電気の妖精
妖精っているだろう?なんだか羽が生えてて可愛い女の子的な鱗粉がつくと飛べる小さい奴。
俺は専門家じゃねぇから詳しいことなんか知らねぇよ。興味もないし、アニメとか漫画とかそんな知識しかねぇんだよ。
俺みたいな絶賛お年頃高校生がその世界に興味があったら確実にあっちの世界の住人だろう?いや俺も漫画好きだけど、なんか次元超えたいとか思わないし、異世界トリップつーの?そんな知らない場所で知らない女共に囲まれてウハウハしたいとか思わねぇわけよ。
むしろ俺が住んでる日本の首都東京でブランドバックとか可愛い服着たメイクに勤しんでるリアル充実系女子とウハウハしたいわけよ。わかるだろう、男ならわかるはずなんだよ、わかれよ。今なんか女の子も森ガールにギャルから選り取り見取りじゃねぇか。全く良い世の中だぜ。
さて、そんな俺にも定番隣の家に住む幼馴染女子というのがいるんだが、これがまた可愛くないのなんだの。
短髪のボブに近い髪型してるが女のくせにシャツを腕まくりしてブレザーを肩にかけて、ハードボイルド風に着こなしているかと思えば煙草代わりのペロキャンディとか、お前はどこぞの漫画の女番長かっていうくらい気風もいいせいか男子ではなく女子にモテるオマケ付き。バレンタインデーではチョコの数でその幼馴染に負けた。母親の分を入れても負けるとか屈辱的だ。
こう見えて俺はモテるための努力は欠かさない。おしゃれ系雑誌は熟読するし、流行の髪型もチェックする。しかし流行ってるからって坊主は嫌だから、今は赤茶の髪を生かしたオールバック風のボサボサポニーテールでワイルドさを演出して、ファー付きの皮ジャケットにシルバーアクセサリを適度に一つ二つ。ピアスは良いデザインがないか探し中。
彼女もいたことあるぜ、しかも一回じゃない数回だ。だが残念ながら俺に合う奴は中々見つけられずに長くて一年、短くて一か月という記録を持つ。俺の運命はどこに転がっているやら、とかカッコよく言ってみたりする。
俺の名前は一条八雲。幼馴染の名前は不二灯里。
そんで最初の話題に戻るんだが妖精っているだろう?空想上で伝説みたいな扱いの、だからといって天使や悪魔みたいに宗教的じゃなくてもっと民衆に近いタイプの幻想の中に存在するおとぎ話みたいな住人。
俺的には小さくて手の平サイズの可愛い女の子タイプが良いな。草で作ったミニスカートだったりして見えそうで見えない感じの男の欲を刺激するチラリズム満載の女の子妖精。おそらく幼馴染の不二灯里にこんなこと言えばゴミを見るような目で、下種と一刀両断されるだろう。女には分からないだろうな、このミニスカートの中に眠るロマンとエロスを。また少し話が逸れたか。
とりあえず俺は妖精に会えるなら、むしろ会うならそんな女の子を希望するわけだ。間違っても目の前で俺と同じくらいかそれより低い身長で空中に浮いている幽霊のように周りに認識されてない、飛行士ジャケットを着た男の妖精なんか願い下げなわけだ。
しかも顔が俺よりイケメンの妖精とかそれはもう丁重に断りを入れながらも背中を力の限り押しまくって遠ざけたいくらいなんだ。
まぁ、なんだ。つまり俺は今、妖精に会っているわけなんだ。しかも男の妖精。最悪だ。
事の始まりを話せば長いような短いようなくだらない話なんだが、昨日深夜に幼馴染の不二灯里から電話が来たんだ。携帯電話の無料通話できるアプリかなにかで俺の健やかな睡眠タイムは妨げられてしまい、不機嫌真っ最中な俺は馬鹿げた内容だったら即通信切ってやるくらいの意気込みで仕方なく通話状態にする。無視したら翌日うるさいからな、仕方なくだ。
『八雲!妖精が踊ってる!!ハチ公前で妖精が踊ってるんだ!!』
はい通話終了。俺はこんな深夜であの馬鹿な男前幼馴染はアドレナリンでも大量放出して幻覚でも見てるんだろうと結論付けて、愛しい布団の中に戻ってその後の着信は全て無視した。
全くあの女はなんでこんな時間に電話しやがったんだ。ハチ公前と言えば渋谷の駅前だろう、今が午前二時として………ん?いくらあいつが気風の良い男前幼馴染で俺よりモテるからって明日も学校があるという状況でなんで駅前にいるんだよ?いくら東京が狭くて交通機関が発達してるからって、不用心にも程があるしあいつがそんなに素行不良というのはありえない。
なにせこの俺に毎日の別れの挨拶で十時に寝ないと不能になるぞというデマカセ下ネタを連発するが、言外に早く寝ろと忠告するような口うるさい女だ。そんな奴がハチ公前に午前二時にいるっておかしいだろう。
俺は仕方なく布団から這いずり出てこちらから通話をかけるが、繋がらない。電波が届かない所ってアナウンス聞こえるけどこの電波が張り巡らされている東京で通話できないってのは地下鉄の電車に乗らないとありえない。そして俺とあいつの家は地下鉄の電車に乗る必要がない場所にあるし、なにより地下鉄も電車がなくなってるはずだ。
これはいよいよ寝られないじゃねぇかと優しい俺は家からこっそり出て、通学用バイクに跨ってハチ公前を目指す。夜は冷え込む時期なのでファー付き皮ジャケットをカッコよく羽織って、ヘルメットを被って交通法を守る。この深夜で人のいない道路で警察に掴まったら面倒だからな。
いざハチ公前に辿り着いたら、異様というか違和感というか…人がいない。深夜の時間だから人がいないのは当たり前かもしれないが、深夜でたむろするガラの悪そうな連中とか始発電車待ちのサラリーマンとか、全くいない。
いつもネオンが眩しい駅前がひっそりと暗くなってて、まるで田舎の駅前のように静かすぎる。人の気配すら感じられないなんておかしいじゃないか。俺は携帯電話で不二灯里へ再度通話を試みるがやはり繋がらない。渋谷の駅前で電波が繋がらないってどういうことだよ畜生。
そう思ってとりあえずハチ公という主人を待ち続けて死んだ犬の像前まで歩いていく。そういえば妖精が踊ってるとか馬鹿なことほざいていたよな、あいつとか思ってたらなんか像の周辺を円で囲むようなチョークの白い跡に枯葉や花弁がまき散らされている。
まるで本当に妖精が踊り終わった後のような現代日本東京には相応しくないマークだ。これが白いチョークだけなら警察の事件現場保存とか、暴走族の新しいマーク付きかと疑うんだがこの花弁がまた綺麗なんだよな、日本では見たことないような花弁に見える。俺はその花弁を手に取って眺めて見る。白いけど中心に近い部分はほんのり赤くて桃色みたいな印象も受ける。他の花弁を見ようとしたら、枯葉や花弁に埋まるように光る物が見えた。
掻き分けてみれば銀色の指輪で宝石が埋め込まれている。おしゃれに詳しい俺はその宝石がパワーストーンとしても有名な琥珀の石とわかった。中々良い石でも使ってるのか、傾けて携帯電話の光に照らしてみれば稲光みたいな青白い輝きや黄金色の輝きが見えた。
好奇心から右手の中指にはめてみる。いや、大きさ確認は必要だろう?そしたらこれがピッタリはまったわけなんだよ。さながらシンデレラのガラスの靴よろしく、というよりそれ以上にピッタリ。
すると大体オチがわかるだろうが、抜けなくなったわけなんだよ………これが。指輪が。力を入れても汗で手が滑るほど外れない。これはもう呪いの指輪的なゲームで外せない装備に酷似してるじゃねぇかと毒づきたくなるわけだ。
幼馴染はどこにもいないし、渋谷駅前は静かだし、周囲は暗くて寂しいし、変なマーク見つけるし、というかもう深夜の三時じゃねぇかと俺の眠気も限界だよ馬鹿野郎と苛立ちが積まれていくわけだ。さながらブロックを積んで列を揃えて消せるゲームに挑戦して失敗した時みたいに。
「だー!!!!外れやがれ、このダサい指輪!!!!」
<俺だって好きで指輪になったわけじゃねぇ、この人間風情が!!!>
ああ、俺もあの幼馴染と同じで深夜行動によるアドレナリン蓄積で幻聴が聞こえたかもしれない。肩で息しつつ声をした方を見るわけだよ、一応な。目の前のハチ公を見上げるわけなんだよ。
すると幻覚まで見えやがった。飛行士ジャケットを着た空中に浮いているイケメン。身長は俺の勝ちっぽいけど浮いているから見上げるわけなんだよ。それにしてもアドレナリンって侮れねぇ。いや、洒落じゃなくて本気で。
まさかこんな鮮明な幻聴幻覚を見るなんて脳内分泌物質も凄まじい働きを見せるもんだ。その働きをできれば勉強の方で活躍させてほしいんだが、世の中は上手くいかないもんだぜ。
半ば現実放棄していた俺の目の前で頼んでもいないのに空中に浮いているイケメンは自己紹介してきた。
<俺は妖精グレムリン!電気に悪戯する存在だ>
以上がくだらない話の全容で、俺が可愛い女の子妖精を求めるきっかけになったあらすじである。あらくないけど一応あらすじな。というわけで深夜三時半、俺はハチ公の近くにあるベンチで座りながらひたすら話しかけてくる浮いているイケメン妖精を幻覚と判断して完璧な無視を決め込みつつ、これからどうしようというかいなくなった幼馴染や俺のこと、妖精についてひたすら自問自答しているわけである。
全く深夜の渋谷駅前で一人寂しくいるんだろうな俺。あいつのことなんか放置して温かい布団の中にいればよかったぜと自嘲。そしてあらん限りの力を込めて指輪を外そうと奮闘。力を込めている指先が白くなっているのに、指輪は締め付ける力でも強めているのかと錯覚するほど抜けない。へ、変なところにつけないでよかったぜ。
目の前に浮いているイケメンを気付かれないように見上げてみれば、褐色の肌に金髪が外国の匂いを漂わせて、ミーハーな女子は黄色な悲鳴を上げそうだ。目もあり得ないほど輝く青い、稲光に似ている。
妖精って日本に来るともしかして皆美青年とか美少女に擬人化されるのか?だってゴブリンとかなんか妖精って言われる奴らってゲームとかだと緑色の肌とかキモイ顔してんじゃん。なのに腹立つほどのイケメンはどこから見てもイケメンで、これは日本文化による特殊創作美擬人化というものじゃないかと疑いたくなる。それにしても指輪は外れないんで舌打ちする。
<ったく、人間は俺達を閉じ込める技術だけじゃなくて契約の技法も自在に操れるようになっていたとは…>
「契約ぅ?」
<指輪は古来より契約の証として人間の生活で重視されただろう?今だって結婚などで契約してるだろう>
結婚で指輪の契約…あ、婚約指輪とか結婚指輪のことか。確かにあれは結婚を約束するというか相互の意思を確認するための道具であるから、間違いではないんだろうけどそれがどうして妖精の契約に繋がるんだ。
まずどうしてこのグレムリンという妖精は指輪に閉じ込められたんだ。目の前にあるよくわからない像の周りを取り囲む枯葉や花弁、線によるマークも不明だ。
<円は循環、指輪は契約、輪は妖精の証。途切れぬ永遠の契約を妖精と結ぶ…この指輪という造形や込められた意味が技法として確立されているんだ。さらにこの琥珀…相手はどうやら俺達妖精を調べ尽しているようだ>
「…え?なんかファンタジックな話してるけど今は現代科学最先端誇る東京都市のど真ん中でそんな話されてもなぁ」
<俺に対抗して小難しい単語使えば良いってもんじゃないぞ>
うーわー、この野郎ったら俺の精一杯の見栄をあっさり看破した挙句、冷たい視線で見下すように鮮明な発音で言ってきた。というか考えてみれば日本語上手いですね。どこで学んだのかと考えるのも阿保らしくなるほど、というか実は妖精詐欺みたいな最先端通信技術を使った商法とかじゃないよな。
幸せになるにはこの外れない呪い的な指輪を万単位の金額で買えとか、指輪を外すには親の金を求めなきゃいけないほど高額とかそんな感じの。
やっぱりこの指輪を外さなきゃ駄目だな。外れろ外れろと念じながら力を込めてみるが本気で外れない。もう俺こんな美少女でもない妖精の高圧的な話とか聞きたくないんだけど。誰の得にもならないんだしさぁ、おい。
<琥珀がどうやってできてるか知らないんだろう、人間>
「俺の名前は一条八雲!!それくらい知ってるぞ!!鉱物だろ、火山とかの熱で土が固まった…」
<琥珀は樹脂だ、人間>
返す言葉もございませんよ、残念ながらな。まじか…石とか宝石って全部火山とか地面から発掘される類の鉱石だと思ってた。妖精は説明を進めていくが俺にはあまり必要ない知識だと思うんだけどなぁ。
琥珀は厳密に言えば鉱物ではないが、その硬度は鉱物に匹敵するらしい。木の樹脂が地中に埋まって固まった宝石の一種で、虫などが樹脂に閉じ込められて化石として扱う物もあるらしい。その色から虎の瞳とも言われるほど古来から重宝されたらしい。また擦ると静電気が生じることで電気と意味する語彙もつけられたことがあるらしい
これがテストに出るなら俺は一夜漬けの知識として脳細胞に刻むとこだが、全く役に立たなさそうなので馬耳東風という勢いで右から左に聞き流している。これがタイトスカートのムチムチナイスバディな眼鏡が良く似合うインテリお姉さんだったら頑張っていたことだろうが、残念ながら目の前にいるのは浮遊する男である。覚える気力は一ミリどころが0だ。
<琥珀には閉じ込めるという価値が付与されている。その価値を利用した呪法に似ているな。さらに琥珀は俺の電気の性質に力を与えるから、快適と言えば快適だが……こんな人間風情に関わるとなると不快だ>
「だったらこの指輪の外し方を教えろよ!!
<俺だって知りたい!!聞くなら人間達を連れ去った怪しい人間達に聞け!!>
「…え?」
今こいつさらりととんでもないことを言わなかったか。人間達を連れ去った怪しい人間達。俺はこの渋谷駅前ハチ公に来た目的を思い出す。そうだ幼馴染だ、深夜だというのに俺に妖精がいると電話をしかけた女、不二灯里を心配してやってきたんだ。
だけど周囲には人の気配がなくて、なぜか暗いし、ハチ公の像周囲にできたミステリーサークルもどき。そこにあった銀の指輪からは妖精と名乗る男。
つまりもし不二灯里の行方を知るとしたら、その不二灯里が見た妖精達になるわけだ。さらに言えばその妖精が人間を連れ去った怪しい人間を目撃している。
今の駅前に人間はいない。俺と指輪の中に封じ込められたと思われる妖精のグレムリン。忌まわしい指輪の外し方は怪しい人間に聞けと言ったってことは、このグレムリンを指輪に閉じ込めたのも怪しい人間ということだよな。不二灯里はもしかしてその怪しい人間達に連れ去られたのか。
しかも達と複数形を使うということは不二灯里だけじゃない他の人間も含まれて連れ去られているということか。
これって漫画とかでよくある事件の始まり的なアレじゃないよな。それだったら俺は解決する力とか頭脳とか運とか才能とかあらゆる物が欠如してるぞ。
今あるのはおしゃれに努力を欠かさない青春満喫な俺と、愛用してる通学用のバイクと、妖精グレムリンが閉じ込められている琥珀がついた銀の指輪、そしてファンタジー発言しかしない存在がファンタジーな男の妖精グレムリン。
……すげぇ、何一つ解決できる気がしない、解決可能性零の役満揃い踏みという厄介すぎる状況じゃねぇか。
とにかく今はグレムリンから聞き出せる情報をひたすら聞き出すか。
「お前はなんで指輪に……というかなんでここにいたんだ?」
<……祭りというか……………踊ってたから………>
「もしかしてハチ公周囲のチョークの線や枯葉に花弁とか祭りの跡?」
<妖精は踊りが好きだからな。ちなみにあれは妖精の輪という。あそこに人間を閉じ込めたり妖精界のアルフヘイムに迷い込ませたりできる……人間基準に直してやるなら魔法陣だな>
この野郎、さりげなく言葉の端々に見下すことを忘れないようにしていやがる。別に対等に見られたいわけじゃないけど、ここまであからさまだと腹立つな。
でもここで会話を途切れさせるわけにはいかない。何よりあれが妖精の輪という名称だとわかったことだけでも進展だ。この調子でどんどん聞き出して後は口なんか聞かなければいいしな。
<しかしあれは人為的に作られた妖精の輪でな…俺以外にも来ていた奴がいたんだが、全員琥珀のついた銀の指輪に閉じ込められた。そんで俺達を目撃していた人間達も連れていかれた。どうやら俺達を捕えることと人間を捕えるのも同時進行していたらしい。手際が良すぎた>
「それにしてはお前残ってたよな?」
<………………………………………………………落とされた>
長い沈黙の後に一言だけ呟いたグレムリンの背中は哀愁漂っているようにも、間抜けな図にも見えた。枯葉や花弁の中に埋もれていたのは転がって潜り込んだ結果か。
それにしても落とされて忘れられるとか笑えるな。肩が震えるのは仕方ないだろう、笑いを堪えるのに必死なんだから。
俺の肩の震えに気付いたのかグレムリンは上から見下ろしながら睨んできた。へーへー、笑うなってことですね。
しかし妖精を捕まえるってこと自体にも色々ツッコミたいところはあるけど、それよりも人間も捕えることを目的としていたというのも気になる。考えてみれば指輪の形にしたのにも意味があるんだろうけど、丸とか円とか琥珀を使うだけなら他の物でも代用できるはずだ。だけど指輪という形態を選んだ。
指輪ってのは基本人間の装飾具だ。つまり妖精を閉じ込めた指輪、というと人間が使うこと前提に作られたはず。
妖精を捕まえるだけじゃなく人間も捕まえたということは…もしかして、という推理をグレムリンに披露する。
「お前さっき指輪は契約って言ったよな…それって俺がお前の力を行使できるということか?」
<だろうな。妖精と契約する逸話というのは昔からあって、大体は願いを叶える類なんだが…この指輪の場合は人間側の一方的な強制契約で、妖精の力を扱う感じだ…俺の力というと計器を狂わせたり簡単な電気を扱えるくらいだな>
「雷とか使えるのか!?ポケットサイズのモンスターゲームみたいな感じで!!うおー、俺はポケモ…」
<神じゃあるまいしできるか。俺達は妖精であって、神の所業に比べたらささやかな程度の力しか出せないに決まってるだろう>
テンション上がって懐かしい言葉を叫ぼうとした俺の心を折るようにはっきりと否定しやがった。ゲームじゃ小さなモンスターの電気鼠だってレベルアップすれば出せるんだぞ。その理論からいくと電気鼠は神様レベルかよ、まじかよ。でもまぁこいつにそんなこと言ってもどうしようもないし、俺がやろうと思えばグレムリンの力を使えることだけでわかればいいか。しかし計器を狂わせるのと簡単な電気って地味だな。
「ささやかとはいえ妖精の力を使うとして、そのためには人間が指輪をつけなければいけない………グレムリン、怪しい人間達が移動した場所ってわかるか…ってわかんな…」
<わかる。奴らが使ってた特殊な計器の電波を覚えている。案内ぐらいならしてやるぞ、人間>
「だから一条八雲だ!!ちゃんと覚えろよ、今は案内してくれ!!」
愛用のバイクに乗り、エンジンを動かす。どうやらグレムリンは俺が右手の中指につけた指輪を拠点に浮遊移動するらしく、あいつは動かないが俺に合わせて移動する。バイクに沿うように浮かんでいるから置いて行く心配はない。後ろに乗せる必要もなくて助かるな。男二人乗りは外見的にも精神的にも色々ダメージ食らうし、今はヘルメット一つしかないから確実に警察に注意されるからな。そういえばこいつ触れるのか?……そんな些細なことは後だな。
俺はグレムリンの案内、というか命令口調のナビを聞きながらバイクを運転する。もう深夜4時前で、この季節はまだ暗いがじきに夜明けだ。明日っつーか今日も学校あるのに面倒なことに巻き込まれやがって、あの馬鹿は。幼馴染とはいえ会ったら文句の一つ二つ言わせやがれってんだ。
だからそれまでは無事でいろよ、灯里。
案内されたのはゴミ処理センター。生ごみの臭いが鼻を突き、手で覆いたくなる。すでに片手は鼻を保護している。
もう片方は口だ。鼻と口は器官が繋がっているから息を吸えば臭いが口の中で充満する。だが今の俺は正確には口よりも下の器官である胃からせり上がる物を抑え込むために口を押えている。
深夜四時、まだ日の出は来ないが烏が喧しい声で騒いでいる。それでも鳥目に暗闇は飛べないから声だけだ。声だけでよかった。もし奴らが動いていたら俺の目の前で倒れている幼馴染は啄ばまれていたかもしれない。
幼馴染だけじゃなく何人も、大人から子供まで倒れている。動く気配はなく、綺麗な体を生ごみ袋の上に横たえて眠っている。二度と目を開けることのない眠りがこんなごみ袋の上なんて最悪だな。俺は絶対に願い下げだ。
だからといってこんな大人数を俺は運べない。仕方なく幼馴染の体だけをごみ袋の上から救い上げる。いつもの不二灯里には相応しくないお姫様抱きとかいう女の子憧れシチュエーション上位の抱き方だ。しかし意識のない体は重い上に血水が入った布袋みたいに俺の腕に負担をかけてきた。
不二灯里の寝顔はこれまた綺麗なもので、俺はその頬に何度も軽い平手を当てる。柔らかい音が鳴るが、起きる様子はない。グレムリンが理解不能といった顔で俺を見下ろしている。
<その人間はもう死んでるぞ>
「…知ってるよ、馬鹿野郎」
携帯電話切らなければよかった。数時間前の眠気に負けた俺の行動を後悔する。通話を続けていたからって、どうにかなる問題とは思えないけどそれでも幾分かましな状況になったんじゃねぇかな、って。
深夜に起こされてお前のために行動しまくったんだから、文句の一つくらい言わせろよ。なんで勝手に死んでんだよと声に出そうとした。でもせり上がる苦い物のせいで口は開けれず、胸は締め付けられるばかりだ。ごみ袋の上に水滴が落ちる。雨じゃない。涙でもない。
血がごみ袋の上にいくつか落ちていき、それは俺の口から零れている。コルセットのように俺の胸や胴体を締め付ける蔓は一体どこから生えてきたのかわからないが、肋骨や内臓を外側から力づくで締め上げて潰している。不二灯里の体を抱きしめたまま、殺されそうになっていた。
「契約者とはいえ組織に属さない者は殺すのみ…」
<人間!?>
知らない声とグレムリンの初めて聞く慌てた声が、遠のく意識の中で木霊する。まじかよ、俺はこの数時間後にいつも通り学校に行くつもりだったのに死ぬのかよ。なんか奇跡とか助っ人とかヒーローが来てくれて助かる展開にならねぇのかよ。
…ああ、でもきっとこの死んでしまった幼馴染や周りに倒れている死んでしまった人達も同じことを思いながら死んだのかも。そう考えると人の死なんてあっという間だな。なんか体から力が抜けてきた。
でも力が抜けて腕が下がるとこの抱いている幼馴染をごみ袋の上に落とすことになる。それだけは嫌だ。だから腕に力を集めて落とさないように必死になる。俺だって死ぬ気でやればそれくらいできるかもしれない。実際死にかけてるんだし、最後の最後で必死に死ぬ気になってもいいじゃないか。
本音を言えば、死にたくないし……幼馴染だって蘇らせたいけどよ。
「…やくも?」
寝起きで微睡んでいるような間抜けな声が聞こえた。毎日聞きすぎて飽きてきた、今となってはもう一度聞きたかった声だ。今にも暗くなりそうな視界の中で目の前で動き始める幼馴染を捉える。もうぼやけてはっきりとは見えないけど、まだ冷たい右手が俺の頬に触れてくる。その中指に金属の環の感触。ぼやけた視界の端でその環に琥珀色が見えた。炎のような橙色の輝きが俺の目に飛び込んでくる。
「っ、いってぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!?」
鈍くなっていた痛覚が急に鮮明になってくる。力が戻り始めて、叫んだ拍子に口から勢いよく血が零れていくが死なない。不思議なほど俺は生き続けている。グレムリンが俺の顔を覗き込んで驚いた顔をしている。
<な、なんで死なない!?>
「俺が知りてててててっ!!こんの、いい加減締め付けるの止めろ、この蔓野郎!!!」
怒りで我を忘れはじめた俺は右手で胸や胴体を締め付ける蔓を掴む。視界の端で痛いとか言って転がった不二灯里のことなど気にしてられるか。痛みだって長時間続くと死ぬほど辛いんだぞ。いや、本気で死ねるくらいの痛みなんだけど、死んでないから関係ない。
右手の中指につけている銀の指輪、その琥珀から青白い閃光が迸る。小さな雷のように蔓に突き刺さって焼き切っていく。俺は無我夢中でその雷を出し続けた。どうやって出しているかもわからないまま、電気を放出した。
息を荒げて立ち上がる頃には俺に巻き付いていた蔓は全部焼き切って灰になり、近くでは怒り心頭の不二灯里が俺の方を睨んでおり、目の前には黒いフードを被った男が慌てており、グレムリンは俺の頭上で目を丸くしている。
<俺の力を使った…!?>
「そ、そんな…契約者とはいえ訓練も積まずにフェアリングを扱うとは…」
「フェアリングだが何だが知らねぇが…俺を殺そうとした借りはきっちり返してやる!!」
体の上半身がなんか柔らかいというか、上手く力が入らない、というか骨格が変形して窪んでいる気もするが今は目の前で俺を恐怖の目で見ている男に向かって走り出す。指輪をつけている右手を強く握りしめて拳の形を作る。弾けるような小気味いい音と火花が俺の感覚に届いてくる。
右腕全体に電気が纏わりついていることも気にせず、俺は足を強く一歩踏み出す。その勢いのまま逃げることも忘れた男の弁明も聞かないまま、顎に向かって固い拳を振り上げてぶっ飛ばす。
電気で体を痙攣させながら空中に浮いた男は生ごみ袋の山から地面へと落ちていく。その衝撃でいくつかのごみ袋が破けていき、酷い臭いが広がるが俺は苛つきの原因を吹き飛ばせてすっきりした。安心して胸に手を置くと気持ち悪い、なめくじを触ったような感覚。骨がない…というか砕けている。内臓も潰れているような青ざめてしまうような感触。生きている人間の体ではない。
「…あれ?」
一気に頭が冷えていった。そう、俺は胸を蔓に締め付けられて内部の骨や内臓を潰されたはずだ。なのに生きているし、動けているし意識もある。グレムリンの力を使ってると吹っ飛ばした男はそう言ったが、確かグレムリンの力ってのは計器を狂わせるのと簡単な電気だけのはずだ。
間違っても人間を生き返らせるや不死身にするような力ではないはず。なら思い当たるのが一つ、ぼやけた視界の中で死んだと思ってた不二灯里が動いて、俺の頬に触れた時に感じた指輪の感触。
俺は不二灯里がいた場所を振り返ろうとして意識が突発的に消えるのを感じた。あ、やっぱ俺死ぬのか。
おっぱい天国へようこそ。俺の寝起き一発の感想である。
白いもち肌が団子を作り上げてベットの上に寝ている俺の目の前で揺れている。超眼福、神様ありがとう今なら貴方に土下座してもいいくらいの絶景が至近距離で展開されている。でもなんでそんな絶景が俺の目の前に広がっているんだ。俺は視線を動かしていく。
白い病室らしい。天井や床は白く、また巨乳の持ち主の服装も白衣を着ている。健康的な茶髪に簡単なパーマをかけている眼鏡美女だ。スカートは…よし、スリットの入った黒スカートに白タイツ。ちょいマニアックな気もするけど脚線美が美しいので気にならない。
「はぁい、お・は・よ・う」
「おはようございます、ありがとうございます」
俺は甘い声と揺れ動く巨乳に夢中でとりあえず挨拶を返してお礼を言った。これは超絶お姉さまラブコメ展開と受け取っていいのだろうか。お姉さまは俺が寝ているベットの背に当たる部分、壁の方に顔を向けている。だから巨乳が目の前で揺れているんですね、ありがとうございます。重要なことだからな、俺は何度もお礼を言うぜ。
「それにしてもイケメンねぇ」
「いやいやそんな…」
「君じゃなくて、君が契約した妖精のことね」
瞬間、俺は自分の勘違いやこれまでのいきさつやあれこれを思い出して固まる。深夜の電話にハチ公前で行方不明になった幼馴染から始まって妖精やら指輪やらに巻き込まれたと思ったら、ごみ処理センターでの数々の死体に襲ってきた男など諸々。
俺は内臓と骨を外側から蔓で潰されたはずだ。慌てて胸に手を置けば確かに骨がある固い感触と動き続ける心臓、肺で行う呼吸もいつも通りだ。それだけならごみ処理センターは寝ぼけた俺の悪い白昼夢だと片づけたいんだが、俺の寝ているベットの背の部分、上に浮いている飛行士の服を着た不機嫌な顔のグレムリンが忘れることを許してくれそうにない。
白衣巨乳お姉さまはそちらに夢中で俺を眼中に入れてない。くっ、悔しい。
「妖精グレムリン…さしずめ契約の指輪フェアリングの固有名称はグレムリングかしら?」
「フェアリング?」
「あなた知らずにその指輪をつけたの?お馬鹿さんね」
甘い声で誘惑するように馬鹿にされているが、巨乳お姉さまに甘く叱られるなら怒りも湧いてこない。むしろご褒美だと脳内が幸せな桃色方向へと思考を導いていく。
そういえばぶっ飛ばした男もフェアリングとか言ってたな。これはぜひとも巨乳お姉さまに問い詰めなくて。あわよくば体にも聞いてみたいということで、どういうことですかと迫真な顔をして目の前のお姉さまの肩を力強く掴み、押し倒そうとした。
押し倒そうとしたんだが…あれ、お姉さまの体ピクリとも動かないんだけど。むしろ不動の蠱惑的な笑みが恐ろしく感じるほどで、俺を押し倒そうと向けている力とは逆方向に押されていく。
そしてあっさり押し倒された俺の固い胸板の上に魅惑の塊が二つほど押し付けられてありがとうございます。
「ちょっと長くなるけど、お馬鹿さんはお話聞けるかしら?」
「胸の上の感触がある限りは」
「正直ね。そんなお馬鹿さんは好きよ。フェアリングっていうのは妖精を閉じ込めて強制的に人間と契約すさせる指輪のこと。ありがちな設定でしょう?でもそんな漫画の中のファンタジーを実現した組織があって、その組織は妖精と契約できる人間を集めているの」
「契約…できる?」
「そう。契約は誰でもできるわけじゃないの。指輪をつけれる人間、それが契約者。契約者を集める組織名はパンドラ。目的は不明だけど…集める際に妖精や人間の大量殺人も厭わないテロ集団に近いかもしれないわね。そして私はそれに敵対する組織の一員、コティングリーの最中照子」
巨乳お姉さまの名前やっと判明。最中照子…なんというか純日本風な名前すぎて驚いている。あとはやっぱりこの胸の感触気持ちいいなぁ…柔らかくて今にも召されそうだぜ、天国に。
鼻の下が伸びきっているであろう俺を無視して、最中照子さんは話を続けていく。
次更新未定