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奴の魔法は物理的!  作者: 凜乃 初
第一歩
25/60

こういう場所ならいる連中

 ストンっと小気味のいい音が響き、ボードに矢が刺さる。それは、勝負を決める最後の一投だ。


「俺の勝ちだな」

「くっそぉぉぉぉおおお!」


 敗者は膝を突き、天に向かって声を上げ、勝者は敗者を悠然と見下ろす。


「三連勝。今日は調子いいな」

「やっぱその魔法ずりいって。ダーツ版まで完全誘導とかどう勝てってんだよ……」

「そりゃ、ダーツ版ぶっ壊すぐらいしかないだろ。それか、純粋に魔法なしの勝負?」

「むちゃくちゃだ……」

「いや、魔法ありきの試合しかしてこなかったカッソが悪い」


 このカッソという男、隼人が初めて遊戯場で対戦した時の男だ。

 蓮華との約束の日まで残り二日となり、塔に登るにも日にちが短く何か時間を潰しつつ遊べる場所をと探した結果、行きついたのはやはり遊戯場だった。

 そこでカッソと再会し、再び試合となったのだが、やはり魔法ありでは隼人の物質魔力は反則的な力を示す。

 ならば、魔法なしの純粋な勝負をすればいいのだが、残念なことにこのカッソ、魔法ありの勝負しか今までやっておらず、まともなダーツの技能は隼人より遥かに低かった。

 今までが魔法で十分戦えてしまっただけに、その代償は大きい。


「少しは練習したらどうだ? 三人組のダーツ担当だろ?」

「そうなんだけどよ……ただ魔法がダーツに有利だからって理由で選ばれただけだぜ? もともと俺が好きなのは向こうのマジックナイツだし」


 そう言ってカッソが示すのは、入口近くにあるテーブルでプレイするチェスのようなボードゲームだ。

 一応隼人も簡単にルールだけは把握しようと試みたが、コマの動かし方以外にも補助カードや士気システム、ボード外からの奇襲システムなど、外部要素が多すぎてすぐにあきらめてしまった。


「あんな難しそうなのよく覚えられるな」

「面白いからな。やってみると意外とハマるもんだ」

「そうなのか。まあ、俺には無理だろうけど。それよりもほれ、さっさと出しな」


 試合に勝った以上、しっかりと賭け金はもらわなければならない。

 隼人は手の平を差し出して、早くよこせと催促する。

 カッソは、覚えていたかと小さく舌打ちして、チップ十枚を隼人に手渡した。


「まいど。こりゃほんといい稼ぎになるな。挑戦者(アッパー)やるのが馬鹿らしくなるわ」

「そんなに稼いでんのか?」

「朝からやってチップ五十七枚。最初がチップ二十から始めてるから、銅貨三枚ってところだな。まだ、金額はちいせぇけど、チップが増えればもっと高い賭けも出来るし、午後はもう少し高額に勝負するつもりだ」

「あんま派手にやり過ぎると、変な連中に目つけられるぞ?」

「変なっつうと、あいつらみたいな?」


 隼人は、顔は向けずに、視線だけでダーツエリアの近くからこちらを見ている細い男を示す。

 カッソも促されるように視線を向け、男の腕に彫られている蝙蝠の入れ墨を見て、僅かに眉を顰めた。


「バザロの連中か」

「知ってんの?」

「この辺りで威勢のいい挑戦者(アッパー)チームだ。ほぼ盗賊崩れだけど、明確な証拠が無いから、ギルドは手を出せないでいる。ここも一応あいつらの縄張りってことになってんのかな?」


 カッソの説明で、隼人は地元の不良グループのことを思い出した。

 蓮華が欲しいからという理由で、なぜか隼人がちょくちょく襲撃に遭い、その度に撃退していたが、いい加減面倒くさくなって本拠地に乗り込んだあげく、一人で全員を叩きのめした後、リーダーの両手両足を折ってやったのは今となっては懐かしい思い出だ。

 ちなみに、その時の事件が初めての少年院送りのきっかけとなった。


「どう来ると思う?」

「ここじゃ手は出してこないだろうが、人通りが少ない所行くと、一発だろうな。しばらく大人しくしとけば、勝手に見逃してくれるし、気を付けろよ」

「あいよ」


 そう言いながらも、隼人の口元には不敵な笑みが浮かぶ。


「んじゃ、もうひと試合行くか? 今度は二十チップで」

「お前……俺の言った意味分かってねぇだろ……今日はもう終いだ。これ以上毟られてたまるかよ」

「残念」


 大げさに肩を竦めながら、カッソが去っていくのを見送った隼人は、次の対戦相手が来るまで何か飲もうと、近くの店員を呼び止めた。



 西の空が赤くなる頃、隼人は遊戯場を後にした。

その手には、今回のゲームで勝利した報酬の入った袋が握られている。

 その額、おおよそ銀貨五枚。一日ゲームだけして楽しんだ後の稼ぎとしては素晴らしすぎる出来だろう。

 満足げにその報酬の重みを楽しみながら、隼人はわざとらしくその袋を見せびらかすように手の平の腕でポンポンと投げあげる。


「明日もひと暴れでもいいかもな」


 ダーツ版の前で無知を装えば、カッソのように魔法を使える連中がこれでもかというほどよく釣れる。魔法なしの真っ向勝負を挑んできた連中にも七割程度の勝率は維持でき、安定した稼ぎを出せる。

 だが、そろそろ他のゲームもしてみたいと隼人は思い始めていた。

 さすがに一日中ダーツをやっていると、いかに好きで稼げても飽きてきてしまう。遊戯場には、他にも特に頭を使わなくてもよさそうなゲームも置いてあるため、そちらを試してみても良いかもしれないと思いながら、隼人は大通りから人通りの少ない横道へと入った。

 そして、しばらく進んだところで、わざとらしく投げあげた袋を取り落す。


「おっといけね」


 屈んで袋を取る仕草をしながら、後ろに視線を向ければ、そこにはしっかりと怪しい男たちが付いて来ていた。

 腕に入れ墨が入っており、カッソの言っていたバザロの連中という奴だということがわかる。

 遊戯場の中にいた細い男はいないが、逆に大柄のいかにも荒事専門ですと言わんばかりの体系をした男たちが三人。腰にもしっかり剣やら斧やらが提げられていた。


「順調に釣れたな」


 自分の計画が問題なく進んでいることに笑みを浮かべつつ、袋を拾い上げて再び歩き出す。

 徐々に人通りが少なくなり、次第に浮浪者が目立ち始めるようになった時、後ろからついて来ていた男たちが動いた。

 一人が隼人とは違う道に進み、他の二人が足を速める。


「おい、そこのガキ、ちょっと待ちな」

「んあ? 俺のことか?」


 二人の男が声を掛けてきたことで、隼人は足を止めて振り返る。


「おう、お前だ。ちょっと話があるんだがよ」

「見るからに怪しい奴に、お話ししましょなんて言われて、はい、良いですよなんていう奴はいねぇだろ」

「だろうな。けど、俺達のお話はちいとばかし物騒なんだわ」


 男が腰から剣を抜くと、後ろに控えていた男も同じように腰の斧を構える。

 その時点で、隼人が後ろを振り返れば、先ほど別の道に走り出していた一人が道を塞ぐように立っていた。


「気付いたか? 逃げられねぇぞ?」

「逃げるつもりはねぇけどな。それで、物騒なお話ってのは何なのかな?」

「その手に持ってる袋、七割ほど中身を別けて欲しくてね」

「へぇ、全部じゃねぇンだ」


 てっきり有り金全部置いていけと言われると思っていた隼人は、少し意外そうに眼を見開く。


「全部奪ったら、また稼がせれなくなっちまうからな。優しい俺達は生活費と元手ぐらいは残しておいてやるんだよ」

「つまり、お前らの為にあそこで儲けろってことか」

「話が速くて助かるな。どうだ、悪い話じゃねぇだろ?」

「メリットが見当たらねぇな~」


 稼いだ金はほぼ全て持っていかれ、手元に残るのは、安宿に一日泊まれる程度の少額と、賭けに参加するための元手だけ。メリットのかけらも感じられない提案に、思わず苦笑いが漏れる。


「俺達に襲われない。凄いメリットだと思うが?」

「冗談、あんたら程度に襲われたところで、虫が飛んでくるのと何か違いがあるのか?」


 羽虫と同等。そう言われ、男たちの顔から笑みが消えた。


「そうか、なら残念だ。取引が成立しないなら、全部貰って新しい獲物を探すとしようか。やれ!」


 男の指示で、斧を持った男と後ろの奴が攻撃を仕掛けてくる。

 三人同時にかかって来ればいいものをと思いながら、隼人は持っている剣を後ろの男に向けて投げつけた。

 いきなり自らの武器を投げるという常識はずれな行為に、若干驚きながらも男はその剣を持っていた得物で弾き飛ばす。

 これで、武器は無い。そう思ったところで、自らの腹に違和感を覚えた。

 ゆっくりと見下ろすと、そこには琥珀色の何かが突き刺さっている。


「何が」

「まず一人だな」


 物質魔力は変幻自在、突き刺さった部分の形を変えることなど造作も無い。

 男は体内から無数の剣を生やしながら一瞬で絶命する。

 その光景に、斧を構えていた男の足は思わず止まっていた。

 隼人は、物質魔力を手元に戻しながら、その男に向かって手を伸ばす。

 その動きで、今度は自分が危ないと感じた男は、とっさに武器を構えるが、ただの武器など物質魔力の前では無意味だ。

 手から伸びた魔力剣は、斧の柄を砕きつつ、男の喉元に突き刺さり、一人目と同じように剣を放して絶命した。


「な、なんだ貴様は」


 指示を出していた男は、一瞬にして二人が凄惨な死に方をするのを目にし、剣を取り落して腰を抜かす。

 隼人はその男にゆっくりと歩み寄りながら、答える。


「しがないソロの挑戦者(アッパー)だぜ。あんたはバザロってとこの一人なんだろ?」

「知ってて俺達に剣を向けたのか! 仲間が、だ……黙っちゃいねぇぞ」


 遊戯場で見ていた細い男がいないとうことは、そこから今日誰を襲撃していたのかはバザロの連中に伝わるはずである。

 そうなると、バザロに刃向かったとして、何人か仕向けられることがあるのは重々承知していた。


「俺さ、一つ決めてることがあるんだわ」


 隼人は凶悪な笑みを浮かべながら、手元に物質魔力の剣を握り、男の足もとまでやってくる。


「善意には善意を、悪意には殺意をってな。お前らが俺に絡んでくるなら、潰すまで殺す。それだけだよ」

「た、助け……」


 振り下ろされた魔力剣は、男を袈裟懸けに真っ二つにたたっ斬る。骨の感触すらなくスッと斬れたその切れ味に、隼人は満足げにうなずいた。


「やっぱ大分制御できるようになって来たな」


 輪切りになり、血と内臓を溢れ出させる男を見下ろしながら、隼人は人を魔力剣で爆発させなかったことに自分の制御能力が上がっていることを確信する。


「魔力をつぎ込むだけじゃダメなんだな。やっぱイメージをもっと斬る方に傾けるべきだったのか。やっぱ物質魔力はイメージが重要だな。蓮華には意外と難しいかも、っと、逃げなきゃ」


 さすがに襲われたからといえ、これだけ無残に三人も殺してしまえば、兵士のやっかいになりかねない。

 隼人は自分の靴に血が付着していないのを確認して、足早にその場を後にした。




 ベルデの中で最も一般人の家屋が多い東区画、その中でも外壁に面した一角は町の兵士でも迂闊に近づくことはない無法地帯だ。

 その中にバザロの拠点としている三階建ての民家がある。民家といっても、バザロの挑戦者(アッパー)達が力に物を言わせて周囲の家を解体、その資材を使って増築した拠点は、民宿程度ならばそのまま営業できる程度の大きさはある。

 一階は仲間たちで酒盛りを開いたり、作戦会議を行う広間になっており、二階にメンバーの部屋、三階の半分はリーダーであるバザロの部屋になっており、残りの半分は財産の保管庫だ。

 そのバザロの私室兼執務室から、突然瓶の割れる音が響いた。


「どういうことだ。もう一度言ってみろ」


 言葉は冷静そのものだが、その雰囲気からは相当の怒りが伝わってくる。


「しゅ、襲撃を担当した、アロン、ウォード、ドスの三人が死体で発見されました。おそらく返り討ちに遭ったものかと……」


 バザロの前で片膝を突き、自分の真横を通り過ぎた酒瓶に冷や汗を流しながら答えたのは、隼人を遊戯場で監視していた細身の男だ。

 三人組に襲撃を依頼した後、いつまでたっても約束の場所に戻って来ない三人組に疑問を持った男は、町を少し調べ兵士達が集まっている一角を発見した。そこに、無残な姿の三人組を確認した男は、これは不味い事になったと急いでバザロの元へ報告に戻ったのだ。


「どんな奴だ」

「三人に襲わせたのは、ハヤトと名乗る新人冒険者です。不思議な魔法を使い、遊戯場のダーツで荒稼ぎをしておりましたので、手慣れている三人に依頼を出したのですが……」


 三人組は、荒事を得意とするメンバーであり、今までも数多くの仕事をきっちりと仕上げてきた、バザロの中ではベテランのメンバーであった。それを簡単に、しかも吐き気を催す凄惨な殺し方をできるような新人がいたとは、さすがに予想できなかった。


「ならばそいつを俺の前に連れて来い。クズどもとはいえ、貴重な部下を殺されたんだ、相応の()で払ってもらわないとな」

「誰を使えば」

「ロドスを連れて行け。俺から命令は出しておく」

「承知しました。では失礼します」


 男は立ち上がり、部屋を出ようとドアノブに手を掛ける。そこに、バザロから声を掛けられた。


「この失敗、貴様の責任は重大だぞ?」


 それは、襲撃の獲物を決めた男に対する、覚悟を問う言葉だった。

 今回の失態、ただ仲間を殺されただけのことではない。

 これまでの襲撃は、弱そうな得物を確実に仕留めることで、明確な証拠を残さないようにして来た。

 しかし、今回の一件で三人が殺され、その場所に兵士が来ていたのだ。

 そうなると、三人がチームバザロのメンバーであることはすぐに分かってしまうだろう。これまで隠してきたことに足がついてしまう可能性があるのだ。

 とりあえず現状ならば、コネを使って兵士団の上層部に金を流せば見逃してもらえる可能性があるため、チームバザロ自体が危機的状況に陥ったわけではないが、その金の量も少なくはない。

 今後、同じようなことが出来なくなってしまうことも考えれば、かなり痛い失態である。


「か、必ずバザロ様の前に連れてまいります」


 男はバザロの言った意味に、激しく動揺しながら、慌てるように扉を開けて部屋を出て行く。

 バザロはそれを見送り、窓際に立つ。

 外周付近は街灯の設置も無く、民家から灯りがこぼれてくることも珍しい。

 周囲は闇に閉ざされ、その闇の中で犯罪者たちがうごめく世界だ。

 その世界を見下ろしながら、バザロに損害を出させたその挑戦者(アッパー)をどのようにしてやろうかと考え、その苦悶の表情と悲鳴を想像し、口元を怪しくゆがませた。


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