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奴の魔法は物理的!  作者: 凜乃 初
第一歩
32/60

即席チーム進撃

「忘れ物は無い?」

「ああ、全部そろってる」


 夕食の後、蓮華の協力を得て全ての準備を済ませた隼人は、屋敷の前で蓮華やロウナ達からお見送りを受けていた。


「けど、この時間から出発して大丈夫なのでしょうか? 塔行きの馬車はこの時間にはほとんど動いていないと聞きますが」


 日が傾くころには、塔へ向かう馬車の運行量は極端に減ってしまう。それは、向こうから戻ってくる者はいても、この時間から向こうへ行く挑戦者(アッパー)は非常に少ないからだ。人数が揃わない以上、一人二人では馬車は出ないため、待ち損になっしまう可能性もある。それを考慮して、大抵の挑戦者(アッパー)は昼のうちに移動を済ませてしまうため、余計に夕方以降の馬車が減ってしまうのだ。


「大丈夫。移動手段は確保してあるから心配すんな」

「それより、しっかり魔石を確保してきなさいよ」

「分かってるって。きっちりお仕事してくるさ。じゃあ行ってきます」

「行ってらっしゃいませ」


 ロウナが深々とお辞儀をし、婦人が微笑みながら手を振る。娘のシシルも二度の食事でようやく隼人に慣れてきたのか、体の半分を母に隠しながらも、小さく手を振ってくれる。

 そして蓮華は、腕を組んで堂々と隼人を見送った。



 ブレードギアを利用して、日が落ちる頃には塔の麓へと到着した隼人は、そこでさっそく今晩の寝床を探すために宿を目指す。

 前回は適当に目に付いたかなり豪華な宿に泊まったが、今回は以前泊まっていたところと同じような場所を選択する。素泊まりで銅貨一枚は、挑戦者(アッパー)には非常に助かる優しさである。


「さて、飯は終わってるが」


 部屋の窓から見える大通りには、屋台が立ち並び男たちの楽しそうな笑い声や話し声が聞こえてくる。時間もまだ寝るには早く、少しばかり遊びに行くことにした。

 宿を出て適当に露店街をふらついていると、もはや腐れ縁なのではないかというような確率で彼らに遭遇した。


「なんか、こっちでばっかりよく合うな」

「そだね。まあ座って座って」

「おう、何飲むよ?」

「とりあえず果実酒かな?」


 露店街に設置されたテーブルで食事を楽しんでいたダイゴンとクレアである。


「二人はもう塔に登ってきた後か?」

「ううん、私たちは明日から」

「今日は明日に備えて英気を養うって訳だ」

「なるほどな。だからあんまり飲んでないのか」


 酒好きのダイゴンが、今日はあまり酒を飲んでいない。それは、明日からのアタックに備えてだった。


「隼人はどうなんだ?」

「俺も明日から。とりあえず今回は行ける所まで行くつもり」


 蓮華たちには三十階層到達が目標と言っていたが、その後は一般的な迷宮区になる。そこまで来ると、地形の問題よりも魔物の強さが問題になってくるため、今の隼人の力ならば、さほど問題はないだろうと考えていた。

 そこで、到達目標としては三十階層を指定し、それ以降は行ける所まで行けるといった感じに決めている。


「そっか、なら私たちと一緒に動いてみる?」

「お、それ良いな」

「二人とか? でも、前他人をチームに入れることはないって言ってなかったか?」

「まあ、移動速度の問題だからな。隼人の話を聞くに、お前なら付いてこられるだろ?」

「まあ無理なことはないが」


 ブレードギアを使えば、森林区画でも十分付いていくことはできるだろう。


「じゃあ一緒に行こうよ! 前の魔法も興味ある!」

「ああ、あの琥珀色の奴な。俺も結構興味あるぞ。なんせ、ギルドが結構必死になって探してたからな」

「俺をか?」


 思わぬところから、ギルドの現状が聞けそうな気がした隼人は、とりあえず深く掘り下げてみることにする。

 ギルドから探されているということは、もしかすると容疑者として指名手配されている可能性もあるが、ダイゴン達の反応から察するに、一般の冒険者にはまだ捜索依頼程度の情報しか回っていないと判断した。


「おう、結構な人数から苦情が来てるらしいから、その注意をしたいんだとよ。もし見つけたら、ギルドに顔を出すように言って欲しいって触れが回ってるぜ」

「マジか」

「塔から帰ったらみっちり絞られて来い」


 クックックと笑うダイゴンをよそに、隼人は絶対にギルドには近づかないと思いつつ、果実酒を煽る。


「それでどう? 一緒にアタックしてみない?」

「二人がそれでいいんなら、俺としては助かるが」


 わざわざ毎回キャンプ地で仲間を探すよりも、やはり最初から一緒に行動するメンバーがいた方が気楽なのは確かだ。しかも、その仲間が上層階のことをよく知っているのだから、初めての上層階アタックの身としてはありがたいことこの上ない。


「じゃあ決まりね! 一の鐘が鳴るぐらいに塔の東ゲート前に集合ってことで」

「了解」

「じゃあ、明日からの挑戦を祈願して」


 そう言ってクレアがコップを持ち上げる。それに続くようにダイゴンもコップを持ち上げた。

 隼人は、中身が半分ほどになってしまったコップを持って、それに続く。


『乾杯!!』


 カチンとならされたカップからは、酒がこぼれることは無かった。




 翌朝、東ゲートへ行くと、相変わらず挑戦者(アッパー)達がゲート前で順番待ちの待機列を作っていた。


「二人は……」


 辺りを見渡しながら、歩いていると、待機列の中から声を掛けられる。


「隼人! こっちだ!」

「おはよう新人君! 今日は頑張ろうね!」

「ああ、よろしく」


 二人はダイゴンが背中に大きな荷物を背負い、クレアが小さなリュックを背負っている。明らかに量の分担がおかしいが、二メートルを超すダイゴンの体型を見てしまうと、それも仕方のない事かなと思えてくる。


「新人君は荷物多いね」

「そうか?」


 隼人は背中のリュックにテントなども強引に巻きつけているため、かなり大きく見える。それに加えてショルダーバッグを持っているのだから、他の者からすれば確かに物が多く感じるだろう。

 しかし、ソロで動くことが基本の隼人では、どうしても荷物が多くなってしまうのは仕方のない事だ。

 二人や三人ならば、コンロやランプはチームで数個あればいいが、個人でも数個必要になるものだ。分担出来る物も全て一人で持たなければならないソロの辛い所だろう。だからこそ挑戦者(アッパー)にソロは非常に少ないのだ。


「まあ重さ自体はそこまでないし、あんまり気になんねぇな。戦う時はそこらへんに放り出しておくし」

「それもそっか」


 その後、しばらくフォーメーションの相談をしたり、夜警の順番を決めたりしながら過ごしていると、三十分ほどして隼人たちの順番が回ってきた。


「お次の方! お待たせしました、どうぞ」

「俺達だな」

「レッツゴー!」

「よし、血覚して一気に駆け抜けるぞ。隼人も遅れるなよ」

「任せろ」

『血覚!』


 とたん、二人の威圧感が一気に膨れ上がり、森がざわざわを音を立てる。

 鳥が飛び立ち、周囲は一瞬の騒々しさに見舞われた。


「それが血覚か」


 血を覚醒させた獣人たちは、個々の個体差はあるものの、その姿を獣へと近づける。

 ダイゴンは全身を厚い体毛に多い、顔もかなり熊に近づいている。しかし、しっかりと二足で立ち、背筋も伸びていることからある程度人間の骨格も維持していると推測出来た。

そしてクレア。

 こちらはダイゴンと違い、血覚による獣化がだいぶ少ない。大きな変化といえば、猫耳と尻尾が生え、頬からヒゲが飛び出している程度だろう。

 しかしよく見れば、その爪は鋭く固く尖り、牙も発達している。

 瞳孔が縦長へと変化しており、まさしく獣の目をしていた。


「にゃは、ダイゴン!」

「ああ」


 クレアに一つ頷き、ダイゴンがその四肢で地面を踏む、そして、クレアがその場から身軽に飛び上がると、ダイゴンが背負っている荷物の上に着地した。


「隼人、しっかり付いて来いよ」

「それで走るのか?」

「俺が走ってクレアが討伐。これが俺達のやり方だ」

「なるほど。なら俺も行くか」


 軽く前蹴りを出すような感覚で足を突きだし、そのタイミングに合わせてブレードギアを構築する。


「それが隼人の魔法か」

「そんなところだ。先行してくれ、俺は後を追う」

「いいだろう。クレア掴まっていろよ!」

「にゃん!」


 クレアがダイゴンのリュックに爪を立ててしがみ付く。それを確認して、ダイゴンはもうダッシュで駆け出した。そのすぐ後を隼人はブレードギアのアクセルを全開にして付いていく。

 大量の土埃を撒き上げながら、三人が前の集団を驚かすのは、それほど後のことでは無かった。



「クレア!」

「分かってる!」


 林道を疾走しながら、突然ダイゴンが声を上げる。それに合わせて、クレアが背中の上で四肢に力をみなぎらせた。

 隼人が何をしようとしているのか見ていると、前方の草むらが僅かに揺れる。

 直後、そこから猪のような魔物が飛び出してきた。


「魔物か!」


 隼人が臨戦態勢に移行しようとした時、すでにクレアがダイゴンの上から飛び上がり、魔物に向かって空中から攻撃を仕掛けていた。


「猫落とし!」


 ズバンッと良い音と共に、猪の脳天に目掛けてクレアの腕が振り下ろされる。


「びぎぃぃぃ!!!」


 魔物は頭部から血の噴き出しつつ、奇声をあげてその場でのた打ち回る。そこにクレアがトドメをさすべく足を後方へ振り上げた。


「必殺! 猫キック!」


 振り抜かれた足は、のた打ち回る魔物の腹を真芯で捉え、魔物の口から盛大に血が噴き出す。そしてピクリとも動かなくなった魔物は魔石へと姿を変えた。

 小さな物だが、クレアは一応その魔石を回収する。

 そして、再びダイゴンの背中へと登り、ダイゴンが走り出した。

 魔物との戦闘は数秒にも満たない。隼人はその流れるような動きに感銘を受けた。


「スゲーな! 今のが二人の戦い方か」

「すごいでしょ! 猫の拳は岩をも砕くだよ!」

「それもだけど、なんであんなに早く魔物の位置が分かったんだ?」


 確かにクレアの攻撃も苛烈で凄い事は凄いのだが、それよりも隼人が興味を持ったのは、ダイゴンやクレアの魔物を見つける速度だ。

 隼人が魔物を見つけたのは、草むらが動いたとき。だが、ダイゴンが最初に声を上げたのは、それよりもかなり早いタイミングだ。そして、その時にはクレアも魔物の存在には気づいていた様子だった。


「あれは獣人の特徴だ。俺達は血覚すると獣のように気配に敏感になる」

「だから、あの魔物の気配もすぐに分かったんだよ。これは純粋な人でも経験で出来るようになるらしいよ?」

「そうだな。塔の上層階を攻略している奴らはだいたいできるだろう。むしろそれができないと、通路の角で出会いがしらに殺されるからな」

「マジかよ」


 隼人としてはあまり聞きたくない現実だった。


「まあ、それは自然と身に付く物だ。特訓でどうにかなるようなものじゃないし、そこまで考えなくてもいいだろう。生きものなんて、自分の命が危なくなれば、おのずと必要な能力が芽生える物だ」

「その時点で命無くなってる可能性があるんだが……」

「それよりも、俺達の戦い方は見せたぞ」

「そうそう。次は新人君の番だよ! ほら、そこの草むら」

「お、おう!」


 クレアが指差した草むらから、ちょうどよく狼の魔物が飛び出してきた。


「群れか。隼人、手を貸すか?」

「必要ねぇな!」


 道を塞ぐように飛び出してきた狼は合計六匹。ダイゴンの助けを断り、隼人はブレードギアの速度を上げる。

 ダイゴンを追い抜き、先頭に出ると狼たちは特殊な動き方をする隼人に警戒し、低く唸り声をあげながら、四肢に力を入れた。


「何匹いようが、まとめて薙ぎ払えば問題ねぇ!」


 隼人が造り出した魔力剣。それを振りかぶりながら、刃を六メートル程度まで伸ばす。


「死ね!」


 振り下ろされた魔力剣は、狼たちを一斉に斬り裂き、一掃する。

 ヒューっと後ろから口笛が上がり、パチパチと拍手が聞こえた。


「やるね! それが新人君の武器なんだ」

「おうよ、便利だろ」

「その靴も同じ魔法でしょ? 凄い便利過ぎ! 私も欲しい!」

「クレアには血覚があるだろ。俺からしたら、それがうらやましいよ」


 魔石を回収し、再び走り出す。

 ほぼノンストップで走り続ける隼人たちは、僅か一日の移動で七階層まで到着するのだった。



 野営の準備を終え、隼人は二人と共にたき火の傍に座っていた。


「新人君もなかなか良い動きするね。ソロでコッケ先生を倒しただけのことはあるよ」

「そうだな。あのレベルなら、上層階でも魔物は問題ないだろう。ただ、気配察知に弱いのがやはり問題だな」

「だよな」


 七階層まで進んでみて分かったのは、やはり気配察知の大切さだった。

 進行中、出てきた魔物のほとんどはクレアが処理してしまっている。隼人も、気付けば倒そうと思っていたのだが、隼人が気付く前にクレアたちが発見して、動き出してしまっているのだ。おかげで、隼人が倒した魔物は、クレアたちに譲ってもらった物ばかりだ。


「てっとり早く相手の位置を分かる方法ってないかね?」

「それはないだろ。皆そこを苦労して乗り越えるんだ」

「そだね、獣人も血覚ができるようになるまでは、今の新人君と同じような悩みを持ってたよ」

「獣人って子供でも血覚できる訳じゃないんだな」


 獣人ならば誰でもできると思っていた隼人は、クレアの言葉に少し驚く。


「うん、感覚的には、血覚ができるようになれば一人前って感じかな?」

「あれは色々と便利だからな。俺達みたいな戦闘職のみならず、職人系の仕事にも血覚を使うものは結構いる」

「感覚が鋭くなるからか」

「そういうことだ。まあ、一番多いのは挑戦者(アッパー)で次が騎士だがな。やはり獣としての力は、戦って生き残ることに重点が置かれていることが多い」


 弱肉強食の世界で、獣たちは戦ってきた。その自然界の中で生き残るための能力は、やはり戦いの中で比類なき強さを発揮する。


「とりあえず、近道はないってことか」

「そうだね。特訓あるのみだよ!」

「明日は隼人が先頭を走ってみるか? 実際に体験すれば、それだけ経験になるだろ。俺達も後ろからサポートするし、仲間がいるうちにそういう訓練はしておいた方が良い」

「そうだな、なら明日はサポートを頼む」

「了解。最高の猫応援をしてあげよう!」


 にゃんっとポーズをとりながら、クレアが可愛らしくウィンクを投げる。


「普通にサポートしてください」

「ぶーぶー」


 クレアが頬を膨らませ抗議する中、隼人は弱まってきたたき火に薪を投げ入れるのだった。


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