奴に頼めばいいのだ。

 幸いにして、目の前で顔を真っ赤にしながら猿轡を噛みしめている少女は、第一歩の塔の登頂者であると聞いている。

 ならば、一度は迷宮区画を一度は踏破している訳で、全くのゼロから探索するのとは大きな違いがあるはずだ。

 問題があるとすれば、確実に案内中にも命を狙われることだろうが、魔物に襲われるのとそれほど変わらないと隼人は考えていた。


「分かったか?」


 リュンは、俯きながら何かを考えるように肩を震わせる。

 隼人は、その顔を覗き込もうと下から見上げた。その瞬間――

 ガリッ!

 異様な音と共に、リュンの口元から琥珀色の破片が飛び散り空気中へと霧散していく。それは、隼人の物質魔力が制御を離れた時の現象だ。


「嘘っ!? 噛み砕いた!?」

「混竜族を舐めるでないわ! はぁぁあああああ!」


 リュンが全身に力を籠め、今度は自分を覆っている物質魔力を破壊しようとする。

 ミシミシと軋むように物質魔力が悲鳴をあげ、表面にうっすらと罅が入り始めた。それを見て、隼人は急いで魔力を補充し補強する。


「ぐぬぬぅぅ……」

「ふぅ……あぶねぇ。そんな馬鹿力どこに隠してんだよ」

「ふぅ……ふぅ……竜の血をもってしても、破れんだと……」


 リュンは、力を出し切ったのか、今度は息を荒くしながら、覆っている物質魔力にぐったりと体をあづけてきた。

 しかし、先ほどの力をまた出されてはかなわないと、隼人は魔力を維持したままにする。


「んで、答えは? 案内してくれんの?」

「私に案内させてどうするつもりじゃ、迷宮区画は塔の最後、それ以上上には行けんぞ」

「馬鹿言うなよ。迷宮区画の上には、最上階があるじゃねぇか」


 隼人の言葉を聞いた途端、リュンの目が驚きに見開かれる。


「貴様! 最上階へ侵入する気か!」

「おっと、これは秘密だったな。まあ、いいやお前も来るか?」

「馬鹿を言う出ない! 最上階はどの塔であっても進入禁止じゃ! それを犯せば、ギルドの追放だけでは済まされんぞ!」

「処刑されるんだっけ? けど、バレなきゃいいんだよ。入るだけなら問題ねぇって。上に何があるのか気になるだろ?」


 最上階、そこに何があるのかは誰も知らない。ただ、そこにいって何かあった場合に、塔の運営に問題があるといけないからと、それだけの理由で禁止されているにすぎないのだ。

 噂では、塔の主がいるという話もあるが、誰も見たことが無いのだから、それも事実かどうかすら分からない。

 ならば、知りたいと思うのが人だろう。

 隼人は凶悪な笑みを浮かべながら、蓮華のアドバイスをさも自分で思い付いたかのように語る。


「最上階に主がいたとして、そいつを見たからってどうなる? 倒しさえしなければいいだけの話だ。俺達が黙ってれば、問題ないだけの話だ。気にならないのか? 上には迷宮区画より強い魔物がいるかもしれないんだぜ? なあ、登頂なんてやってるあんたなら、分かるだろ?」


 ただ稼ぎたいだけならば、もっと稼ぎの良い他の塔に行くはずだ。わざわざ迷宮区画を抜けて、最上階手前まで行く理由。そんな物は一つしかない。


「気になるんだろ? 塔の最上階に何がいるのか。なあ、登頂者リュン」

「そ、そんなことを話していいのか。私が断りギルドに告げれば」

「意味ないさ。ギルドに登録して二週間も経ってない新人が、塔の最上階までソロで登りましたなんて誰が信じる。お前の頭がおかしくなったと思われるだけだ」

「……」


 リュンは、隼人の誘惑にひどく困惑していた。

 確かに、登頂者になったのは、その先が気になったからだ。しかし、実際にその先を見ようとは思えなかった。

 それは、混竜族としての誇りがそうさせたのか、それとも、上から伝わってくる威圧感に足が竦んだのかは分からなかったが、それでも行ってはいけないという気持ちが、自分の欲望を抑えたのだ。

 だからこそ、今この機会を逃せば自分が塔の最上階を見ることはないだろうと思う。一度そう考えてしまうと、普段なら即答で断れるはずの問いに、口が思うように動かない。


「わ、私は……」


 躊躇する素振りを見せるリュンに、隼人は追い打ちをかけるように言葉を紡いだ。


「まあ、お前が行かなくても、俺は一人でも最上階に行くぜ。お前を捕まえるだけの力はあるんだ、時間がかかっても、最上階にまで行くだけの実力は証明されている。お前は、俺が昇っていく様を見ていればいいさ。最上階の一つ下からな」

「わ、私も行くぞ!」


 気付いたとき、リュンの口から言葉が飛び出していた。

 それを聞いて、隼人が笑みを深める。


「良い返事だ」


 隼人が物質魔力を解除し、リュンの体を自由にする。リュンは、その場にストンと腰を下ろした。

 そして、驚いたように自分の両手を眺める。


「私は……どうして」

「それがお前の本音ってことだろ」


 とっさに出る言葉ほど、自分の本音が混ざるものである。隼人が自分より先に上に行くといった時、リュンのそれはイヤだという感情が、その言葉を吐き出させた。

 だからこそ、リュンも自分の本音に驚いていた。


「私は、負けたくないのか……」

「誰だってそうだろ」


 何を当たり前のことを言っているんだと、隼人は眉を顰める。しかし、リュンは何かを達観したように、笑い出す。


「ククク……そうじゃな。私は負けたくないんじゃ。誰よりも強くありたかった」


 自分が塔に登り始めた理由。それを思いだし、リュンは心が晴れていくのを感じる。それと同時に、視界がクリアになり、今まではただの砂漠としか見えていなかったこの場所がやけに輝いて見える。


「ああ、思い出したのじゃ。そうじゃ、私は誰よりも上に行きたい。奴らを認めさせたい」

「どんな覚悟があるのか知らねぇが、覚悟が出来たんなら出発するぞ。無駄に時間喰っちまったからな」


 唐突な戦闘のせいで、時刻はすでに昼を回っている。午前中丸々無駄にしてしまったとなれば、食料的にもかなりのロスだ。

 その遅れを取り戻すためにも、早めに出発しなければならない。


「分かっておる。しっかり付いてくることじゃ、付いて来れねば置いて行く」

「ハッ、誰にもの言ってんだか」


 リュンが翼を広げ、空へと飛び上がる。それを見ながら隼人はブレードギアを展開する。これがある限り、隼人は地上をバイク並の速さで進むことが出来るのだ。

 タイヤが地面へと着地し、回転を始める。それと同時に、大量の砂が隼人の後方へ舞い上がる。

 ここは砂漠。小さな車輪が付いただけの靴が、到底走れるような場所ではない。

 それを思いだし、隼人は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。


「ヤバい、置いてかれる」


 見上げれば、リュンはすでに空高く飛んでおり、とても止められる状況ではない。それどころか、このままならば確実に逃げられるだろう。

 隼人は何とかしなければと、とっさにリュンに向けて鎖を伸ばす。その鎖は最初と同じように、リュンの尻尾に巻き付いた。


「お主! 何をする気じゃ!」

「あ、いや……その…………そ、そうだ! お前がこのまま引っ張ればいいんだ!」

「ふざけるでないわ! お主だけ楽しようなど、許さんぞ!こんな鎖、引き千切ってくれるわ!」


 リュンは、尻尾に絡みついた鎖を引きちぎろうと、両手で引っ張る。しかし、その程度で切れるような物質魔力ではない。

 その間にも、隼人はブレードギアの底をスキー板のように平らにし、砂漠に適応させる。


「さあ! ここから第二ラウンドだ! お前が疲れるのが先か、それとも俺が転ぶのが先か!」


 砂漠の凹凸は、非常に滑りにくく、ちょっとバランスを崩しただけで横転してしまうだろう。そうなれば、リュンが止まるまで隼人は砂漠を引きずられることになる。

 それに気づいたリュンも、ニヤリと笑みを深める。尻尾に鎖が巻き付いているのは気に入らないが、それで隼人を引きずり回せるのならばそれも良いかと考えた。なにより、第二ラウンドという、勝負に惹かれていた。


「いいじゃろう! その顔、砂まみれにしてくれるわ!」

「やれるもんならやってみろ!」

「うぉぉおおお! 混竜族秘伝魔法! 紫電神成り!」

「おま!? 音速超えるとか卑きょ――――」


 直後、バンッ!と音の壁を超える気持ちのいい音と共に、隼人の体はリュンに引っ張られ未知の速度へと誘われた。




「おえ……死ぬ……」

「そのまま死ねばよかったものを」


 数秒で次の階層に向かう階段に着いた隼人は、その場で跪き嘔吐(えず)いていた。

 なにせ、生身で音速の壁を突破するという、前人未到の領域へ一瞬で踏み込んだのだ。体にかかる衝撃は、尋常なものではない。

 そもそも、生身で音速の壁にぶつかれば、その時点で四肢がバラバラになってもおかしくないのだが、隼人はリュンの言葉を聞いた時点で全身を物質魔力で覆っていたため、三半規管をやられる程度で済んだのである。

 常人ならば死ぬと分かっていて、躊躇なく音速を突破してくるあたり、リュンの隼人に対する殺意もかなりの物だ。


「まあ、今回は私の勝ちと言うことじゃな」

「ぐぬぬ……」


 先ほどとは全く逆の立場となり、隼人はリュンを涙目で睨みつける。しかし、残念なことに怖さは微塵も感じられない。

 それどころか、リュンの優越感を刺激するばかりだ。


「ほれ、次の階層でもまた勝負するかのう? まあ、次も私の勝ちじゃろうがな!」

「この野郎……」

「フハハハハハ! ならば第三ラウンド行くぞ!」


 いうや否や、リュンが隼人を軽々と脇に担ぐ。


「ま、待って! 少し休け――」


 隼人の言葉もむなしく、リュンはその羽を広げて、空へと飛びだした。



「ふぅ、そろそろ魔力が心もとないのう」

「オロロロロロ」

「汚いのう……」


 三回ほど紫電神成りを行い、一息に二十四階層の入口までやってきた。さすがのリュンも、紫電神成りの魔力消費は辛いらしく、額にうっすらと汗を浮かべながら、深く呼吸を繰り返す。

 隼人はその足元でぐったりとしながら、すでに空っぽになった胃から、胃液を絞り出していた。


「この野郎……待てっつってんのに」


 喉の焼けつくような感覚に、顔をしかめながら、隼人はその場にぐったりと座り込み、水筒の水を呷る。

 冷たい水が喉を通り、酸っぱくなった口の中を洗い流していく。


「フッフッフ、待てと言われて待つ奴はおらぬよ」

「ふぅ――使い所違うだろ、それ。つか、ここ何階層だよ」


 やっと落ち着いて周囲を見渡した隼人は、ここが砂漠ではないことに気付く。つまり、階層の出口か入口の付近であることは分かるのだが、そこが何階層の入口なのか、それとも出口なのかが分からない。

 それもこれも、リュンが紫電神成りの後にほぼ放心状態の隼人を担いで移動したせいだ。


「二十四階の入り口じゃ。なんじゃ、周りも見えておらんかったのか」

「当たり前だ! 音速超えてんのに、目なんか開ける訳ないだろうが! つか、途中で意識が置いてかれかけたわ」

「情けないのう」

「トカゲと一緒にすんな。こちとら真人間なんだよ」

「トカゲと竜の違いも分からんとは、お主の目はガラスでも入っておるのじゃな。ボロマルの職人に義眼でも作ってもらえばどうじゃ?」

「もう一度伸されたいみたいだな」

「今度はその内臓ごと吐き出させてやろうかのう」


 二人はその場でゆっくりと対峙し、どちらからともなくファイティングポーズをとる。隼人の周囲にはマギアメイルが現れ、リュンの周囲には紫電が纏い始めた。

 そして同時に、膝を着く。


「ぐっ……まだ気持ちわりぃ」

「魔力が足らん……」

「とりあえず一時休戦だ。こうも動けなくちゃ、先にも進めねぇ」

「そうじゃな。とりあえず回復するまで中断じゃ」


 二人はそれぞれの荷物から毛布を取り出すと、そのまま眠り始めたのだった。


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