「新宗教聖戦(ネオ・ジハード)って何なの? おいしいの?」
今回のこれジハ第二話は思いっきり説明回です。軽く読み飛ばす気分でどうぞ。読み飛ばしても特に問題はないと思いますので。逆に一文一句逃さず真剣に読んだようがより混乱するかもしれません。何それ怖い。世界観設定が甘い証拠ですね。はい。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
気づいたとき。事態はいつだって手遅れで。取り返しがつかなくて。意味がないと分かっていても人は「あの時に戻れたら……」と思わずにはいられない。燃えるような紅髪にルビー色の目をした少年、緋条理もその一人だ。
理の眼前には一人の少年。今の理の目には黒髪黒目の少年が死神のように感じられる。
少年がおもむろに手を振り下ろす。為す術もなくただ見つめることしかできない現状に理は手をきつく握りしめる。
悔しかった。無知で無力で無能な自分が憎くて仕方なかった。理の心が悔恨の念で支配されていく。もっとやりようはあったはずだ。起死回生の策があったはずだ。なのにそのことに気付けない自分がいる。現状を打破できず飲み込まれる自分がいる。あまりの悔しさに理はますますギリリと歯噛みする。そんな理を嘲笑うかのように少年の手は無慈悲にも振り下ろされ――
◇◇◇
――五月八日(月) PM7:00 男子寮605号室
「はい。オレの勝ち。また貧民だな緋条」
「ガハッ!? ……負けた。 この僕がまた負けた、だと」
眼前の黒髪黒目の少年との大富豪に敗れた理はわなわなと体を震わせる。現在地は男子寮内。ナルナーク・フォン・アシュトレイとの一悶着が収束した後、結城リアの案内で理の入る男子寮へと向かおうとした所にルームメイトとなる眼前の黒髪黒目の少年が迎えに来てくれたのだ。理の例の自己紹介により理を避けていた1年5組クラスメイトと同じとは思えない気の利いた対応である。そこでリアと別れ男子寮へとたどり着いた二人は暇つぶしに大富豪を始めて今に至る。
少年の名は赤松桂馬。適度に伸ばした艶のある黒髪。純度の高い漆黒の瞳。小学校高学年だと言っても通じそうなリアよりも小柄な体型。変声期を迎えていないであろうソプラノ染みたアルトボイス。本当に男なのか疑いたくなるような外見だ。一言で言えば『男の娘』といった所か。
「ほんっと、緋条って大富豪弱いな。アハハ」
「いやいやいや! これ僕が弱いとかそういう問題じゃないから! アンテナさん主催の大富豪のルールがガラパゴス化してるだけだから!」
桂馬は愉悦交じりの声で心底嬉しそうに理の肩をポンポンと叩く。整った髪から突き出たアンテナのごとき一房の黒髪も連動して嬉しそうにピョンピョンはねている。ちなみに二人がやっている大富豪はただの大富豪ではない。革命や8切り、縛りにジョーカー使用は勿論のこと、階段、連番、ジョーカー返し、クーデター、11バック、5飛ばし、4返し、6切り、12拾い、10捨て、7渡しと、ルールがこれでもかと乱立しているのだ。しかも使用するトランプは162枚。トランプ3セット分の大量のトランプを使用し当たり前のように革命やクーデターが発生する桂馬考案の大富豪はまさしくエクストリーム大富豪と化していた。理が抗議の声をあげるのももっともである。「ふっふっふ。今何を言った所で負け犬の遠吠えにしか聞こえんぜよ?」という桂馬の勝者の笑みの元に抗議の声は撃墜されたが。
「二人とも。料理できたからトランプ片付けてほしいナー」
「了解」「わかった」
床に倒れ伏す理。仁王立ちで理を見下ろす桂馬。傍から見ればランドセルが似合いそうな子供に十代の少年が地に頭をこすりつけて土下座をしているようにも見える光景。なんとも不可解極まりないカオスな場面を作り出す二人に台所からゆったりとした声がかかる。その声を機に復活した理は桂馬とともに散乱するトランプを片付けにかかる。お腹を空かした二人がものの数秒でトランプを収納したのを見計らって栗色ウェーブの髪の少年が次々とテーブルに料理を並べていく。
こちらの少年の名は灰吹真尋。栗色ウェーブの髪に榛色の瞳。175cmとまずまずの長身で理よりも10cmほど高い細身の体躯からはおっとりとした雰囲気が醸し出されている。傍にいるだけで癒し効果があるような気のするどこか不思議な少年だ。ストレス社会な昨今において一家に一台必要だと言われそうな逸材である。ちなみに桂馬の身長は144cm。成長期を逃した哀れな幼児体型保持者だったりする。
「じゃーん。今日は緋条くんの歓迎会を兼ねてちょっと豪勢にしてみましター。今日は中華だヨ?」
「「おおおおおおおおお!!」」
真尋のもたらした彩り鮮やかな中華料理陣に理と桂馬は歓声をあげる。料理時間30分の高校1年生の手作り料理にしては格別にクオリティの高い料理達。ピョンピョンと存分に跳ねる一房の前髪とともに喜びを体現する桂馬はともかく真尋の料理スキルを今の今まで知らなかった理の驚きは相当なものである。理と桂馬の二人は真尋への感謝の念を込めてすぐさま「いただきます」と箸を装備して夕食にありついていく。そんな二人を対面の真尋がニコニコと微笑ましそうに眺めてゆったりと食べているのがどことなく印象的であった。
「……にしても、こんな風に歓迎してくれるとは思わなかったなぁ」
食事を終えて食器を台所へと運び終えた理は荷解きを開始しつつしみじみと呟く。ちなみに今現在食器洗いの役目をになっているのは桂馬である。今日は理の歓迎会で理が主人公だからと食器運び等を含めた後片付けを桂馬と真尋でやろうとしていた所を理が必死に説得して食器運びの仕事をもらったのだ。理の行動動機は簡単な話、高級料理店でしか味わうことのできなさそうな真尋の絶品料理の数々をタダで堪能したことに対するちょっとした罪悪感だ。どれだけ真尋の料理が美味しかったかはそこから察してほしい。
「? どういう意味?」
「ああいや、僕教室内で何だか避けられてたみたいだからさ。ここでも同じようなことになるんじゃないのかなって思ってたから嬉しい誤算だなーってね」
真尋に独り言を聞かれた理は天井を見上げて言葉を返す。理の自爆により1年5組クラスメイト陣のほぼ全員が理を避ける中でさも当然のように理を受け入れるリアや桂馬、真尋に出会えた幸運に笑みを隠せずにはいられない。願わくば彼らが唯我独尊教の信者になりますようにと理は内心で神に祈っておく。父さん曰く、神様は100年以上前に二ーチェに殺されたそうだが。神殺しを達成した最初で最後の人物たるニーチェに凄いと尊敬の念を抱いたのは記憶に新しい。
「ああ。緋条くんの自己紹介、色んな意味で凄かったらしいネ。ボクは夢の国へと旅立ってたから聞いてなかったんだけド。緋条くんとルームメイトになるって言ったら皆して憐みと憐憫の眼差しを向けてきたからビックリしたヨ」
「それだけあの自己紹介のインパクトが凄かったってことだろ。皆明らかに緋条に引いてたし。オレはその自己紹介で緋条を気に入ったんだけどな。オレ、緋条みたいなバカは大好きだし。バカは基本ノリがいいし腹の探り合いの必要もないし中途半端に知識を取り入れた奴よりはるかに付き合いやすい。ホント、優良物件がルームメイトになってくれてありがたいよ」
ほんわかした口調の真尋に手早く食器洗いを終えた桂馬が追随する。未だに自身の自己紹介のどの辺がぶっ飛んでいたのかよくわかっていない理としては自己紹介のインパクトが凄かったと言われても首を傾げることしかできない。何だかんだで二人が自身を気に入ってくれて何よりだと思うより他ない。だが。しかし。桂馬のバカ発言は聞き捨てならない。
「ちょっ、僕はバカじゃないよアンテナさん! 撤回してよ!」
「いやバカだろどう考えても。自覚せい。あといい加減アンテナさん言うな」
「えー、だってアンテナさんはアンテナさんじゃないか」
「そうだヨ桂馬。君は自他認めるアンテナさん。今更否定するのはどうかと思うヨ」
「ちょっ、真尋!? お前もか!? お前もなのか!? つーかオレは一瞬だって認めてないぞ!?」
自分はバカじゃないと異論を唱えるも桂馬のチョップで封殺された理は『アンテナさん』と桂馬が嫌がる渾名で呼び続けることにする。リアル娘さん然りアンテナさん然り出会った相手を自己流の愛称で呼ぶことを好む理だが勿論当の本人が理命名の愛称を拒否したときは素直に名前+さん付けに変えている。心の中では相変わらず愛称で呼び続けているが。嫌がる桂馬をアンテナさんと呼び続けるのは一重にささやかな嫌がらせだ。ちなみにアンテナさんと愛称をつけた理由は早い話、桂馬の感情に合わせて自由自在に跳ね回る一房の前髪からである。
さらっと真尋が便乗し四面楚歌と化した桂馬。「だったらオレにも考えがある」と仕返しに理と真尋の渾名を提案した桂馬であったが即刻却下される。真剣に考えた末に理→『紅蓮の鉤爪』、真尋→『ブラウンクロウ』などとのたまった以上当然の結実と言えよう。理の脳裏に『アンテナさん厨ニ病説』がまことしやかに囁かれることになるきっかけの出来事である。その後、理が荷解きを終えた頃を見計らって三人は例のエクストリーム大富豪をしつつ他愛もない話題で談笑する。かくして理の歓迎会がお開きとなる深夜頃には理が桂馬を『アンテナさん』、真尋を『ほんわかさん』と呼び、桂馬と真尋が理をそれぞれ『緋条』、『ことちゃん』と呼ぶ関係が確立されるのであった――
◇◇◇
――五月九日(火) PM3:30 A校舎 二階空教室
「さて。転入早々、中々大変なことになっちゃったね理くん」
「それなんだけど……新宗教聖戦って何なの? おいしいの? 気になって今日の授業全然集中できなかったんだけど」
「ふふふ。食べ物じゃないよ。ちゃんと説明するからその辺に座ってて」
いざなぎ学校での一日の授業を終えた理と結城リアはA校舎に散在する空き教室に足を運んでいた。いくら一学年が22組で構成されている超絶マンモス校たる神理の識徒育成学校日本支部『いざなぎ』でも少子化の憂き目にはしっかりと遭っている。設立当初は一学年35組で構成されていたいざなぎ学校。ゆえにこうした誰も訪れず生徒&教師陣から半ば忘れられている空き教室は案外沢山存在するのである。
埃まみれのお世辞にも綺麗といえない教室。木製の椅子に座る理の前方にリアが腕を組んで佇んでいる。右手にチョーク。左手に指し棒。白衣を着こなしいつの間にか赤縁メガネを装着したリア
。ストレートの桃髪長髪をヘアゴムで縛って形成されたポニーテールやスレンダーな体型、同じ15歳とは思えない大人びた雰囲気も相重なって妙齢の女教師に見える。いやそうとしか思えない。担当は化学といった所だろうか。
「ではこれより神理の特別授業を始めます」
「よろしくお願いします」
意図して教師風に服を着こなしノリノリのリア先生。神理に関わる裏常識の殆どを知らない神理の識徒なりたての理のためのリア先生による初心者向けの講義が今ここにおいて始まった。
まずは『神理』について。神理とは100年以上前に神を殺したニーチェの残した一冊の本から端を発した魔法のような常識を度外視した規格外技術だそうだ。それまで宗教に携わる者達が行使してきた『魔術』とは汎用性や威力、使用する神力量の点ではるかに優れていたため、ニーチェを信じて神を死んだものとみなして代わりに人間の枠組みを超越した人外筆頭たる『超人』を祭りあげ信仰し始めたネオ宗教信者もとい神理の識徒は即座に神理を使い始めることにしたらしい。ニーチェを否定し神は未だ生きているとする旧宗教の信者は今もなお神理に乗り換えず魔術一辺倒だそうだが。
神理の行使の手順は実に単純明快。術式を構成して神力を注ぎ込めばいい。それだけだ。魔術のように一々長ったらしい呪文を唱える必要などないのだ。さらに個人差はあれど人は皆神力を身に宿しているため神理を使えない者は存在しない。ネオ宗教において気まぐれ極まりない精霊に気に入られなければ全く発動できない魔術よりも神理が重宝される理由の一柱だ。とはいえ新たな術式の構築に神理の識徒は日々苦労しているのだが。
歴史のまだまだ浅い『神理』は主に3つの種類がある。『術式』と『神術』と『神理』だ。リア曰く、術式→下級魔法、神術→中~上級魔法、神理→必殺技もとい究極魔法といった認識でいいそうだ。本当は術式の指向性の複雑具合や使用する神力の量などで違いが分かれるそうだが三者に明確な境界線は規定されていなくゴチャゴチャしているのでリアはテキトーに理解しているそうだ。理もリアのやり方にあやかってフィーリングで理解することにした。ややこしいのは御免である。
次に先日ハーレム勢を引き連れていた緑髪碧眼のナルナーク・フォン・アシュトレイが口走っていた新宗教聖戦について。これは聖戦の言葉が示すように異なる宗教を信仰する者同士が互いに他宗教を排除して自身の宗教を守ろうと戦うことである。かつてニーチェが残した神理を習得し既存の宗教をネオ宗教に転換させた信者達。程なくして彼らは自身が祀り上げた超人のみを信じ自分達は正しいとして他のネオ宗教の排斥を始めたのだ。他のネオ宗教を壊してネオ宗教を一つに統一する――神理の識徒が崇高な理想と称したこの思想をきっかけとして聖戦は勃発した。
誰もが行使できる神理を使った初めての聖戦は神理の識徒のみならず一般人をも多大に巻き込みたった一か月で軽く5億人もの死者を生み出す大惨事と化した。魔術などとは比較にもならない神理の桁違いの威力に生き残った神理の識徒達は恐怖した。彼らは更なる聖戦の続行で人類滅亡の未来を想起した。そこで聖戦を中止した彼らによって作られた新たな仕組みが『新宗教聖戦』である。異なるネオ宗教の信者達が互いの信条を賭けてネオ・ジハードは執り行うとき、例えば両者は事前に賭ける人数を決めてネオ・ジハードを開始する。結果、勝った方が負けた方の賭けた人数分だけ自身のネオ宗教の信者として迎えることができるのだ。ちなみに死者が出ればその時点で人を殺した側が負けとなる。ネオ・ジハードにおいては一か月そこらで5億もの人を殺しうる神理を行使する以上、人が死なないよう徹底されているのだ。ちなみにルールは様々、というより行き当たりばったりなことが多くしっかりと規定されたものは少ない。加えて何もネオ宗教の信者だけを賭ける必要はない。今回の唯我独尊教VS.恋愛真教のネオ・ジハードだって賭けているのはナルナークに目をつけられた哀れな女生徒&互いの個人宗教の看板そのものだ。
「ところで理くんは現状でどの程度『神理』を扱えるのかい?」
「ん? 何も使えないよ? 使ったことないもん」
「えっ」
「えっ」
一通り説明を終え白の文字で埋め尽くされた黒板から向き直るリアに理は正直に答える。理の返答に目を点にするリア。手から指し棒がポロリと零れ落ちる。何かマズいことを言ってしまっただろうかと固まる理。あたかも時間が止まったかのごとく静まり返る空き教室。5月の初夏のはずなのにどこか枯れ葉交じりの乾いた秋風が吹いたように感じられた。
「う~ん。これはちょっとマズイかな」
「そうなの?」
「うん。ナルナークは優等生だからね。既存の『術式』は完全にマスターしてるし『神術』も5割はもう修めてる。そもそも『神理』に長けてないと個人宗教なんて作れない。個人宗教設立の条件はオリジナルの『神理』――必殺技――を編み出すことにある以上、神理を行使できるナルナークは強敵だと考えていい」
「えーと、つまりナルナークは既存の『神理』以外の手段を使ってくるってこと?」
「そもそも昨日彼が使って見せた神術≫≫≫【契約】も彼のオリジナルだからね。理くんが神理を行使できない現状じゃあ勝ち目はない」
「でもやってみなきゃ――」
「どう足掻いてもゼロだよ理くん。勝利は絶望的とかそれ以前の話かな。神理には君の今までの常識は通じない。仮に偶然に奇遇に奇跡が重なって君がナルナーク相手に善戦して勝利一歩手前までたどり着くことがあったとしても神理は状況を一瞬で変えることができる。自分の思い通りに染めあげることができる。神理は言ってしまえば何でもありで理不尽な技術だからね。神理には神理でしか対抗できないんだよ」
「えー」
リアは眉間を指でつまみつつ理の現状がいかに救いようがないかを包み隠さず告げる。理の心境としては何それマジ怖いである。唯我独尊教の広告代表として神理の識徒育成学校日本支部『いざなぎ』に派遣されて一週間で父さんから託された唯我独尊教の看板を下ろすなんて冗談じゃないと理は自身の愛する唯我独尊教を放棄したくない一心で何か突破口はないかと頭をひねる。むむむと考えあぐねる。間もなく理の頭からプシュ~と湯気が立ち上る中、「まぁ無いものを嘆いててもしょうがないか」とリアは理の真紅の瞳を見つめる。
「とにかく今は使いやすい『術式』を2、3個習得することから始めようか。使えないよりはマシだしね」
「お手柔らかにお願いしますリアル娘さん!」
「ここでは先生と呼んでほしいな」
「よろしくお願いしますリアル娘先生!」
術式は神理の識徒にとって基本中の基本。いざなぎ学校中等部卒業時点で生徒の誰もがマスターしている下級魔法――術式――を今更2、3個使えた所でナルナークの勝利が固いことには変わりない。しかし。神理が使えなければネオ・ジハードの土俵にも上がれない。一瞬で決着が付きかねない。藁にも縋る思いで理はリアの方針に従う意思を示す。かくしてナルナークとのネオ・ジハードが行われるまでの一週間。焼け石に水な気がしてならない理の神理習得の特訓が女教師スタイルのリア先生監修の元で敢行されるのであった――
女生徒「……え? ちょっ、私の出番は? 私、今回の件の渦中のキャラですよね?」
緋条理「モブだからさ」
女生徒「――ゑ!?」
ということで説明回で文字数短めな第二話終了です。次回はネオ・ジハードが開催されます。神理バトルですね、わかります。渦中の女生徒もきっと登場することでしょう。