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奴の魔法は物理的!  作者: 凜乃 初
第一歩
31/60

マギアメイル

「はぁぁ……疲れた」


 騎士団の接近前に何とかバザロのメンバーを殲滅した隼人たちは、外壁から少し離れた安全な位置で待機していた馬車に乗って屋敷へと戻ってきた。

 隼人は、蓮華の書斎にあるソファーで背もたれにぐったりと背中を預け、大きく息を吐く。そこに、ロウナがティーカップを差し出した。


「お疲れ様でした」

「ありがとさん」

「あらあら、主人より先に客人にお茶を出すなんて、すっかり専属メイドになっちゃったわね~」

「あ、あのそれは。すみません! すぐに」


 ニヤニヤと笑みを浮かべる蓮華は、顔を真っ赤にしながら慌てるロウナを見つつ隼人に尋ねる。


「それで、明日どうする? 予定通り塔に行くの?」

「そのつもりだけど、何でだ?」

「さすがに今日暴れすぎたし、準備も中途半端でしょ?」


 買い物の途中でロウナを攫われてしまったため、乾物の補充がまだなのだ。今から買いに行くこともできるが、さすがに大暴れした後のため、町の兵士や騎士団もピリピリしており、可能性があるというだけで職質されかねない。


「けどここまでやっちまうと、明日明後日でどうにかなる訳でもないだろうしな」


 それならば、いっそのこと塔の中に逃げ込んでしまうというのも一つの手だろう。むしろ、その方が騎士団の目を逃れる方法としては有効な可能性も高い。

 低階層では挑戦者(アッパー)の数も多いが、上層階にまで行けば、人の数もかなり減り、そもそも人目に付くことすら減るはずなのだ。


「それもそうね、なら足りない食料はこっちで用意してあげる。今日の夕方までには集めといてあげるわ。道具類は揃ってるんでしょ?」

「ああ、そっちは攫われる前に全部そろったからな。じゃあ乾物系だけ頼むわ」

「その事なのですが」


 蓮華の分のお茶を持ってロウナが戻ってくる。


「どうしたの?」

「買った物を攫われる際に落としてしまいまして、根菜類も全て無くなってしまったんですが……」

「あら、そうだったの」

「ならそっちも頼めるか?」

「分かったわ。メモみたいなのある?」

「これだ」


 買い物用のメモを取り出し蓮華に渡す。

 蓮華はそれをざっと確認すると、ロウナにメモを渡し料理人に在庫があるかどうかを確かめるように言い付けた。


「承りました」

「足りない物は、夕方までに買い足させなさい。費用は別途で出すから」


 貴族とは言っても、男爵家程度では無尽蔵に使える金が集まると言う訳ではない。イゾイー家でもそれは同じであり、料理人は毎月指定された金額の中で食材を買い、屋敷の住人と使用人全ての腹を満たしているのだ。

 今回のように、別途で買わなければいけない事情が出た場合は、それを加味して費用を補充しなくてはならないのである。

 ロウナはメモを受け取り、部屋を後にする。それを見送って、隼人は今更な疑問を口にする。


「そう言えば、イゾイー家ってどうやって稼いでるんだ? 国から爵位で給金が出るのは知ってるけど、それだけじゃ足りないだろ?」

「そうね、男爵だとまだ土地も持ってないから、税の徴収とかも無いわ」


 シャノン王国では、男爵までの貴族階級に土地を与えていない。土地が与えられるのは子爵級以上であり、ほとんどが世襲で受け継がれているため、子爵以上の貴族が増えるというのは非常に稀なことだ。

 しかし、戦争や技術、商売などで何かしらの功績を立てた者は意外と簡単に貴族の仲間入りを出来てしまうのがシャノンの特徴だ。

 そして、男爵以下の貴族は給金こそ出るものの、その額はやはり少な目であり、貴族として生活を送るにはいささか足りない。

 商売や技術の功績で貴族に取り上げられた者は、その成功による儲けで大抵賄えてしまうため問題ないのだが、戦争による功績の場合少し問題がある。

 貴族になったはいいが、それを維持できるだけの収入が無いでは、貴族としても国としても威信にかかわる。

 そこで生み出されたのが、代理管理と呼ばれる仕事だ。

 これは、土地を持つ貴族が、その土地の一部を男爵以下の土地を持たない貴族に管理させ、その仕事に見合った給料を土地の税金などから支払う仕組みだ。

 この制度が生まれるのは当然というもので、爵位が上がれば必然的に国に関する仕事も徐々に増えてくる。国政に参加することとなれば、王都に常駐するのが普通であり、それに加えて広大な自分の土地の管理まで任されたとあっては、どれほど優秀な人間でも手が回らない部分は出てきてしまうのだ。

 そこを補うのが男爵以下の代理管理貴族である。イゾイー家もこれに含まれていた。

 イゾイー家が管理するのは、ベルデを中心として広大な土地を管理する、エクレスト侯爵の土地の一部であり、ベルデに近い分、人も多く収入もなかなか良いのだ。


「なるほど、けどあいつが管理してて大丈夫だったのか?」


 ベッドの上で寝たきりになっているイゾイー男爵を思いだし、隼人は首を捻る。どう頑張っても、あの二世俗物色欲魔がまともな領地経営をできるとは思えなかった。


「なにも本当に自分が管理する必要がある訳じゃないもの。先代から仕えてた有能な執事に一任してたらしいわ。だからこんなところにお屋敷なんか立てて、悠々自適に欲情三昧なんて出来るのよ」

「なるほど。んで今は?」

「もちろん執事任せよ。完全に足もと見られた給金だったから、大分上げておいたけど」


 父の代から仕えていたその執事は、もともと奴隷としてイゾイー家に買われ、その有能さを評価したイゾイー父が奴隷から解放し、正式に執事として雇ったのである。

 そのため、ダメ息子であるイゾイー男爵を見限ることが出来なかった不器用な男でもあった。そこを突かれ、ダメ息子に非常に少ない給金で土地の管理を任されていたのだ。


「さすがに私も土地の管理なんてやったことが無いしね。ただ、その人もけっこう高齢だから、執事を新しく一人送って、後継者として育てさせることにしてるわ」

「自分が管理する気は無いんだな」

「あのね……私だって元はただの女子高生よ? そんなの出来る訳ないし、私には最高の人形作りって目標があるの。土地なんかに縛られる訳にはいかないでしょうが」


 蓮華も目的を持ってこちらの世界に来たのである。その目的の為には各地に出かけることもあるはずであり、当然一か所に留まることなどできる訳がない。

 その辺りの感覚は挑戦者(アッパー)と意外と同じであった。

 ただ、生活水準が一定以下なのが許せないだけなのである。


「それもそうか……ってことは、近いうち旅にでも出るのか?」

「まあ、良さそうな技術に目星が付けばね。今は情報集めてる所だけど、何にも収穫ないし。この世界じゃ、情報収集も一苦労よ」


 ネットで調べれば何でも出てきた現代と違い、こちらの主な情報のやり取りは口伝か手紙だ。他の町ならまだしも、国まで跨いで調べようとすると、片道数か月なんてこともザラであり、得た情報すら真偽もままならないと、遥かに情報の伝達能力に乏しい。

 いっそのこと、それ専門に人員を雇ってしまってもいいかと思っている蓮華だが、さすがにそれを行ってしまうと、国からスパイ活動云々で色々言われかねないので、やるならば権力のある人間とある程度面識を持ってからになる。


「と、まあこんな感じでぼちぼちやってるわ。魔力糸の使い方も十分とは言えないしね」

「そう言えば、結構自由に使えるようになってたな。糸で矢とか落としてたし」

「重力無視できるのはやっぱり便利ね。アリスの操り方にも幅が出てくるわ」

「糸引いて強引に引き寄せるのは良いよな。あれ敵からすれば、間合いが極端に分かりにくくなる」


 体の動きや反動を無視して移動できるアリスは、戦っている相手からすれば厄介この上ない。その上、痛みも感じないため恐怖も無く、躊躇いなく突っ込んでくるのだから、隼人としても蓮華アリスペアと戦うのはちょっとごめんだといった感じである。


「まあ他にも色々と駆使してやっとあの動きなんだけどね。それよりも隼人はもう少し何とかならなかったの?」

「なんとかって?」


 自分の戦い方に何か問題があったかと首を捻る隼人。魔力剣の威力調整も大分できるようになってきており、自分としてはさほど問題ないように思っていたのだ。


「あの全身タイツみたいな防御方法よ。ダサすぎるわ」

「そこかよ!」


 蓮華は、隼人が防御の為に自分の体を覆った物質魔力が、全身タイツにしか見えず非常に気にくわなかった。

 同じ武器を持つ者として、もう少し見た目にも気を使って欲しいのである。

 現状は、全身タイツのうえ、琥珀色に発光する人型の変な物体が、剣を振り回しながら人を斬り殺すという、絵面としては最悪の状態なのだ。

 それと同類と思われたくない蓮華は、もう少しまともな見た目にならないのかと提案する。


「防具とか見本はいくらでもあるんだから、それを参考に造形すれば簡単でしょ?」

「けど、防具って関節空いてんじゃん。あれなら隙間なく防御できるし」


 防具の弱点として一般的な物は、そのつなぎ目やどうしても稼働させるために覆えない肘や膝、首なのだ。それを全て覆える物質魔力は確かに防御方法としては見た目さえに気にしなければ最適だろう。

 だが、ここであきらめる蓮華ではない。


「でも、あれだと魔物に間違われてもおかしくないわよ? 実際、ギルドに行ってる苦情がその類だし」

「まあ、そうなんだけど。けど、鎧のイメージっつったってな」

「それに、全体的に薄く覆うよりも、一部分に分厚く纏ったほうが防御面では有利じゃないの? 正直、脛の裏とか覆っても意味ないでしょ? 魔力の無駄よ」


 魔力が無尽蔵にある訳ではないのだ。有限の魔力を適確に使えれば、安全マージンをしっかりと確保しつつ最大威力の攻撃を加えることが出来る。

 一撃で倒せたはずの魔物を、防御に魔力を回していたせいで倒せなかったでは、余分な体力を奪われることになるのだ。

 体力勝負の挑戦者(アッパー)でそれはバカというものだろう。


「うーん、まあ考えてみるか」

「うちにも騎士用の武器庫があるから、鎧の参考にしてみてもいいんじゃない?」

「そうだな。よし、考えてみるか」


 隼人の決意に、蓮華は頭の中でガッツポーズを作るのだった。



 ロウナが戻ってくるのを待って、武器庫へと向かう。

 武器庫は屋敷の地下に造られており、その横には騎士の訓練ができる修練場が併設されている。

 イゾイー家が雇っている騎士は、全員で五名おり、その全てが今はバザロホーム襲撃事件の担当騎士として派遣されていた。平時は屋敷の警備なども担当するため、騎士の部屋も地下に備えられていた。


「ほぉ、スゲーな」

「一応派遣騎士の装備だからね。酷い物は用意できないんでしょ」


 派遣騎士はある意味その屋敷の威信の体現でもある。実力のある騎士を雇っている家は、有能な家である証拠であり、その装備の良さは家の経済状況を示している。

 そのため、下手に量産品など装備させようものならば、周りの貴族から笑いものにされるのである。


「どう、参考になりそう?」

「いや、さすがに飾ってある状態じゃ無理だろ」


 鎧は専用の保存台に装備された状態で設置されているが、保存台は上半身だけのマネキンであり、腕や脛、兜などは胴体から飛び出した突起にひっかけられているだけだ。

 この様子を見て、これは素晴らしいと言えるほど、隼人は鎧に精通している訳ではない。


「それもそうね。ロウナ、隼人が着るの手伝ってあげて」

「分かりました。隼人様、どれを着てみますか?」

「とりあえずこれかな?」


 隼人は一番近くにあった、特に装飾もなく機能性を重視したプレートメイルを選択する。胸から胴までを完全に覆うタイプであり、兜も顔全体を隠し、目の部分だけが開く形になっている。馬上槍を構えていそうなタイプの鎧だ。

 初めての装備に手間取りながら、十数分を掛けてようやく一式を装備してみる。中は鉄さび臭く、どこか酸味のある匂いが漂っている。それに我慢しながら、一歩を踏み出す。

 ガシャンガシャンガシャン

 数歩進んだところで隼人の足が止まった。不思議そうに隼人の様子を見つめる二人に、隼人は目の部分を覆っている格子状のプレートを上げながら振り返った。


「重すぎ。まともに歩けん」


 当然だろう。全身鉄でできている上に、元々乗馬することが前提の鎧なのだ。重くないはずがない。むしろ数歩でも歩けただけ、隼人がしっかりと鍛えていた証拠である。


「物質魔力で作れば、その辺は問題ないでしょ。動きはどうなの?」

「重すぎて正直なんともいえんが、動きにくいな。体がねじれないのが特につらい」

「なるほど、なら次は別の装備にしてみましょうか。もっと鉄が少ない奴ね」

「いっそのこと皮装備でも良い気がするけどな」


 軽口を叩きながら、隼人は再び数分かけて鎧を脱いでいく。胴体部分の鎧は、それだけで十数キロはあるもので、手伝っているロウナも一苦労だ。

 そうやっていくつもの装備を着ては脱ぎ、着ては脱ぎを繰り返し、良さそうなパーツを選んでいく。

 そして、最後に残ったパーツ一式を前に、隼人もロウナも汗だくになって大きく息を吐いた。


「ようやくそろったわね」

「ざっと二時間って所か?」

「そうね、そろそろ夕食よ」

「それ食べたら俺は行くぞ」

「ええ、良い魔石期待してるわ」

「ハヤト様、頑張ってください」

「任せろ。とりあえず最低でも三十までは攻略してくるつもりだからな」

「なら最後に鎧を物質魔力で作って見ましょ」

「おう」


 隼人は目の前の鎧を参考にしながら、物質魔力で鎧を整形していく。まずは胴体、肩周りを広く取り動きを阻害せず、胴は肋骨の辺りで二つに分かれた物になった。こうすることで、腹まで全てを覆いつつ体を捩じれるようにしたのだ。

 脛には六角形を輪切りにした形状のすね当てを選択し、膝側の尖端が刃のように大きく反り出している。太腿は動き易さを追求したただ形を合わせただけの物だ。腰には何かつけると足を開きづらくなり、武器も出せなくなるということで選択は無し。

 腕は隼人の細身に合わせた全体的にシャープなデザインを採用し、脛の形と合わせて六角形の輪切りを採用した。

 最後に兜だが、これはかなり選択に難航した。どれも顔を出す物は素顔がバレるとダメであり、隠す物は視界が最悪になってしまう。

 協議に協議を重ねた結果、顔部分だけ別装備にして、必要なときだけ隠す形に収まった。

 結果、頭部は全体を覆う四本角の兜を作り、顔を隠すときは、イメージしやすい鬼をもした仮面を生み出すこととなった。


「どうだ?」

「見た目は――まあ大分マシになったわね。全身タイツより遥かに良いわ」

「はい、よくお似合いですよ」

「そうか?」


 隼人は体を捻って自分の見た目を確かめる。やっていることは全身タイツとさほど変わらないため、隼人自身はさほど変わったようには見えなかった。

 ただ、女性陣からの評価はなかなか好評である。


「とりあえずそれなら人様に見せられるわね。じゃあ戻ってご飯にしましょ。ロウナ、上に伝えておいて」

「分かりました。すぐに準備いたします」


 ロウナが一礼して武器庫から出ていく。それを見送って隼人は物質魔力を体内に戻した。


「そう言えば、ロウナに物質魔力のこと話して大丈夫だったのか? 今更だけど、あれって俺らだけの秘密だろ?」

「あれだけ派手に暴れておいてよく言うわね。ロウナはあまり魔法は知らないけど、それでも私たちの魔法がおかしなことぐらい分かってるはずよ。下手に隠すと逆に興味持たれちゃって面倒じゃない。それなら、物質魔力が秘密事項であることを知っておいてもらった方が、うっかり喋るなんてことが無くて良いわ。ロウナなら、その辺のミスはないしね」

「そうか」


 秘密と知らず、同僚や知人にこんな魔法があると話してしまうと、その話が人づてに騎士団に伝わってしまう可能性もある。

 それならば、秘密であることを打ち明け、こちら側に抱き込んでしまう方が安全なのだ。

 隼人はなるほどと納得しながら、蓮華と共に地下室を後にした。


鎧のイメージは、聖闘士星矢Ωとかスカイリムあたりから引っ張って来てます。

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