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奴の魔法は物理的!  作者: 凜乃 初
第一歩
20/60

十階層の洗礼

 九階層、獅子王からの情報によれば、森林エリアの最終階層である。その森は静寂と緊張に満たされており、一瞬も気を抜くことが出来ない弱肉強食の世界である。

 ズドンッ!

 そんな森の中に突如として、空へと延びる巨大な土柱が現れた。

 高々と土煙が舞い上がり、巻き込まれた木々がギシギシと音を立てて土柱から崩れ落ちる。

 その中に隼人の姿もあった。


「クッソ! あぶねぇだろうが!」


 誰にともなく非難の声を上げながら、ロープ状にした物質魔力を土柱に打ち込み落下を防ぐ。

 上から次々と降り注ぐ土と木々を左手の剣で吹き飛ばし、さらにその先を睨みつける。そこに、この土柱を作った張本人がいた。

 三本の鋭利な爪が生えた足で、ガッチリと地面を掴み、ずんぐりとした胴体は、茶色の羽毛に包まれている。

 自分がここの王者であることを示すかのように、大きく羽を広げ、空に向けてたからかと鳴き声を上げるその姿は――――まさしく鶏だ。


「あのチキン、ぜってぇぶっ殺してやる!」


 隼人はロープを使って土柱から移動し、近くの飛び出した木の幹に着地し悪態をついた。


 

 時は戻って二日目の朝、獅子王と別れて出発した隼人は順調に七階層、八階層を攻略していった。そのスピードはさすがに最初ほど早く無く、一日掛けて九階層の入り口に到着したのだ。

 九階層に続く階段でキャンプを取り、三日目の朝九階層の攻略を開始した。

 最後の森林エリアと聞いていたため、多少警戒を強めながら進んでいた隼人だったが、出てくる魔物たちのレベルはさほど変わることなく、むしろ二日の戦いで慣れてきた隼人にとっては楽なものとなっていた。

 ソロで襲ってきた魔物はもはや見向きもすることなく瞬殺され、集団で来る魔物にも遠慮なく周辺ごと吹き飛ばす。

 さすがに九階層ともなると、挑戦者(アッパー)の魔法使い達も大規模大威力の魔法を使うようになり、爆音が響いても警戒はすれどそれほど気にすることはない。

 現に、九階層に入った直後にも、隼人は遠くから爆音と火柱が上がるのを見ていた。

 順調に進んだ隼人は、普通ならば異常とも言える速さで進撃し、十階層の階段がはっきりと見える距離まで近づいていた。

 そしてそこに()がいた。


 階段へ続く林道に堂々と佇む姿は、威風堂々としており、隼人は一目見てこのフロアで最強の存在だと直感的に判断した。

 しかし、だからといって見た目は鶏である。

 隼人が攻撃するのに躊躇う要素は全くなかった。

 剣を作りだし、ブレードギアのアクセルを全開にして鶏目掛けて正面から疾走する。そして振りかぶった剣を叩きつけようとした直後、鶏の一鳴きと共に冒頭の土柱が発生したのだ。



 自分でも思い出しながらありえねぇだろと呟きたくなる光景だ。

 数十メートルはありそうな土柱を一瞬で作り出した鶏は、その頂上で高らかと雄叫びにも似た鳴き声を上げている。

 しっかりコケコッコーな辺りご愛嬌だが、その魔法の威力は語るまでもないほど強力である。迂闊に攻撃を仕掛ければ、返り討ちに合うだろう。


「どう攻める」


 土柱を登るのはかなり厳しい。そもそも鶏の魔法によって出来た土柱なのだ。途中の構造を変えられる可能性もある。

 登っている最中に、棘だらけになどされてはたまらない。

 次に考えるのは、一息に頂上まで行く方法だ。

 無いことはない。

 物質魔力の破壊力を使えば、足元に衝撃を発生させ、その威力で一息に飛び上がることも可能だろう。

 自分に掛かる負担も、物質魔力で足を覆ってしまえばなんとでもなる。

 一見これでいいと思える方法だが、これにも問題はあった。

 飛び上がった後の方向転換ができないのだ。

 土柱から飛び降りた時のように、ロープ状にした魔力でバランスを取る程度のことはできるだろうが、攻撃された場合に、それを逐一躱せるような回避能力は持ち合わせていない。

 これでは狙い撃ちにされる。


「なら」


 自分があの場所まで行けないのならば、奴を引きずり降ろせばいい。

 そもそも、自分より遥か高みから見下ろされているのは、馬鹿にされているようで非常に腹が立っていた。

 隼人は魔力を一旦体の中に全て戻すと、それを手の平に集中させて生み出す。

 最初は球体状に、ひたすら魔力を野球ボールの大きさに圧縮し、その濃度を高める。

 いつもは琥珀色の美しい魔力は、濃度を高めるとともにどす黒く濁り、不安定な魔力の塊はぐにゃぐにゃと形を変え、今にもはじけそうだ。


「これで!」


 それを一気に握り締め、形を変えるとともに腕を後方へと向ける。

 そこには、一目見ただけでも危険と思える雰囲気を纏った、剣が完成していた。剣の周りは、剣の強さを物語るかのように風が乱れ、落ちてきた木の葉が次々と粉砕されていく。


「降りてこいや! 鶏風情が!」


 剣を柱へと袈裟懸けに振り抜く。

 その刃は土柱に何の抵抗も無くスッと入ると、勢いそのままに柱を斬り裂いた。

 爆発なんてものは起きない。ただ斬る事のみに意識を向けた剣は、そのイメージを完璧に再現した。


 ゴゴゴと重い音を立てながら、ゆっくりと柱が斜めにズレる。

 鶏はその頂上で慌てたように羽をバサバサと羽ばたかせながら土柱から飛び降りる。その光景を見て何となくスッキリした隼人は、鶏のコントロール下から離れた土柱が崩れ落ちるのを眺めながら、うんうんと満足そうにうなずき、やがてその表情を焦りの色へと変えていった。

 崩れ落ちているのは十メートルを超える土の塊なのだ。

 そんなものが目の前で崩れればどうなるか。

 当然大量の撒き上げられた土に視界と呼吸を阻害され、降り注ぐ土は凶暴な鈍器へと変わる。


「やべぇ!」


 隼人はその声を残しながら、土煙へと一瞬で飲み込まれていった。


 崩れ落ちる土柱から、何とか飛び降り落下同然に羽ばたきながらなんとか地面へと着地した鶏は、恐る恐るといった様子でただの土山となった柱跡に来ていた。

 今まで鶏の柱を破壊したことのあるものはいたことにはいた。しかし、こんなにも圧倒的な力で粉砕されたのは初めてだったのだ。

 だが、その柱を粉砕した男も、崩壊に巻き込まれ土の下である。

 絶対的な王者として九階層に君臨していた鶏は、なぜか少しさみしい気持ちになる。

 これを成した男は一体どんな人間だったのだろうか。

 強者として、戦ってみたかった。

 そんな気持ちを乗せ、クケーと小さく鳴く。その声は誰にも聞こえることなく、空気へと溶けていくかのように思われたその時――――


「捕まえたぞ! 家畜!」


 突然土山の中から手が飛び出し、鶏の足をがっしりとつかんだのだ。


「クケッ!?」

「散々人間様を見下しやがって! どうしてほしい!? 丸焼きか! それとも唐揚げか!」


 土山の中から飛び出した腕は隼人のものだった。そして鶏が驚いて飛び退ろうとした力を利用し、一気に土の中から体を引っこ抜く。そして、魔力を縄のように鶏の足へと括り付け、逃走出来無いように自分とつなぐ。


「もう逃がさねぇぞ!」


 しかし人ほどの大きさがある鶏だ。その力は非常に強く、隼人が一人で捕まえたところで押さえられるものではない。

 だが魔力なら別だ。変幻自在の魔力は、自分の思う通りに操れる。自分の力で引っ張るのではなく、ロープを操って引っ張れば、巨大鶏にも負けない力を出すことが可能だった。

 瞬時に離れられないと悟った鶏は、鳴き声を上げながら羽を羽ばたかせる。すると、強烈な風が巻き起こり、竜巻のように隼人を襲う。これも鶏の魔法だ。

 しかし、隼人も負けじと剣を生み出し、振り抜くことで魔法を粉砕した。


「土だけじゃなくて風の魔法も使えんのか。なら、上の連中は三つぐらい適正持っててもおかしくないかもな」


 この世界の魔法に於いて、属性の適正というのはそれほど重要な物ではない。

 たとえば風の特性がある魔法使いは、風を使った魔法の威力が上がったり、発動が速くなったりする。しかし、威力こそ制限されるものの、別の属性が全く使えないと言う訳でもない。

 だがそれ以上に、属性が重要視されない理由がある。

 そもそも、この世界の適正は、環境によって変化するのだ。

 鍛冶屋のように火を毎日扱う家ならば、子供も火に接する機会が多く火属性の適正が付きやすい。海辺の人間ならば水、農民ならば土や風など自分の環境次第でいくらでも適正を変えることが出来る。

 ちなみに、人が持てる適正は二つまでと言われており、挑戦者(アッパー)の魔法使いなどは、わざと毎日火の近くにいることで、自分の適性を攻撃的な火に変えるなど、塔の攻略に合わせて適正を変える場合もあるぐらいだ。

 それは魔物も同じで、育った環境や周囲の状態で適正が変わることもある。

 この鶏は、地面をよく走るために土の適正があり、羽で風を起こしたり滑空程度ならできる為、風の適正も有していた。


「けど俺には関係ねぇ!」


 鶏は、自分の魔法を簡単に破壊した隼人に驚きつつも、次の魔法を準備する。しかし、その間に隼人は防御の準備を整えていた。

 全身に魔力を纏わせ鎧とする。

 だがこれをすると、さすがに魔力を使いすぎてしまい剣に十分な威力を持たせることが出来ず、せっかくの鎧の価値を発揮することが出来ない。

 しかし、足りない分は実物で補えばいい。

 腰の剣を引き抜き、その周囲に自分の体を覆った要領で魔力を纏わせる。

 石や鉄を斬るほどの力はないが、鶏の羽や肉を斬るには十分だ。


「家畜ぅ~、潔く俺の食費になりやがれ!」

「クケーッ!」


 ブレードギアを使い、一気に接近する。途中に飛ばしてくる風や土は完全に無視し、接敵すると、その剣を鶏の首目掛けて振り下ろした。

 ザシュッと確かな手ごたえと共に、鶏の首が地面へと転がり血が噴き出した。




 鶏から出来た魔石は、今まで見たことがないほどの大きさだった。


「スゲー、けどおもてぇ……」


 こぶし大を遥かに超え、両手で抱えて何とか持つことが出来る大きさの魔石は優に十キロを超えるものだ。

 正直、これを持ったまま進むのは体力的にかなり辛い。

 隼人は戦闘前に近くに放り出していた鞄を回収し、その袋に魔石を入れる。


「とりあえず十階層見て帰るかな~」


 十階層の階段はもうすぐそこだ。今から九階層のワープゲートへ行くよりも遥かに早いだろう。それに、十階層にはサポーターの家もあるはずである。フィールドが荒野になるという話もウィッツから聞いていたため、その辺りについても詳しく聞いておきたかったのだ。


「うし、出発するか」


 ブレードギアを起動させ、隼人は再び林道を進んでいく。




 十階層に到着したのは、空の端が僅かに赤く染まり始める時間だった。


「すげー、マジで荒野だ」


 隼人の目の前に現れたのは、今までの森林からガラッと変わって一面の土と岩。

 遠くには四足歩行の魔物が普通に闊歩しており、挑戦者(アッパー)の姿も小さく見える。どうやらワープゲートへと向かっているらしく、こちらに近づいてきているようだ。

 そして、隼人の目当てであるサポーターの家もすぐに見つかった。


「すみませーん」

「はーい」


 家に近づき声を掛ければ、すぐに返答が返ってくる。そして、扉が開き中から女性が現れた。


「はいはい、おまたせしました~」


 にこやかな笑顔を浮かべた、おっとりとした感じの女性だ。服装もワンピースにカーディガンを羽織っただけとラフな格好だ。とてもここが魔物の跋扈する十階層だとは思えない。


「新人で、初めて十階層に来たんだけど」

「あらあら、それは大変だったわね。こっちはいって~」


 隼人が新人であることを言うと、女性は家の中へと隼人を招き入れる。

 部屋の中は整理されており、二階層のおっさんの家とは大違いである。

 女性は隼人をテーブルに座るように促し、自分は奥へと消えて行く。隼人は荷物を横におろして、女性に言われた通りテーブルで待つ。

 すると、女性がお盆にポットとティーカップを持って戻ってきた。

 その対応に思わず感動する。何せ、二階層では用紙一枚しかもらえなかったのだから。


「はいどうぞ。ここまで来て疲れたでしょ? 疲労回復に効果のあるお茶なのよ~」

「ありがとうございます」


 思わず敬語になってしまうような、お姉さんな対応だ。

 出されたお茶を一口飲むと、その美味さに思わず吐息が漏れる。そして思わず一気に飲み干してしまった。


「ふぅ。美味いな」

「ありがとう。自分で栽培したハーブを使ってるのよ~。挑戦者(アッパー)の皆には意外と人気なの」

「ああ、これなら人気なのも納得だ」

「うふふ、お代わりはあるから、いっぱい飲んでね~」


 女性は嬉しそうにそう言ってポットからお代わりを注ぐと、近くの棚から用紙を取り出し隼人の前に置く。


「じゃあ飲みながらでいいから聞いてね」

「ああ」

「私の名前はセイラ。これでも魔法使いのやり手なのよ」

「魔法使いだったのか」


 だから防具を着ていなかったのかと納得する。


「そうよ~、十階層は川とか少ないから、ここだと魔法が使えた方が何かと便利なの。じゃあ説明に入るわね」

「ああ」

「もう見てもらったから分かると思うけど、十階層からはフィールドがガラッと変わって荒野になるわ。あるのは土と岩ばかりの場所で、稀に川やオアシスみたいな森林があるぐらいね。基本的にキャンプ地は大きな岩の上にあると思ってもらえればいいわ」


 それは、ウィッツの言っていた地面から来る魔物対策のためだ。

 岩程度の硬さがあれば、地面から突然足元に強襲をくらう心配も無く、若干高い場所になるため監視も行いやすい。


「川ってかなり少ないの?」

「九階層までに比べると少ないわね。キャンプ地でも川が無いところもあるし。だから水は貴重品。水系の魔法が使えないなら水筒は二つか三つあると安心ね」

「了解」

「後は魔物も少し生態が変わってるから気を付けてね」

「どう変わってるんだ?」

「魔物に装甲が加わってるのよ。森の中だと隠れる場所があったり、狭い場所の動きが阻害されるから装甲がある魔物はいなかったけど、ここは荒野だからね~。守るためには固い装甲で体を覆って守る必要があったのよ。だから荒野の魔物は比較的に硬い連中が多いわ」

「なるほどな」


 思い返してみれば、確かに森の中にいた魔物は皆やわらかかった。精々が角で体の一部を守ったりする程度で、全身が装甲に覆われているものなどいない。

 そうなると、物質魔力の限界硬度が試せる可能性も出てくる。


「基本的に話しておかないといけないのはこんなところね。それ以外は今までとさほど変わらないわ。他に聞きたい事とかある?」

「そうだな……」


 隼人は少し考えてから口を開く。


「そう言えば、荒野のフィールドはどこまでなんだ? やっぱり十九階層?」

「ええ、二十階層からは砂漠みたいなフィールドになるわね。そこからはまた違う魔物が現れるし、対策も変えないといけなくなるわ。ちなみに、三十階層からは石の迷宮になるから」

「三十からは普通になるのか」

「その代り魔物がかなり強くなるわ。純粋な実力勝負って感じね」


 三十階層までがフィールドに合わせた魔物との戦いや、キャンプに関する知識を蓄える場所だとすれば、三十階層以降は純粋な力試しとなる。


「だいたい分かった。ありがとう」

「どういたしまして。この後はどうするの? もうすぐ日が暮れるけど」

「今回はここで終了だ。食糧も少なくなってきたし、水筒も一つしかないからな」


 荒野用の装備を用意していない状態で突っ込むのは自殺行為である。水なんて生命線は確実に確保しておかなければならない。

 ちょうど、塔に入って三日目の終わりということもあり、予定通り塔から一旦退却することにする。


「分かったわ。じゃあお疲れ様ね」

「おう」


 そう言って隼人が立ち上がろうとした時、セイラが待ったをかける。


「ちょっと待って。忘れ物よ」

「忘れ物?」


 セイラはそう言うと一枚の紙を隼人に差し出した。

 そこに書かれていたのは、


・ハーブティー×2  銅貨二枚もしくは中サイズ魔石一つ


「金取るのかよ!?」

「当然よ~。ここは塔の中で、ハーブだって育てるのは一苦労なんだから。美味しかったでしょ?」

「せけぇ!」

「サポーターだってお仕事だもの~。慈善事業じゃないわ~」

「ちきしょう! 騙された!」


 銅貨二枚。それが十階層で受けた初めての洗礼だった。


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