第二ラウンド
この作品に直接的な性暴力の描写はございません。誰もが楽しめる健全な作品を目指しております(首はよく飛ぶし、血は舞う)
ピクピクと体を痙攣させているリュンを見下ろしながら、隼人はショックを受けていた。
まさか――まさかこの少女が
「このガキが魔物だったなんて!」
「そんな訳あるか!」
隼人の言葉に、今の今ままで気を失っていたはずのリュンがものすごい勢いで飛び起き、その反動のままに隼人の腹目掛けて拳を振るう。
ズドンッと重い音が周囲に響きわたり、砂煙を撒き上げた。
しかし、殴られた本人である隼人は、口元に笑みを浮かべながら悠然とその場に立っている。そして、リュンの拳と腹の間には、マギアメイルがしっかりと展開されていた。
「チッ」
リュンは、自分の拳がヒットしていないのを、手に伝わる感触から判断し、素早くバックステップで後方へと下がる。その際に、軽く羽を動かすことで、その一歩は常人の五歩分以上の距離を生み出した。
そして、十分な距離を取った所で、自分の服に着いた砂をパンパンと叩いて払う。
その様子に、つい先ほどまで気絶していたと思わせる要素は一切なかった。
「寝たふりか?」
「ふん、どんな奴がいきなり奇襲をかけて来たかと興味を持ってな。じゃが、まさか貴様だったとは……なるほど、あの時のリベンジマッチという奴か」
「いや、俺は素で魔物と間違えた」
「何じゃと!?」
隼人の答えに、リュンは目を丸くする。
「こんな塔で羽生やして飛んでりゃ、魔物と間違えられてもしょうがないだろ。実際間違えたし」
「そんな訳あるか! 普通なら気付くわ!」
そもそも、四肢があり服を着ていた時点で、あれおかしいなぐらいの感覚は持っても良い物なのだが、あいにく隼人はその辺の細かな感覚に頼らない人間である。
とりあえず人っぽかろうが、魔物だろうが、落としてみれば分かるぐらいの感覚で地面へと叩きつけたのだから性質が悪い。
「まあいいや、どっちにしろお前と会ったらケリ付けようと思ってたんだ」
好戦的な笑みを浮かべ、隼人がファイティングポーズをとる。
もともと、塔で会ったら不意打ちに気を付けろと警告しあった仲だ。最初の叩きつけだって、考えによってはリュンに対する不意打ちである。
そして、叩きつけられたリュンを確認した時点で、隼人の中の優先順位は魔物の討伐や、塔の攻略をすっ飛ばして、リュンをぶん殴る事を選択させた。
「そうじゃな。ここなら邪魔する者もおらんし、物を壊す憂いも無いからのう。全力で貴様を屠り去ってくれるわ!」
翼を大きく広げたリュンが、一歩を踏み出す。それと同時に、羽が大きく羽ばたき、リュンを加速させた。
二人の間を一歩で詰め寄ったリュンが、隼人の懐へと飛び込みその拳を振り上げる。狙いは顎、マギアメイルが守っていない数少ない場所である。
リュンは、最初の一撃でマギアメイルを抜くのは至難の業と判断し、覆っていない場所を攻めることにしていたのだ。
拳の目標に気付いた隼人は、一歩下がる事でその攻撃を躱す。
すると、すぐさま蹴りが頬目掛けて飛び込んできた。バランスを崩そうが、中に浮こうが、羽を持つリュンには関係ないのだ。その羽ばたき一つでバランスを取り、尻尾を使って重心を支える。
その蹴りを隼人は腕で受け止めた。ガツンと重い衝撃が鎧越しからもはっきりと伝わってくる。
「混血のスペックってのはほんとせけぇよな!」
「ふん、それを受け止める貴様の魔法も十分おかしいじゃろうが!」
受け止めた足に腕を巻きつけ逃がさないようにする。それでもリュンは片足と尻尾を使ってバランスを取り、追撃を加えようとして来た。
隼人はすぐさま掴んだ手を振りあげ、大きく振り回してリュンの体を地面へと叩きつける。
リュンは地面に叩きつけられながらも、しっかりと両手で地面を受け止め、衝撃を受け流していた。さらに、掴まれた足と逆の足で、隼人の腕を蹴り上げ足を自由にすると、両手を使うことで空いた尻尾を隼人の腹に向かって振り抜く。
マギアメイルは尻尾をしっかりと受け止めるが、その勢いに隼人の足が地面から浮き上がる。
「クソが!」
隼人は吹き飛ばされながら、両手から出した物質魔力を砂漠へと突き立て急制動を掛ける。
そこに、羽を広げてリュンが飛び込んできた。その構えはすでに右腕を今にも突き出さんとしている。
躱すのは、すでに間に合わない。受け止めようにも、リュンの狙いはマギアメイルの無い顎である。
隼人はとっさに自らの腕全てを物質魔力で覆い、リュンのパンチに合わせて、自らも腕を突き出す。
ズガンッ!!
拳同士がぶつかり、周囲に衝撃波が広がる。砂漠の模様が円状に広がり、周囲が歪んだかと思うと、突然巨大な爆発を起こした。
轟々と立ち上る土煙の両サイドから飛び出す二つの影。それは、煙の尾を引きながら地面へと突き刺さる。
「クソが、めちゃくちゃしやがって」
「それはこっちのセリフじゃ! 混竜族である私の拳を防ぐ魔法など、貴様は本当に人間か!?」
埋もれた砂の中から飛び出し、お互いに構え直す。
両者とも全身傷だらけではあるのだが、致命傷となる傷は一つもない。隼人はマギアメイルでその身を護り、リュンは鱗が体を保護する。
「もう手加減は抜きだ。ぜってぇぶち殺す!」
「それはこちらのセリフじゃ! 貴様は絶対に私が殺す」
隼人は両手にマギアブレードを出現させる。その効果は当然切断特化だ。その剣に触れた撒き上げられた砂は、その大きさを半分にしながら地面へと戻っていく。
それと同時に、リュンの両手に紫電が纏わりついた。バチバチと激しい音を立てながら、リュンの体を覆っていく。
「混血のうえに魔法使いか」
「混血に魔法を使える者は少ないが、いない訳ではないからのう。そしてわたしは偶然にも魔法の才能に恵まれたのじゃ。天空と正義を司る竜種の魔法、その身に刻んで朽ち果てるがよいわ!」
「ならその魔法ごと斬り裂いてやるよ。掛かってきな!」
リュンが翼を広げたとたん、纏っていた紫電が周囲へと拡散する。その瞬間には、隼人の視界からリュンの姿が消えていた。
そして次に現れたのは、隼人の目の前――
振り抜かれた拳を隼人はギリギリの所で弾き、反撃とばかりに膝をリュンの腹に向けて振り上げる。当然そこにはマギアメイルで作った棘があり、当たれば腹を貫くだろう。
しかし、再びリュンの姿が掻き消えた。
「この速さ、雷化でもしてんのか」
「正解じゃ」
声は後ろから聞こえた。直後に衝撃と共に、隼人の肺から空気が強制的に吐き出される。
「かはっ」
「まだ止まらんぞ」
今度は正面、腹をアッパー気味のフルスイングで打ち抜かれ、体をくの字に折り曲げながら、隼人は宙へと浮かぶ。
さらに追い打ちをかけるように、かかと落としが背中へと炸裂した。
ズパンッ!と激しい音と共に、隼人の体は、今度は砂へと打ち付けられそこにクレーターを作る。
「まだ生きておるのか、以外にしぶといのう」
倒れる隼人の顔先に立つリュンは、隼人を見下ろしながらつぶやく。隼人は何とか顔を上げるも、その視線はぼやけ、口元から血が垂れる。
もし、蓮華のアドバイス通りにしっかりとした鎧を作っていなければ、今の時点で背骨が折れ、内臓がぐちゃぐちゃになって即死していただろう。
最初とは真逆の立場に、隼人はこれが挑戦者の中でも最上級に位置する者の強さなのかと驚愕した。
自分の力に奢っていた訳ではない。その力を常に発展させ、応用を増やし、色々な場面に使えるように改良もしてきた。体だって毎日のトレーニングでしっかりと鍛えてある。それを示すように、魔物は苦も無く殺せ、絡んできた者たちも、皆返り討ちにした。こちらの世界に来てから、ほぼ無敗だった隼人は、今の自分の姿にひどく――――
――――ひどく感動した。
まだ上がいる。圧倒的な強者が存在する。自分など歯牙にもかけない強さを持った者達が、挑戦者の駆け出しと言われる第一歩の塔にすら存在する。ならば別の塔にいる挑戦者とはどれほどの物なのか。
確かめたい。 戦って、その力を知りたい。そして――――
勝ちたい!
純粋な勝利への欲望。
強者を倒し、自分の足もとに跪かせ、その姿を見下ろす。そんな自分の姿を幻視し、隼人は笑った。
「クックック」
「追い込まれて気でも狂ったか」
「そんなんじゃねぇさ。ただ」
「ただ?」
「ただ、俺の勝ち姿が見えただけだ」
瞬間、リュンの足もとから大量の触手が飛び出してくる。その色は全て琥珀色。隼人の物質魔力だ。
自分の体を壁にして、リュンの視界から外しながら、地面の下で物質魔力を伸ばしていたのである。
「クッ、こんなもの!」
手足に巻き付いてくる触手を、リュンは強引に引きちぎろうとする。しかし、次々に生えてくる触手に、リュンはあっと言う間に飲み込まれてしまった。
ガチガチに固められた物質魔力の柱から、リュンの顔だけがちょこんと飛び出している。
リュンは必死に体を揺すって柱を壊そうとしているようだが、隼人の魔力のほぼ全てをつぎ込み圧縮し、固くなることだけを意識して作り上げた柱は、その程度ではビクともしない。
「さて、何をしてくれようか」
これが盗賊だったのならば、問答無用で首を飛ばしてやるところなのだが、隼人としては、このリュンと言う少女は殺さない方が良い気がしていた。
それは、彼女の実力が確かな物だということ。そして、塔の内部をよく理解している登頂者であるからだ。
現状、隼人はパーティーメンバーを失い、ソロでの進行を余儀なくされている。しかし、昨日のように、夜間でも安全な場所が少なく、魔物が襲い掛かってくる可能性の高いこの場所では、ウトウトすることすら命取りになる。
ならば、リュンを使って塔の頂上まで案内兼サポート役に出来ないかと考えたのだ。しかし、殺し合ったばかりの間で、俺をサポートしろとなど言えるはずも無ければ、相手が頷くはずもない。
そこで、ちょっと強引ではあるが、蓮華から教えられていた方法を使うことにした。
「な、何をする気じゃ!」
「それを今考えている。とりあえず、落書きは確定だろ?」
「な、何じゃと!?」
リュンにする復讐を考えながら、隼人は鞄の中から今はオーパーツとなっているマジックペン(油性)を取り出し、きゅぽっとその蓋を外した。
隼人の不穏な空気に危機感を募らせたリュンが顔をじたばたとさせるが、隼人が魔力を少しだけ動かし顔を固定する。
ほぼ涙目のリュンの額へとペンを突きつけ、きゅきゅきゅっと慣れた手つきでチビと書き込んだ。
それだけで、なぜか隼人の心は満足はしないものの晴れ晴れとしたものとなる。
「な、何をした! 私に何をしたんじゃ!」
「さあ、なにかな~」
油性ペンなんてものは、到底この世界の人間には理解できない代物だろう。独特の匂いを放つものが、自分の額の上で動かされる恐怖に、リュンは涙を溜めながら抗議する。
それがまた、隼人の嗜虐心をそそり立たせた。
「ヤバいわ、これ。やばい扉開けちゃいそう」
「やめんか! い、今背中がゾクッとしたぞ……何を考えた! 何をするつもりじゃ!」
「まあとりあえず、これでも見て落ち着けって」
隼人はペンを鞄の中に仕舞うと、その手で鏡を取り出す。最初は必要ないと思っていたのだが、最近若干ヒゲが生えてくるようになってしまったため、蓮華に勧められて持ち込んだものだ。
「な、何じゃこれは!」
「どうだ、お前にぴったりだろ」
「貴様! この私にこのような行為! 絶対に許さんからな!」
「フハハ! それを選択する権利は今の貴様にはないのだよ! ほれほれ」
隼人は高らかに笑い声をあげると、手を突き出して、魔力の柱を揉むように動かす。それに合わせて、柱そのものがぐにぐにと変化した。
とたん、リュンの顔が真っ赤に染まる。
「ほれほれ、どうだ、どんな気分だ!」
「き、貴様、や、やめんか……そ、そこは――っはう」
柱全体が動けば、当然その中にあるものにも影響を及ぼす。隼人は柱でリュンの脇腹や膝小僧、背中といった弱そうな部分を刺激していた。
効果てき面だったのか、リュンは刺激される度に変な声を上げて悶える。しかし、体を捩じる事すら許されず、刺激を外へ逃がすことが出来ない。
「んっ……んんっ」
「さあ、敗北を認めろ。そうすれば、やめてやるぞ?」
「んんっ……んんっ!」
リュンは意地になっているのか、涙目になり顔を真っ赤にしながらも、首を横にブルブルと振るう。それを見て隼人は満足げにうなずくと、さらに力を強めて、刺激を与える。
「ほらほら、どうだ?」
「ひぅっ――く、んんっ……ま、負けるものか」
「そうか、認めてくれないか……なら仕方ないかな」
「な、何が――じゃ」
「いや、俺もね、くすぐりまでなら色々と許容範囲だと思う訳よ。でもさ、それ以上はちょーっと許容範囲をオーバーするというか、こう、発禁書籍的な指定を受けちゃいそうな気がする訳だ。だから、できることならここで降参しておいてもらえると助かったんだけどな……そうかそうか、認めてくれないか」
「は……発禁書籍だと!? それはいかんぞ! 私はまだ純潔なのじゃぞ!」
隼人の脅迫に、リュンの顔がさらに赤くなる。良く熟れたトマトのようになったリュンは、涙目になりながら顔を必死に横へと振った。
「それ以上に見た目的に児ポ法でアウト喰らってるって」
「それが何か分からんが、凄い不愉快なことを言われた気がするのじゃ!」
「まあ、そんなことはどうでもいいとして――負け、認める?」
最後通告のようにその言葉をリュンへと届ける。そして、魔力を軽く操作して、リュンの腹部辺りをちょんちょんと突いてやった。
「う……うう――――分かった……負けを…………認めるのじゃ」
「よっしゃ、俺の勝ちだ!」
隼人はその場で高らかに拳を掲げ、勝利宣言をするとともに、計画を第二段階へと進めるのだった。