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奴の魔法は物理的!  作者: 凜乃 初
プロローグ
3/60

転移。夢の始まり

 約束の日曜日が来た。

 隼人は蓮華に言われた通り、数日分の着替えと水筒、雨具を入れた鞄を肩にかけ、蓮華の家の前に立っている。

 蓮華の家は旧家らしく、純和風の作りになっており、広大な土地を囲むように塀が立ち、正面には重厚な木製の門が設置されていた。

 門に設置されているインターホンを押せば、聞きなれた声の女中が応答に出た。


「どちら様でしょうか?」

「隼人です。蓮華います?」

「隼人様でしたか。承っております。すぐ開けますね」


 言葉通り、門がゆっくりと開きだし、人一人分が通れそうなスペースを開けて止まる。


「お邪魔します」


 インターホンに一声掛けて、門の中に入る。

 そこは、現世から隔絶されたような静寂が漂っていた。

 門から玄関先まで続く石畳には、汚れの一つも無く、左右を埋める玉砂利には、綺麗な波模様が絵描かれている。

 ただ門を潜っただけなのにもかかわらず、一瞬にして車の走行音は消え、鳥のさえずりが聞こえてきそうな錯覚さえ覚えさせる。

 敷かれた石畳の上を進みながら玄関まで来れば、先ほどの声の女中が待っていた。


「いらっしゃいませ。お嬢様から裏庭へご案内せよと申し付かりましたので、ご案内いたします」

「よろしく」


 幼いころから何度も来た家だ。他人の家とはいえ、隼人はその構造をしっかりと覚えてしまっている。わざわざ案内してもらわなくとも、蓮華の部屋ぐらいなら自分一人でも行けるし裏庭の場所も分かってはいるのだが、女中はこれが自分の仕事だと言って、案内を決してやめない。

 玄関から横に向かい裏庭に出ると、そこには朱色の橋が架かった大きな池があり、錦鯉が大量に泳いでいる。

 蓮華はその橋の上にいた。白のTシャツに水色のフレアスカート。上から灰色のパーカーを羽織っただけとかなりラフ化格好だ。

 蓮華が時折手元から鯉の餌を池の中に投げ入れると、池の鯉たちが水面で暴れまわった。

 砂利を踏む音で気付いたのか、蓮華が池の中に視線を落としたまま声を掛けてくる。


「いらっしゃい。隼人もやる?」

「いや、遠慮しとく」

「そう」


 隼人が断ると、蓮華は残っていた餌を一気に池の中に撒く。そしてパンパンと手を掃って橋から降りてきた。


「ついて来て。加賀さんはご苦労様」

「失礼いたします」


 女中が一礼して下がっていくのを見送り、隼人は蓮華の後について家の中へと入っていく。

 そこはまさしく人形屋敷だ。

 壁には大量の日本人形が並び、向かえる者に異常なほどの威圧感を与えてくる。ここで育った蓮華はこれが普通だと思ってなんとも思わないのだが、隼人などは初めて蓮華の家を訪れた時は思わず泣き出しそうになったものだ。それでも泣かなかったのは、男の子の意地だろう。

 今でこそ人形たちにもなれたため、それを横目に廊下をずんずんと進む。

 そして蓮華の部屋を通り越した所で、隼人が声を掛けた。


「どこに行くんだ? 部屋じゃないのか?」

「私の部屋だとベッドとか箪笥とかが邪魔で魔法陣が描けないのよ。だから使ってない部屋に行くの」

「なるほど。ってことは一度魔法陣を展開したのか?」


 異界の書の説明書きによれば、本に記された言葉を詠唱することで、自動で転移の魔法が発動すると、書かれていた。そこにもいくつかのステップがあり、魔法陣の展開、座標の固定、魔法の起動など、詳しく分ければ多くの段階が存在するが、隼人にはよく分かっていない。

 とりあえず蓮華が理解していればいいかと、適当にその辺りの話を聞き流していたのも原因だが、そもそも理解できるだけの頭が無かったのも事実である。

 そして、蓮華はそのステップの途中までを実際に試してみていたのだ。

 その結果が魔法陣の広さに部屋の大きさがあっておらず、家具などが邪魔になり、ちゃんとした陣が描けなかったというわけだ。


「ええ、部屋でやったら箪笥に当たって魔法陣が歪んじゃってね。問題ないかもしれないけど、何かあっても嫌だし」

「たしかに」


 魔法陣が歪んでいたために転移に失敗しましたでは笑い話にもならない。

 蓮華はその可能性も考慮して、魔法陣が十分展開できるだけの大きさの部屋を準備していた。

 襖を開き、その部屋に入る。

 そこにはすでに蓮華の荷物が準備され、その上に異界の書が置いてあった。

 薄紫色の登山にも使えそうなリュックサックはパンパンに膨れており、その横には大きいサイズの水筒がある。さらにリュックにもたれ掛るようにして、隼人の持っている鞄と同じサイズぐらいのバッグが置いてあった。


「ずいぶん多いな」

「女の子なんだから当たり前よ。これでも大分抑えたんだから」


 そして隼人を一瞥すると言葉を継ぎ足す。


「安心しなさい。隼人に持たせるつもりは無いから」

「そりゃ安心だ。てか、あの人形は持っていかないのか? ほら、いつも大事に部屋に飾ってある奴」


 軽く返しながら、隼人はいつもならばありそうな物が無い事に気付く。それは蓮華が大切に保管していた人形だ。人形師の家系らしく、一から手作りで仕上げ、自分の最高傑作だと言ってやまないその作品を、異世界に行くとはいえ蓮華が持っていかないとは思っていなかった。

 隼人の問いに、蓮華は少し驚いた表情で答える。


「意外ね。隼人がそんなことに気付くなんて」

「一応はお前の幼馴染だぞ。あの人形のこと、どれだけ聞かされた思ってんだよ」

「あら、そうだったかしら?」


 蓮華はとぼけたように明後日の方向を見る。

 蓮華が持っていた人形は、幼いころから蓮華が少しずつ作り、その技術の集大成として改良を重ねてきたものだった。そのため、蓮華が新しい技術を学ぶたびに、それを自慢するように隼人に見せていたのだから、隼人としては気づいて当然の代物なのだ。


「あれは持っていかないわ。そもそも、私が異世界に行く目標は最高の人形を作る事よ。あれじゃどう考えても最高に辿り着かないもの」

「そうなのか?」


 人形の良さなど、全く分からない隼人は首をかしげる。

 蓮華は当然とばかりに大きく頷いた。


「確かにあれは私の今持っている技術の全てをつぎ込んだ人形よ。けどね、あれはこっちの世界の技術の限界なの。異世界には魔法があって、それを利用した技術があるわ。それを使えば、もっと精密な、もっと精巧な、それこそ既存の存在を全て無視して、“全く新しい”人形を作れるかもしれないのよ。いつまでもあれ一つにしがみ付いてはいられないわ」

「なるほどね。魔法か――俺達に使えるんかね?」

「それは行ってみないと分からないわ。こっちには魔力なんて無いんだもの」

「それもそうか」


 と、話していて隼人はふと気づいた。


「なあ、俺達魔法で異世界に行くんだよな?」

「そうよ」


 何を今さらと言う表情で蓮華が答える。しかし、その答えに隼人の疑問はさらに深まる。


「どうやって魔法を発動させるんだ? こっちの世界に魔力なんて無いし、まして俺達は魔法なんて使えないぞ?」


 異世界には当たり前のように魔法が存在し、魔力が空中に充満している。それこそ、酸素と同じような感じに世界に満ちているのが魔力だ。

 だが、こちらの世界にそんなものは存在しない。ならば、どのように魔法を発動するのか。隼人の疑問は当然だろう。

 だが、蓮華はため息を一つ吐くと、リュックの上にあった異界の書を手に取り、その背表紙で隼人の頭をポンとたたいた。


「隼人、私転移の方法だけはしっかり読んどきなさいって言ったでしょ。そのやり方もちゃんと書いてあったわよ」

「あれ? そうだっけ」


 蓮華から本を受け取り、転移について書かれたページをザッと読み返してみる。しかし、苦手なものは苦手なのだ。本を読もうとした隼人の視線がツーっと蓮華へ移動する。

 その意味を受け取った蓮華は、大きくため息をつきながら口頭で説明してくれた。


「はぁ……異界の書自体にある程度魔力が蓄えてあって、転移の際はそれを使って向こうの世界に行くの。だから私たちに魔力が無くても、魔法が使えなくても、問題なく異世界に行くことが出来るのよ」

「へぇ、この本って魔力が蓄えてあるんだ」

「当たり前よ。そもそもどうやってこの本が写真を動かしてると思ってるのよ」

「そう言えばそうか」


 写真が動く。それ自体が魔法なのだから、それを動かすための魔力がどこからか補給されているのは当然なのだ。そして、この本は、魔力の無い世界からも転移ができるように、本自身に魔力が蓄えられており、それを使って転移をすることが出来るようになっている。


「異界の書は、蓄えられている魔力を全て使って転移魔法を発動させるわ。つまり、こっちの世界からこれを使って転移できるのは一度キリよ。私たちの後から追ってくることはできない。色々と安心ね」

「主に蓮華がだろ……」


 あの手この手で色々と追い詰め続けた蓮華は、一定層の女子たちとその家族からかなりの恨みを買っていた。彼女たちは陰湿ないじめや嫌がらせ、時には不良などをけしかけるなど色々な事をやって来たが、全て蓮華と隼人によって容赦なく撃退されている。

 特に二人の障害にはなりえないのだが、いつまでも追いかけられることが無いのは、蓮華によっては行幸である。


「まあそんなことはどうでもいいのよ。それより隼人は靴持ってきなさいよ」

「靴?」

「転移してから裸足で生活するの?」

「おう、そう言うことか!」

「その間に準備しておくから」

「了解」


 隼人が駆け足で部屋から出ていく。隼人を見送った蓮華は、用意してあった運動靴を履き、自由にさせていた髪を頭の後ろにゴムで縛る。それだけで先ほどまでのお嬢様のような雰囲気から、急に凛々しい女性へと変貌した。そして異界の書を持ち部屋の中央に立つ。

 本を広げ、その文字をゆっくりと読み上げた。


「書の力を持って、異界の扉を開く。記された記憶への繋がりを辿り、我を彼の場所へ導きたまえ」


 当然その言葉は向こうの世界の言葉で唱えられた。そして言葉に呼応するかのように、異界の書が淡く光だし、ゆっくりと宙に浮かび上がる。

 蓮華は手から完全に離れたのを見ると、ゆっくりと後退し、異界の書の様子を見守る。書は静かに床へと降りていくと、畳から数センチ離れたところで止まった。そこに隼人が戻ってくる。


「お待たせ」

「早く襖を閉めて。光が漏れるわ」

「お、悪い悪い」


 隼人を手早く中へ招き、襖を閉めるように要求する。隼人は書の様子を見て、すぐに襖を閉めると、持ってきた靴を履く。


「魔法が発動するわよ」

「ああ、楽しみだ」


 二人の見守る中、異界の書は床にゆっくりと魔法陣を描いていく。始めは周囲に大きな円を作り、その中に複雑な文様を描きこむ。

 五芒星を中心として、開いたスペースにいくつもの文字が浮かび上がり、消え、また浮かぶ。その様子を隼人が蓮華に尋ねる。


「魔法の発動ってこんな面倒だったか? もっと簡単に発動してた気がするけど」


 異界の書で見てきた生活の中で、魔法は確かに一部の者しか使えない物だったが、これほど時間がかかるものでは無かった。

 魔法を使えるものが使おうと思えば、短い詠唱だけで瞬時に発動できるものだったし、一般人にも使えるように道具として売られている物は、それこそスイッチを入れるように簡単に発動していた。異界の書も部類的にはこれと同じ物になるだろう。

 それに比べて、今目の前にある魔法陣は発動までに時間がかかり過ぎているのだ。


「異界の書の魔法は少し特別なのよ。この本は私たちを指定した場所に届けてくれる。その指定する場所は、本の中に映っていた場所からランダムで選ばれるんだけど、私たちがこの本に条件を書き足して自分で選ぶこともできるの。わざわざちゃんと空白でここに書き足すって分かりやすくなってたしね。だから私は、自分達の都合のいい場所に出るようにそこに座標を書き足したわ。この魔法陣はその座標に合わせて勝手に書き換わるようになってるのよ」

「そう言うことか」


 蓮華の説明を聞いているうちに、魔法陣の明滅が終わった。そして、部屋の床を半分ほど占める巨大な魔法陣が完成する。


「さあ、行きましょう。この上に乗ればゆっくりと沈んでいくらしいわ。その先に異世界があるわよ」


 蓮華が説明する中、元々魔法陣の展開している場所に置いてあった荷物が魔法陣の中へと飲み込まれていった。


「じゃあお先に」


 それを見て、待ちきれないとばかりに、隼人が魔法陣の中へ足を踏み入れる。

 すると、まるで底なし沼にでも飲み込まれるかのように、ゆっくりと体が魔法陣の中に沈み始めた。

 その様子に興奮を隠しきれない隼人は、振り返り蓮華を見ながらはしゃいだように声を上げる。


「スゲーぞこれ! マジで畳の中に飲み込まれるみたいだ! 蓮華も早く来いよ」

「ええ」


 隼人の体が腰まで飲み込まれたころに、蓮華は魔法陣の中へと足を踏み入れる。

 蓮華の足がゆっくりと飲み込まれるのを見ながら、隼人が一足先に魔法陣へと消える。

 それを見送りながら、蓮華は魔法陣の中心へと進んだ。

 水の中にいるような抵抗を感じながら、中心へと到着する。


「この光景、外から見たら完全にホラーね」


 畳の中に飲み込まれてすでに下半身が無くなっている少女の姿。もし今女中の誰かが襖を開ければ、悲鳴を上げて卒倒するだろう。

 クスリと笑みを浮かべ、顔まで飲み込まれそうになったところで静かに目を閉じる。


「お父様、お母様、私は私だけの、最高の人形を必ず作りだすから」


 その言葉を最後に、蓮華は完全に魔法陣に飲み込まる。




 直後、魔法陣から一本の腕が突然飛び出し、異界の書を掴むと魔法陣の中へ引きずり込んだ。

 そして一瞬の閃光と共に、描かれていた魔法陣が弾け飛ぶようにバラバラになり、光の粒となって消滅した。


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