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ツキカゲノチギリ  作者: 八重乃 葎
四章

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四章 一

 不運な事故だった。

 数日前の暴風雨が原因で起こった土砂崩れに巻き込まれた。

 商品や土産物を載せた荷馬車もいくつかあった。けれど、巻き込まれたのは"あの人"と奥方様が乗っていた馬車だった。


 土砂崩れは"あの人"と奥方様が乗っていた馬車だけでなく周りにいた人々も襲い、幾人かはまだ見つかっていない。


 彼らは急いで近くの町まで戻り、病院へ駆け込んだ。けれど、結城夫婦を含め、数人は既に手遅れだった。遺体は数日のうちに、町で火葬された。


「暴風雨で3日間足止めを食らっていたから、あの日は強引に進んだんだ。無理にでも止めればよかった」

 誰かがそう言って泣いていた。


 その間、彼はただ狼狽えるしかできなかった。


 彼の頭の中は喪失感でいっぱいだった。

 同時に、手にしたはずの居場所を失ったことへの不安も膨らんでいった。

 無力感とこれからの生活への不安を抱きながらも行くあてのない彼は、あの人の故郷にたどり着いた。


 自分の家に来ないかと和真(かずま)は言ってくれたが、彼は断った。


 岩槻(いわつき)家に縁のない人間を養う余裕がないことは、道中話しているうちになんとなく分かった。

 それに、きちんと"あの人"の最期を見届けたかった。


 急に主人を無くし混乱している屋敷では、契約書を見せただけで彼を招き入れてくれた。


 屋敷では、既に遺骨の状態ではあるものの、二人の葬儀が営まれることになった。

 年配の女性の指示のもと、葬儀の準備が進んでいく。

 彼も指示されるまま手伝いをした。

 屋敷での仕事は港での仕事とは異なり、大きな力はいらない代わりに細かな決まり事を覚え、周りを見る必要があった。

 彼は戸惑うことも怒られることもあったが、そんな時は必ず誰かが助言をしてくれた。

 「ああ、ここも店舗と同じ結城(ゆうき)なのだ」と、彼は思った。


 懐かしい再会もあった。 


「理奥?」


 聞き覚えのある声に彼が振り向くと、南波(なんば)支店で働いていたはずの高峰沙耶(たかみねさや)がいた。


「よかったぁ、知っている人がいて。私、急に本家付きになってしまって、心細かったの」


 二年前の撮影時に知り合ってから、彼は休みの日に沙耶のもとへ行き、勉強を教えてもらうこともあった。結城の仕事を手伝っている期間も、何かと助言してくれたものだ。 

 とはいえ、ここ最近はなんとなく疎遠になっていたので、話をするのはすごく久しぶりだった。


理奥(りおう)も本家付き?」

「僕は旦那様に雇ってもらったんだけど、こんなことになってしまって……」


 沙耶の顔が曇る。


「私も奥様にはよくしてもらったから……。だから、大旦那様から百夜(ももよ)お嬢様つきの女中にならないかと言われて、恩返しのつもりで来たんだけれど……」


 その先に言葉が続かず、口ごもる。


 肝心のお嬢様はずっと部屋に引きこもったままだ。

 葬儀には出ていたが、気づいたら部屋に籠り誰とも会わなくなっていた。

 ふすまを開けると物が飛んでくるため、今は世話係の女性に任せることになっている。


 彼はため息をついた。


 彼が天涯孤独の身となったのは、あの子とほぼ同じくらいの年だった。

 悲しかったし不安だったけれど、住むところすら追われた彼には泣いている暇などなかった。

 沙耶が仕事を始めたのも同じくらいだと聞いたことがある。

 だから、駄々をこねるあの子の声を聞いたとき、彼は苛立った。


「まったく、(はるか)は何をやっているんだか」

「遥坊ちゃんは高砂(たかさご)のご自宅に帰られましたよ」

「はぁ?」


 百夜(ももよ)を支えると言っていたあの言葉は嘘だったのか。「根性なし」と彼は悪態づいた。


「百夜お嬢様に拒絶されてすごく落ち込んでいらしたみたい。あと、東家(とうけ)、あ、遥坊ちゃんのご家族ね、はもう当主気取りだそうで。大旦那様がずっとこっちにいらっしゃるとは思ってなかったのかもね」

「……ここに来て間もないだろうに、よく知っているな」

「ちょっと仲良くなれば、みんないろいろ話してくれるわよ」


 南波(なんば)の店にいた時も、仕事をしているとはいえ子供といってもいい年のはずなのに、店で働くの色々な年代の人と仲が良いとは思っていたが……。彼は沙耶の社交性に舌を巻いた。


 ともあれ、沙耶のおかげもあって、彼は屋敷の使用人とも打ち解けていき、正式に任せられた仕事はないものの細かな用事をあれこれと頼まれるようになった。

 "あの人"に頼まれたようにお嬢様と仲良くすることはできそうもないと思ったが、彼は屋敷で働く人も、仕事も好きだった。

 やっと、居たいと思える場所が見つかったと思った。


「お前が例の使用人か」


 そうして声をかけられたのは葬儀の片付けが落ち着き、屋敷の仕事が日常に戻り始めようとしていたころだった。

 彼を呼び止めたのは大旦那様だった。


正紀(まさのり)との契約書があるという話だが」

「はい」


 彼は未だに肌身離さず持っているそれを懐から取り出し、大旦那様へと差し出した。

 大旦那様は中身を開きそれを一瞥し頷くと、彼に返した。


「残念だが、正紀はもうこの家の当主ではない。次の当主が誰になるかはわからぬが、そいつの決断次第ではお前との契約はなかったことになるだろう」


 彼は表情を固くした。いつかこうなるかもしれないという予感が当たってしまった。


「だが、お前は良く働いてくれていると世津(せつ)からも聞いている。それにな、息子たちの話を聞いていると、今の結城屋を食いつぶすようなことばかりで気に食わん。せっかく穏やかな隠居生活を送っておったのに……」


 大旦那様が人差し指を立てた。


「一つ、賭けをしようじゃないか。そうだな。二週間待とう。百夜を部屋から連れ出せたらお前の勝ちだ。私がここの当主となり、あいつとの契約通りお前を雇おう。学問所への口利きもする。そのかわり、もし出来なかったら私は今まで通り隠居させてもらう。あとのことは知らぬ存ぜぬ、だ。どうだ?」


 にやりと人の悪い笑みを浮かべる。

 彼の体の奥に熱いものが込み上げた。

 これは戦いだ。

 やっと見つけた居場所に残り続けられるかどうか、の。

 彼は大旦那様の目をしっかり見て、頷いた。

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