打ち上げ
ワープゲートを使い、十階層から一階へと転移して塔を出る。外は空が真っ赤に染まり、多くの挑戦者達が塔から出てきて大変混雑していた。
隼人はグッと伸びをしながら、大きく深呼吸する。
やはり、塔の中と外では何となく空気が違うのだ。そして漂ってくる美味そうな匂いに、腹が刺激された。
「さて、どうするか」
時間的にはまだ日暮れまでに余裕があり、今からすぐに馬車に乗れば、ベルデに帰ることも可能だ。
しかし、帰ったとしても蓮華とは一週間連絡を取らない約束をしているため合うことはできない。そもそも、合う必要もないため、わざわざ急いでベルデに戻る必要もない。
ならば、一度塔周辺の店を見て回ってもいいのではないだろうかと考えた。
とりあえず重い魔石を持ったまま散策するのも何なので、宿を探す。
「とりあえずここで良いか」
大通りに面した三階建ての大き目の宿をチョイスし、そこに入った。
中は安定の一階食堂形式の宿であり、すでに今日の狩りを終えた挑戦者達が打ち上げをしている。
テーブルの間をせわしなく走り回る店員に声を掛けようかと悩んでいたところ、隼人の存在に気付いた一人の女性店員がパタパタと駆け足で寄ってくる。
「いらっしゃいませ。お食事ですか? お泊りですか?」
「泊まりだけど空いてる?」
「はい、もちろんですよ。素泊まりで銅貨四枚、二食付きで銅貨六枚です」
挑戦者が泊まるにしてはなかなかの値段である。しかし、鶏の魔物を倒して巨大な魔石を手に入れた隼人は、この宿に決めた。疲労も溜まっているため、ふかふかの良いベッドで眠りたいのだ。
「朝だけ付けられる?」
「それだと銅貨四枚と五百ファンですね」
「じゃあそれで」
「分かりました。料金は先払いになりますのでお願いします」
「了解」
袋からちょうどの金額を出し、少女に渡す。それを少女はエプロンのポケットにしまい、壁際にあるカウンターの下から鍵と木の札を取り出した。
「お部屋は三階の三号室です。奥の階段から上がってもらえればすぐに分かると思いますから。あと朝食は三回目の鐘が鳴るまでなので、それまでにこの札を持ってここに来てください」
「了解」
「ではごゆっくりどうぞ」
店員は一礼すると、再びせわしなく店の奥とテーブルの間を行き来し始めた。それを見送って隼人は指示された通り、奥にある階段から三階へと登る。
三階まで来るとさすがに食堂の喧騒は遠くのものとなり、宿らしい静けさが漂う。
両サイドに部屋があるため、灯りは魔力ランプを使っているようだ。
「えっと、三号室」
きょろきょろと辺りを見渡せば、三と書かれた板のついた部屋を見つけた。
鍵を使い中に入る。
「おお」
思わずそんな声が漏れた。
扉を開けると簡単な靴箱にクローゼット、右手には洗面がきちんと整備されており、奥に入れば光を取り込む大きな窓から夕日に染まる塔がよく見える。
ベッドはふかふかで、大き目のテーブルまで用意してある。
ベルデで泊まっている宿とは大違いだ。
「とりあえず財布だけでいいか?」
荷物を置き、散策の準備をする。金の入った袋は腰から紐でぶら下げており、簡単に掏られる心配はない。
飲んだ挑戦者がわらわらいるので、変に絡まれるのも嫌だと、一応腰の剣はそのまま持っていくことにした。
大通りに戻り、散策を開催する。とりあえず道なりに夕食を何にするか考えながら歩いてみる。
「兄ちゃんどうだい? 第一歩の塔名物挑戦者焼きだよ」
「塔周辺で海の魚を食べられるのはここだけだ! 合う酒も用意してるぞ」
「ローブリア平原で採れたローブ豆の素揚げだ。酒にはピッタリ、ぜひどうぞ!」
威勢のいい声が飛び交う中、隼人は魚というフレーズに惹かれた。
こちらに来てから、魚を食べていない。川魚は売っているのだが、大抵が生のままであり、鮮度の問題からどうしても値が張ってしまう。
そうすると、どうしても安価な肉に手が伸びてしまうのだ。
「久しぶりに魚も良いか」
近づいた屋台は、魚を開き炭火焼にしているようだ。魚から出た脂が炭に垂れ、香ばしい匂いを漂わせる。
味付けはどうやら塩か香草から選べそうだ。
そしてすぐ近くのベンチから聞いたことのある声が聞こえてきた。
「にゃーん、やっぱり魚だよね!」
「俺は肉の方が良いんだけどな……」
初めて塔に登った時に知り合った、ダイゴンとクレアの二人組だ。
「じゃんけんで負けたのはダイゴンだよ」
「分かってるよ、クソ次は勝つからな!」
「ダイゴンの反射神経じゃ無理無理~」
クレアは炭火焼を口に運び、ダイゴンはジョッキを煽る。なみなみと注がれていたビールがみるみる無くなっていった。
「にいちゃん、どうするんだい?」
「じゃあ塩で。後飲みもんなんかある?」
「酒か一応果実水もあるぞ」
「じゃあ果実水も」
思わず目を取られてしまったが、隼人は店主の声に我に返り、塩味と果実水を注文する。
店主は慣れた手つきで塩を振ると、強火の部分で軽く炙り木製の皿に乗せ、フォークを添えて隼人に手渡した。
「水は後でテーブルにもってくよ」
「了解」
隼人は料金を払ってそれを受け取り、何かの縁かと二人の元へ向かう。
「よ、久しぶり」
「およ?」
「お? 新人じゃねぇか、久しぶりだな」
「新人君だ! 久しぶり!」
クレアはフォークに刺した魚にかぶりつきながら振り返り、隼人と目が合うとパッと笑顔を輝かせる。
ダイゴンは、ジョッキを置いて隼人に応えた。
「席空いてる?」
「いいよいいよ、座って!」
「おう、座れ座れ。調子どうよ?」
「いい感じだな。今日までに十階層まで登って来た。そっちはどうなんだ? 長期で登るとか言ってたけど」
「おう、俺達も今日まで登ってたところだ」
「三十まで行って、魔石もがっぽり! いい酒が飲めるぜ~」
「お前酒飲めないだろうが……」
クレアの傍に置いてあるジョッキ、実は果実水だった。
「その場のノリは重要だぜ~」
「だな」
「分かった分かった」
隼人もその意見に賛同する。そしてちょうどタイミングのいいところに、屋台の店主が隼人の果実水を持って現れる。
「じゃあ、再会とお互いの成功を祝して」
「「「乾杯!」」」
料理を食べながら隼人は十階層以降の階層に関して色々と話を聞く。
「やっぱ水筒二つはいるな」
「そうだな。水の確保はなにより重要だ。俺達も魔法使いがいないから、水筒は各自二つずつ持っている」
「水さえあれば、食べ物は無くても二三日は大丈夫だからね」
やはり、先人達は水筒を二つ持っているらしい。そして魔法の便利さに改めて痛感する。
火も起こせれば水も出せる。簡単な壁も作れるし、砂塵から目や口をガードできる。初歩的な魔法ですらこれだけのことが出来るのだから、チームに魔法使いが一人はいるのが当然と言われるものうなずける。
しかし、そこで隼人に疑問が浮かんだ。
「おたくらは魔法使いをチームに入れないのか? それとも募集中?」
「ああ、俺達は入れてないな。特に募集もしてない」
「魔法使い入れちゃうと私たちのスピードについて来れないからね」
「スピード? そう言えばやけに早いよな」
隼人は三日で十階層まで登った。しかし、二人は六日で三十階層まで登っているのだ。最初の方を全速力で駆け抜けたとしても、隼人の二倍以上の速さで塔を登ったことになるのだ。
そんなスピードを出せる人間なんているはずがない。
しかし、それを行える可能性を隼人は一つだけ知っていた。
「二人とも混血だったのか?」
「おう、チームベアキャットは混猫族のクレアと、混熊族の俺のチームだからな。血覚させれば全速力で走り続けられるし、雑魚どもは一撃で蹴散らせる」
この世界には混血族という種族がいる。現代的に言えば獣人に部類される種族で、古き血筋に影響され、その獣の特徴を得た力を発揮することが出来る者たちだ。
現代の感覚ならば、間違いなく迫害の対象にされていただろうが、この世界では混血族の割合が意外と多く、町を見ても人六割、混血族四割といった具合だ。
その中の人がさらに一般人と魔法使いに分かれるため、実質的には、一般人五割、魔法使い一割、混血族四割で、ほぼ同じ人数になる。
その上、魔法などというすでに人から離れたレベルの力を持った者たちがいる世界で、今更多少獣の力を使えたからと言って恐れられることはないのだ。
一見人とまったく変わらないのも、特に気にされていない理由だろう。
おかげで、ハイレベルの挑戦者や騎士団の上層部は当たり前のように大多数が混血族で構成されており、一般人がそこに混じれるのならば、その一般人は間違いなく天才と呼ばれる部類に入るだろう。
混血族の者達は、血覚と呼ばれる状態になることで、その力を使うことが出来る。その際に、自らの血に流れる獣の耳や尻尾、体毛などが現れるのはご愛嬌だ。
「そうだったのか。確かにそれだと魔法使いはいらないな」
混血が全速力で走る速度に追いつける人などまずいない。魔法を使えば追いつけるかもしれないが、戦闘時に全力を出せなくなってしまっては本末転倒もいいところである。
「そゆこと。新人君は何か混じってるの? 三日で十階層も人だとかなり厳しいし」
「いや、俺は一応純血なのかな?」
「曖昧な言い方だな」
異世界の血を引いているため、この世界では純粋な意味で純血であるとは言いにくい。その上、魔力を直接操っているともなれば余計にそうだ。
「ちょっと特別な力があってね。あんまり言いふらさない方が良いって注意されてるから、大きな声じゃ言えんのよ」
「そうか、深くは聞かない方が良さそうだな」
「そうしてもらえると助かる」
「で、その力ってにゃに?」
「お前人の話聞いてた?…………」
「え~、だってそんな言われ方したら気になるじゃん!」
「俺もその意見には同意せざるを得ないな」
「お前ら……」
クレアのストッパー役であるはずのダイゴンまで聞いてきた時点で、隼人にほぼ拒否権は無くなっていた。
そもそも、秘密があると話した時点で、秘密としての役割の半分は消失してしまっているのだから、仕方ないと言えば仕方ないだろう。
本当に秘密を守りたいのならば、秘密であること自体を秘密にしておかなければならない。
隼人はそのことを心に刻み込みつつ、ため息を吐く。
「ほれ、こっちに顔寄せろ」
「おう」
「そう来なくっちゃ!」
二人がテーブルに身を乗り出し、顔を突き出す。
「よく見てろよ。実践してやる」
隼人は、二人に自分の顔を近づけ、自らの目を指差しながら小声で言うと、わざとらしく力みながら目を大きく見開く。
何が始まるのかと興味津々に見つめる二人の前で、隼人は物質魔力を動かし、自分の目からにょきっと触手のように魔力を生やした。
瞬間――――
「ぎゃぁぁぁああああああああ!!!!」
「うおっ!?」
驚いたカミナは、一瞬とも言えるほどの速度でダイゴンの背中へと隠れ、そのダイゴンも全身から熊のような毛を飛び出させてのけぞっている。
その声に驚いた周りの連中が隼人を見るが、その時には魔力をすでに体内に戻しており、ニヤニヤと笑みを浮かべる隼人しかいない。
「ほう、血覚は驚いた拍子にもなるのか。勉強になるな」
「にゃ、にゃにいみゃの」
混熊族のダイゴンは全身から黒い体毛を生やしているし、その背中からこっそりと隼人を覗くクレアにも、可愛らしい猫耳と尻尾が生えていた。よく見れば、目は瞳孔が鋭く縦長になっているし、爪も伸びており、それががっしりとダイゴンの毛だらけになった背中に食い込んでいる。地味に痛そうだ。
「俺の秘密。挑戦者の皆にはナイショだよ?」
「お、おう……いやいやいや、意味が分からん。今のが秘密? いや、確かにビビったが」
「ビックリした。本当にビックリした! 少しちびった!」
「いや、知らんよ……つかこれ以上は教えないからな。俺の武器なんだから」
「そ、そうか……ああ、そうだな。武器なら簡単には喋れないか」
「うう……今度ぎゃふんと言わせてやる」
「はいはい、悪かったって。魚もう一匹奢ってやるから」
「なら許す!」
その後、自分とクレアの分の魚を追加で注文し、食べ掛けの魚に再び齧り付く。
何とか落ち着いてきたクレアたちは、自分の血をなだめて体毛その他を人間のものに戻した。
「そう言えば新人君は今晩泊まる場所決まってるの? 早めに決めとかないと良いところは埋まっちゃうよ?」
日が完全に落ちて、空は暗くなってしまっている。塔の上の方は闇に閉ざされ、今明るさを放っているのは、数多くの屋台と宿だけだ。
「大丈夫。停留所近くの大きな宿にもう部屋はとってあるから」
そう言って部屋の鍵を見せると、クレアもダイゴンも驚いた表情になる。
「どうかしたのか?」
「それ、アーバンパレスの鍵だよね? 高級宿じゃん」
「お前それ大丈夫なのか? 十階層までだとそこまで良い課金額にはならないぞ?」
「大丈夫だ。九階層でかなりデカい魔石を手に入れたからな。あれ一つだけでも余裕で宿代におつりがくる」
「ふへぇ~。そんなにおっきいの手に入れたんだ。でも九階層だと強い奴で拳大か、ちょっと大きいぐらいじゃない? それだと銅貨四枚は厳しいかも」
クレアたちが想像している大きさは、三階層で隼人が相手をしたライオンのような魔物だ。あれがちょうどクレアの言っていた拳より少し大きいぐらいの物であり、課金するとだいたい銅貨三枚から四枚になる。
「そうか? 俺片手で持つのはキツイサイズの魔石手に入れたけど」
「え!? そんな奴いたっけ?」
「いるな……一体だけ…………」
クレアの疑問に、ダイゴンがやや呆然としながら答える。その声には驚きがふんだんに含まれていた。
「一体だけ? あ」
クレアも思い当るものがいたのか、ポカンと口を開け、次第にその表情が青くなって行った。
その様子に、隼人も若干不安になってくる。
「俺なんかまずった? もしかして倒しちゃいけないの倒しちまったとか」
「あ、いや、大丈夫だ。塔の魔物は最上階の奴以外は全て倒して構わない。ただ、倒せるかは別だが……」
「新人君、もしかしてコッケ先生倒しちゃったのかな?」
「コッケ先生? もしかしてあの鶏のことか?」
尋ねながらも、十中八九そうなのだろうなと考える。さすがに、あの鶏以外でコッケ先生などと呼ばれる魔物がいるとはあまり考えられないからだ。
「そうだ。十階層に行く階段少し前の場所で、仁王立ちしている鶏だ」
「コッケ先生って強さ的には三十階層レベルのはずなんだけどな……あはは、新人君超強いね」
「待て待て待て待て、そんなはずないだろ。なんで九階層にそんな上層部レベルの奴がいるんだよ」
しかもそれが十階層への階段の前に陣取っているのだから、本当にそのレベルなら、よっぽどの実力者でなければ上の階層に登れなくなってしまうはずである。
「コッケ先生だけは特別なんだよ」
クレアはそう言って、コッケ先生だけが強い理由を語る。
「コッケ先生は、九階層までの魔物の統括って言うのかな。魔物どうしも塔の中で生存競争してるから、食べたり食べられたりするわけ。それで、魔物を食べた魔物が相手の魔力を得て次第に強くなってくんだけど、強くなりすぎると塔のバランスがおかしくなっちゃうじゃん?」
「それを調整するための魔物だと?」
魔物が魔物を捕食した場合、相手の魔力を吸収し、強くなる。それは普通に知られていることであり、そのおかげで低階層でも稀に大きな魔石を落とす魔物がいる訳だが、生存競争の中で生き残り過ぎた魔物は当然その力が上がりすぎる。
そうなると、第一階層でも上層部クラスの魔物が出てきてしまうことになるのだ。
それを防ぐためにいるのが、フロアボスと呼ばれる調整役の魔物だ。
コッケ先生はその一体であり、九階層の魔物が強くなりすぎないように調整する役目を司っている。
別に倒しても塔がまた新たな調整役コッケ先生を生み出すため問題ないが、そもそも新人が倒せるようなレベルではないのである。
だからこその驚きだった。
だが、そこで疑問が浮かぶ。
「じゃあ十階層にはどうやって行くんだよ。あいつが正面に陣取ってたら、中級レベルの挑戦者はずっと足止めくらうぞ?」
「コッケ先生は正面から来る挑戦者としか戦わないからね。森の中を隠れて進めば問題なく通してくれるよ?」
「マジかよ!?」
ブレードギアで突っ込んだせいで、それを挑戦状と取ったコッケ先生に勝負を挑まれてしまったわけである。
ある意味、道すがら隼人を魔物と勘違いした挑戦者に攻撃を加えられそうになった事例とまったく同じ原理だった。
「でも、コッケ先生倒せるなら、上層階も魔物は問題ないね。後は環境に耐えられるかだ」
「砂漠とかってそんなにキツイ?」
「対策さえしっかりしておけば特に問題は無いだろう。二十階層三十階層だとサポーターハウスで食糧の販売もしている。少し割高だが、そこより上に行くなら、足りない分をそこで買っておけばいいしな。魔石との交換もしてくれるから、金が無くても問題ない」
「そっか。なら今後は対策用品買わないとな」
「意外とお金掛かるから、コッケ先生分は飛んじゃうかもね」
「マジか。まあ無いよりは、あるに越したことはないか」
コッケ先生を倒さなければ、砂漠越えの為にちまちまと魔石を集めて対策資金を用意しなければならなかったのだ。
それを考えれば、まあ土に埋もれてまで倒したことに意味があったと思える。
「じゃあ砂漠の対策用品って何があるか教えてくれよ」
「それには相応の報酬が必要だにゃ~」
クレアは空になった自分の皿を、フォークでコツコツと叩きながら、笑みを浮かべる。
「俺も酒のつまみが無くなっちまったな。次は豆もありかもな」
などと呟きつつ、ダイゴンは豆の素揚げを売っている屋台を見ている。
隼人はため息を一つ吐き、財布を持って立ち上がるのだった。