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奴の魔法は物理的!  作者: 凜乃 初
第一歩
36/60

空飛ぶ挑戦者

 十九階層。その空で珍しい光景が挑戦者(アッパー)によって目撃された。

 それは、普段は単独で行動するはずの、ハンターイーグルが三羽揃って飛ぶ姿だ。彼らは普段、荒野の狩人というあだ名で挑戦者(アッパー)達から恐れられる魔物であり、その習性は孤高を好み、群れを嫌う。

 狩りを行う時は当然ソロで動き、年に十日間の僅かな間だけ、繁殖のために番で行動することが知られている。

 荒野を中心に狩りを行っている挑戦者(アッパー)チームならば、当然知っていることだ。しかし、空を飛んでいたのは三羽のハンターイーグル。それも争うことなく三角形に隊列を組んで飛んでいるのだ。

 ハンターイーグルは、挑戦者(アッパー)達の魔法も届かない遥か上空から得物を探し、狙いを定めて急降下、音速の壁を突き破り襲い掛かる危険極まりない魔物だ。その爪とくちばしは鋭く、急降下の速度を伴って突撃でもされれば、間違いなく四肢が千切れ飛ぶだろう。

 対処法は、岩陰に隠れるか、高速で迫ってくるハンターイーグルを魔法で撃ち落とすぐらいである。一羽でも苦労するものが三羽。

 もし、その三羽がまとまって狙って来れば、ベテラン挑戦者(アッパー)であっても無傷では済まないだろう。

 その光景を偶然見つけてしまった不運な挑戦者(アッパー)チームも、顔を真っ青にして近くの岩陰に隠れたという。

 幸いにも、ハンターイーグルは得物を探しているのではなく、集団で移動しているようで、挑戦者(アッパー)達に気付く様子も無く階段の方へと飛んで行ったそうだ。

 この情報は、最近の低階層で起こる異常事態と同じようにギルドへ知らされ、魔物の異常行動として挑戦者(アッパー)たちに注意を呼び掛けられることになった。



 鷹の魔物改め、ハンターイーグルを討伐した隼人は、軽く朝食を取った後、ブレードギアで荒野を爆走していた。

 腰を低くしてバランスを崩さないよう注意しながら、自分の出せる最速で荒野を走り抜ける。その姿は、他の者から見れば一陣の風のようにも見えただろう。

 隼人の走った後には、土煙が立ち上り、一直線に上層への階段へ向かっていると理解できる。しかし、その土煙を上げているものは、なにも隼人だけでは無かった。


「来るな」


 隼人は視線を僅かに下に向けると、その場から地面を蹴って大きく横へと飛ぶ。直後、隼人のいた場所からジャイアントワームの巨大な口が飛び出してきた。

 隼人は二日目の最初にも遭遇したジャイアントワームに再び追われているのだった。

 それも当然だろう。

 ジャイアントワームは音で獲物の場所を確かめる。隼人のブレードギアは地面をガリガリと削りながら、かなりの速度で移動していた。それに比べれば、人の地面を踏みしめる音など小さなものだろう。

 そして、ブレードギアの出す音を大物の獲物と判断したワームに狙われたのだ。


「ふぅ、あぶねぇあぶねぇ」


 ジャイアントワームが飛び出してきた穴を見ながら、隼人は額の汗を拭う。しかし、その表情にはまだ余裕があった。

 それもそのはず、最初こそ突然の襲撃に驚かされたのだが、しばらくすると、何となくではあるがワームが来そうなタイミングがつかめるようになってきたのだ。

 これが、殺気を感じて回避出来ているのか、それともただの偶然なのか隼人には判断つかなかったが、それでも避けられるならばそれでいいと、面倒な考えを一切放棄して、荒野を進んでいるのだ。

 しかし、避けられるからと言ってずっと襲ってこられても鬱陶しい話である。


「いい加減倒すか。出てくる場所が分かるなら、やりようはいくらでもあるしな」


 ニヤリと笑みを浮かべつつ、隼人は次にワームが襲い掛かって来たタイミングで撃退することを決める。

 念のため、マギアメイルを装備しつつ、足元に意識を集中する。

 小さな振動と共に、隼人の勘がワームの襲来を予想した。


「今!」


 隼人は一度大きくジャンプする。直後、ワームが地面から飛び出し、飛び上がっている隼人目掛けて大きな口を開いた。

 前回はゆっくりと見る機会が無かったワームの口だが、改めてみると非常に不気味だ。

 丸く開いた口には、その円に沿ってびっしりと細かい歯が付いており、虫のようにキチキチと細かく動き続けている。そして、口の中にもう一つの口のような物があり、上下にガチンガチンと歯を打ち鳴らしていた。

 外側の口で地面を削り、中の口で獲物を捕らえる。この二段式の口のおかげで、ワームは地面を掘るたびに土を飲み込まなくて済むのだ。


「昨日はまんまと飲み込まれたけどよ!」


 隼人の足、ブレードギアが僅かにその姿を変える。タイヤは全て一つにまとまり、細く長く変化する。それは、スケートのブレードの様でもあったが、その長さは一メートルほどとかなり長くなっていた。

 そして、その殺傷能力はスケート靴の比では無い。魔力剣と同等の殺傷能力を備えた、れっきとした刃なのだ。

 隼人はジャンプした状態から、かかと落としのように足をワームの口目掛けて振り下ろす。

 振り抜かれた左足によって、ワームの外側の口が大きく斬り裂かれた。


「何度も同じ手喰らうほど馬鹿じゃねぇンだよ!」


 そして、右足で内側の口を斬り裂く。

 ワームは口内を斬り裂かれ、傷口から血を噴き出しながら隼人へと迫り、空中で身動きも取れず、両足を振るったせいでバランスを大きく崩した隼人をそのまま飲み込むのだった。



「俺は……バカだ…………」


 隼人は先ほどのワームとの戦闘を振り返りながら、がっくりとうなだれた。

 ワームに飲み込まれた直後、隼人は再び食道を転がり落ちるようにワームの胃袋へと入って行った。

 しかし、前回とは違い、今回はブレードを出したままだったため、転がり落ちる隼人のブレードギアがワームの体内を斬り裂き、再び地面に潜る前に殺すことが出来たのである。

 しかし、二度も同じ手に、しかも啖呵を切った直後に同じ方法で飲み込まれた隼人は、ついさっきの自分を殴り倒したくなるほど後悔していたのだった。


「そもそも、少し横に動いてマギアブレード構えとけばよかっただけの話じゃねぇか」


 そう、わざわざ真上に飛んでワームの正面にいる必要など全くなかったのだ。

 ただ、マギアブレードが色々な変化をさせられるのだから、ブレードギアも同様にできるのではないかという興味の末に起こった、馬鹿な出来事だったのである。


「ハァ……落ち込んでてもしかたねぇか」


 ため息を一つついて空を見上げる。雲の存在しない塔の空は常に快晴だ。そしてそこに一点の黒い影を見つけた。


「あれは」


 それは、昨夜襲ってきた魔物と同じ、ハンターイーグルであった。その優雅に空を旋回する姿を見た瞬間、隼人の中でおかしな発想が閃いた。


「使ってみるか」


 そうつぶやき、隼人は物質魔力で縄を作り出したのだった。




「おお! やっぱ空からの眺めは良いな!」


 どこまでも続く荒野と、その先にそびえる上層階への階段。それを隼人は空の上から堪能していた。

 クケーッ!

 景色を楽しんでいると、突然苦しそうな声がして、物質魔力の縄が暴れ出す。


「あ、こら! 静かに飛べっての!」


 隼人がグッと縄を引っ張ると、その先に繋がっているハンターイーグルが再び大人しく飛び始める。

 隼人は、ハンターイーグルに物質魔力の縄を縛り付け、それにぶら下がる事で空を飛んでいた。

 偶然見つけたハンターイーグルに、自分から場所を知らせて襲い掛からせ、そこを物質魔力の縄で捕獲したのだ。

 その後、逃げるために飛び立とうとするハンターイーグルの顔を物質魔力で覆い、空を飛びながら隼人の思う方向に飛ばない時は顔の物質魔力で締め付けるという教育を施しているのである。時々、思い出したように暴れ出すときはあるが、それでも最初のころに比べるとかなり大人しくなり、隼人も景色を楽しむ余裕が出てきたと言う訳だ。


「こりゃ楽だな。ワームに襲われる心配が無い」


 地面を走る音を聞きつけてくるワームは、空を飛んでいる以上襲ってくる心配はない。それどころか、ハンターイーグルほどの強い魔物に、自ら挑む魔物も珍しく近くにいた魔物が逆に逃げ出すほどだ。

 悠然と空を飛びながら、隼人は階段を目指す。しかし、しばらくするとハンターイーグルの高度が徐々に下がり始めた。

 顔を締め付けてみても、一向に元の高さに戻ることは無い。それもそのはず、単純に体力が切れたのである。

 さすがにハンターイーグルと言えど、人一人を抱えて飛び続けるのはかなりの労力を要する。その上、時々顔を締め付けられては、強制的に真っ直ぐ飛ばされるのだから、疲労も心労も凄い勢いで溜まってゆく。


「あらら」

クケー……


 しばらくして、ハンターイーグルは完全にへばってしまい、地面へと降りてしまった。

 そこで隼人は、初めて肩で息をする鳥というものを見た気がした。

さすがにこうなっては飛び続けることはできないだろう。


「まあよく頑張ったよ。階段も近いし、今回は見逃してやろう」


 何となく愛着の湧いたハンターイーグルを残して、隼人はすぐそこまで来ていた階段へと向かって進んで行った。

 そして、別の階層でもハンターイーグルを捕獲し、移動手段として使った後、とうとうずっと飛んでいられる方法を確立したのである。

 それは三交代制のローテーション移動だ。ハンターイーグルを三羽捕獲し、一羽に自分を運ばせ、その後ろに残りの二羽を連れていく。乗せているハンターイーグルが疲れてきたところで、別のハンターイーグルに交代して、先頭を飛ばせるというものだ。

 ハンターイーグル自体がソロで行動する魔物のため、三羽も集めるのは大変だったが、別の階層から一羽ずつ捕獲して連れてきてしまえば、どうと言うことは無かった。

 これが、挑戦者(アッパー)達の見た、三羽で飛ぶハンターイーグルの正体であった。


 空を飛び、魔物との戦闘を極力避けることとなった隼人は、一日で二十階層まで踏破することになってしまった。

 ある意味、当初の予定通りの速度に戻ったとも言えなくないのだが、魔物との戦闘が少なかったため、手に入った魔石の数が少ない。

 最初のハンターイーグルに始まり、ジャイアントワームの魔石が一つ、そして、移動用に使っていたイーグルたちを最終的にはバッサリ斬って手に入れた魔石が三つ。

 紅魔石は合計五つとなったが、これだけではやはり少なく感じる。大きさもまだ小さいため、蓮華が満足するかといえば、おそらく無理だろう。


「二十一階層からはもう少し狩るか? けど、三十超えてからでもいいかもな」


 魔物の強さは、上に行けばいくほど強くなる。ならば、この段階で狩らずとも、三十階層以上の迷宮区画になれば、嫌でも戦闘は増えるはずなのだ。そこで魔石を集めてもいいかと考える。

とりあえず、今日はここでキャンプを取り、明日明るい状態で砂漠エリア突入することにした。

 階段と階層の扉付近には魔物は生息していない。おかげで、隼人は昨日と違いゆっくりと眠ることが出来た。

 そして翌朝、砂漠エリアへと足を踏み入れる。




 砂漠エリアは、砂漠と言ってもそれほど過酷なエリアでは無い。気温は他の階層と同じぐらいであり、地面がひたすら滑らかな砂に覆われているだけの普通のエリアだ。これも、この塔が挑戦者(アッパー)の第一歩だと言われる理由でもある。

 足場こそ酷い物の、環境としてはそれほど辛くないため、比較的体力の消費も少ない。まるで、砂漠での魔物との戦い方を教えるために設置されたようなエリアだと言っても過言ではないだろう。

 そんなことを、二十一階層にいたサポーターから聞いた隼人は、意外と楽なのかもと思いつつ砂漠を進む。

 オアシスも一定間隔で設置されており、水筒が二つもあれば十分というダイゴン達の意見にも納得できる。

 しかし、隼人としてはこの砂漠エリア好きでは無かった。当然だろう、これまで重宝してきたブレードギアが完全に役立たずになってしまっているのである。


「別の移動方法考えないとな」


 最初ブレードギアで進もうとした時、砂にタイヤがとられ全く進まなかったのだ。仕方なく徒歩で進んでいるが、やはりそれでは移動速度がかなり遅い。

 別の方法と言っても、今の所あるのは、現地で魔物を捕まえることぐらいである。

 ハンターイーグルを連れて来ればよかったと思いつつ、空を見上げていると比較的低い所を飛ぶ存在を見つけた。


「お、別の魔物か」


 羽ばたいて飛んでいることに変わりはないが、その体には四肢があり、トカゲのような尻尾も生えている。

 飛んでいるのならば、ハンターイーグルと同じように運んでもらえる可能性がある。


「とりあえず落としてみるか」


 高度も低く、全魔力を使えば何とか縄が届く距離だ。

 隼人は、狙いを定めて、上空目掛けて縄を放つ。普通の縄ならば当然届かない距離だが、物質魔力の縄は蓮華の糸と同じく自由に操れる。当然減衰などすることも無く、まっすぐに飛んだ縄は魔物の尻尾に結び付いた。

 突然の出来事に、魔物は驚いたのかその場で慌てたようにバタバタともがく。

 隼人はその隙を逃さず、縄を地面に向けて思いっきり引っ張った。


 ズドンッ!


 凄まじい衝撃と共に、魔物が砂漠へと突っ込む。砂煙が高々と立ち上り、魔物の姿を隠した。しかし、縄はしっかりと繋がっているため、相手の動きははっきりと分かる。もし、こちらに襲い掛かってくるようならば、縄でがんじがらめにするつもりだ。


「どうだ」


 縄の感触は相手が動いているようには感じない。

 とりあえず魔物の姿を肉眼でもとらえるために、縄を引いて魔物を砂煙から引っ張り出す。そして、ゆっくりと慎重に自分の元へと引き寄せる。


「こ、こいつはッ!」


 落下の衝撃で気絶しているのかピクリとも動かないそれは、子供ほどの大きさだった。背中からは竜のような羽を生やし、腰と尻の間から太いトカゲの尻尾が生えている。

 腕は手首から肘までが鱗で覆われており、小さな手に生えている爪は、刃物かと思えるほどに鋭い。

 そして、そんな特徴を全て吹き飛ばすようなその体。それは、まぎれも無く人間だ。

 ローライズのホットパンツと黒のタンクトップにショート丈ジャケット。


 その姿は、以前ギルドでなぐり合った少女、リュンであった。


 塔内での邂逅。

 隼人は偶然にも、ギルドでの会話を再現することになったのである。


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