VS魔獣
森の中を警戒しながら進む隼人は、少し開けた場所に一匹の魔物がいるのを発見した。
体は大人のライオンよりも一回り大きいだろうか、鬣は無く、巨大な角が二本、頭部を守る鎧のように後に向かって流れるように生えている。
口は大きく、唇の間から見える牙は鋭い。
そしてその口元には、べったりと真っ赤な粘液が付着していた。
「魔物発見――食事中か?」
隼人は木の影に隠れて魔物の行動を窺う。
魔獣は隼人の気配に気づく様子も無く、その足元に横たわる肉の塊に向かって口を伸ばす。
引きちぎるように肉に噛みついた口を持ち上げた瞬間、その肉の全体像が隼人の視界に飛び込んできた。
人だ。しかもまだ幼さの残る少年だ。
食事を始めてからすでにかなりの時間が経過しているのか、少年の片足は無く、腹も大きく抉られている。
中から内臓の切れ端が飛び出しており、慣れない者が見れば卒倒するような光景が広がっていた。
だが、隼人はその光景を目の当たりにしても動じない。そもそも、自分の武器で盗賊や挑戦者崩れをグロ画像同然に改変してきたのだ。
その程度の光景など割と今更であった。
「ふむ。あれか、ちょっと調子に乗って上まで登って来たら、強い魔獣に見つかって餌にされたって感じかな?」
ギルドで低階層には子供が小遣い稼ぎついでに潜ることもあると聞いていたため、そんな予想を立てる。
装備がどの程度の物かは、すでにほぼ無くなってしまっているためどのような身分かは分からないが、ここまで来られたということは、ある程度訓練をしっかりと受けた挑戦者だったのだろう。それがあっさりと餌になる。
ここがそんな階層であると、隼人は再び自分の脳裏に刻み込んだ。
「さて、不意打ちでもいいが、現状一対一も可能っぽいんだよな」
魔法を使う魔獣が現れる階層に到達したのならば、なるべく早いうちに物質魔力による防御性能の確認をしておきたかった。
試しを行うのならば、なるべく一対一の状況が望ましい。
今の状況はまさにうってつけと言える物だ。
「よし、行ってみるか」
もう一度周囲を確認し、他に魔物の気配がないかを確かめたのち、隼人は木の影から開けた場所へと歩み出る。
草をかき分ける音に魔獣が食事を中断し、隼人を見つけた。
そして、すぐさま姿勢を低くすると、ウーッと低いうなり声を上げて警戒を示す。
「食事中に悪いが、ちょっと俺の実験台になってくれや」
隼人が魔力剣を魔物へと向ければ、それを敵対行為と取った魔獣がすぐさま動き出す。
向けた剣の先から逃れるように、俊敏な動きで横へと跳ぶと、血の滴る口をこれでもかと言わんばかりに大きく開く。
直後、そこに真っ赤に燃える球体が浮かび上がった。
「これが魔物の魔法か!」
詠唱が無いのは当然として、予備動作も魔法陣が浮かび上がることも無い。人間の魔法使いと同じように唐突に術が発動する。
放たれた火球は、まっすぐに隼人へと迫る。
隼人は射線から逸れると、その火球に向けて魔力剣を振るった。まずは、物質魔力が魔法とぶつかった場合にどのような反応を示すか試すためだ。
もしこれで簡単に砕けてしまうようならば、盾にするなど以ての外だ。
しかしその心配は杞憂だった。
魔力剣は火球の中心を捕らえると、その力を以て火球をいとも簡単に打ち砕いたのだ。
砕け散る火炎を見ながら、思わず口笛を吹く。
「こりゃ行けるかもな」
火球を砕いた魔力剣には、欠けた様子も無く美しい琥珀色を保っている。
「なら次はこれだな。ほれ、どんどん撃ってこいよ」
隼人は左手を突きだし、そこに魔力を展開させる。漫画などでよくあるエネルギーシールドのような半球状の盾だ。
魔獣は火球をかき消されたことで警戒しながらも、その場から動かない隼人を見てもう一度口を開き、火球を作る。
火球は先ほどよりも巨大に、そして渦を巻くように炎がぐるぐると中心へ向かうように巻いていた。
明らかに先ほどより威力の高い火球だ。
それが魔物の口から放たれる。
「こわっ!?」
琥珀色の魔力の盾を透して迫りくる巨大な火球に、思わずそんな言葉が飛び出た。
直後、ズドンッと重い爆発音と共に、火球が盾に衝突し衝撃波を拡散する。
「おお! なんともない!」
しかし、隼人の作った盾には、傷一つついていなかった。
それが、低階層の魔物だったからなのか、はたまたは魔法に対してかなりの硬度を誇るのかは今後検証の余地があるが、現状に関しては絶大な防御能力を証明するには十分な成果だ。
ならば後は目の前の脅威を排除するだけである。
魔物は火球が効かないと判断すると、その四肢で駆け出し隼人に襲いかかってくる。ライオンなみの巨体から放たれる攻撃は、ただの人間ならば抵抗することすら難しいものだろう。
しかし隼人には物質魔力がある。
隼人は盾を展開したまま、魔物の突撃を受け止めた。
「やっぱビクともしねぇ!」
蓮華に良い報告ができそうだと思いながら、魔力剣を握っている右手に力を込める。
受け止められた魔物は、その場で前足を振り上げ、盾に向かって振り下ろす。バキンッと激しい音を立てるも、やはり盾は揺らぐことなくその場にあり続けた。
「次は俺の番だな!」
隼人は後ろに飛び退りながら盾を解除し、その魔力を全て剣に流し込んだ。
圧縮された魔力は、剣の威力を格段にあげ、その破壊力を最大限にまで高める。
魔物は、突然動き出した隼人に警戒を強め、追撃することなくその場で隼人を睨みつける。だがそれが命取りとなった。
剣を高々と振り上げ、全力で振り下ろす。
剣先が地面に触れた瞬間、圧縮された力が解き放たれ、その破壊力が地面を伝う。
強烈な爆発音と共に衝撃波が発生し、それはまるで地割れのように隼人の直線上にいる魔物へと襲い掛かった。
魔物からしてみれば、何が起こったのか分からなかっただろう。
ただ目の前の矮小な存在が、その小さな剣を振り下ろした。それだけだったはずだ。
しかし、気付いたときには、自分の体は宙へと浮かび上がり、強烈な衝撃に全身が悲鳴を上げているのだ。
「寝っころんでる暇はねぇぞ!」
地面に倒れた魔物に向けて、隼人はブレードギアを使い一気に接近する。
魔物は倒れたまま火球を作り隼人に向かって放つ。しかし、当然のように隼人はその火球を左手に作った盾で防ぐと、倒れている魔物の腹に向けて剣を突き立てた。
確かな手ごたえと共に、魔物が悲鳴を上げる。
剣を引き抜けば、魔物は粒子状に砕け散り、魔石となった。
「お、結構大きいな」
三階層までも魔物から手に入っていた魔石は、そのほとんどがビー玉程度の大きさだった。しかし、目の前で出来た魔石は、手の平に収まらない程度の大きさはある。
それだけ魔物のレベルが上がっていると言うことだ。それに加えて、魔法を使う魔物は総じて魔石が大きくなる傾向になる。
魔石を鞄にしまい、隼人は周辺の状況を確認する。
全力の一撃を放った後の森は、大きくその姿を変えていた。
地面は地割れのように亀裂が入り、開けた場所から森の中まで続いている。その間に生えていた木は問答無用に薙ぎ倒され、葉が宙を舞っている。
空を見れば、撒き上げられた土煙でほんのりと濁っている。正直に言ってしまえば酷い惨状だ。
「ふっ、またやり過ぎたな」
物理魔力の防御面での強さにテンションが上がり、ついやってしまったと隼人は一人冷静に考える。
低階層で空へと土が舞い上がるような爆発が起きた場合、周囲はどのような対応を取るだろうか。
低レベルの挑戦者ならば、そこに危険な存在がいると判断して遠ざかるように動くだろう。
しかし、上層部へ登る途中の高レベル挑戦者たちならばどうだろうか。
強力な魔物がいる可能性を考慮してむしろこちらに寄ってくるだろう。それが別の挑戦者ならばそのまま去ればいいだけだし、もし低レベルの挑戦者が危険な魔物に襲われていた場合は助けることもできる。
そこで隼人と鉢合わせれば、隼人に状況の説明をもとめられる可能性がある。
正直に言ってそれは面倒だ。
蓮華ならば、上手く説明を誤魔化したりはぐらかしたりすることもできるかもしれないが、隼人にその自信はない。
そこで出した結論は――――
「逃げるか」
魔石も回収したし、物質魔力に関する検証も終えている。
この場に留まる必要はないとして、隼人は足早にその場を後にすることにした。
謎の挑戦者により出発早々大きな混乱をもたらされながらも、何とか態勢を立て直した五人組挑戦者チームは、四階層の入口へと到着していた。
「ほんとあれ、なんだったのかしらね?」
「だよな。良く分からない動きしてたし、正直魔物だって言われた方がまだしっくり来るぜ」
「つか、あれ迷惑行為じゃねぇの? ギルドに苦情出すべきだって」
「けど、誰かも分からないのよ? 苦情の出しようもないわ」
「あれだけ派手に進んでたんだし、誰か姿を見てる奴ぐらいいるだろ」
「お前ら、そろそろおしゃべりは控えろ。ここは四階層だぞ」
第一の壁として初心者に立ちはだかる三階層と四階層の差。それは、気を抜いていればベテランであっても噛みついてくる危険な物だ。
リーダーに注意され、メンバーは今一度気合いを入れ直す。
直後、前方で轟音と共に巨大な土煙が立ち上がる。それに続くように、地面が揺れはじめ、草木が大きくその身を揺らした。
「なんだ!?」
「なに!?」
「攻撃か!」
「お前ら落ち着け! 距離はある、近くの木陰に隠れるんだ!」
突然のことに取り乱すメンバー。それを諌めたのはやはりリーダーだった。
轟音と土煙、そして地震から何か強力な魔法が発動された可能性があるとして、とっさにメンバー全員に木陰に隠れるように指示を出す。
メンバーは若干慌てながらも、リーダーの指示に的確に従い木陰に身を寄せた。
すると、木に生い茂る葉がガサガサと激しく揺れる。
「なんだよこれ……」
「これは、土?」
葉を揺らしたのは小さな土塊だった。
「おそらく今の爆発で飛んできたんだろう。巨大な物も飛んでくる可能性がある、しばらくはこの状態で待機だ。各自、周辺の魔物には注意しろ」
「「了解」」「了解です」「こっちも了解よ」
リーダーの判断は正しく、土塊に続いて小石や、拳大の石が飛来し始める。もし通路にいれば、まともにそれを浴びていただろう。
メンバーはその予想にゾッとしながらも、リーダーの適確な判断に信頼を高めていた。
しばらくすると、土塊の雨も止み、森に静寂が戻ってくる。
メンバーは辺りの様子を窺いながら、ゆっくりと木陰から出てきた。
周辺には飛び散った土塊が散乱し、中には大きな石が落ちてきたために出来たくぼみまである。
「みんな無事か?」
リーダーの問いかけに、全員が大丈夫と答える。
それにホッと息を吐いたリーダーだが、すぐに表情を引き締め直し、頭上を見上げる。
そこにはまだ撒き上げられた土煙が滞留している。閉鎖された塔内の空間では、煙が流れるのにもかなりの時間がかかるのだ。
「リーダー、これからどうします? 先に進むみますか?」
「私反対。正直今日はおかしいって」
「俺は行くべきだと思うぞ。食糧だってただじゃないんだ」
「俺は撤収に一票だな。今の爆発、俺の盾じゃ防げない」
「僕は進むべきだと思います。できることなら、原因も調べておいた方が良いかと。ここはまだ四階層ですし、低級挑戦者も稀に来ます。あんな訳の分からない現象を放っておくほうが危険だと考えます」
一人の問いに、女性は撤収を提案し、もう一人の男は食料事情を理由に攻略の続行を求める。
リーダーを除く四人の中では、意見が半々に分かれた。
自然と四人の視線は残ったリーダーに向かう。
リーダーは全員を見渡し、顎に手を当てて少し考える。そして結論を出した。
「俺は撤退するべきだと思う。正直今日の塔は異常だ。さっきの爆発も、俺達の装備じゃ防げる可能性は低い。ここは撤退して、上がってくる連中に注意を促しながらギルドに連絡するべきだと思う」
「つまり、ワープゲートは使わずに歩いて降りるのですか?」
「そうだ。新人がここに来たらまず死ぬぞ」
「俺の結論はこうだが、どうだ?」
リーダーの意見に、最初は進行を選択していた二人からも反対は上がらない。
それだけ、先ほどまでのリーダーの指示が的確だったからだ。今日のトラブルでも全員怪我無く進んでくることが出来たのは、ひとえにリーダーの判断のおかげだ。
故に、リーダーの判断ならばと、メンバーも信じることが出来た。
「異議なし」
「俺も異議なしだ」
「リーダーがそう言うなら」
「同じく」
「では全員一致で撤退するぞ。三階ですれ違う連中には注意を促しつつ、新人を含むグループには撤退を進める」
「「「「了解」」」」
チームメンバーは、リーダーの指示に合わせて素早く撤退の準備を始めた。