第一歩の塔
西門の外に出ると、塔行きの馬車はすぐに見つかった。
「あと一人だ! 誰かいないか!」
「俺、乗るぜ!」
御者の声に隼人が答えて、自分の居場所を伝えるために手を振る。それを見つけた御者は、ニカッと笑みを浮かべて馬車の元までやってきた隼人を客車に引っ張り上げる。
中にはすでに九人の挑戦者らしき人たちが座っている。見たところ七人と二人のチームがいるようで、七人組の方は仲間内で色々と話している様子だ。
隼人は空いている一番出口に近い席に腰掛けて、出発を待つ。
「じゃあ出るぞ!」
ゆっくりと馬車が動きだし、舗装されていない地面を踏んで客車がガタガタと大きく揺れた。
その揺れに街中と違うなと思いつつ、外を眺める。
今日まで進んできた道とさほど変わらないのどかな風景だ。
ただその風景を眺めているのも暇だと、隼人はギルドでもらったばかりの色々な説明が書かれた紙を取り出し読み始める。
書かれている内容は、受付で説明されたことが殆どと、戦いの心得などだ。他には魔石の買い取り方法なども書かれているが、どれも常識的な事ばかりで、さほど目新しい情報も無く欠伸が出そうになる。
欠伸を噛み殺しながら目を擦っていると、トントンと隼人の肩を叩かれた。
そちらを見れば、人懐っこそうな皮装備を来た女性が興味深そうに隼人を見ている。その印象はどこか脛に寄り添って来る猫を連想させた。
「ねぇねぇ、君もしかして新人君?」
「ん? ああ一応そうだけど」
「チームメイトとかいないの?」
「知り合いとかいないし、今日登録したばかりだからな」
「おお、超新人じゃん。一人で大丈夫なの?」
「おい、クレア。いきなり知らん奴に絡むな。相手が迷惑するだろうが」
身を乗り出して隼人に質問を投げかけてくるクレアと呼ばれた女性を、そのさらに隣にいた大柄の男性が襟首を掴んで引っ張り寄せる。
「ぐぇ、ダイゴン酷い事しないでよ!」
「お前が突然他人に絡みだすからだ。すまんな、こいつが迷惑を掛ける」
「いや、気にしてないぜ。ちょうど暇してたしな」
「ほらー、この子も良いって言ってるじゃん!」
「そう言ってもらえると助かるが、お前は少しは遠慮しろ」
「でもでも、この子今日初めて塔に登るらしいよ? サポもいないみたいだし」
「ほう」
クレアの言葉に、ダイゴンも興味を引かれたのか、何かを探るように隼人を見る。
「見たところ武器も無いようだがファイターか?」
「そんなところかね? 一応ナイフは持ってるぞ」
魔力を拳に纏わせて殴れば、そこら辺の剣などよりはよっぽど威力が出る。ある意味ファイターでも十分やって行けるため、特に否定はしない。
蓮華からもらったナイフも懐にしまってるが、物質魔力がある以上あまり使う機会はないだろう。
「曖昧だな。武器ぐらいはしっかりした物を持っていた方が良いぞ? 威嚇にもなるしな。向こうに着いたら買っておくべきだ」
魔物と言えど生き物である。鋭利に輝く刃物を見せつけられれば恐怖もする。それが、他の挑戦者に襲われて辛くも生き残った個体ならばなおさらだろう。
その場合、怒りに任せて襲い掛かられる場合もあるが、それはその時の運次第だ。
「塔の周りでも良い武器が買えるのか?」
塔の周辺にも店があることは知っていたが、それは精々が挑戦者を客とした飲食店や宿ばかりだと思っていた隼人は少し驚く。
「ああ、確かに町の中よりかは少し質が劣るが、それでも十分使える物はある。塔の中で戦って折れたとか、そう言う理由で買う奴も時々いるからな」
「なるほどね。飯屋とか宿ばっかりだと思ってた」
「商人は逞しいからねー。需要があればどこにでも湧くよ」
「人を虫みたいに……」
「良い方は悪いが、まあだいたいあってるからな。それより新人らしいが金はあるのか? 安物の剣でも銀貨数枚はするぞ?」
新人で今日登録したとなれば、大半の挑戦者は金欠に陥っている場合が多い。何せ、登録するだけで銀貨一枚も必要となる上に、ベルデの出身でもなければ旅に必要な衣服や食料を用意するだけで精一杯になるからだ。
その為、大抵は家から包丁を持って来たり、先輩挑戦者のお下がり品を貰ったりするのだが、この世界に知り合いのいない隼人には当然無理な話だ。
だが、隼人には盗賊から手に入れた金貨が三枚も残っている。
「それなら問題ない。金はある程度確保してあるからな」
「そうか、なら大丈夫だろう。が、あまり人前で金があるなんて言わない方が良いぞ?」
「襲われるからか? 挑戦者同士の争いは禁止だろ?」
「そうだな。だが、塔の中で死んでしまえば、それが魔物によるものか人によるものかは分からない。いやな話だが、新人で襲われるという者もたまにいるんだ」
「なるほど。忠告感謝するよ」
意外と殺伐としているのだなと思いながら、隼人は馬車の外に視線を向ける。
そこには、遠くからでも見えていたが、近づくことでより存在感を増した目的地。塔の姿があった。
塔。誰が、何の目的で作ったのかは一切不明。ただ、その中に存在する獣は、殺すと魔石となることから、魔物と呼ばれ、その魔石は高純度の魔力の塊故に、魔導具のエネルギー源として利用されている。
この世界において、もっとも重要なエネルギー資源の補給基地と言っても良いだろう。
ベルデにある塔は、魔物のレベルは他の塔に比べると弱いものが多い。そのため、挑戦者の新人は皆ベルデで登録を行い、この塔で自らの腕を磨く。
全五十階層ある塔の三十階層まで登ることが出来れば、十分な実力を手に入れたとして、ギルドから一人前と認められる。それは、他の国にあるここより強い魔物がわんさかいる塔や、より専門的な知識の必要となるような塔に向かうための指標にもなっていた。
故につけられたのが「第一歩」
挑戦者の始まりを告げる塔として、最も訪れる人数が多い塔である。
隼人は頭上を見上げながら、第一歩の塔を眺める。
雲にも届きそうな高さの塔は、全て煉瓦のような長方形の石が積み上げられて作られており、その技術の高さを誇示するように堂々とその姿を平原にさらしている。
数千年以上も経っているはずなのに、その外壁に老朽化の様子はうかがえない。
「これが塔か」
「塔を見るのは初めてか?」
「ああ、デカいとは聞いてたけど、ここまでデカいとはな」
町の外壁を見た時にも得た感想だったが、異界の書で見るものと、実際に見るとその迫力は比べるまでも無い。
この中で今も挑戦者たちが強い魔物と死闘を繰り返しているのかと思うと、隼人の胸は自然と熱くなった。
「まあ、一周ぐるっと回るだけでも、だいたい半日は掛かるからな。入口も何か所かあるし、大岩みたいにデカい魔物も中で生活してるんだ。このぐらいは必要なんだろ」
「大岩か。戦ったことあるのか?」
「あるよ! こう見えても、私たち結構やり手なんだからね」
クレアが自慢げに胸を張る。ダイゴンもそこには自信があるのか、笑みを浮かべながら頷く。
「三十五階ぐらいだったかな。猪みたいな化け物で、通路を塞ぐように立っててな。二人だったせいで結構手間取ったが、何とか倒せたんだ。その時の魔石はかなりの金になったぞ」
「今の装備もその時のお金で買ったんだ! 結構良い装備なんだよ!」
「へー、そりゃ夢が膨らむな」
「夢を膨らませるのは良いが無茶はするなよ。それが一番の死ぬ原因だ」
「肝に銘じるよ。んじゃ、俺は先輩のアドバイス通り剣でも買って来るかな」
「そうか、じゃあ俺たちは塔に行くぞ」
「気を付けてね!」
「そっちもな」
ダイゴンとクレアは、隼人に手を振って塔へと向かう。
それを見送って、隼人は商店らしき場所が集まっている一角へと足を進めた。
所かしこから食欲をそそる匂いが漂い、店主の掛け声が飛ぶ。
一部では、塔から出てきて打ち上げでもやっているのだろうか、道の一角にテーブルと椅子を出して酒盛りをしている者たちもいた。
「さて、なんか良さそうなもんでもあるかね」
魔力で剣を作れる時点で、実物の剣などを持つ必要はないのだが、無手で塔に潜るというのもおかしな話だ。変な目を向けられるよりも、目に見えた武器を所持しておいた方が何かと便利だろう。その方が変な輩に目を付けられる可能性も低い。
そう考え、露店の間を進みながら、剣を売っていそうな店を探す。
そして露店街の端に、地面に布を広げ、その上にナイフや剣、斧などを置いている店を見つけた。
他の屋根付きの露店に比べるといささかみすぼらしいが、品物は確かなようでそこには挑戦者らしき人たちが商品の品定めをしている。
隼人がその店に近づけば、店員は威勢のいい声で話しかけてくる。
「いらっしゃい。何か入用かな?」
「剣が欲しくてな。鞘付きで一メートルくらいの」
「剣か。ならこれなんかどうだ?」
店員はさほど迷うことも無く、品物の中から一つの商品を選び出し隼人に見せてくる。
それは、シンプルな長剣だ。鞘や柄は木で出来ており、滑り止めのためか彫刻が施されている。見た目的にもかなり綺麗な代物だ。
「抜いても大丈夫?」
「もちろんだ。剣は刃で勝負だからな」
「じゃあ失礼して」
周りに気を付けながら鞘から剣を引き抜く。
持った触感はかなり良く、握り心地は抜群だ。剣の刃は両刃になっており、先端は平らになっている。突き刺すことを完全に捨てた形状だ。
「変わった形だな」
普通の長剣を予想していた隼人は、長方形の刀身に興味を抱く。
「だろ? 変わってるせいで誰にも買ってもらえないんだ。買ってくれるなら安くするよ?」
「なるほど」
剣を使う上で、突きというのは急所を狙う非常に有効で強力な技だ。わざわざそれを捨てた形をしている剣など、誰も使いたいとは思わないだろう。
「けど、刃は結構良さそうだよな?」
「お客さん、剣の良さが分かるの?」
「いんや、全然。ただ握った感じ使いやすそうだ」
ただの素人に刃物の切れ味など分かるはずも無く、隼人としてはただ勘で言っただけだったが、どうやら物としてもかなり良い物のようだ。
隼人は何度か色々な形で剣を握り直し、感触を確かめる。
その様子を好評ととらえた店員は、剣の値段を明かす。
「どうだい、それなら銀貨三枚と五百ファンだ。きっちり手入れしてあるから、すぐにでも使えるし、しばらくは軽く拭くだけで大丈夫だよ」
それは剣にしては破格の、それこそナイフなどと同じ値段である。
「そうか、なら買った」
もともとあまり使う予定のない剣だ。安いに越したことはないと、隼人は値段を聞いて剣の購入を決める。
「まいど。見たところ整備用の道具も持ってなさそうだし、拭き布もセットにしとくよ」
「そりゃありがたいな」
隼人は袋から金貨を一枚取り出し店員に渡す。
まさか金貨が出て来るとは思っていなかった店員は少し驚きながら、その金貨を確かめ、本物であることが分かるとおつりを隼人に渡す。
「銀貨六枚と五百ファンだ。後はこれが拭き布ね。軽く濡らしてから拭くと綺麗になるよ。その後はしっかり乾いた布でふかないと錆びるから注意してね」
「了解」
布を受け取り、剣の入った鞘を腰のベルトに紐で結びつける。
「ベルデに本店があるから、良かったらそっちにも来てよ。西門から南に向かった所にある『鉄の結束』って店だから」
「機会があればな」
魔力武器を使っている以上、あまり本物の武器を買うことは無いだろうと思いながら、隼人は店を後に塔へと向かった。
塔には計八カ所の出入り口があり、それぞれの場所に監視員が付いている。
彼らの仕事は、挑戦者以外の人物が塔に入るのを防ぐことと、もし塔から魔物が出てきた場合に対処することだ。
とは言っても、これまでに一度も魔物が塔から出てきたという記録は無く、完全に町の門番的な役割となっている。
「次の人。会員証を見せて」
「はいこれ」
監視員は隼人が差し出すギルドカードを軽く見ると、良しと言って中へと通してくれた。
「スゲー」
塔の中に入った瞬間、隼人は感嘆しため息を零す。
目の前に広がるのは、広大な森林。ここが塔の中だと示すのは石造りの天井だけで、それ以外は外にある森林となんら変わりはない。
天井があり、灯りを取り込む窓なども一切ない。にもかかわらず外と同程度の明るさを保っていることは不思議だが、そもそもこの塔自体が自力で立っていられること自体が異常なのだ。その程度のことは今更だろう。
鬱蒼と茂る葉から、濃密な森の香りが漂い、遠くからは誰かが魔物と戦っているのか、気合いの入った声が聞こえてくる。
「階段はだいたい中央か。結構遠いな」
木の間から遠くに見えるのは、次の階へと続く階段だ。そこ意外に二階へと登る手段がないため、挑戦者たちは必然的にその階段を目標に森の中を進んでいくことになる。
しかし、いくら森の中とはいえ、幾人もの挑戦者が絶えることなく訪れる場所でもある。
そこには階段までの道がしっかりと出来ており、進むだけならさほど苦労することはないだろう。
だが、今回の隼人の目的は魔物との戦闘だ。
さすがの隼人も、自分がいきなり上の階へ行ってまともに戦えるとは思っていない。故に、とりあえず近場で魔物と戦うために、わざと道を外れ森の中を進む。
道から外れてしまえば、そこは完全に森の中だ。
足場は悪く、蔦が枝から垂れて天然とトラップとなっている。
「魔物はどこかな~」
隼人は買ったばかりの剣を取り出して、そんな枝葉や蔦を切ながら進む。するとしばらくして、正面の茂みの中から低いうなり声のようなものが聞こえてきた。
「お」
足を停め、声のする場所に注目する。
がさがさと茂みが揺れ、ゆっくりとその正体が姿を現した。
『グルルルルル』
現れたのは真っ黒な狼のような魔物。低く唸り声を上げながら、口元から涎を滴らせ威嚇してくる。
「初めての得物にしちゃ上出来か」
剣を鞘にしまい、拳に魔力を纏わせる。それと同時に、狼が飛びかかってきた。
隼人は跳びかかってくる狼を見据え、タイミングを合わせて拳を振り下ろす。
ズガンッ!!
魔力を纏った拳は、狼の顔面を殴打しあっけないほど簡単に頭蓋を砕き、その体を地面へと叩きつける。
一瞬だけ小さな悲鳴を上げた狼は、そのまま地面に血だまりを作って動かなくなると、ゆっくりとその体が粒子のように分解され、空気中へと舞い上がった。
「スゲー」
まるで真昼に見るプラネタリウムのような光景に、思わずため息を零す。
幻想的なその光景に目を奪われながら、隼人は魔物が分解されるのを待つ。そして、魔物の体が完全に分解され粒子となると、今度はその粒子が渦を巻きながら一点に集束する。
「これが魔石のできかたか」
集束も収まると、そこには小さな石ころが落ちていた。
それを拾い上げ観察する。
見た目はどこにでもある石ころなのだが、時折石ころに入った罅の間から緑色の光が明滅し、魔石であることを示していた。
「こりゃ面白いな。あんたらもそう思うだろ?」
魔石を袋の中に入れ、隼人は背後を振り返る。
そこには、ニヤニヤと笑みを浮かべ、隼人を見ている挑戦者らしき四人の姿があった。