殲滅の琥光
握りつぶした紙を持つ手が震えるのを感じながら、隼人はポケットからトランシーバーを取り出し、通話ボタンを押す。
しばらくのコール音が鳴った後、トランシーバーの向こうから蓮華の声が聞こえてくる。
(どうしたの? 今はデート中のはずでしょ?)
からかい気味の言葉に、冗談で返せるほどの余裕は無かった隼人は、単刀直入に現状を説明する。
「ロウナが攫われた。ご丁寧にバザロのホーム跡地に来いって書置きまで残してな」
蓮華はそれだけ聞いて、だいたいの現状を理解した。そこで、隼人に確認するように問いかける。
(……隼人、私が言った意味理解できた?)
「ああ、殲滅しないと後で面倒なことになる。嫌ってほど理解した」
(理解したらなきっちり処理しなさい。もしロウナに傷の一つでも付いてたら許さないわよ。彼女も今は私の所有物なんだから)
所有物という言葉に、少しイラッとするが、隼人はそれをグッと飲み込み、今はその怒りを全てバザロの残党にぶつけることにする。
「ああ、ロウナは必ず助け出す。ついでに、生き残り全部殲滅させてくるから、ロウナの迎えを頼みたい」
(分かったわ。バザロのホームで会いましょう。私が行くまでにロウナは確保しておきなさい)
それだけ言うと、通信が切れる。
隼人はトランシーバーをポケットにしまい、乗り合い馬車の停留所に向かって歩き出した。
馬車を乗り継ぎ、バザロの跡地付近までやってくる。
襲撃とホームの崩壊で、周辺に住んでいた者達は避難しており、周囲は静寂に包まれている。
兵士団が現状を保存するために、道に張った通行止めの紐を潜って中へと入っていく。普通なら見張りの兵士がいる所だが、場所が場所だけに兵士の常駐も無い。
道を進んでいくと、崩壊したバザロのホームが見えてくる。
一階の壁は完全に崩壊し、その上から二階が崩れ落ちているバザロのホームは、原形が見る影もない。
その上、救出活動を行った後なのか、中心部分は多くの瓦礫が退けられ、そこら中に放り捨てられている。
足元は細かな瓦礫が散乱し、非常に歩きにくい状態だ。
隼人はじゃりじゃりと瓦礫を踏み潰しながら、ホームへと近づいていく。
すると、ホームの中心に立っている、折れた支柱に何かが縛られているのが見えた。それは、ロウナだ。
ロウナは布を噛ませられ、折れた支柱にロープでぐるぐる巻きにされていた。特に乱暴された様子は見られないため、その事に隼人はホッと息を吐く。
ロウナも、隼人がやってきたことに気付いたのか体を必死に揺するが、当然ロウナの力では折れた柱といえど、地面に深く突き立てられているそれが簡単に揺らぐはずも無く、ロウナをガッチリと縛り付けている。
「ロウナ!」
焦ったように体を揺らすロウナを見て、隼人は駆け足にホームへと突入する。
周辺には誰かいる様子も無く、そのままロウナに近づいた隼人は、ロウナの口に噛まされていた布を取り外す。
「大丈夫か!?」
「ハヤト様! 速く逃げてください! 罠です!」
「もう遅い!」
布を取り外したと同時に、ロウナが叫ぶか、そこにかぶさるようにして周囲の瓦礫が突如跳ね上げられる。
そして、瓦礫の下から大勢の人が現れた。
手にはボウガンや矢を持ち、いつでも放てる態勢になっている。それを見て隼人は、ロウナの言った罠という意味を理解した。
つまり、攫ったロウナを囮にしてここまで誘き出し、ロウナもろとも隼人を殺ろす計画だったのだ。
そしてその首謀者は――
「計画通りだな。全員構えろ!」
大柄で屈強な男に、隼人は見覚えがあった。そしてその隣にいる細身の男にも。
「お前らは」
「また会ったな。もう会うことはないと思っていたが」
「あなたのせいで、私たちのギルドはめちゃくちゃですよ。その分のツケはしっかり払ってもらいます」
隼人の記憶に残る二人の面影。それは、隼人を宿から拉致したロドスとシュルストの二人組に相違無かった。
「お前らが勝手に俺を拉致ったんだろうが。俺はただ逃げただけだぜ」
「よくもぬけぬけとそのようなことが言えますね。あれだけ大勢のメンバーを殺しておいて」
「逃げるのに邪魔だったからな。けど今じゃ後悔しているよ」
隼人は男たちからロウナを庇うように位置取り、周囲を見渡す。三百六十度全てを、武器を持った者たちが囲んであり、逃げ場はない。
その弾は今にも隼人たちに向かって飛んできそうである。
「だろうな。あんなに殺さなければ、俺がこうして動くことも無かった。お前が殺し過ぎたから、俺は頼まれたんだ。お前に復讐したいから、手伝ってくれとな」
「そうか。けど少し違うな。俺の後悔は、あの時一人残らず皆殺しにしておけば、お前に頼む奴もいなくなったかもしれないからだ。今度は一人残らずぶち殺してやる」
隼人が両手に魔力を発現させ、一気に二本の剣を生み出す。それと同時に、ロドスが指示を出した。
「撃て!」
「ハヤト様!」
「問題ねぇよ」
放たれた刃が隼人たちに届く直前。隼人の足もとから生み出された魔力が、ロウナと隼人の周囲を丸く包み込む。
矢はその魔力に弾かれ、虚しく周囲へと散乱した。
「それが例の魔法か」
「知る必要はない。どうせ死ぬんだからな!」
隼人は剣を一振りし、ロウナを縛っていた縄を斬り裂く。突然解放されたロウナは、バランスを崩すも、隼人がしっかりと受け止めた。
その間にも、矢は連射されるが、その全てが魔力壁によって受け止められている。
「撃つな。どれだけ撃っても無駄だ。あの魔法が切れた瞬間を狙え」
それを無駄射ちと考えたロドスは、すぐに撃つのを止めるように指示を出す。そして、隼人の魔力壁を魔法と考えるロドスは、その効力が無くなる瞬間を狙うように命じた。それは、普通の魔法使いに対する方法としては正しい判断だっただろう。
しかし、隼人の魔力壁は魔力そのものなのだ。それの効力が切れることはない。
隼人はふらつくロウナに肩を貸して尋ねる。
「怪我はないか」
「大丈夫です。少し血行が悪くなっているだけなので」
きつく縛られていたロウナの足は、少し白くなっていた。今は、縄から解かれたことで、血のめぐりも戻り、少しずつ赤みが戻ってきている。
しばらくすれば普通に歩けるようになるだろうが、周囲の状況を考えれば悠長に待つ場所としては、ここは物騒過ぎた。
「とりあえず一安心だな。もしロウナが怪我でもしてたら、俺が蓮華に殺されるところだった」
「そんな。レンゲ様はそのような方では……使用人にも優しくしてくださいますし」
「使用人だからだよ。あいつ、幼馴染には容赦ねぇからな」
「当然でしょ」
蓮華のすまし顔を思い出していると、突如後方から聞きなれた声が聞こえてくる。その声に振り返れば、囲んでいる者達の血が宙に飛び散る瞬間が視界に飛び込んできた。
「早かったな」
「大切なメイドよ。隼人だけに任せておくのは心配なの」
「レンゲ様!」
倒れ伏すバザロのメンバーを足もとに、蓮華は悠然と隼人たちの元に歩いてくる。とてもそこが戦闘の真っ最中だとは思えない優雅さだ。そして、蓮華の数歩分前方にはアリスの姿がある。しかし、今のアリスは、手に持ったナイフから血を滴らせ、その真っ白なドレスを鮮血に染め上げていた。
それだけで、バザロのメンバーを殺したのが誰かということが分かる。
そしてよく見れば、アリスの体からは琥珀色の糸のような物が伸び、それは全て蓮華の指先へと繋がっていた。
それに気づいた隼人が蓮華の指先に注目していると、蓮華はその手を軽く上げてみせた。
瞬間、アリスがいつものボーっとした様子からは予想も出来ないほど俊敏に動き、瓦礫の下に隠れているメンバーの一人にナイフを突き立てる。
そして、蓮華が腕を引けば、糸に引っ張られるようにしてアリスが蓮華の元へと戻ってきた。
「どう? なかなか凄いでしょ」
「壊さずに使えるようになったのか」
「ええ。とりあえずは、ね。まだ、上級の挑戦者や魔物には敵わないでしょうけど」
「それだけ使えりゃ普通は十分だろ」
「そんなことより」
蓮華は突然の乱入者に唖然としているロドスとシュルストの二人組を睨みつける。
「あれが今回の首謀者?」
「ああ。けど、周りの連中全員首謀者みたいなもんだ。あいつもメンバーから頼まれたらしいからな」
「そう。ならとっとと片付けなさい。いつまでもこんな埃っぽいところにいるつもりはないわ」
「ならロウナを頼んだ」
隼人がその場から離れてしまえば、今ロウナを守っている魔力壁が届かなくなってしまう。直接触れていなければ、霧散してしまう物質魔力のある意味弱点だ。
「ええ」
蓮華の了承を得て、隼人は魔力壁を解除した。それを見たロドスは、とっさに指示を飛ばす。
「う、撃て!」
ロドスの言葉に、呆然としていた仲間たちも、声に押されるようにしてその手の武器を放つ。
しかし、その矢は今回もロウナ達に到着する前に全て叩き落とされた。
「何が起きているんだ!」
「さあ、何かしらね。そんなことより剣を抜かなくていいのかしら?」
物質魔力の糸で、全ての矢を叩き落とした張本人。蓮華は、余裕の表情でロドスに尋ねる。それは、全力で走り出した隼人のことを示したものだ。
「クソッ! シュルスト、指示は任せる」
「はい。お前たち! 手を休ませるな! 一本でも当てればいいんだ!」
「ロウナ、目を瞑っていなさい。今からは色々と見るには絶えない光景が続くから」
次々に放たれる矢を、全て叩き落としながら、蓮華はロウナに目を瞑るように指示を出した。しかしそれをロウナは首を横に振って拒否する。
「いえ、しっかり見させてください。私は守ってもらうことしかできませんから」
「もとはといえば隼人のせいだし、ロウナが気にする必要はないんだけどね」
ロウナの目を見た蓮華は、その瞳に片っ端からメンバーを切り殺していく隼人しか映っていないことに気が付き、小さく微笑んだ。
ロドスに向かって突っ込んで行った隼人は、ロドスを守るように立ちはだかるメンバーを容赦なく剣で切り刻んでいく。
剣を構える者は、その剣ごと。盾で受け止めようとする者は、盾を貫きながら、その奥にある肉も突き刺し、魔力を使って爆発させる。
一瞬にして人が水風船のように破裂する姿は、魔物との戦いで血を見ることに慣れているバザロのメンバーでも吐き気と恐怖を催すものだ。
中には戦意を喪失し、その場から逃げ出そうとする者もいる。しかし、殲滅すると明言した隼人は、逃げる者を逃がすことはしない。
その背中に向けて、剣を伸ばし貫くと、フックのように剣先を変化させ、引っ掛けて自らの足もとへと引き寄せる。
痛みと恐怖に歪んだ顔を晒す者に向けて、隼人はその剣を突き立てた。
「さて、後何人かな」
先ほどまででざっと十人以上は殺している。蓮華が埃でも退けるように散らした分も合わせれば、すでに二十人は超えているだろう。
しかしそれでもまだメンバーが少なくなっている様子は無かった。
どれだけ隠れていたのかと思いながら、逆に探す面倒が省けると感謝する隼人は、舌なめずりをしながら次の獲物に向かう。
そこに矢が飛来した。
とっさに体を捻って躱した隼人は、矢が飛んできた方向を見る。
「てめぇか」
「私も後方担当ではありますが、一応挑戦者なものでね。この程度ならやれるわけですよ。ロドスさん、援護はします」
「任せるぞ」
剣を抜いたロドスが隼人に向かって走り寄る。それに合わせるように、シュルストが矢を放った。
放たれた矢は、ロドスの顔ギリギリをかすめながら隼人に飛来する。
剣で矢を叩き落とした隼人は、ロドスの剣ごと叩き斬るため剣を振り上げた。
「馬鹿正直に突っ込むとでも思ったか!」
ロドスは、その剣の柄に仕込んでいた砂を握り、隼人に向かって投げつける。
「クソッ、せこい手使いやがって」
突然の砂に目をやられた隼人は、両目を瞑りながら体に魔力を纏わせる。そこにガツンと衝撃が走った。ロドスが剣を振り下ろしたのだ。
その剣は、隼人の左肩を強打するも、物質魔力のおかげで刃が体にまで届くことはない。
そして、剣が当たったということは、敵が目の前にいるということだ。
「ッの野郎!」
がむしゃらに剣を振るう。しかし、その攻撃に手ごたえは感じなかった。
「躱されたか」
「対人戦の経験はこちらの方が上のようだな!」
ロドスは仲間と隼人が戦っているうちに、隼人の特性を調べていた。そして、一撃の威力は高く、その武器の自由な形から攻撃面はかなり強力だが、その反面防御に関してはかなり甘い所がある点に気付いていた。
それは、隼人がこちらの世界に来た当初から物質魔力の強力な恩恵にあずかっていたからだ。
物質魔力があれば下手に回避する必要はなく、正面から叩き潰してしまえばいい。防御するにしても、強固な盾は今の所割れることなく、隼人を全ての攻撃から守っている。
故に、防御回避に関しての駆け引きは、素人同然だ。
だからこそ、簡単な砂掛けにも引っかかってしまう。
そして、ロドスはここを勝機と見て、一気に畳み掛ける。吠えるような大声で、周囲一帯に指示を出した。
「砲撃組! 構えろ!」
バックステップで隼人と距離を取りながらロドスが叫ぶと、今度は瓦礫の下からでは無く周囲の建物から一斉に人があふれ出してきた。
その数は二十人以上。全てが崩壊したバザロのメンバーだ。そして同時に、彼らは挑戦者として塔に潜っていた実戦部隊であり、魔法使いでもあった。
彼らは、隼人に向かって腕を突きだす。そこには轟々と燃える火の玉。
ロドスを含め、今まで隼人たちの目の前に現れていたのは、全て囮だったのだ。そして、一瞬の隙に全てを叩きこむ。
ギルドの地下牢から逃げ出し、堂々と正面から襲い掛かってくるギルドのメンバーを全員返り討ちにする。そんなことはギルドで一番対人戦に強いロドスであっても不可能であった。そんなことを平然と行う相手には、魔物を相手にするのと同じ感覚で挑まなくてはならない。
ロドスの判断は正しいものだろう。そして、それの集大成が今の現状だ。
周囲を大勢の魔法使いで囲み、集中砲火を浴びせる。犠牲こそ多いものの、最大火力を叩き込める最良の手段でもあった。
ロドスは当初、この計画を実行することを躊躇っていた。当然だろう、大勢のギルドメンバーを犠牲にして成り立つ作戦など、普通ならば誰もやりたいとは思わない。
しかし、一向にいい案が浮かばない中でロドスがこの計画を話した時、ギルドメンバーがやろうと言い出したのだ。それも比較的安全な魔法使いのメンバーでは無く、死ぬことが予想される囮役のメンバーがだ。
そこに覚悟を見たロドスは、この計画を実行したのである。
「二十人を超す魔法使いの一斉砲撃だ。一人の魔法では到底耐えられるものではない!」
隼人を中心として、放たれた炎弾が爆発を起こす。
轟音と共に熱風が周囲を焼き払い、仲間の死体もろともギルドホームを激しく燃焼させる。
「ハヤト様!」
蓮華が飛来する矢を魔力糸で叩き落としながら、広場の隅の方へと避難していたロウナは、その光景に悲鳴を上げ、炎に向かって駆け出そうとする。
しかし、蓮華が腕を掴んでロウナを止めた。
「レンゲ様! ハヤト様が! 早く助けなければ!」
「何言ってるのよ。ロウナがあの中に飛び込んだら、それこそ一瞬で消し炭になるわよ」
「でもハヤト様が!」
「はいはい、少し落ち着く。恋する乙女も良いけど、状況はしっかり見なさい。この程度のことで、隼人がどうにかなる訳ないでしょうが」
爆炎により、隼人の姿は完全に見えなくなっている。それでも魔法使い達は一向に攻撃を止める気配はなかった。それだけ油断していない証拠だろう。
だが、そのうちの一人に動揺が走る。
「なっ!?」
声を上げた魔法使い。それは炎の中に人影が揺らめいているのを見たからだ。これだけの火力ならば、普通に考えれば立っていることはおろか、そもそも人の形を保つことさえ難しいはずなのだ。
しかし、そこにある人影に、欠損の様子は見られない。
そして――――
「うるせぇンだよ! 火力馬鹿どもが!」
爆炎の中から隼人が飛び出し、魔法使いの一人を十メートル以上に伸ばした剣を使って切り倒す。さらに横なぎに振るうことで、建物ごと数人を切り殺した。
「ばっかんばっかんと! 爆心地で聞く身にもなれってんだ!」
「問題はそこじゃないと思うけどね」
「ハヤト様!」
物質魔力は、魔法使い達の攻撃を全て受けきっていた。しかし、その場で起こる音にまでは対処できないのだ。
そのせいで隼人は何十発もある炎弾の爆発を直に浴びることになり、今の今まで耳を必死に抑えていたのである。
「ば……化け物」
「だからなんだってンだ!」
完全にキレた隼人は、その剣を使って周囲の建物ごと魔法使いを片っ端から吹き飛ばしていく。
周囲には瓦礫が舞い、建物の崩れる轟音に紛れて、人の悲鳴が響いている。
そして数分後には、バザロのホームがあった広場は、一回りその大きさを広げていた。
そんな中、腕時計を見ていた蓮華が隼人に向かって声を掛ける。
「隼人! 戦闘が始まってから二十分よ! そろそろ片づけないと騎士団が来るわ!」
「分かった! 残り二匹。速攻で片付ける!」
その二人は当然ロドスとシュルストだ。二人は目の前で行われる圧倒的な殺戮の光景に、動くことすらできずただ茫然とその場で見ていることしかできなかった。
そして、ロドスはゆっくりとその剣を地面に落とす。
「さて、覚悟は良いな」
「斬れ。もう俺に出来ることはない」
「私は……私は!」
ロドスとは対照的に、シュルストはまだ何か抵抗しようとしていたが、隼人は有無を言わさず二人の首を飛ばしたのだった。




