ソロの辛さ
四階層でやらかして以降、順調に攻略を進める隼人は現在六階層の中腹にいた。
空は淵の方が淡く赤色に染まり始め、外が夕方に移り変わりつつあることを示している。
この階層までくると魔物たちにも一定の分類が生まれ始めていた。
一つ目は集団で来るが魔法を使わない魔物。これが全体の六割を占め、魔法を使えない程度の魔力しかもっていないため、魔石にもさほどうま味が無い。
次に魔法を使うが単独のものが三割。彼らはソロで動く分高めの魔力を保有しており、魔石もなかなかの大きさが出てくる。
そして残りの一割が魔法も使用し、集団で襲ってくる魔物となっていた。
魔法を使わない魔物は、そもそも隼人の相手にならない。攻撃するために迫ってきたところを、剣を伸ばして一突きである。魔法を使う魔物であっても、ソロ相手ならば四階層で出会った魔物と同じように特に問題なく対処出来た。
しかし、集団で来るうえに魔法も使う魔物は少し厄介だ。
「チッ」
小さく舌打ちをすると、後方から飛んでくる土の槍を左手の魔力盾で防ぐ。その間にも、リスのように小さな魔物はすばしっこく地面を走り隼人の足もとに近づいて来ていた。
これがただのリスならば、可愛いとつい触りたくなるものだろう。
しかし残念ながら、ここにいる生き物は魔物だ。迂闊に手を伸ばせば、その鋭利な前歯で指どころか手首もろとも食いちぎられる危険な生物である。
その上、土属性系統の魔法を使い、木の上から土の弾丸を飛ばしてきたり、地面から槍を生やしたりするなど、ベテランの挑戦者でも数が多くなるとかなり苦戦する相手である。
そんな相手に一人で対応している隼人は、やはりと言うか苦戦していた。
と言っても、命の危険に陥る状況はかなり少ない。物質魔力の変幻自在な武器と盾のおかげで、魔法はことごとく防げるし、剣を振り下ろせば周辺ごとリスの魔物も吹き飛ばせるからだ。
だが、厄介で面倒なことに変わりはない。そこから出る舌打ちだった。
「ちょろちょろとうぜぇし、魔石もあんまり大きくねぇ。さっさと殺して次行きてぇのによ」
リスの魔物は、体が小さいだけに魔法を使えると言っても、そこから出てくる魔石の大きさはそれほど大きいものではない。
集団で襲ってくるため、撃退すれば最終的に結構な数の魔石が溜まり、金にはなるのだが、労力には見合わないだろう。
「くそ、潰しても潰しても」
どこからともなくわらわらと湧いてくるリスの魔物に、隼人の神経が苛立つ。
わざわざ盾で防御するのも煩わしくなり、左手の盾はいつの間にか剣に姿を変えていた。
しかし相手からの魔法も絶えず飛んでくる。隼人はその攻撃を、全身に纏わせた物質魔力に防がせた。
木の上から飛んできた土塊は、隼人の肩に当たり砕け散る。
隼人が動いた先に飛び出してきた槍は、隼人の腹を串刺しにしようとするも、物質魔力に防がれて、半ばからポッキリと折れてしまった。
体全体を覆う薄い膜程度の物質魔力でも、小動物程度の魔物の魔法ならば十分防ぐことが出来るのだ。
薄い琥珀色の人型が、両手の剣を振り回しながら魔物を殲滅していく姿は、傍から見れば確実に魔物と勘違いされるレベルだろうが、幸い周辺に挑戦者の姿はない。
魔物は自分達の魔法が全く効かないことに少なからず動揺し、このまま攻撃を続けるのか、それとも引くのかの選択を迫られる。
隼人はその隙をついて、木を切り倒し、逃げ場を失った魔物から順番に一撃で刈り取っていく。
なんとか地面に飛び降りた魔物は、態勢を立て直そうと森の中へと逃げ込むが、いつまでも終わらない戦いにイライラしていた隼人は、このチャンスを強引にでも掴みとろうと力技に走った。
「逃がすと思ってんのか!」
両手の剣を一つに纏め、両手で握る。
五メートルほどの巨大な刀身に変化した魔力剣を高々と掲げ、森の中へと振り下ろす。
ズガンッ!!
轟音と共に、木々が大きく揺さぶられ、幹を登っていた魔物たちはいっせいに空中へと吹き飛ばされる。
その衝撃に乗って軽い体は高々と舞い上げられ、地面にバタバタと落下した。
「ふぅ……ふぅ……」
落下した魔物たちを注意深く観察しながら、隼人は苛立った神経をなだめるように深く息を吐く。
地面に倒れる魔物は動く気配が無く、次第にその姿を魔石へと変えていった。
「やっちまったな」
四階層のミスで、もう少し落ち着いた対処をと心がけていた隼人は、自分の放った攻撃の後を見ながらそうつぶやく。
怒りに任せて放った一撃は、魔物を空へと飛ばせるだけでなく、周辺の木を薙ぎ倒し、森の中にぽっかりと人工の空洞を作り出していた。地面にこそ被害は少ないものの、その規模は四階層のそれとほぼ同じである。
偶然にも、他の木や逃げる方向が違って生き残った魔物たちは、仲間たちの哀れな末路を見て、戦意を完全に喪失していた。
完全に殺気は消え、全力で逃げ去っていく魔物の後ろ姿を眺めながら、隼人は魔力を体内に戻し乱れた息を整える為、切り落とした切り株に腰掛ける。
「あぁぁ……結構しんど」
鍛えていたとはいえ、さすがに一時間以上も剣を振り続けた隼人は、かなりの体力を削られていた。
鞄の中から水筒を取り出し、中身を頭からかぶると、冷たい水が火照った体を冷やす。
「くそっ、ソロってこんなにきついのかよ。それとも俺の実力不足か?」
まだ六階層である。この状態で一戦ごとに激しく疲労していては、上層階ではどのような戦いになるのか分かったものではない。
「やっぱどこかのチームに入れてもらえばよかったかな……」
完全に赤く染まってしまった空を見上げながら、そんなことを呟く。
自分と他人の比較ができない以上、今の実力が挑戦者の中でどれほどのものなのかが判断できない。
そのせいで、どこまでの階層が安全で、どこからの階層が自分の実力だと危険かも分からないのだ。
これはかなり危険な事であると感じていた。
少しでも力量を見誤れば、四階層で出会った魔物の餌と化していた子供と同じように、隼人も魔物のお食事となってしまうのだから。そう思ってしまうのも当然だろう。
むしろ、あの死体が良い意味で隼人に危機感を抱かせていた。
だが、最終目標が塔の最上階である以上、他のチームに混じるという選択肢はない。
それをしてしまえば、自分が塔の最上階に登ったことがバレてしまう。そうなれば、犯罪者一直線だ。
「とりあえず行けるところまで行くしかねぇか」
危険だとは分かっていても、それしか方法はない。
と、言うより隼人の頭では他の方法を閃くことはできなかった。
「休憩終了。さて、魔石集めてキャンプ地探さないとな」
隼人は立ち上がり水筒を鞄の中にしまうと、まだ魔石が少量しか入っていない袋を取り出し、周辺に散らばった魔石を集め始めた。
魔石を集め、林道に戻ってきた隼人は、その道を進みながらキャンプ地となりそうな場所を探す。
水筒の中の水も大分使ってしまったため、水の補給も必要だ。
「さて、どこにあるか」
ブレードギアで僅かに高くなった視界で、周囲を見渡しながら進んでいくが、見えるものは木ばかりだ。
そしてさらに二十分ほど進み、空の色が赤から黒へと色を変えようとしている時に、その場所は見つかった。
林道の横にぽっかりと空いた空き地。その先には川が流れており、空き地と森の間にはピアノ線のような物が張り巡らされている。
どう見ても、キャンプ地用に整備された土地だ。
そしてそこにはすでに野営の準備を終えたき火の周りに集まっている三人の挑戦者がいた。
挑戦者は、向かって来る隼人に気付くと、一人がテントの中へと戻り、残りの二人が若干警戒した様子で隼人の到着を待つ。手がいつでも剣に伸ばせるようになってるのが良い証拠だ。
隼人は、ブレードギアを解除すると、敵意が無い事を示すように手を振りながら近づいていく。
「おーい、ここってキャンプ地で合ってる?」
「そうだぞ。新人か?」
男の一人が問いかけてきた。それに笑顔で答える。
「ああ。今までは日帰りで何回か来てたけどな。日を跨ぐのは初めてだ」
「ソロだとここまで来るのも大変だったろ。こっち来いよ」
「今から準備するのも大変だろうしな。料理とか大丈夫か?」
「ああ、魔導具は基本そろってるし、食料もあるから大丈夫」
「新人で魔導具を揃えてるのか。ソロでここまでくるぐらいだし、両親が挑戦者とかか?」
「まあそんな感じ」
二人は、隼人が新人だと分かると快く受け入れてくれた。そしてたき火の傍まで行くと、テントに入っていった一人が仲間を連れて戻ってきた。
どうやら七人組の男性チームだったようだ。二人ほど魔法使いを有しているのか、ローブをまとった人が二人いる。一人は意外と筋肉質な腕が見えており、挑戦者としてベテランの風格が漂うが、もう一人はまだ細く、色も白い。
他のメンバーが筋肉質なのを考えれば、その一人は新入りなのかもしれない。
「おう、どうだった? ってか見たところ大丈夫だったみたいだな」
その中の一人、素肌に革のベストを羽織った大柄の男が話しかける。
「ああ、新人なんだと」
「へぇ、ソロでここまで来るってことは大型新人だな。俺はチーム獅子王のリーダーをしているシジだ。よろしくな」
「ソロの隼人だ。よろしく」
ソロの新人ならば、四階層が第一の壁、それ以上に進んで来られる者は優秀だと言われており、魔法を使う魔物との戦いの厳しさがよく分かる。
故に、六階層までソロでやってきた隼人の実力は、すぐに評価された。
「とりあえず俺も今日ここのキャンプ地使いたいんだけどいいか?」
「もちろん構わないさ。見張りはどうする? 俺達のローテに入るか? つかソロだとほぼ強制だけどな」
ソロでどこかのキャンプ地を使う場合、一晩中起きている以外に周囲を警戒する手段はない。しかし、日中に塔を登り体力を消耗した状態でそのようなことは不可能だ。
しかし、キャンプ地に他のチームがいた場合は、そのチームも警戒メンバーを残すため、悪い言い方をすれば粘着して警備を全て任せ、自分はぐっすりと言うことも可能なのである。
だが、そんなことを他チームが許すはずも無く、ソロがキャンプ地にいる場合は、ほぼ強制的にどこかのローテに放り込まれるのだ。
もしこの指示に従わない場合は、わざと寝ているテントの近くなどで騒ぎを起こされ、睡眠を妨害するなどの嫌がらせにもあう。
ぶっちゃけてしまえば、どちらにとっても得にならないので、大人しくローテに入るのが一番なのだ。
「よろしく頼む。とりあえず俺は寝床だけ作っちまうわ」
「おう、火がいるなら言ってくれ」
「大丈夫だ」
魔導具のコンロがあれば湯を沸かすのは簡単だ。その上、魔導具に使う魔石もリス狩りで大量に手に入れたため余裕はかなりある。
「そうか。飯時にでもローテを決めるから、こっちに来てくれ」
「了解」
多少の気配りをしてもらえると言えども、ソロはソロだ。テントの準備、食事、水の補給、その全ては一人で行わなければならない。
隼人は手早く鞄からテントを取り出し、パイプを組み立て骨組みを完成させる。小さな一人用のテントは、隼人が横になれば端から端まで届いてしまう程度だ。その分フレーム込みでもかなり軽く、折りたたんだ時も小スペースに収まる代物だ。
完成した骨組みにカバーをかぶせ、固定具で地面に縫い付け少し引っ張って強度を確認する。
「おし」
大丈夫な事を確認し、鞄の中から水筒だけ取り出し、他の物をテントの中へと放り込む。
テントの設営が終われば、次は水の確保だ。幸い、水辺はキャンプ地の端に流れており、距離もかなり近い。
隼人はそのままの足で川へと近づく。
水は透明で、僅かに残る夕日を反射してキラキラと赤く輝いていた。
指先を着ければひんやりと冷たかった。そのままでも飲めそうな透明感もある。
隼人は水筒の蓋を開け、まるごと川の中へと沈める。
ボコボコと空気が溢れだし、一瞬で水筒の中に水が満たされた。
「水の補給もオッケーと。ついでに飲んでくか――いや、生水は止めた方が良いだっけ?」
道具屋のアドバイスで、綺麗に見えても一応一度は煮沸した方が良いと聞いていたため、そのまま飲むことはしない。
水筒の蓋を閉じて、スイッチを加熱へと入れ替える。これで、テントに着くころには中身は一度沸騰しているだろう。
「飯はどうすっかな~」
テントに戻りながら、今日の食事を考える。
食材のメインは乾物であり、そのまま齧ることもできるし、お湯で戻してスープの具材にすることもできる。
隼人の趣味的に、主な食糧は乾燥肉となっており、次にパン、野菜の順で買いこんであった。バランス的に考えれば、野菜が圧倒的に足りないのはご愛嬌だろう。
スープの素も宿屋や露店などで煮詰めて濃くした物や、ゼリー状に固めたものが販売されており、隼人は煮詰めた物を購入してある。
「スープでいいか。早めに食えって言ってたし」
濃縮してあるとはいえ、乾物に比べればスープの素は遥かに悪くなりやすい。一応は一週間程度は持つと言われているが、安全性を優先するならば早いに越したことはない。
「なら材料はっと」
鞄の中から食材の入っている袋を取り出し、今日の食材を選択する。
とりあえず多めに肉を用意し、パンは丸い物を二つ、野菜を少々。
それに鍋とコンロを持って、約束通りたき火へとやってきた。
チーム獅子王のメンバーはすでに準備を終え、談笑しながら隼人を待っていた。
「待たせたかな?」
「いや、こっちは好きに始めさせてもらってるさ」
「そりゃそうか。じゃあ俺は飯作るから」
「ずいぶん凝ったもん作るんだな」
隼人の持ってきた道具や食材を見て、一人がそうつぶやく。ちなみに、獅子王のメンバーが食べているのは、全員干し肉だ。一名を除いて、干し肉に齧り付くその姿がよく似合っている。
ちなみにその覗かれた一人、新人だろう魔法使いは、干し肉の硬さに苦戦しているようだった。
「そうでもないぞ。全部切ってあるから、後は入れるだけだ」
コンロに魔石をセットし、鍋に水筒から水を入れる。水はしっかりと沸いており、湯気が立ち上った。
そこに濃縮スープを注ぎ、味を調整、肉野菜の順番で放り込み、数分かき混ぜながら様子を確かめる。
最後に、蓮華が現代から持ち込み、もう使わないからと貰った味塩コショウで味を調えて完成である。
その手際の良さに、男たちは思わず見とれてしまった。
「うん、いい感じだ」
「ずいぶん手際が良いな。それも親から?」
「いや、これは幼馴染からだな。スパルタ教育マジで辛かったわ」
異世界ならば自炊ぐらい出来て当然。そう考え、隼人と蓮華は現代にいる間に料理の練習もかなり積んだ。
蓮華の家で二人ならんで女中の人に教えてもらい、フライパンを焦がしたり、包丁の刃が欠けたりしたのは、今はいい思い出である。
その後は、すぐに料理を習得した蓮華に習いつつ、体で覚えるのが一番だと背中から包丁で脅される日々が続き、隼人は何とかここまで自炊能力を高めたのである。
今の所、隼人の中ではぶっちぎりで命の危機を感じた時間であった。
懐かしそうにその思いでを語れば、獅子王のメンバーは皆引き攣った笑みを浮かべていた。それに気づいた隼人は、話題を変える。
「んで、ローテの順番ってどうなるんだ?」
「ああ、それが本題だったな。とりあえずうちの基本は三交代制にしてるんだが、隼人が入ってくれるんなら四交代もありだと考えてる」
「二人ずつってことか」
「ああ、その方が眠れる時間も長くなるしな。そこで聞きたいのは隼人の実力なんだが――」
見張りを任せる以上は、それに足る実力でなくては困る。見張りをしていたのに、魔物の接近に気づかなかったり、そもそも対処できないようでは見張りの意味が無い。
もちろん、強力な魔物が来れば全員で対応するが、一匹二匹程度の魔物にいちいち起こされていたのではたまらないのだ。
「具体的にってのは難しいな。とりあえずここまでの魔物は問題なく狩れる。さすがに集団で来る連中には手こずったけど、ソロの魔物なら問題なく潰せるぞ」
「まあ、そうだろうな。じゃなけりゃここまで来ることもできないだろうし」
キャンプ場は六階層の中でも中腹に位置する。ここまで魔物に遭遇せずに進行することなど、基本的には不可能なのだ。
隠れながら動くにしても、気配に敏感な魔物はむしろそんな動き方をする挑戦者を弱い得物として狙う思考があるため、隠れ通すのは難しい。
塔では基本的に見敵必殺が必要なのだ。
「ただ誰かを守りながらってのはやったことが無い。だから、組むなら、防衛が得意な奴と一緒の方が良いと思う」
ソロだからこそ、誰かを庇いながら、守りながら、連携を取りながらといった戦い方を知らない。今回のようにキャンプ地の防衛の場合、魔物を倒すことよりもテントへと近づかせないことが重要になる。
そういった戦い方を知らない隼人は、防御が優秀な者が一緒にいてくれた方が心強い。
「なるほど、なら組ませるのはウィッツとか」
シジは自分の隣に座って肉を齧っていた男を見る。
ウィッツと呼ばれた男は、大柄の寡黙な男のようだ。シジの視線に気づき、目を合わせて一度だけ頷いた。
「俺は新人のサポしながらだから後はカインとディー、ハオとルッツで組め」
「順番はどうするんだ?」
「深夜帯はうちの仲間に任せろ。まず俺達が警備に入るから、隼人は最後だ」
夜行性の魔物が一番活発になるのは深夜帯だ。そこは警備初めての隼人や、新人のサポートをしながらの自分よりも、慣れた仲間たちの方が良いと判断したシジは、自分が最初、隼人が最後の順に警備を任せることにする。
隼人はそれに頷き、スープを一気に飲み干した。