表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツキカゲノチギリ  作者: 八重乃 葎
四章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/26

四章 四

 こうなることは予想できた。

 百夜(ももよ)に何があったのか聞かなければよかった。

 気にしない風を装っていればよかった。

 もしくは、理奥(りおう)と百夜が出ていくのを、百夜がしゃがみこんだのを、見なかったふりして、家の片づけをしたり、自室で本を読んだりしていればよかった。


 百夜のいなくなった部屋で、(あかね)は唇をかみしめた。


 思えば、ここ最近ずっと、茜は言葉にできない気持ちを抱えていた。

 百夜から嫌そうに女学院へ行くことを伝えられた時からだ。


 茜は、他人に負担をかけないように気を使って生きてきた。

 もともと少しのことで体調を崩しやすく、両親に迷惑をかけることが多かった茜は、それ以上のことは何も言わないようにしようと思っていた。


 だからあの日。百夜に女学院のことを言われた日。

 反射的に「ずるい」と思った。

 「そんなに嫌ならば私に行かせてよ」と思った。

 

 岩槻家(いわつきけ)は、国主の常盤家に代々仕える家のため、茜も女学院に行ける立場ではある。

 だから、乳姉妹(ちきょうだい)由比(ゆい)が女学院に行くとなった時、自分にも話が回ってくるかもしれないとわくわくした。

 だが、その話はなかった。

 体調を崩しやすいことが理由かもしれない。

 両親にお願いすることも考えたが、もしかしたらそれ以外の理由もあるかもしれない。

 そう考えると、何も言うことはできなかった。


 茜はもどかしかった。

 茜だって、天城(あまぎ)の外の世界を見たいし、同じ年ごろの女の子とおしゃれの話をしたり、休暇に買い物に出かけたり、時には喧嘩したりしたかった。

 「また、現実とは違う小説の中の知識か」と兄に呆れられるかもしれないが、いいじゃないかと茜は思う。憧れは簡単には止められない。

 きっと、由比が帰省した時に女学院のことを話さないのは、そんな自分を慮ってのことなんだと思う。


 別に、茜は理奥の肩をもっているわけではない。むしろ逆で、理奥のことは信用ならないやつだと思っている。


 百夜はどうしてあんな奴が好きなんだろうと思っていた。

 理奥もその気がないのにはっきりしないし、恋愛小説の素敵な王子様には到底なれない奴だと茜は思う。

 理奥は要領はいいやつだから、きっと百夜の前では優しい部分しか出していないのだろう。そして百夜も純粋だから、その面しか見えないのだ。

 だから百夜の恋を応援する一方で、早く目を覚まさないかとも思っていた。


 理奥は今でこそ学生たちと打ち解けているが、稲川学問所に通い始めた頃は彼が関わる諍いが多かった。

 初めの頃は皆が理奥に何かと世話を焼きたがった。

 最初は理奥もその好意を受け入れていたが、次第にうっとおしく思ったのだろう。「今日の授業すらついていけていなかったのに、そんな暇あるんですか」などとすげなく返していった。

 その様子が生意気、舐めている、と思われたのだろう。

 いくつかの集団からは目をつけられたが、学問所に来た時から年並以上の筋力を持っていた理奥に勝てる者はいなかった。


 ある程度の人数が恒常的に集まれば、多少の諍いは起こる。

 とはいえ、当時は講師見習いだった和真(かずま)は、このままだと理奥と回りの亀裂が深くなるばかりだと察し、授業終わりに理奥を呼び出した。


「別に、僕は相手を不愉快にさせようとは思っていないです。ただ本当のことを言っただけで、個人的な感情をぶつけられても困ります」


 理奥は怒る様子も悪びれる様子もなく、そう答えた。


「そのつもりはなかったって。お前にとってはそうかもしれないけどな、相手が違うように捉えたらそれで済むわけないだろ。言い方を変えるとか、やり方を変えていかないと、敵ばっかりつくることになるぞ」

「ここには勉学のためにきてるんです。そんな……生きていくのに役に立たないものに労力を割くなんて無駄じゃないですか?」

「……そんなのでよく、お嬢様の話し相手なんか務まるな」

「仕事ですから。あの子は、わがままで意固地で面倒ですけど」

「お、おう……」

「非常にわかりやすいので」


 和真には返す言葉がなかった。

 常盤国への道行きを一緒にした時は子犬のような子だと思っていたが、ここまで同年代となじむということが出来ないとは。

 きっと、和真は一緒に過ごすうちに信頼できる人間だと認識され、生徒たちは信頼に足りないと認識したのだろう。

 そりゃ、和真を起点に考えたら、理奥に絡むような学生は年端もいかない子供だ。思慮に足りないこともあるだろう。

 

「あのなぁ。勉強ができたって、それを生かすには結局人と関わる必要がある。一人で生きていくなんて無理なんだから、その考え方直さないとお前、生きるのに苦労するぞ」


 廊下でその会話をたまたま聞いてしまった茜は、親身になっている兄を気にも留めない態度の理奥に腹が立った。


「兄様、もうあの子と関わるのやめましょう?」

「でもなぁ」

「いくらうちの生徒だからって、あそこまで気にかけているのに何の意味もない。気にするだけ無駄よ」

「でもなぁ。あいつは頭の回転はよいから。もしかしたら、うちの悲願を成し遂げられるかもしれない」


 稲川学問所(いながわがくもんじょ)の悲願。大学寮(だいがくりょう)進学者を出すこと。

 あの時、和真は天望(てんぼう)試験を受ける前だったが、もしかしたら自分には無理だと思っていたのかもしれない、と茜は思う。

 事実、和真は最終選考に残らず、受験資格を得たということが大した経歴にもならず、こうして実家を継ぐ下準備を重ねている。


 それが悪い事とは思わないが、常盤国(ときわのくに)の外の世界に出てみたかった気持ちは茜も少しだけわかる。


 そして理奥は、実力ではかなわなかったけれど、めぐりあわせによって願いが叶いそうになっている。

 正直、茜は理奥をずるいとも思ったが、それは言っても意味のないことだ。


 茜は今でも理奥のことを好きになれない。

 けれど、それとこれとは別。

 大学寮に行くということが、どれだけ困難かも知っている。

 四年前、夜中にこっそり縁側で父と酒を飲みながら泣いていた兄のことを、茜は忘れられない。

 だから、やっとつかんだその権利を、簡単に捨てさせようとするような百夜が許せなかった。


 許せなかった。けれど。


 茜は速足で広間に行き、学問所の生徒と将棋をしている理奥の腕を引っ張って立たせた。


「茜! じゃますんなよ!」


 非難する男子を茜が一瞥すると、ただごとではないと察したのだろう。周りではやし立てる者も含めて黙り込んだ。

 茜はそのまま理奥を部屋の外へと連れ出した。


「あの子たちには、まだ言ってないの?」

「なにを?」

「大学寮のこと」

「うん。和真さんには相談したけれど」


 理奥は驚いた様子もなく返してくる。

 百夜から茜の耳に入っていることは想定されていたのだろう。

 全部わかってるような顔をされると腹が立つ。


「百夜、泣いてたわよ」

「うん」

「外にでていったわ」

「うん。見えた」

「……追いかけなさいよ!」

「……僕の役割はもう終わった。茜が行ってあげて」

「役割ってなに?」


 あまりにも他人事のような言い分に、茜の中で何かがはじける音がした。

 百夜の身勝手さは許せない。けれど、放っておけるかというと別の話だ。


「私じゃ意味がないの」


 茜はこぶしを握り締める。


「百夜は、理奥と納得するまで話さないと進めないの。あんたにはもうどうでも良いことかもしれないけれど、最後くらいちゃんと向き合いなさいよ」


 しばらくして、理奥がぽつりとつぶやいた。


「ありがとう」

「何が?」

「そうだね。百夜に伝えていないことがたくさんあったことに気付いた」


 理奥が玄関に向かって歩き出す。


「……居場所、わかるの?」

「わからないけれど、百夜が行ける場所は限られてる。だから、まず結城の屋敷に戻る」


 茜の問いに、下駄を履きながら理奥が答える。


「広間のみんなに、お礼言っておいて。あと…百夜と仲良くしてあげてね」

「いわれなくても」

「じゃあ、いってきます」


 暗闇に溶けていくその背を茜は見送った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ