ダーツで魔法もありなんです
ストンっと小気味の良い音がして、矢がボードの中心に刺さる。
「うし、大分慣れてきた」
矢の重さにもなれ、大分安定してねらった場所に投げられるようになった隼人は、小さくガッツポーズをして辺りを見渡す。
そろそろ始めてから三十分ほど経つ。フリーの相手が紹介されるころだろう。
その様子を見たのか、先ほどの店員が声を掛けてきた。
「そろそろよろしいですか?」
「ああ。大分慣れてきたし大丈夫」
「分かりました。では次に来たお客様から誘導させていただきますね。そう言えば、飲み物はいかがですか? ソフトドリンクはチップ三枚、アルコールは五枚で販売しておりますが」
見れば、周囲の客たちも自分の近くのテーブルにカップを置いて、時々飲みながらゲームをプレイしている。
ジュースがいっぱい三百ファンは少し高く感じるが、こういう場所の値段だと思えば普通だろう。
少し喉も乾いてきたこともあって、とりあえずソフトドリンクを注文する。
「果実水があればそれを」
「承りました。すぐにお持ちいたします」
「よろしく」
店員が戻っていくのを見送り、ボードに刺さった矢を回収する。
チップ的にはそろそろ無くなってくるが、まだ魔力ランプの明かりが消える気配はない。
もう少し時間がかかるなら、チップを課金してこようかと考えていると、三人組の男が近づいて来た。
「ここフリー募集してるのか?」
「ん? ああ」
「賭けは?」
「一応ありだけど、こっちはあんまり手持ちがない」
ジュースを注文したことで、残りチップは四枚。賭けの金額としては少し物足りないだろう。
「なら二枚掛け一試合でどうだ?」
「手持ち半分か。良いぜ誰がやるんだ?」
「ダーツなら俺だな」
おそらくその男が三人の中でダーツが一番得意なのだろう。自信満々に一歩前へ出る。
そこに、隼人の飲み物を持ってきた店員が戻ってきた。
「お待たせしました。そちらのお客様は?」
「フリーの挑戦依頼。チップはもう払ってあるぜ」
そう言って一人が木札を見せた。それを見て、店員は頷くと、三人にも飲み物を勧めてくる。
その内の一人はアルコールを頼み、他の二人はソフトドリンクを注文した。
「三人はここ結構来るのか?」
「まあな。暇も潰せるし、うまく行けば儲けも出る。いいとこじゃん?」
「まあ確かにな」
最終的には、払った金額の方が多いのが賭けというものだが、あえてそれを突っ込むのは野暮だろう。
隼人は自分の矢を準備しながら、果実水を飲む。
「うし、ルールはどうする?」
「カウントダウン200、先行はそっちでいいぜ」
「凄い自信だな」
カウントダウンは持ち点二百点からスタートし、先にちょうどゼロにした方が勝ちのルールだ。そうなると、必然的に先に投げられる先行が有利になる。
それをあえて譲るレベルというのは相当なものだろう。
「まあな」
意味ありげに微笑む男を見て、隼人は何かあると感じた。しかし、今それが何か分かるはずもない。
とりあえず警戒だけしながら、ゲームをスタートすることにした。
「じゃあ俺から行くぜ」
狙いを定めて、投げる。矢はストンとボードの中心50点に命中した。
「残り百五十だな」
「次は俺だ」
隼人と入れ替わるように、男がボードの前に立つ。そして、特に狙うことも無く軽く投げた。
その矢は、軽く投げたとは到底思えないほどの速さでボードへ向かうと、隼人の刺さっていた矢を弾き飛ばして、50点の位置に刺さる。
それを見ていた隼人は、あっけにとられたようにポカンと口を開ける。
「50点だな。それに、そっちの矢は外れちまったみたいだぜ」
「え、これ外れたら点数なしになんの!?」
「もちろん、証拠が無くなるからな」
得意げに言い放つ男に、隼人は後攻を選択した理由に納得がいった。
そして、今の矢の軌道について考える。
一切狙いを定めることなく、どこに当たっても良いと言わんばかりの軽い投げ方は、普通ならば、ボードに当たる事すらなく的外れな方向へ飛んで行ったり、失速してボードの手前に落ちるだろう。しかし、現実は驚くほどの速度で隼人の矢を弾き飛ばして、代わりにその場に刺さった。
それを可能にするものといえば一つしかない。
「魔法もありかよ」
「使っちゃいけないなんてルールは決めてないからな。それは最初に決めておかないと」
店で決められているダーツの基本ルールは
・決められた距離を離れて投げる。
・外れた矢は点数にカウントしない。
この二つだけだ。それ以外のルールは事前に打ち合わせておかなければ、何でもありと言うことになってしまう。
知らなかったこととはいえ、それがこの店のルールならば、隼人のミスだろう。
だが、それが分かってしまえば、隼人にもやりようはある。
「なるほどなるほど、魔法の利用はありなのか」
「続けるかい? それとも降参する?」
「もち続けるぜ。いつもはそれで勝ってるのかもしれねぇけど、今日は俺が勝たせてもらう」
「イイ啖呵切るねぇ。そう来なくっちゃ。ならどうぞ」
男が場所を譲り、隼人が線の上に立つ。
狙うのは当然中心。相手の矢を弾き飛ばすのがベストだが、それで逆にこちらが弾かれては、余計に不利になってしまう。
矢を弾くのは、できればいいな程度の気持ちで、隼人は矢を投げる。
ストンッ!
矢は男の矢の真横、ギリギリ50点の位置に刺さった。
「ふぅ」
「やるねぇ」
真横に刺さっているのならば、先ほどのように迂闊な投擲はできない。矢を風魔法で操り、ボードに刺しているのだとすれば、間近にある自分の矢まで吹き飛ばしてしまう可能性があるからだ。
そうなると、どれだけ投げても勝負がつかなくなってしまう。
「ならこれならどうだ!」
男の投げた矢は、放物線を描くように飛ぶと、急降下しながら隼人の矢を弾き飛ばし、50点の下、15と描かれた範囲に刺さった。
「俺はこの道極めてもう十年だ。その程度の対策ならきっちり考えてあるのさ」
「なるほど。ならこっちも本気を出さねぇといけないみたいだな」
このゲーム、ボードに刺さった矢が回収できないルールのため、最大でボードに刺すことが出来るのは五本までとなってしまう。
その中で200を削らなければならず、持ち矢が全て無くなった場合、その時点で片方の矢がまだ残っていても点数の少ない方が勝ちとなる。
地面に弾かれた矢は回収できるため、点数を削れずに終了と言うことはないが、それでも矢を先に五本さしてしまった方が有利なことに変わりはない。
男の自信の理由がはっきりしたところで、隼人は仕掛けることにした。
「魔法を使えるのは、あんただけじゃないぜ」
「なに!?」
隼人は物質魔力を糸のように細く生み出し、自分の矢の尻にくっつける。そして投げられたその矢は、当然物質魔力によってコントロールされ、男の50点矢を弾き飛ばして場所を奪った。
しかも、風を使って刺したものより遥かに深く刺さっている。もう、矢をぶつけた程度では弾き飛ばせないだろう。
「さあ、あんたの番だ」
男に隼人の魔法がどのような物かは理解できない。
しかし、起こった現象が非常にマズイ物であることは理解できた。
自分の矢は簡単に弾き飛ばされてしまい、相手の矢を弾き飛ばすことはできない。
今まで自分のやってきた事と、全く同じことを返された男は、額に汗を浮かべながら、矢を投げた。
「二チップゲット」
「くそう、完全にやられた。まさかあんたも魔法使いだったとは……」
「まあ、たまにはそういうこともあるさ。あんまり落ち込むなって」
がっくりと肩を落としチップを二枚差し出してきた男から、チップを受け取り、笑顔でバンバンと肩を叩く。
残りの二人は、飲み物を飲みながら、負けた男を見て爆笑している。自信満々に勝負しに行った仲間が、ボロ負けで返って来たのだから、笑えもするだろう。
これがもし多額のチップが掛けられていれば、笑えないだろうが、所詮チップ二枚、二百ファンだ。子供のおこづかい程度でしかない。
「次は負けねぇからな!」
「おう、また勝負しような!」
別のゲームに行くと言う男たちに別れを告げ、魔導ランプを確認する。うっすらと灯りが弱まって来ており、そろそろ切れるころだろう。
いい感じに時間が潰せたと、店を出ようとしたところ、入口付近で突然怒鳴り声が上がる。
「イカサマだ!」
「何言ってんのよ! このゲームでイカサマなんて出来るわけないじゃない!」
「いいや、俺が目を逸らした隙に、コマを動かしたんだろ!」
「あんた試合中ずっとボード凝視してた癖に、何言ってんのよ! 変な言いがかりは止してちょうだい! あんたが負けたのは実力よ!」
「ンだと!」
「なによ!」
声のする方向に行ってみれば、テーブル席でガタイの良い男と白いコートを纏った女性が言い争っている。
店員は遠巻きに観察しているが、仲裁に入る様子は無い。周りの客も騒がないところを見ると、自由に賭けができるこの場所では、この程度のことならば日常茶飯事なのだろう。
「俺が誰か分かってんのか! 土下座して謝るんなら許してやるぞ?」
「そっちこそ、自分が馬鹿で弱かったってさっさと認めたらどうなのよ。これ以上周りにアホ面さらさない方が良いと思うけどね」
「この女!」
男は女性の胸倉に手を伸ばして掴み上げる。女は掴まれながらも男を睨みつけていた。
その視線が気に入らなかったのか、男が女を真横に向かって突き飛ばす。
「きゃっ!」
さすがの女性も、突き飛ばされるのは予想外だったのか、驚きの声を上げながら、見守っていた観客の一人、隼人の方向にバランスを崩しながら突っ込んできた。
「おっと」
隼人はそれを慌てずに受け止める。
「あ、ありがとう」
「良いけど、向こうはまだやる気みたいよ? どうすんの?」
男は、受け止められた女性を睨みつけながら、ファイティングポーズをとる。さすがにそろそろ店員動けよと隼人は思うが、店員は未だ動く気配が無い。ただ観察を続けるのみだ。
疑問を受け止めた女性に尋ねてみる。
「店員って動かないの?」
「客のトラブルは完全にこっち任せよ。暴力沙汰でも介入しないわ」
「へぇ、ちなみにあんた実力のほどは?」
「この非力な腕にそんな実力があると思うの?」
コートの袖をまくりあげ、見せてくれた腕は白く細いものだった。とても、ガタイの良い男に勝てるとは思えない。
「んじゃどうすんの?」
「こうすんのよ」
そう言うと、女性は素早く隼人の腕に抱き着き、コートの上からでも分かる豊満な胸を押しつけてきた。
突然の行動とその先が予想できてしまい、嫌な汗を流す隼人をよそに、女性は男にわざと聞こえるように大きな声で言い放つ。
「ねぇ! あいつが私にイカサマしたって言うのよ! ダーリン、やっつけちゃって!」
「テメェ、このあまのツレか! やるんなら相手になんぞ!」
「やっぱ、そうきたか~」
完全に他人を巻き込んでの逃げである。
隼人は久々に面倒事に巻き込まれたと思いつつも、打開策を考える。しかし何も浮かばない。
「ちゃんとお礼はするから。ね?」
小声で話しかけてくる女性に、隼人は小さくため息を吐く。
「高くつくぞ」
「体以外なら」
「はいはい。しょうがねぇ、俺が相手してやるよ」
腕に抱き着いていた女性を引き離し、一歩前に出る。
男はイラつきながら、隼人に殴り掛かってきた。それを当然のように正面から受け止める。
「むっ」
「ダーリン意外と力強いのね」
「まあな~」
実際は物質魔力で防いでいるだけなので、普通に力比べをすれば簡単に負けてしまうだろう。
隼人はうっすらと光る手にゆっくりと力を込める。すると、掴んでいた男の手がミシミシとイヤな音を立て始めた。
「くっ、つっ……」
痛みに耐えながら、男は手を振りほどこうとするが、隼人は離さない。さりげなく相手の手首まで物質魔力で覆うことで、引き離せないようにしているのである。
そして、右手に拳を作り、そこにも魔力を纏わせる。量はごく少量、それこそサランラップを纏うように薄くを意識しながら覆った。
「んじゃ次はこっちな」
一つ笑みを作り、がら空きの鳩尾に向けて拳を振るった。
ズドンッと重い音がして、一瞬大柄の男の体が宙へと浮かび上がり、そのまま膝を突いて腹を抱える。
「まだやる?」
「こ、降参だ。悪かった」
「掛け金はちゃんと払えよ」
「分かった……」
隼人は男が差し出したチップ二十枚を受け取り、女性の元に戻る。
あっけないほど簡単に片づけた隼人に、頼った女性も呆気にとられていた。
「二十枚であってる?」
「え、ええ」
「ならこれ」
そう言って隼人はチップの半分、十枚を渡した。
「え?」
「半分は俺の報酬な」
「う……分かったわよ」
意外な所で面倒に巻き込まれたが、銅貨一枚分をゲットすることが出来てしまった。
隼人は完全に消えた魔導ランプを持って、チップを現金に課金し、店を出るのだった。