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一話物

遥かなる理想郷への道

作者: 紅月赤哉

 その髪は雄雄しく、天高く屹立していた。

 見渡す限り何もない荒野。水平線がその名の通り平らに見える世界の中心に、その髪の毛は太陽光を浴びてキラキラと輝いている。邪魔な雲がないことで力強く降りてくる光も理由の一つだが、何よりもその髪の毛を神聖たらしめているのは、金色に染まったその外見だった。

 染まった、というのは正確な表現ではない。その髪の色はまごう事なき先天的なもの。つまり、誰かが装飾を施して金色にしたのではなく、最初から黄金色で凛として生きているのだ。

「これはなんだろう?」

 シロンは比較するように自分の黒髪をいじり、金髪の前で思案する。顔立ちは整っており、女性受けするものだが、薄汚れた頬やボロボロの衣服は彼の印象を損ねていた。それは長旅によって服を形成する繊維が衰えた結果だ。

 三年前から始まった『大徒歩時代』――まだ見ぬ大陸を開拓し、道を繋げようと人々が飛び出した時代――の中で未知の大陸を繋げていくことがシロン達の役目。まだ見ぬ不可思議な生物や植物には旅を始めた三年前から出会っていた。だが、得体は知れている髪の毛が地面から屹立しているという不可思議な『現象』に遭遇するのは初めてだった。

「なんだろう?」

 触れると危ないのかと思いつつも、とりあえず手を伸ばしてみる。食虫植物の一種かとも思えたが、何度か手をさっと触れてさっと引くを繰り返していても特に体に害があるとは思えなかった。そこでシロンは髪を両手で掴み、思い切り引っ張ってみた。生えているということは抜けるということ。この大地に生えている毛根というのならば、何か珍しいものに違いない。採取しておくには十分すぎる理由だった。

「あいたたたたたたたたたたたぁああ!」

 だが、シロンの思惑は捻じ曲がった方向に外れていた。ぼこっと髪の毛の付け根部分は確かに盛り上がった。

 その下にあった、人間の頭部の分だけ。

「いや、あの、痛いんですけど。引っ張らないでもらえます?」

 金髪の下にあった顔は、一言で表すならば「綺麗」だった。おそらく、と言葉をつけるほど女性と見紛う細面を持つ男であり、目はキラキラと星が瞬いているような、あるいは宝石が埋め込まれているような美しさ。鼻も口も、シロンが自分と同じものなのかと感じるほどに部品として上質だ。

「私、若くして髪の毛が抜け気味なのです。あと十年もしたら立派な不毛痴態もとい地帯に」

 言っていることは全く品がないが、風貌は品がある。矛盾を孕んだ存在をシロンは最初は人間とは思えなかった。とうとう人間とそっくりの生物が現れたのだろうか。不可思議な生物として。

「えーと……あなたは一体誰ですか?」

「なんか窮屈と思ったら埋まってるじゃないですか。抜いていただけますか?」

「人の話聞いてくださいよ」

「俺の体を抜くことが出来たら教えてやろう。貴様程度にできるものならな! ふはははぃたたたたぁたたたたたあたた!?」

 急に偉そうになった男に腹が立ち、シロンは髪の毛を引っ張って彼を抜いた。

 埋まっていた男の風貌は以下である。

 それ自体が宝石と呼んでふさわしい頭部。

 きわめて平凡な筋肉の付き方をした肌色の上半身――つまり裸。

 下半身を覆うのはカボチャの形をしたパンツだ。もっこりとした見た目は穿き心地は良さそうだが、寒くないのだろうか。

 足元は裸足だ。両足とも爪先部分がかすかに埋まっているだけだが、そこまで素肌だともう裸足と言っても良いだろう。

 つまり身につけているのはカボチャパンツだけだった。

「なんでパンツ一丁で地面に埋まっていたんですか?」

「実は――」

 男は語り始めた。

「私はこの世界とは別の世界にある『モッサリペヨンジュン』という王国の第一王位継承者のアガペー・フラッペ・モッサリペヨンジュンという者です。好きな食べものはカボチャ。嫌いな食べ物は肉についてくる野菜です。肉は肉として食べるべきですよね。野菜などは邪道です。偉い人は言いました。まあ、私の父母姉弟妹たちですけどね。やはり人間、自分の肉体のみを酷使して力を発揮するべきなんですよ。そのためには肉! 肉しかない。額に肉と刻印が現れるくらいじゃないと。ああ、それで私はその国で第一王位継承者という地位だったのでいろいろと命を狙われます。大抵は途中で気づいて倒すわけですけど。しかし今回、私は大変なポカをしてしまいました。理由は空が青かったから。そのあまりの美しさに気を取られて眠ってしまったらいつの間にか埋まっていたということです」

「……えと、結局なんなの?」

 息を吸うことを止めて、ただ吐き出すことで言葉を猛烈な速度で紡いだため、シロンには言ってる意味が全く聞き取れなかった。

 別の世界とか、王がうんたらとか肉とか空が青かったという単語はわかった。それが全く結びつかない。

「やれやれです。これだから他の世界の人間は。私たちの速度についていけないようですね」

「髪の毛抜くぞオラ」

「ごめんなさいやめてくださいこれ以上若くしていやぁああ!」

 泣きながら頭を抑える動作は本気で恐怖していたため、シロンはため息をついて、手を引っ込めた。

「で、結局なんなの?」

「私にも理由は分かりませんが、私の世界とあなたの世界の狭間につめられたようです。私は私の世界側では王子です」

「王子……ってことは王家とかそのあたりですか! これは失礼……って思えるような人でもないよね。この恥男」

「あなたはなんて失礼な人なんでしょうか」

「敬語使う気も失せるわ。まあ、生まれた時から親がいないんでね。育ち悪いんだよね」

 だからこそ失うものもなく、シロンは大徒歩時代に名乗りを上げた。生還率はきわめて低い。開拓した道は定期的に王都からやってくる特殊な伝書鳩によって送り返すが、王都にたどり着く頃には出した当人は不慮の事故や餓死など運命の猛威にさらされて死んでいることもある。だからこそ、多額の賞金が賭けられている。その金ほしさに命知らずが集う中、シロンは金もそうだが、自分の命も惜しくないと判断して立候補した。家族がいないことの身軽さを生かして、最も危険で最も金が儲かる道へと。

「最も困難な道には異世界へと続く道がありました、か」

「どうやらあなたは道を繋ぐことを職にしている様子。私の世界とあなたの世界を繋ぐ役目を担えばかなりの仕事ぶりじゃないでしょうか」

 カボチャパンツの王子の言葉はシロンにとって確かに魅力的だった。自分の仕事は大陸を繋ぐこと。しかし、それはあくまでこの世界上の大陸だ。

 だがここに違う世界の大陸が加わればどうだろう? どれだけ未知だろうとこの世界にある数は決まっている。しかし、別世界の大陸を含めれば絶対数は飛躍的に上がるに違いない。

「私の世界とあなたの世界を繋ぎたければ、私の代わりにつなぎ目に入る必要があります。どうでしょう? 入れ替わるというのは」

「入れ替わる、か……そんなにすんなり行くものか?」

「大丈夫ですよ、入れ替わり簡単ですよ。嘘は言いません」

 王子はシロンの手を取って自分の足の爪先が入っている場所に立たせた。するといきなり光が溢れ。

 ――シロンは地面の中にいた。

「え」

 通常通り口を動かせるし、息も吸える。

 ただ、視界は薄暗かった。頭部だけが多少地上に出ているように思える。

「はー、これで脱出成功。新たな生を謳歌することにします」

 足の側から聞こえてきた王子の言葉にはっとするシロン。しかし、体は全く動かない。自分自身の力で抜け出ることは出来そうになかった。

「待ってくれ! お前の世界は!?」

「ん? 見えませんか? あなたのすぐ下にありますよ?」

 すぐ下にあったのは灰色に染まった大地。少なくとも動物や植物が生きていけるような場所じゃないと、シロンには一目で分かった。

「モッサリペヨンジュンが行った馬鹿な実験のおかげで不毛な土地となりました。生き残っている人はごくわずか。王族は私だけです。だから逃げようとしたんですが、ポカをしてこうして幽閉されたのでした。下にあるのはもう死にゆく世界です。昔は『遥かなる理想郷』などと呼ばれていたのにね。理想郷は遠くに行ってしまった。だから私はその世界を出て、こちらの世界に来た。こちらで探そうと思いますよ。理想郷を。見つからなければまたどこか別の世界に行けば良い。今回の例のようにどこかに別世界に繋がる穴は空いているでしょうから。それではサヨウナラ。名前を知らない人。誰かが、あなたが私を発見した時のように引っこ抜かれるのを期待して待っていていくださいね」

 王子は高笑いしながらシロンから去っていく。足音が聞こえなくなり、上と下で風が吹く音だけが両耳に飛び込んでくる。

 しかし、シロンは心の中がかすかにだが満たされているのを感じていた。シロンの仕事は大陸を、道を繋げること。それを考えれば、シロンは二つの世界にある大陸を繋いでいる存在になるわけだ。

「理想郷、か」

 未知といものは恐ろしい。

 幸福と絶望が等価値を持っている。どちらなのかは到達しなければわからないのだから。

 シロンが繋げてきた道と、王子が刻んできた道が一つに交わり、新たな方向へと伸びていくに違いなかった。

「は……ははは……はははは」

 シロンは、ただ笑った。少しでも満たされた部分以外は、徐々に空洞になっていく。

 自分が繋げた道を、今度は誰かが見つけるように願いながら。そうすればきっとここから脱出できるに違いない。

「は……ははは……はははは」

 それまで、きっと自分の乾いた笑いは止まらないんだろうと、シロンは思った。

歩くと健康にいいですよね

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