マギアブレード
荒野を疾走しながら、隼人は飛びかかってきた岩色のトカゲを魔力剣で斬り裂く。
森林と違い、荒野にはあまり姿を隠せるような所は無い。そのため、注意しなければならないのは、岩や地面と同色になり擬態している魔物だ。
今のトカゲも、普段は岩に張り付き獲物を待ち、近寄ってきたところで鋭い尻尾の棘から毒を注入する危険な魔物である。
クレアたちから一応毒消しを貰っているとはいえ、無駄に喰らいたくない攻撃だ。
森の中では、全方向から襲われる可能性があり、常に緊張を張り巡らしていたが、荒野の場合は、そんなトカゲや蛇がいそうな場所だけ注意すればいいため、意外と楽だと隼人は感じていた。
それこそ、最初に襲われたワームのように、地下からでも来ない限りは隼人でも対処できるレベルだ。
「さて、そろそろキャンプ地を探さないとな」
ブレードギアの分だけ高くなった視線で、周囲にキャンプ地が無いかを探す。
ワームから逃げている間に、かなりの時間を浪費してしまっており、まだ十三階層だというのに、すでに日が傾き始めている。
予定では十五階層位までは行きたかったため、かなりの遅延だ。
「お、あった」
さらにしばらく進むと、最初に逃げた時ほど大きくは無いものの、人がかなりの数乗れそうな岩を見つけた。そこには、キャンプ地の証である白い旗がしっかりと立っている。
「誰もいないか……ハズレだな」
上の階層に進むにつれて、次第に人は減っていく。キャンプ地で一緒に夜を明かすことも少なくなるため、火の番が大変になるのだ。
やはり、チームを組むことも考えないといけないかと思いつつ、岩の上へと登る。
そこには、前のチームが使ったのかたき火の後がそのまま残されており、すぐにでも使えそうである。
荒野のため薪自体は貴重品となるが、ダイゴン達のアドバイスに従い森林エリアのうちに薪を拾っておいたため、その心配も無い。
隼人は素早く野営の準備を進め、夜に備えるのだった。
夕食を食べ終えた隼人は、久しぶりに物質魔力の訓練を行っていた。
「マギアメイル」
隼人がつぶやくと、蓮華たちと考えた魔力の鎧が一瞬のうちに隼人を覆う。その状態から、さらに剣を生み出し構える。
「やっぱ不安定になるな」
構えた剣は、いつも使っているよりも魔力量が少なく、どことなく色も薄い。
ためしに近くの岩を切ってみたが、いつもよりも切れ味が鈍い気がした。それでも、簡単に岩を真っ二つに出来るだけ、威力としては十分なのかもしれないが、今後出てくるだろうより強力な魔物と戦うことを考えれば、この不安定さは解消しておきたい所だ。
「さて、どうしたもんかね。魔力が足りない訳じゃないだが」
問題の大部分として、マギアメイルを維持することに意識を持って行かれることがあげられる。
そこで蓮華の言葉を思い出した。
「確か、言葉にすればイメージが強固になるんだっけ?」
それはマギアメイルを作っている最中に聞いた話だった。
マギアメイルは、ただの鎧だが色々と細部に装飾のように溝が出来ている。これは元々の鎧の模様をそのまま模した物だが、ただ鎧を作る上では必要無いものだった。
最初は隼人も、模様無しで作ろうと思っていたのだが、実際に装備してみるとのっぺりとした感覚が非常にダサいと大不評を受け、仕方なく模様も入れたのである。
だが、簡単に模様を入れるといっても、意識して鎧に溝を作っていかなければならないため、非常に難しいのだ。
そこで、蓮華から出た言葉だった。
蓮華の話では、言葉というのは、そのイメージを形作る上で非常に重要なものだということだ。
何かを覚える場合にも、ただ目で見ただけよりも、自分で口にした方がしっかりと記憶に刻まれるのはよく知られている。五感の内の三つをその情報に割くからだと言われているが、それを物質魔力にも利用したのである。
蓮華はまず模様の無い鎧を隼人に作らせ、そこに意識して少しずつ模様を入れさせていった。そして最後に、隼人が鎧を身に着けた姿を鏡に見せて、鎧の全体像を一つの絵として記憶させたのである。
これにより、腕や胴、頭といった一つ一つのパーツを意識して作る必要は無くなり、一度の展開で全ての鎧を生み出せるようになった。
同時に、鎧一式に名前を付けて、それを呼びながら展開させることで、マギアメイルとは、その模様も含めた鎧全てであると認識させたのだ。
隼人もそれを応用する。
一度マギアメイルを解除し、いつもの魔力剣を生み出す。
「鎧がマギアメイルだし、マギアブレードでいいか」
安直な名前だが、関連性を持たせられる分有効かもしれない。
そう思いながら、自分の剣をマギアブレードと名付けた。しかし、ここで少し待てと考える。
どうせ名前を付けるなら、もっと便利なことが出来た方が良いのではないだろうか。せっかく自由自在に変化する剣なのだ、その特性を利用しない手は無いだろう。
「ロマン武器。やっぱ変形武器だよな」
剣から銃に変形したり、槍になったりする武器は、漫画の中だけの代物だ。しかし、この世界で物質魔力を使えばできるかもしれない。飛び武器の銃は物質魔力の制約上不可能だが、他はできる可能性が十分にある。
隼人は、剣状の物質魔力の形を少しずつ変化させる。
蓮華と旅をしていた間に色々と武器をためしていたのが、ここで役に立った。
剣の先から少しずつ横に刃を伸ばし、剣先だけが鎌のように曲がった物が完成する。突きから引き攻撃でこの形態を使えば、相手の意表を突くことが出来るだろう。
さらに、今度は持っている柄を槍のような長さまで伸ばす。
これならば、突然剣が伸びてきたように感じるだろうが、そもそも刀身自体を伸ばせばいいのかと、これは却下になった。
その後、さまざまな形へと魔力剣を変化させていき、それぞれに名前を付けて夜は更けて行った。
パチッとたき火の爆ぜる音で、隼人の意識が覚醒する。
「おっといけねぇ……ウトウトしちまってたか」
弱くなってきた火に薪を足しながら、隼人は周囲を確認する。
完全に暗闇に包まれた荒野は、どこまでも不気味で、時折遠くから聞こえてくる魔獣の声や、地響きが恐怖を掻き立てる。
と、不意に隼人の耳に聞きなれない音が飛び込んできた。
「なんだ?」
地響きとも違う、鳴き声でもない。言うならば、風を斬るような音が、次第に大きくなる。
警戒するように辺りをうかがうが、闇は隼人の視界を遮り、音の発生源を見せることは無い。
「マギアメイル」
襲撃に備え、鎧を纏った瞬間、頭上から鷹のようなピヒョーっという鳴き声が響き渡った。
「上か!」
見上げたそこには、大きな羽を広げ、爪を隼人に向かって振り下ろさんとしている魔物の姿。
隼人はとっさにその場から転がることで、その攻撃を回避する。
直後、ズバンッと魔物が地面に激突し、クレーターを生み出した。
ヒョーロロロロ!
得物を仕留め損ねた魔物は、一鳴きしてその羽を羽ばたかせると、素早く空の闇へと隠れてしまう。
「マジかよ。やべぇのが来たな」
隼人は魔物が飛び立った後を見て、表情を引きつらせる。
魔物が造ったクレーターは、一メートルほどの深さにも達するものだ。ここが普通の地面ならば、他の魔物でも可能なものはいるかもしれないが、ここはワームの突撃すら耐える強固な岩の上である。その岩を空からの一撃で一メートルも砕いたのだ。もろにその攻撃を受ければ、マギアメイルの上からでも体を破壊されかねない。
隼人は素早く立ち上がり、マギアブレードを作り出した。しかし、肝心の相手がどこにいるのか分からない。
「どうする……」
必死に周囲を見渡すも、闇が全てを包み込み、聞こえてくるのは魔物が風を斬る音だけだ。
「音、音か」
初めて野営をした時のことを思い出す。彼からのアドバイスに従い、隼人は音に感覚を研ぎ澄ませていく。
もともと周囲は闇ばかり、視界の情報は最小限に抑え、耳に入ってくる情報にひたすら集中する。
ヒューっという音が次第に近づいて来た。
徐々に音は大きくなり、濁音が混じったようなゴーッという音へと変化する。そこまで来れば、隼人でも敵の場所が分かる。
「そこか!」
隼人は音のする方向へマギアブレードを向け、その刀身を全力で伸ばした。
直後、グサッと隼人に確かな手ごたえが伝わる。
「うし、当たった!」
ピャァアアアア!
「何!?」
手ごたえに、勝利を確信した時、鳴き声と共に、片羽を失った魔物が隼人目掛けて突っ込んでくる。
マギアブレードは確かに魔物の羽を切断した。しかし、高高度からの急降下で一度付いた速度を止めることはできなかったのだ。
「クソッ! マギアブレード、チェーンシフト!」
それは、ついさっきまで隼人が考えていたマギアブレードのモードチェンジ。刀身が鎖状に変化し、魔獣へと巻き付き自由を拘束する鎖だ。
「この野郎!」
魔物に巻き付いた鎖を思いっきり引っ張り、魔物の軌道を強引に隼人から逸らす。
直後、ズドンッと激しい音と共に、魔物が岩へと叩きつけられた。それは隼人のすぐ横を通り抜け、後方に二つ目のクレーターを生み出す。
背中から砕けた石の破片が襲い掛かり、マギアメイルがバチバチと音を立てて石を防いだ。
「あぶねぇ……」
間一髪で直撃を避けることが出来た隼人は、チェーンシフトを解除して通常のブレードモードに戻し、クレーターの中を覗きこむ。そこにはいまだに若干の息がある鳥形の魔物がいた。
ようやく見ることの出来た魔物の全体像は、まるで巨大な鷹のようだ。鋭く尖ったくちばしに、キリッと吊り上った眼。空気の抵抗を極限にまで減らすように計算された羽のフォルムは、細く尖っており思わず隼人は胸をときめかせる。
着地の衝撃に耐えられなかったのか、隼人を襲った太い足は二本ともがあらぬ方向へと曲がり、関節からは骨が覗いていた。
魔物は隼人と視線が合うと、弱々しく声を上げながらも、その眼にはいまだ闘志が宿している。
「俺の勝ちだな」
隼人はそんな魔物の元まで歩み寄り、剣を魔物の首元へと向けた。
「お前の魔石はいただいていく。弱肉強食だ、悪く思うなよ」
魔物へと向けた剣を首に突き差す。さすがに皮膚が鋼のように固い事も無く、すんなりとマギアブレードは首へと刺さり、魔物の息の根を止めた。
それと同時に、魔物の変化が始まる。
粒子状に飛び散った魔物の体は、渦を巻くように一点に集束し、その姿を魔石へと変化させた。
「なるほど、これがクレアたちの言ってた濃縮された魔石か」
拾い上げた魔石は、魔石の割れ目から赤色の光が発光を繰り返している。今までの緑の発光よりも力強く感じるのは、気のせいではないだろう。
「これなら蓮華も満足するだろ。まあ、一つじゃ色々言われるだろうけど」
とりあえずこれを最低でも十個。それを目標に、隼人は三日目の朝を迎えるのだった。